乳幼児期に生じるけいれん発作の病態と治療に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100630A
報告書区分
総括
研究課題名
乳幼児期に生じるけいれん発作の病態と治療に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
飯沼 一宇(東北大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 呉繁夫(東北大学医学部)
  • 田中達也(旭川医科大学)
  • 佐藤康二(浜松医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
乳幼児においては脳の興奮性と抑制性のバランスが十分に発達・成熟していないため、難治のけいれんを呈することが多い。発達期脳の易けいれん性に関する2つのモデルを通して、興奮・抑制の機構、特に物質的基盤を解明することを目的とする。一つはグリシン脳症モデルマウス、もう一つはカイニン酸微量皮質注入による皮質形成異常モデルである。グリシン脳症においても脳形成異常が生じるので、これらのモデルはヒトにおける難治てんかんの大きな要因の一つである皮質形成異常症の病態を検討する上で有益である。そのため臨床例での種々の新しい脳解析技術を用いた機能・形態解析と動物における解析との接点を見出し、ヒト難治てんかんへの理解に資することを目的とする。
初年度は血中グリシン濃度の異なるモデルマウスの作成に成功したので、これらのモデルの易けいれん性、脳局所のグリシン開裂系酵素(GCS)サブユニットの発現などを検討する。またカイニン酸微量注入によって皮質形成異常が形成されたので、これらを脳組織学的に詳細に検討する。また興奮・抑制系の制御に関わるクロライドコトランスポーター脳局所発現を発達的視点で検討する。昨年同様、皮質形成異常症の臨床例において、磁気共鳴スペクトロスコピー(MRS)を用いて、細胞の特性を検討し、皮質形成異常症における細胞構築を生体において解析する。
研究方法
グリシン脳症モデルマウスに対し、電撃けいれんを与え、そのけいれん持続時間を測定する。これらのモデルの血中グリシン濃度を測定し、その相関を得る。グリシン脳症モデルマウスを組織形態学的に検討し、皮質形成異常の部位・特性を明らかにする。胎児~発達期ラットを用いて、GCSサブユニットのmRNAをin situ hybridezation法にて検討し、それぞれの発達段階における発現部位の特徴を検討する。
石膏で新生児ラットの型をとり、ここへハロセン麻酔を施した生後2日の新生児ラットを入れ、Bregmaから側方3mm、前方2mmの部位に27Gの注射針で頭皮上から頭蓋を穿孔し、その同部位に径0.3mmのステンレスパイプを頭皮から3mm刺入して、カイニン酸を注入した。カイニン酸は0.25、0.5、1.0、2.0μgを注入した。0.5μgの注入が形態学的に皮質形成異常が明瞭で生存率も良好だったので、以後これを実験に供与した。注入後1ヵ月と2ヵ月後に深麻酔下に10%ホルマリンで潅流固定し、脳病理組織をH-E、C-V、GFAP、NSE染色で検討した。さらに6ヵ月まで飼育し、脳波を観察した。
胎生18日、生後1日、15日、40日のラット脳を取り出し、20μgの切片を作成し、KCC1、KCC2、NKCC1のmRNAにそれぞれ特異なobigo cDNAプローブをハイブリダイズし、オートラジオグラフィにて観察し、脳内における遺伝子発現をin situ hybridization法で検討した。また生後1、6、14日の嗅球顆粒細胞において100μgのGABAを投与し、細胞内Ca2+濃度をFura-2の発色で測定した。
局所性形成異常症8例、periventricular nodular heterotopia 1例、band heterotopia5例に対してMRSを施行し、MRI上で皮質形成異常部と正常皮質部のNAA/Cr、Choline/Crの比を算出し、局所皮質形成異常、periventricula nodular heterotopia、band heterotopiaそれぞれにおいて比較し、細胞性質を推測した。
結果と考察
様々な血中グリシン濃度を示すグリシン脳症モデルマウスが得られたので、電撃に対するけいれん持続時間と脳内グリシン濃度の相関を検討した。その結果脳内グリシン濃度が高い程けいれんの持続時間は長く、有意の相関が得られた。すなわち、高グリシン濃度はけいれんを悪化させる要因になると考えられた。
また胎生12日のグリシン脳症モデルマウスでは、脳形成異常が認められた。すなわち脳皮質は菲薄化し、側脳室、第3脳室の形成不全を認めた。胎生15日のラット脳のGCSサブユニットのmRNAは側脳室、中脳水道、第4脳室の各脳室周囲の神経上皮細胞と、終脳基底板に強い発現を認めた。成熟ラットの脳でも、GCSの局在は神経幹細胞の豊富な部位に一致していた。T蛋白やH蛋白が脳実質にも発現を認めたのに対して、P蛋白の発現は神経上皮細胞と終脳基底板に限局しており、特に脳側脳室周囲の大脳へと分化していく部位での発現が他の脳室周囲より強く見られた。
カイニン酸を注入したラットでは注入20-30分後からtonic convulsion、pedaling様のけいれんが出現し、24時間以内に消失した。1.0μg投与では18匹中9匹(50%)、0.5μg投与では58匹中52匹(90%)、0.25μg投与では41匹中29匹(71.%)が生存した。組織学的検索では注入部位の壊死による損傷のほかに、注入部位周辺の皮質には層構造の乱れ、異常な神経細胞が出現し、皮質形成異常が作成された。新生児ラットではまだ皮質の層構築は完成していないので、この時期に過剰な興奮が生じると、正常な神経細胞の移動が障害されるためと考えられた。これは皮質形成異常の優れたモデルとなり得る。
発達期ラット脳の嗅球での3種(KCC1、KCC2、NKCC1)のクロライドコトランスポーターの遺伝子発現を検討したところ、KCC1とNKCC1は全ての神経細胞に弱いながらも早期から発現するのに対し、KCC2は神経細胞の最終分裂の順序と一致した部位に順次発現した。このことが発達過程の脳の興奮性に影響を与えることを想定し、嗅球顆粒細胞におけるGABA応答を検討した。顆粒細胞に100μgのGABAを投与すると、生後1日と6日では、細胞内Ca2+は著明に上昇したが、生後14日では上昇しなかった。生後6日から14日の間にKCC2の発現誘導が生じ、その結果GABAに対する応答性が興奮から抑制へと変化したことを示している。
各種皮質形成異常でのMRSの検討では、形成異常部のNAA/Cr比は1.46±0.37(±S.D.)であり、対側の健常部位(2.02±0.46)に比較して有意に低かった。(p=0.028)。periventricular nodular heterotopiaでも1.09と低値であった。しかしband heterotopiaでは1.65±0.21で対照とした外層の正常皮質(1.72±0.22)と同程度であった。一方Cho/Crの比は皮質形成異常部位で1.14±0.23であり、健常部の0.85±0.14に比較して有意(P=0.037)に高値であった。皮質形成異常部では神経細胞の構築が健常と異なっており、また髄質系細胞の混入を伴っているためと考えられた。Band heterotopiaでは皮質下深層の灰白質と皮質の灰白質でほぼ同等の構成になっていると考えられた。
結論
グリシン脳症モデルマウスの作成に成功し、グリシン濃度とけいれんの持続に正の相関が認められた。またこのモデルで脳形成障害が認められた。幼若ラットではグリシン開裂系酵素の発現が早期から認められ、脳形成に重要な役割を果たしていることが推測された。カイニン酸の微量注入により、皮質形成異常が認められ、脳波でもけいれん波が出現し、てんかん原性を有するモデルと考えられた。クロライドコトランスポーターの解析から幼若早期ではGABA応答が興奮性に作用しており、幼若期には興奮系が勝っている状況が推測された。皮質形成異常部での細胞構築の異常を非侵襲的に推定できた。
今後グリシン脳症モデル、カイニン酸モデル、皮質形成異常切除標本などを用いてクロライドコトランスポーターの発現、GABA応答の変化などを検討していく予定である。

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