神経回路網形成障害の分子機構に関する研究

文献情報

文献番号
200100629A
報告書区分
総括
研究課題名
神経回路網形成障害の分子機構に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
大野 耕策(鳥取大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 二宮治明(鳥取大学医学部)
  • 岡 明(鳥取大学医学部)
  • 佐治真理(鳥取大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
17,600,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
種々の遺伝的障害は、それぞれに特有な神経症状を示す。1つの遺伝的欠陥が特定の神経回路網の成熟障害や変性と関係していることは疑いない。それぞれの発育期遺伝病で、発育期神経回路網形成障害の分子機構を明らかにしていくことは、治療法確立に重要である。発育期の神経遺伝病の神経回路網障害機構を明らかにし、治療法の確立を目指す。
研究方法
小児期の脂質蓄積症の1つであるニーマン・ピック病C型に欠損する分子は細胞内脂質小胞輸送に関わる分子である。神経細胞にはコレステロール、ガングリオシッド GM1が蓄積する。モデルマウス,我々が樹立したCHO-npc1(-)細胞、ニーマン・ピック病C型患者細胞を用いて、神経回路網変性の特徴,脂質蓄積と神経変性の関係を明らかにする。結節性硬化症はTSC1とTSC2の2つの原因遺伝子が知られ、このどちらが欠損しても神経細胞の部分的な分化異常を示す。TSC1遺伝子産物であるハマルチンと結合する蛋白質の中から神経細胞の分化に関与する蛋白質の解析を行う。致死的な小児期の神経変性疾患であるセロイドリポフスチン症について日本人患者の欠損酵素と遺伝子の解析を行う。さらに、神経回路網形成に関与する樹状突起のスパイン可塑性に関するドレブリンをアンチセンスDNA でノックアウトしたラットの行動を比較した。
結果と考察
1)ニーマン・ピック病神経回路網変性とその分子機構
① ニーマン・ピック病C型モデルマウスの神経変性はプルキンエ細胞だけでなく、視床VPL/VPMも症状の進行と平行して脱落し、同時に、後根・後索・後索核も脱落し、感覚系神経回路が特異的に脱落することを見いだした。
② モデルマウスの脳でのプルキンエ細胞や視床VPL/VPM神経細胞の脱落とコレステロールやガングリオシッドGM1、GM2の蓄積領域を検討したが、これらの脂質の蓄積が脱落していく神経細胞に特異的であると言う所見は得られなかった。興味あることに、ガングリオシッドGM1とGM2の脳内蓄積部位は異なり、また培養プルキンエ細胞レベルでもGM2は各周囲のライソゾームに蓄積するのに対し、GM1は樹状突起に染まりその蓄積部位が異なっていた。
③ ガングリオシッドGM1の蓄積部位が早期エンドソームであることを明らかにし、ニーマン・ピック病C型に欠損するNPC1はこれまで知られていたライソゾーム/後期エンドソームからの脂質小胞輸送だけでなく、早期エンドソームから細胞膜への小胞輸送に関与することを見いだした。
④ 細胞表面のコレステロールの動態を明らかにする目的でCHO-npc(-)細胞でのBCθ毒素の結合部位を検討し、この毒素はNPC細胞では細胞表面の小胞に存在し、さらにNPC1 細胞はこれまで全く知られなかった方法(membrane shedding)で,細胞表面のコレステロールを含む小胞を細胞外に放出することを見いだした(未発表)。
⑤ ニーマン・ピック病C型患者細胞と正常細胞のmRNA発現パターンをDNAマイクロアレイで比較し、インターフェロンで誘導される一群の遺伝子の発現が亢進していることを見いだした。この背景にSTAT/JAKシグナル伝達系が亢進し、これらはCHO-npc1(-)でも確認し、さらにSTAT3と6はモデルマウスの脳の特に変性するプルキンエ細胞や視床VPL/VPM細胞で発現が増加していることを見いだした。JAK/STAT系シグナルの亢進はNPC細胞が放出するサイトカインによっておこることを見いだし、このサイトカインがプルキンエ細胞と感覚系回路網神経変性の原因であると考え,患者血清や髄液での測定とその機構を検討している(未発表)。
2)結節性硬化症の原因分子ハマルチンと結合する蛋白質の解析と神経分化異常の背景
① Yeast Two Hybdrid 法によって、ハマルチンのcoiled-coilded domainと結合する分子群の中から、p75NTR associated cell death excutor(NADE)とmenage a trios 1(MAT1) に注目した(未発表)。
② N-末にGFPをtaggingしたTSC1cDNAおよびC末にMycをtaggingしたNADE cDNAをCOS7細胞内で発現させ、抗myc抗体を用いてNADEの局在を検討した。ハマルチンは細胞質にドット状に染色され、NADEは細胞質全体に存在し、mergeでは,この2つの蛋白質はadhesion plaque で共存していた(未発表)。
③ PC12細胞のホモジネートを抗ハマルチン抗体による免疫沈降した蛋白質の中からNADEが検出された。以上からハマルチンとNADEはyeastレベルだけでなく、ほ乳類の細胞内でも蛋白質レベルで,結合・共存していることが明らかになった(未発表)。
④ NGF刺激前後のPC12細胞を抗p75NTR抗体で免疫沈降し、沈降物を電気泳動後、ハマルチン(Santa Cruz),ツベリン(Santa Cruz),NADE(Taka-Aki Sato博士から分与を受けた)に対する抗体でこれら蛋白質のNGF刺激前後の量的変化を検討した。この結果、ハマルチン、ツベリン、 NADE蛋白質ともにNGF刺激前よりp75NTRと結合し、NGF刺激によって量的に増加することを確認した。このことは、p75NTRを介して、NADEとハマルチンが結合するだけでなく、TSC2遺伝子産物のツベリンも結合していることが明らかになった(未発表)。
⑤ N末にGFPをtaggingしたMAT1とハマルチン抗体を用いて、COS7ではMAT1は主に核と細胞質にドット状に存在し、細胞質ではハマルチンの局在と一致していた。
⑥ TNF受容体ファミリーに属するp75NTRは神経成長因子NGFが結語することで神経細胞の死と生存を制御している。 NADEはこのp75NTRの細胞死を誘導するdomainに結合し、NGFによる神経細胞のアポトーシスを誘導する分子として同定された。また、核外移行シグナルを持つことから、我々が昨年観察したNGFによる神経細胞分化に伴うハマルチンの核外移行と関係している可能性があると考え、神経細胞分化との関係をさらに明らかにしていく。MAT1はサイクリン依存性キナーゼCDK7とサイクリンHとともにCDK活性化キナーゼのサブユニットを構成し、細胞周期,DNA転写や修復に関与するとされている。結節性硬化症の細胞周期異常S期の増加と関係する可能性のある分子としてさらに検討していく。
3)神経セロイドリポフスチン症の病態解明
① 神経セロイドリポフスチン症は進行性神経変性疾患である.本疾患の分子異常が明らかになり、これまで組織の電子顕微鏡的所見でしか診断ができなかったが、末梢血での診断を可能にした。
② 日本人症例は、ほとんどがCLN2に欠陥があることが明らかになったが、日本人ではCLN1-3のいずれでもない症例が存在していることが明らかになった。
4)発育期神経回路網形成障害の実験的研究
① ドレブリンA(developmentally regulated brain protein A)はラット新皮質、海馬、視床で豊富で、小脳で少なかった。9-10週齢の雄ウイスターラット脳室内にドレブリンAのアンチセンスDNAをHVJリポソーム法で導入すると、その発現は4日以内に著しく減少し、8日目でも低下が続き、18日にはもとのレベルまで戻った
② オープンフィールドテストで、ドレブリンAノックダウンマウスは対照群と比較して、長い毛繕い行動、短い静止行動が有意に観察され、新規環境に適応しにくい傾向を示し、アンフェタミン投与で自発運動の異常な増強があり、モーリス水迷路試験で空間記憶形成が確認された直後のプローブテストで、有意に長い時間プラットホームを探し続ける行動異常を示した(未発表)。
③ 樹状突起スパインはシナプス可塑性に重要な役割を果たすことが知られ、ダウン症などの発達障害でその形成が悪いことが知られている。樹状突起スパインに蓄積するドレブリンAのアンチセンスノックダウンによって、新規環境への適応異常、ドーパミンへの過感受性、正常な空間記憶形成、状況変化を認知できないことからくる誤り試行への固執などの行動の異常が観察され、精神遅滞,自閉症や精神分裂病のモデルとなる可能性が期待できる。
結論
小児期の神経変性疾患の中で、ニーマン・ピック病C型については、この疾患に欠損するNPC1分子の機能と欠損細胞での新たな知見を追加するとともに、モデルマウスでの脆弱神経回路網を同定し、神経変性に直接関与すると考えられる分子に到達した。今後、その分子の制御法の開発を目指す。
神経回路形成障害を示す結節性硬化症については、原因遺伝子の1つハマルチンと結合する蛋白質の中から、神経細胞の分化とアポトーシスに関与するNADEを介し、ツベリンとも結合することを見だし、結節性硬化症の神経細胞分化異常の背景を明らかにできる可能性が出てきた。また、MAT1は細胞周期進行に関与し、多くの臓器での腫瘍化の背景を明らかにできる可能性がある。
神経セロイドリポフスチノーシスは遺伝子が同定されて時間がたっておらす、診断と遺伝的分類を行っている。今後、神経変性機構に関わる分子機構を明らかにしていく必要がある。
発育期の神経回路網形成障害の実験的研究として、樹状突起スパインの機能に重要なドレブリンAのノックダウンで、ラットに行動障害が観察された。発育期の高次機能の発達に重要な実験系になると期待される。

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