文献情報
文献番号
200100632A
報告書区分
総括
研究課題名
脳・脊髄損傷の再生的治療法の開発
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
川口 三郎(京都大学)
研究分担者(所属機関)
- 井出千束(京都大学)
- 溝口明(三重大学)
- 西尾健資(京都大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
16,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
本研究は脳・脊髄損傷によって引き起こされる片麻痺、対麻痺、四肢麻痺の再生的治療法の開発を目指す。 再生的治療法というのは、損傷された神経伝導路の再生を導き、失われた神経回路網を再構築して機能回復を図ろうとするものである。現在、我が国には10万人の脊髄損傷患者がおり、交通事故などにより毎年新たに5千人の患者が発生すると云われており、さらに頭部外傷ではその数倍、脳血管障害では10数倍の患者の存在が報告されている。脳・脊髄損傷の再生的治療が可能になれば、これらの多く患者とその家族にとって計り知れない福音をもたらすだけでなく、国家財政の面から見ても大きな医療費負担の軽減になるであろう。このような治療法は、かつては不可能と考えられてきたが、私達の報告を含めて最近10数年の研究成果は、その可能性を明らかにしただけでなく、それを現実的な研究目標にした。欧米諸国では、この研究が国民の保健・医療・福祉の向上に役立つという観点からだけでなく、新たな産業に結びつく可能性を秘めた、したがって国際競争の場におかれた課題であるとの認識の下に、戦略的観点から研究基盤の強化が図られている。私達は、この研究領域で先駆的な研究成果を挙げてきており、本研究事業によって中枢神経損傷の再生的治療法開発の先端を切り開きたいと思う。この目標に向かって、1)新生ラットにおける脊髄髄節置換標本を用いて、再構築された神経結合と機能回復の相関を明らかにし、2)幼若ラットにおいて脊髄伝導路の著明な再生が可能となる条件を解明し、3)成熟ラットの脊髄切断標本を作成し、切断部局所を神経路の再生可能な環境にして神経回路を再構築し、体部位局在の再現性を検索し、4)脈絡叢上衣細胞の移植による脊髄後索の上行線維の再生促進を試み、5)軸索誘導機構を明らかにし、6)中枢神経軸索の再生を促進するブタ胎仔脳由来拡散性分子の分離・同定を進めるとともに、その再生促進メカニズムの解明を進める。
研究方法
1)新生ラットの脊髄1.5-2髄節を同長の胎仔ラット脊髄髄節で置換した。このラットにおいてBBB scaleを用いた行動評価、筋電図解析、トレーサースタディーを行い、再構築された神経結合と機能回復の相関を検索した。2)幼若ラットの下部胸髄を切断し、再生成功例と再生失敗例の局所条件の違いを比較検討し、脊髄伝導路の著明な再生が可能となる条件を解析した。3)成熟ラットの上部頸髄(C2-3)を切断し、切断部局所に胎生13日目の胎仔ラット脊髄組織を移植し、赤核脊髄路を再生させた後、逆行性トレーサーを用いて、その体部位局在の再現性を検索した。4)成熟ラットの第四脳室脈絡叢を採取後細切して、同系統のラット脊髄(C2)後索に移植し、電子顕微鏡学的、免疫組織化学的、電気生理学的解析を行った。また新生マウス脈絡叢を3週間培養した後、胎生14日の脊髄後根神経節のニューロンと共培養し、ニューロンからの突起の伸長を調べた。5)新生ラット脊髄髄節置換標本において、再生軸索と形成されたシナプスの形態を解析した。6)成熟ラットの下部胸髄を切断し、局所にブタ胎仔脳細胞質分画を投与し、切断局所を免疫組織蛍光法で検討した。
結果と考察
1)髄節置換されたラットは、正常ラットの生後発達に約5日遅れて後肢の運動機能を獲得し、BBB scaleでは平均で15.3±4.13であった。また、脳幹の標識ニューロンの数とBBB scale、さらに歩行中の四肢筋電図とBBB scaleは良く対応していた。著明な運動機能獲得には、再生線維の量と伸長距離が重要であり、四肢協調歩行の獲得には、皮質脊髄路の再構築が必要であることが明らかになった。2)皮質脊髄路を切断された幼若ラットにおいて、再生失敗例では、切断部局所におい
て、アストロサイトが消失する広い領域(astrocyte free area: AFA)を認めたのに対して、再生成功例では、切断部局所において未熟アストロサイトを認め、明らかなAFAを認めなかった。また、4型コラーゲンの沈着は、再生が失敗に終わった結果として生じており、またグリア瘢痕も再生失敗の原因ではなく結果であることが判明した。脊髄損傷後にグリア瘢痕が生じることは軸索再生失敗の原因であろうと長い間考えられてきたが、グリア瘢痕が再生失敗の原因ではなくむしろ結果であり、損傷早期に局所において軸索再生を促進する未熟アストロサイトが存在しないことが、再生失敗の原因と考えられた。3)赤核脊髄路を切断された成熟ラットの一部は著明な軸索再生を示しており、おおむね正常と同様の体部位局在の再現を認めた。しかし、一部は異所性投射を認めた。この異所性投射は著明な再生を認めた例では少なく、逆に再生の程度が低い例ほど異所性投射の割合が増加した。成熟ラットにおいても局所環境さえ改善してやれば、正常と同様の体部位局在を再現する著明な軸索再生が可能であることが明らかになった。この事は中枢神経修復において明るい展望を切り開いた。4)無数の再生軸索が移植片内に伸びること、および再生軸索は脈絡叢上衣細胞と密に接して、その表面に沿って伸びることを示した。また、再生軸索の中にはCGRP線維が含まれており、少なくとも一部は後索線維からの再生であることを示した。電気生理学的に、損傷部位の5 mm頭側に於いて、対照群とは違ってはっきりした誘発電位が記録された。培養系に於いても脈絡叢上衣細胞はニューロンの突起伸長促進作用を持つことを示した。5)著明な再生例では、再生錐体路軸索が移植片内で一旦脱束化した後、無髄神経の神経束として再束化し、さらに移植片内部および宿主末梢脊髄内部においてシナプスを形成することを示した。再束化神経束の本数は、近位錐体路軸索の約50%に達していた。また再生シナプスの形態は、正常と同様であった。再生錐体路軸索の再束化能およびシナプス再形成能は、今回初めて実証された概念で、点対点投射の回復を考える上で画期的な意義を持つと考えられる。即ち、この結果は、中枢神経伝導路が広範囲に渡って分布する標的細胞に整然と軸索を配るためには、神経が束という機能形態をとることが必要であることを示唆しており、さらに、何故、正常中枢神経で線維連絡が束という機能形態で行われているのかという基礎的な問いに対する明確なヒントを示している。また、再束化による再生軸索の本数が、もとの約50%に達した事実は、従来、視神経の末梢神経移植による再生軸索がもとの約5%であることと比較すると、この再生が量的にも格段に優れていることがわかる。6)対照群では、12時間後から切断部局所でGFAP陽性細胞、NG2陽性細胞によるglial framework(GF)の消失を認めた。ブタ胎仔脳細胞質分画投与群でもGF消失は認めたが、切断面において未熟グリア細胞が増加していた。切断2-3日後には白質のNG2陽性細胞が著明に増加していた。今回の結果で、損傷部早期から切断部局所においてGFが消失したことは、short-range guidance cuesが消失したと解釈できる。これに対して、ブタ胎仔脳細胞質分画投与群では、損傷部局所において軸索を誘導する未熟グリアが増加しており、このことが軸索再生に対して重要な意味を持つものと考えられた。
て、アストロサイトが消失する広い領域(astrocyte free area: AFA)を認めたのに対して、再生成功例では、切断部局所において未熟アストロサイトを認め、明らかなAFAを認めなかった。また、4型コラーゲンの沈着は、再生が失敗に終わった結果として生じており、またグリア瘢痕も再生失敗の原因ではなく結果であることが判明した。脊髄損傷後にグリア瘢痕が生じることは軸索再生失敗の原因であろうと長い間考えられてきたが、グリア瘢痕が再生失敗の原因ではなくむしろ結果であり、損傷早期に局所において軸索再生を促進する未熟アストロサイトが存在しないことが、再生失敗の原因と考えられた。3)赤核脊髄路を切断された成熟ラットの一部は著明な軸索再生を示しており、おおむね正常と同様の体部位局在の再現を認めた。しかし、一部は異所性投射を認めた。この異所性投射は著明な再生を認めた例では少なく、逆に再生の程度が低い例ほど異所性投射の割合が増加した。成熟ラットにおいても局所環境さえ改善してやれば、正常と同様の体部位局在を再現する著明な軸索再生が可能であることが明らかになった。この事は中枢神経修復において明るい展望を切り開いた。4)無数の再生軸索が移植片内に伸びること、および再生軸索は脈絡叢上衣細胞と密に接して、その表面に沿って伸びることを示した。また、再生軸索の中にはCGRP線維が含まれており、少なくとも一部は後索線維からの再生であることを示した。電気生理学的に、損傷部位の5 mm頭側に於いて、対照群とは違ってはっきりした誘発電位が記録された。培養系に於いても脈絡叢上衣細胞はニューロンの突起伸長促進作用を持つことを示した。5)著明な再生例では、再生錐体路軸索が移植片内で一旦脱束化した後、無髄神経の神経束として再束化し、さらに移植片内部および宿主末梢脊髄内部においてシナプスを形成することを示した。再束化神経束の本数は、近位錐体路軸索の約50%に達していた。また再生シナプスの形態は、正常と同様であった。再生錐体路軸索の再束化能およびシナプス再形成能は、今回初めて実証された概念で、点対点投射の回復を考える上で画期的な意義を持つと考えられる。即ち、この結果は、中枢神経伝導路が広範囲に渡って分布する標的細胞に整然と軸索を配るためには、神経が束という機能形態をとることが必要であることを示唆しており、さらに、何故、正常中枢神経で線維連絡が束という機能形態で行われているのかという基礎的な問いに対する明確なヒントを示している。また、再束化による再生軸索の本数が、もとの約50%に達した事実は、従来、視神経の末梢神経移植による再生軸索がもとの約5%であることと比較すると、この再生が量的にも格段に優れていることがわかる。6)対照群では、12時間後から切断部局所でGFAP陽性細胞、NG2陽性細胞によるglial framework(GF)の消失を認めた。ブタ胎仔脳細胞質分画投与群でもGF消失は認めたが、切断面において未熟グリア細胞が増加していた。切断2-3日後には白質のNG2陽性細胞が著明に増加していた。今回の結果で、損傷部早期から切断部局所においてGFが消失したことは、short-range guidance cuesが消失したと解釈できる。これに対して、ブタ胎仔脳細胞質分画投与群では、損傷部局所において軸索を誘導する未熟グリアが増加しており、このことが軸索再生に対して重要な意味を持つものと考えられた。
結論
1)損傷された中枢神経の機能回復には、再生線維の量と伸長距離が重要である。2)中枢神経の再生・失敗は損傷部の局所環境が重要であり、とくに早期に誘導される損傷部局所の未熟アストロサイトが重要である。3)成熟ラットにおいても、正常と同様の体部位局在を再現する著明な軸索再生が可能である。このことは脳・脊髄損傷の再生的治療法の開発に明るい展望を与える。4)脈絡叢上衣細胞は中枢神経再生を導く可能性を有する。5)神経路の再生時には脱束化した再生軸索の再束化が重要である。6)損傷後早期に局所に認めるglial frameworkの消失は、恐らく軸索再生が失敗に終わる原因であり、培養グリア細胞の移植やブタ胎仔脳由来拡散性分子は損傷部の局
所条件を改善して再生を導くことができる。
所条件を改善して再生を導くことができる。
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