ヒト睡眠・生体リズム障害の病態と治療予防法開発に関する基盤研究

文献情報

文献番号
200100633A
報告書区分
総括
研究課題名
ヒト睡眠・生体リズム障害の病態と治療予防法開発に関する基盤研究
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
内山 真(国立精神・神経センター精神保健研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 梶村尚史(国立精神・神経センター武蔵病院)
  • 海老澤尚(埼玉医科大学)
  • 山田尚登(滋賀医科大学)
  • 三島和夫(秋田大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
27,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
国立精神・神経センターが健康・体力づくり財団の協力で行った研究によると国民の21.4%が不眠に悩まされていることがわかった。一方、時間生物学の発展により、ヒトにおいて生体リズム障害が多くみられることがわかってきた。交代勤務の増加や時差地域間移動の増加が睡眠・生体リズム障害をさらに増加させている。国立精神・神経センター睡眠・生体リズム専門外来の調査では、難治性の睡眠障害のうち約半数はこうした生物時計の異常に起因する生体リズム障害を基盤とする障害であった。高齢者の不眠や老年期痴呆患者の夜間徘徊・異常行動の多くが生体リズム異常を背景に生じてくることがわかってきた。このように生体リズムの障害の頻度は非常に高いことが予測される。こうした生体リズム障害を示す疾患は、適切な治療が行われないと、難治性の睡眠障害を引き起こす。特に、高齢痴呆患者では、容易に昼夜逆転し、徘徊や興奮を示すにいたる。生体リズムの障害は二次的に内分泌異常、免疫機能異常などの様々な身体機能に影響を与え生活習慣病の悪化要因となり、精神科的には神経症、うつ病の原因となる。さらに、脱同調症状により、学業や就労にも大きな障害をきたし、産業事故の原因となる。一方で、世界規模の経済活動や24時間体制の医療システムの普及により、勤務体制の多様化や国民生活習慣の変化は今後も進むものと思われる。したがって、睡眠・生体リズム障害の治療法・予防法の開発は急務である。申請者らは、平成9年から11年までの厚生科学研究脳科学研究事業において、ヒト生体リズム異常の研究に必要ないくつかの方法論開発を行なった。これらの方法論を用い、今回のプロジェクトにおいては、1)ヒトの睡眠の概日リズム特性および神経回路網を明らかにし、2)ヒト生体リズム異常の病態を生理学および分子生物学的レベルで解明し、3)これに基づき新たな治療法を開発する。さらに、4)健常人における朝型・夜型傾向などの多様性の背景にある生理学的および分子生物学的基盤を明らかにすることで、5)睡眠・生体リズム異常の予防法を開発する。本研究により、睡眠・生体リズム異常の治療法が開発されると、難治性睡眠障害、痴呆患者の昼夜逆転や夜間徘徊などを速やかにかつ安全に治療できるようになる。さらに、早期治療により脳・身体機能に対する悪影響を防ぐことで、生活習慣病の頻度を低下させることにつながる。すなわち、国民保健の質的向上に貢献するとともに、痴呆問題対策としても有用な手段となる。神経症やうつ病の発生を抑え精神保健向上にも波及効果がある。健常人では睡眠習慣の嗜好がそれぞれ異なっているため、睡眠・生体リズム異常の予防法開発はこれまで困難だったが、この多様性を生理学的および分子生物学的に解明することで、交代勤務など睡眠・生体リズム異常ハイリスク状況における予防法が確立され、産業事故防止や産業保健に貢献する。
研究方法
1)ヒトのレム・ノンレム睡眠の概日特性においては、1日を通じたレム・ノンレム睡眠の出現傾向を恒常条件下で超短時間睡眠覚醒スケジュール法を用いて測定し、これらの概日リズム特性について、体温調節機構との関係から検討した。2)PETを用いた睡眠薬の睡眠中の脳活動に及ぼす影響の解明では、睡眠薬を服用時の睡眠中の脳活動を明らかにするため、ベンゾジアゼピン系睡眠薬であるトリアゾラム服用時とプラセボー服用時の睡眠中の脳血流をH215Oを標識薬物としたポジトロンCT(PET)を使用して検討した。3)昨年度、Per3遺伝子の [G647, P864, 4-repeat, T1037, R
1158] 多型が睡眠相後退症候群 (DSPS) で有意に高頻度で認められると報告した。今年度、更に多くの症例で検討した。季節性感情障害についても同様の検討を行った。4)概日リズム睡眠障害における光同調機構においては、ヒトにおける生体リズム異常に関連する疾患の病態解明及び新たな治療法を開発するために、概日リズム睡眠障害及び高齢者における光同調機構について検討した。5)ヒト睡眠・概日リズム調節機能の老化過程とそのメカニズムにおいては、健常高齢者と若年者について、通常生活環境下で連続5~7日間にわたり記録したアクチグラフデータから、入眠覚醒時刻を算出し、引き続き24時間にわたり低照度下で測定したメラトニン分泌リズムとの関係を検討した。
結果と考察
1)ノンレム睡眠、徐波睡眠、レム睡眠、ノンレム・レム睡眠のpropensityを3周期分散分析で検討すると、周期(日)による効果はみられず、1日の時刻による効果のみ認められ、日と時刻の交互作用もみられなかった。こノンレム睡眠、徐波睡眠、レム睡眠が概日リズムを持つことがわかった。1日の中での徐波睡眠の出現ピーク時刻は、3時27分、ノンレム睡眠の出現ピーク時刻は3時18分、レム睡眠の出現ピーク時刻は8時33分であった。すなわち、ノンレム睡眠および徐波睡眠のピークはレム睡眠に5時間先行して出現した。習慣的な入眠時刻は、23時59分であり、起床時刻は7時45分であった。これと睡眠傾向リズムとの関連をみると、入眠は徐波またはノンレム睡眠のピークに約3時間先行して起こり、起床はほぼレム睡眠の出現ピークでおきた。今回の実験で、徐波睡眠もレム睡眠と同様に出現のタイミングは生物時計の強い制御を受けていることが明らかなった。2)PETを用いた睡眠薬の睡眠中の脳活動に及ぼす影響の解明においては、プラセボー服用時には、安静覚醒時に比べ浅いNREM睡眠で、視床、前頭連合野と頭頂連合野および小脳で、局所脳血流の減少がみられた。深いNREM睡眠では、これらの部位に加えて、脳幹部や前脳基底部でも局所脳血流の減少が認められた。トリアゾラム0.25mg服用時には、安静覚醒時に比べ浅いNREM睡眠で、視床、前頭連合野と頭頂連合野、小脳、大脳辺縁系などで、局所脳血流の減少がみられた。深いNREM睡眠では、これらの部位に加えて、帯状回でも局所脳血流が低下した。今回の結果から、ヒトにおいてもベンゾジアゼピン系睡眠薬の作用機序の一つとして、大脳辺縁系の活動の抑制が関与していることが示唆された。3)DSPS群ではPer3遺伝子の [G647, P864, 4-repeat, T1037, R1158] 多型コントロール群の約6倍の頻度で認められ、上記多型がDSPS発症の危険因子であることが確認された。上記5個の多型のうち、V647G多型によりPER3蛋白のリン酸化が変化し、機能変化を生じて発症への脆弱性を増加させると推測された。季節性感情障害 (SAD) で上記多型の頻度を調べたところ、コントロール群の約7倍の頻度で認められ、SADの発症にも関与している可能性を見出した。また、Clock遺伝子の多型解析を行い、ミスセンス多型2個とサイレント多型1個を新たに見出した。ミスセンス多型はいずれも頻度が少なく、リズム障害との相関は認められなかった。しかし、活動パターンの朝型・夜型と相関すると報告されていたT3111C多型を調べたところ、DSPS群で頻度が少ない傾向が認められ、その発症との関係が示唆された。4)概日リズム睡眠障害における光同調機構では、唾液中のメラトニン濃度の抑制率は照度依存的に、また、照射時間依存的に抑制されることが確認された。これまで睡眠相後退症候群(DSPS)の病因として、光などの同調因子に対する感受性低下が考えられてきた。本研究の結果、光に対するメラトニンの抑制は、健常群と比較してDSPS患者群の方がむしろ高く、これまでの推測とは逆の結果となった。更に、これらに結果からDSPS患者に見られる睡眠相の後退は、夕方の光による位相の後退が関与しているのではないかとの可能性が示唆された。5)ヒト睡眠・概日リズム調節機能の老化過程とそのメカニズムにおいて、高齢者群で対照若年者群に比較して、mltBCP(メラトニンピーク時刻)、入眠時刻および覚
醒時刻ともに有意に前進していた。しかし、入眠時刻からmltBCPまでの間隔、mltBCPから覚醒時刻までの間隔ともに両群間で差は認められなかった。これらは、高齢者では早寝早起き型に移行するものの、メラトニンリズムと睡眠の位相関係は変化しないことを示唆する。高齢者群では若年者群に比較して、睡眠後半での中途覚醒が有意に増加していた。これについて、高齢者群では若年者群に比較して、中途覚醒が増加する01時から06時にかけて血中メラトニン分泌が有意に低下していることが明らかになった。
結論
本年度は3年研究計画の2年度であるが、ヒト生体リズム異常の研究に必要な方法論開発を初年度に引き続き発展させ、さらにこれを応用した基盤研究を行った。本年度の研究から、ヒト生体リズム異常についての基盤的研究知見だけでなく臨床研究に資する知見がすでにいくつか得られている。各分担研究者とも当初の研究計画をクリアーできたものと考える。これらの研究知見に加えて次年度研究を推進することにより、生体リズム異常の脳・身体機能に対する影響を明らかにし、ヒト生体リズム異常の病態を生理学および分子生物学的レベルで解明し、これに基づき新たな治療法を開発することが可能となる。さらに、健常人における朝型・夜型傾向などの多様性の背景にある生理学的および分子生物学的基盤を明らかにすることで、睡眠・生体リズム異常の予防法を開発できるものと考えられる。

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