心身症と神経症におけるヒスタミン神経系の異常に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100641A
報告書区分
総括
研究課題名
心身症と神経症におけるヒスタミン神経系の異常に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
福土 審(東北大学大学院医学系研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 谷内一彦(東北大学大学院医学系研究科)
  • 伊藤正敏(東北大学サイクロトロンラジオアイソトープセンター)
  • 本郷道夫(東北大学医学部附属病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
21,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
21世紀の先進国においては、心身症・神経症を代表とするストレス関連疾患が国民の健康と経済に重大な影響を及ぼすと考えられる。その克服に向けての取り組みは、わが国の厚生行政上重要である。ストレス関連疾患の病態の中核をなす脳内神経伝達には不明な点が多い。われわれは、ストレスにより脳の特定部位でヒスタミンを中心とする神経伝達物質が放出され、局所脳活動を賦活化する、そして、ストレス関連疾患(過敏性腸症候群、摂食障害、うつ病、更年期障害)、さらには動脈硬化症、悪性腫瘍に関連する特定の行動パタ-ン(高敵意タイプA行動、抑うつ親和性行動)において特定の局所脳が賦活化されるパタ-ンがある、と仮説づけた。本研究の主目的は、この仮説をpositron emission tomography (PET)をはじめとする脳機能画像によって検証することである。更に、動物実験によりストレスにおけるヒスタミンならびにその関連物質の役割を明確にする。平成13年度は、病的状態における中枢ヒスタミン神経系機能の役割に主眼を置いて検討した。
研究方法
1) IBSと関連心身症におけるヒスタミン神経系の関与(福土):過敏性腸症候群 (irritable bowel syndrome: IBS) の脳腸相関の客観的評価法を開発し、確立した。消化管刺激下の大脳誘発電位をIBSとその近縁疾患患者と健常者で比較した。消化管刺激下のPET画像におけるヒスタミン神経系の役割を検討した。また、IBSのストレス下の脳内神経伝達の変化を解明するため、大腸伸展刺激時の脳内アミンの放出動態を分析した。さらに、IBSに多い睡眠障害の自律神経動態を分析するための基礎的検討を行った。2) ヒスタミン神経系の病態生理学的研究:ストレスとうつ病に関する小動物からPETに至る統合的研究(谷内):神経性食欲不振症(anorexia nervosa)のラットモデルの作成とその評価、ヒスタミンH1受容体ノックアウトマウスを用いた痛みと痙攣におけるH1受容体の役割、ガス相法とメチルトリフレート法による新しい[11C]ヨウ化メチル合成の確立と受容体測定法への応用、うつ状態におけるPETを用いたH1受容体量の測定、PETを用いた抗ヒスタミン薬による眠気と認知機能発生メカニズム研究、情動を測定するための新しいタスクの開発とアレキシサイミアへの応用を行った。3) ハタ・ヨーガによる脳抑制効果の画像的観察(伊藤):ストレス対処法としてのリラクセーションは、心身症・神経症を克服するのに重要な方法である。しかし、リラクセーションに関与する脳機能部位には不明な点が多い。ハタヨーガの経験があり、現在定期的に実践している被験者に平均40 MBqの放射性ブドウ糖(18FDG) を経口投与し、ハタヨーガの姿勢を順番に取り、その後、PET撮影台に背臥位で臥床し、脳のPET撮影を行った。4) 閉経前中年女性における抑鬱と骨代謝の関係に関する検討(本郷):骨粗鬆症は、閉経後の女性に稀ならず認められるが、実際には、骨密度の低下は、閉経前より既に始まっていると考えられる。抑鬱は骨密度の低下をもたらすことが知られている。閉経前の就労中年女性を対象とし、骨代謝マーカー、骨密度、抑鬱度を評価した。(倫理面での配慮)ヒトを対象とする研究は、ヘルシンキ宣言に沿い、東北大学医学部倫理委員会の承認の下に行った。全ての被験者に十分に説明し、文書によるinformed consentを得た。動物実験については東北大学動物実験倫理委員会の承認を得た。
結果と考察
1)IBSと関連心身症におけるヒスタミン神経系の関与(福土):健常者とIBS近縁疾患のfunctional dyspepsia患者の食道に電極catheter
を挿入して通電し、大脳誘発電位を導出し、dyspepsia患者の後期成分短潜時と悪心発現を認めた。大脳誘発電位後期成分の潜時とMMPIの心気尺度は有意に逆相関した。更に、健常者とIBS患者の直腸に電極catheterを挿入して通電し、陰性N1、陽性P1、陰性N2の順に出現する三相波の特徴的大脳誘発電位を記録した。大脳誘発電位波形と平行し、電流強度依存的に腹痛と不安感が誘発された。IBSのP1N2間の振幅は刺激依存性に増大し、有意に健常者より大きかった。また、大腸伸展刺激時の脳血流の変化をPETで測定し、前帯状回、前頭前野、視床で脳血流増加が認められた。これらの脳血流増加は、内臓知覚に相関し、選択的ヒスタミン-H1受容体拮抗薬d-chlorpheniramine投与により抑制された。大腸伸展刺激時の選択的H1受容体リガンド11C-doxepin-H1受容体結合阻害脳部位 (内因性ヒスタミン放出部位) は前帯状回、前頭前野、海馬、頭頂連合野であり、その変化は内臓知覚に有意に相関した。大腸進展刺激により、IBS患者では刺激口側の大腸運動係数が増加した。大腸進展刺激に対し、ラット海馬においてnoradrenalineならびにヒスタミンが放出された。夜間強制覚醒により、副交感神経機能が亢進し、陰性感情が高まった。大腸伸展刺激により視床と辺縁系で脳血流量が増加し、特に辺縁系で内因性ヒスタミンとノルアドレナリンが遊離する。これら神経伝達の変化が内臓知覚とそれに附随する情動に関与するものと考えられる。IBSに見られる夜間睡眠障害時の副交感神経機能亢進と陰性感情の高まりが示唆される。ヒスタミンは睡眠-覚醒サイクルに関与するため、IBSでは、ヒスタミンを軸とした中枢機能の病態生理が想定される。2) ヒスタミン神経系の病態生理学的研究:ストレスとうつ病に関する小動物からPETに至る統合的研究(谷内):食餌制限下にラットを回転ケージ内に拘束し、徐々に運動が亢進し体重が減少するストレス・ハイ(ダイエット・ハイ)と呼ばれる状況に近いモデルを作成した。この時、脳内ヒスタミン含量は増加し、H1、H3受容体量は低下した。ヒスチジンやH3受容体アンタゴニストを投与すると回転運動の増加が有意に抑制された。低下したヒスタミン神経系の機能を増大させるために、ヒスチジンを投与すると回転運動の増加は有意に抑制すされ、ヒスタミン合成酵素阻害剤であるα-fluoromethyl-histidineによりヒスタミン含量を減少させると過運動はさらに亢進して死亡率が増加した。ガス相法とメチルトリフレート法を用いて[11C]ドキセピンを合成した。比放射能は供給時点(EOS)にて2000μCi/nmol以上であり、連続して高比放射能のリガンドを合成できた。うつ状態患者でPETを用い、H1受容体を測定し、H1受容体が有意に減少していた。choice reaction time課題施行時の局所脳血流は、右帯状回(BA24)、右頭頂葉(BA40)、左小脳が賦活され、d-クロルフェニラミン投与により活動が低下した。表情認知課題とH215O静注法PETにより、感情のイメージングを行い、心身症のリスク性格であるアレキシサイミアでは右前頭前野を中心とする右大脳連合野の賦活化が対照者よりも生じにくいことが判明した。3) ハタ・ヨーガによる脳抑制効果の画像的観察(伊藤):安静時に対して、ヨーガ施行時は、局所的な脳活動の上昇と低下が観察された。上昇部位として、両側感覚運動野と運動連合野が同定された。低下部位は、辺縁系、特に、海馬、海馬傍回、及び、小脳が同定された。低下の範囲は、脳の深部の広範な範囲に広がっていた。4) 閉経前中年女性における抑鬱と骨代謝の関係に関する検討(本郷):骨形成マーカーであるGla-osteocalcinは、SDSと負の相関を示した。骨折の危険因子と考えられているnon-activation rate of osteocalcin(Glu-osteocalcin/[Gla-osteocalcin+Glu-osteocalcin] x 100)はSDSと正の相関を示した。これらより、抑鬱を伴う高齢の女性の骨粗鬆症に、Gla-osteocalcinの低下が関与している可能性が示唆された。中枢ヒスタミン神経系はCRH放出作用を有する。CRHはストレス反応のcommon mediatorであり、視床下部-下垂体-副腎皮質系のみならず、消化管運動、消化管知覚、摂食
、情動に大きく影響することが近年明らかにされた。本研究課題にて病態追及中のストレス関連疾患、すなわち、IBS、神経性食欲不振症、うつ病、これら全てにおいてCRHが病態の中心として関与するevidenceが集積しつつある。中枢ヒスタミンがCRHを駆動し、その上位に位置する神経伝達物質であることより、ストレス関連疾患におけるヒスタミンの役割は、これまで想定されていたものよりも遥かに大きいことが今後明らかにされよう。
結論
平成13年度厚生科学研究費により、以下の成果を得た。1) ヒトにおけるPETによる新しい脳内神経伝達評価法がヒスタミン神経系を中心に開発された。2) 消化管へのストレスにより視床と辺縁系で脳血流量が増加し、特に辺縁系で内因性ヒスタミンが遊離し、大脳誘発電位が変化する。この反応は過敏性腸症候群ならびにその近縁疾患で顕著である。3) ストレス関連疾患のモデルラットにより、摂食の神経伝達におけるヒスタミンH1受容体の役割が明らかになった。4) うつ状態患者では大脳皮質のH1受容体が減少し、心身症のリスク性格であるアレキシサイミアでは右前頭前野を中心とする右大脳連合野の賦活化が対照者よりも生じにくかった。5) ストレス対処法としてのリラクセーションにより、前頭葉、側頭葉、辺縁系の一部、小脳の広い範囲に渡って活動が沈静化した。6) 閉経前の中年女性では抑うつ尺度と骨折の危険因子であるnon-activation rate of osteocalcinが正相関した。以上の成果に基づき、ヒスタミン神経系を中心とするストレス関連疾患の病態を明らかにする研究をさらに推進することは、深刻度を増しつつあるストレス関連疾患の克服、ひいては国民の福利厚生に繋がるものである。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-