文献情報
文献番号
200100627A
報告書区分
総括
研究課題名
筋ジストロフィーにおける筋線維崩壊の本体の解明
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
今村 道博(国立精神・神経センター神経研究所)
研究分担者(所属機関)
- 吉田幹晴(国立精神・神経センター神経研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
18,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
筋ジストロフィーの3分の2を占めるデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)の克服のためには、この疾患における筋線維崩壊の分子機構を明らかにする必要がある。我々はサルコグリカノパチー(SGP)と呼ばれる筋ジストロフィーがDMDとは異なる原因遺伝子の損傷によって生じるにも関わらず両者の筋症状が酷似していることに注目して、これらに共通の分子機構が存在するものと推察した。SGPおよびDMDのモデルマウスを用いた分子生物学的、生化学的解析を行ったところ、両疾患筋にはジストロフィン-ジストロフィン結合タンパク質(dys-DAP)複合体の主要構成成分であるサルコグリカン(SG)複合体の消失という共通の現象が認められた。そこで、我々はSGPとDMDとの酷似する筋症状の本体がSG複合体の形成阻害にあると考え、これを明らかにすると共に、筋線維変性抑制の方策を検討することを目的として本研究を推進している。
研究方法
SG複合体の減少とSGPおよびDMDの筋症状との関連について検証するため、以下の方法を用いて、(1)SGとジストロフィンの両遺伝子を欠損する新しい筋ジストロフィーモデルマウスを作成、解析した。また、(2)SG複合体の機能代償を行わせる類似構造の構築について検討した。さらに、筋細胞に発現する神経型一酸化窒素合成酵素(nNOS)をSG複合体に連結するジストロブレビン分子に注目し、(3)この分子種とnNOSの存在様式との関連について解析した。
(1)γ-SG遺伝子を欠損するSGPモデルマウス(GSGマウス)とDMDのモデルであるmdxマウスを交配し、γ-SGとジストロフィンの両遺伝子を欠損するダブルノックアウトマウスを得た。このマウスの筋症状を組織学的、生化学的に解析した。
(2)γ-SG遺伝子プロモーターの下に発現制御されるε-SG発現ベクターを作成し、骨格筋特異的にε-SGを発現する遺伝子改変マウスを作成した。
(3)ウサギ骨格筋よりdys-DAP複合体を精製すると共にジストロブレビン分子種およびシントロフィンに対する抗体を作製し、免疫沈降法によりdys-DAP複合体とnNOSの連結について解析した。
尚、本研究における動物実験の全ては、実験実施場所である国立精神・神経センター神経研究所が定める「動物実験に関する倫理指針」に基づいて行われており、動物福祉への配慮は十分に行われた。
(1)γ-SG遺伝子を欠損するSGPモデルマウス(GSGマウス)とDMDのモデルであるmdxマウスを交配し、γ-SGとジストロフィンの両遺伝子を欠損するダブルノックアウトマウスを得た。このマウスの筋症状を組織学的、生化学的に解析した。
(2)γ-SG遺伝子プロモーターの下に発現制御されるε-SG発現ベクターを作成し、骨格筋特異的にε-SGを発現する遺伝子改変マウスを作成した。
(3)ウサギ骨格筋よりdys-DAP複合体を精製すると共にジストロブレビン分子種およびシントロフィンに対する抗体を作製し、免疫沈降法によりdys-DAP複合体とnNOSの連結について解析した。
尚、本研究における動物実験の全ては、実験実施場所である国立精神・神経センター神経研究所が定める「動物実験に関する倫理指針」に基づいて行われており、動物福祉への配慮は十分に行われた。
結果と考察
(1)γ-SGとジストロフィン遺伝子を欠失したGSG-mdxマウスの解析
性染色体上のジストロフィン遺伝子が傷害されたmdxマウスにおいては常染色体ホモローグであるユートロフィンの発現上昇が認められるが、一方で二次的なSG複合体の減少が生じる。γ-SGを欠損したGSGマウスではmdxよりも著しいSG複合体の減少が認められるが、ジストロフィンの発現にはほとんど影響しない。従って両遺伝子を欠損させた場合にはmdxと同レベルのユートロフィン存在下でSG複合体のみがさらに減少するものと予測された。実際に、GSG-mdxマウスの骨格筋を調べたところSG複合体の極端な減少が認められたが、ユートロフィンとこれを筋細胞膜に支持するβ-ジストログリカンの発現はmdxマウスのものと同レベルであった。
GSG-mdxマウスは加齢に伴い脊柱が湾曲するという特徴的な容姿を示すと共に後肢を引きずり、倒すと起き上がり難いという運動障害を示した。生存率を調べたところ、mdxマウスとGSGマウスが2年以上生存するのに対してGSG-mdxマウスは41週齢で50%、52週齢で90%が死亡した。また、体重については生後20週を境に緩やかな減少に転じることが示された。mdxマウスとは生後25週以降に有意な体重差が認められたため、この週齢に注目してGSG-mdxマウスの筋組織を解析した。解析した全ての骨格筋で、中心核線維の存在に加えて著しい結合組織の増大が認められた。また、半数が死亡してしまう41週齢の筋組織を調べると結合組織の増大のほか、腓腹筋での著しい脂肪化が観察された。心筋においては30週齢前後から結合組織が観察されるようになった。上記したようにGSG-mdxマウス骨格筋におけるdys-DAP複合体の構成変化を考え合わせると、このマウスの顕著な筋症状はSG複合体の形成阻害によるものと考えられた。ただし、SG複合体を完全に消失しているβ-SG欠損マウスに比べてもGSG-mdxマウスの筋症状の方がひどいため、これについてはSG複合体以外の分子関与についても検討する必要がある。重要な問題の1つはこのマウスではジストロフィンに代わってユートロフィンが発現している点である。ユートロフィンはジストロフィンを欠失したmdxマウス骨格筋に代償的に発現しているが、その機能を補うレベルにはない。このような分子条件下でSG複合体形成を阻害したことにより両要因が相乗的に作用した可能性がある。
(2)SG複合体再構築法の検討
上記の結果により、SG複合体の形成阻害が筋症状の発現に関連することが示唆されたが、それならば、疾患筋においても安定なSG複合体を再構築することができれば、筋症状が改善されるのかという問題が提起される。そこで、我々は非横紋筋型SG複合体に注目し、これに横紋筋型複合体の機能代償を行わせることを計画した。横紋筋に発現するSG複合体はα-、β-、γ-、δ-SGの4つの分子から構成されているが、このうちのどれか1つに異常が生じてもSG複合体形成は阻害される。ところが、α-SGのホモローグとして発見されたε-SGはα-SGの機能を補ってβ-、γ-、δ-SGと複合体を形成するばかりか、γ-SG非存在下においてもβ-、δ-SGと共に安定な複合体を形成することを我々は明らかにした。実際にこれらの複合体は平滑筋とシュワン細胞に発現しており、ユートロフィンと共にdys-DAP複合体の類似構造を形成している。このことは、非横紋筋型SG複合体を横紋筋中に発現させればα-SGもしくはγ-SGを欠損するSGPやDMDの筋細胞内でも安定なdys-DAP複合体を構築する可能性を示唆している。これを検証するため、我々はε-SGを骨格筋特異的に高発現する遺伝子改変マウスを作成し、ε-SGの発現量が異なる複数のマウスラインを確立した。今後、このマウスのdys-DAP複合体構成を明らかにし、疾患筋への導入について検討する。
(3)骨格筋におけるnNOSの存在様式の解析
DMDの筋線維膜ではnNOSが消失することから、nNOSの機能と筋線維変性との関連が議論されている。我々はシントロフィンに結合したnNOSがジストロブレビン分子を介してSG複合体に結合することを発見し、SG複合体がnNOSの酵素活性制御に関与する可能性を指摘した。実際にジストロブレビン欠損マウスではnNOS活性が低下して、筋ジストロフィー様の組織像を示すことが報告されている。今回、我々は骨格筋に3種類のジストロブレビン分子種(DB1、DB2、DB3)が発現していることに注目し、これらとnNOSの存在様式との関連について調べた。DB1とDB2にはSG複合体結合構造の他、シントロフィン結合構造とジストロフィン結合構造が存在している。一方DB3が結合できるのはSG複合体のみであり、シントロフィンとジストロフィンに対する結合能を欠いている。このため原理的には1つのdys-DAP複合体中に異なる複数のDB分子種が数種類の組み合わせで共存することが可能性であるが、我々は1つのdys-DAP複合体には一種類のDB分子種しか存在しないことを明らかにした。さらにDB3を擁するdys-DAP複合体にはシントロフィンが存在せず、従ってnNOSを連結できないことが示された。nNOSの直接の結合ターゲットであるシントロフィンはジストロブレビンに結合しなくともジストロフィンに結合すると考えられてきたが、我々の結果はこれに再考を促すものである。
性染色体上のジストロフィン遺伝子が傷害されたmdxマウスにおいては常染色体ホモローグであるユートロフィンの発現上昇が認められるが、一方で二次的なSG複合体の減少が生じる。γ-SGを欠損したGSGマウスではmdxよりも著しいSG複合体の減少が認められるが、ジストロフィンの発現にはほとんど影響しない。従って両遺伝子を欠損させた場合にはmdxと同レベルのユートロフィン存在下でSG複合体のみがさらに減少するものと予測された。実際に、GSG-mdxマウスの骨格筋を調べたところSG複合体の極端な減少が認められたが、ユートロフィンとこれを筋細胞膜に支持するβ-ジストログリカンの発現はmdxマウスのものと同レベルであった。
GSG-mdxマウスは加齢に伴い脊柱が湾曲するという特徴的な容姿を示すと共に後肢を引きずり、倒すと起き上がり難いという運動障害を示した。生存率を調べたところ、mdxマウスとGSGマウスが2年以上生存するのに対してGSG-mdxマウスは41週齢で50%、52週齢で90%が死亡した。また、体重については生後20週を境に緩やかな減少に転じることが示された。mdxマウスとは生後25週以降に有意な体重差が認められたため、この週齢に注目してGSG-mdxマウスの筋組織を解析した。解析した全ての骨格筋で、中心核線維の存在に加えて著しい結合組織の増大が認められた。また、半数が死亡してしまう41週齢の筋組織を調べると結合組織の増大のほか、腓腹筋での著しい脂肪化が観察された。心筋においては30週齢前後から結合組織が観察されるようになった。上記したようにGSG-mdxマウス骨格筋におけるdys-DAP複合体の構成変化を考え合わせると、このマウスの顕著な筋症状はSG複合体の形成阻害によるものと考えられた。ただし、SG複合体を完全に消失しているβ-SG欠損マウスに比べてもGSG-mdxマウスの筋症状の方がひどいため、これについてはSG複合体以外の分子関与についても検討する必要がある。重要な問題の1つはこのマウスではジストロフィンに代わってユートロフィンが発現している点である。ユートロフィンはジストロフィンを欠失したmdxマウス骨格筋に代償的に発現しているが、その機能を補うレベルにはない。このような分子条件下でSG複合体形成を阻害したことにより両要因が相乗的に作用した可能性がある。
(2)SG複合体再構築法の検討
上記の結果により、SG複合体の形成阻害が筋症状の発現に関連することが示唆されたが、それならば、疾患筋においても安定なSG複合体を再構築することができれば、筋症状が改善されるのかという問題が提起される。そこで、我々は非横紋筋型SG複合体に注目し、これに横紋筋型複合体の機能代償を行わせることを計画した。横紋筋に発現するSG複合体はα-、β-、γ-、δ-SGの4つの分子から構成されているが、このうちのどれか1つに異常が生じてもSG複合体形成は阻害される。ところが、α-SGのホモローグとして発見されたε-SGはα-SGの機能を補ってβ-、γ-、δ-SGと複合体を形成するばかりか、γ-SG非存在下においてもβ-、δ-SGと共に安定な複合体を形成することを我々は明らかにした。実際にこれらの複合体は平滑筋とシュワン細胞に発現しており、ユートロフィンと共にdys-DAP複合体の類似構造を形成している。このことは、非横紋筋型SG複合体を横紋筋中に発現させればα-SGもしくはγ-SGを欠損するSGPやDMDの筋細胞内でも安定なdys-DAP複合体を構築する可能性を示唆している。これを検証するため、我々はε-SGを骨格筋特異的に高発現する遺伝子改変マウスを作成し、ε-SGの発現量が異なる複数のマウスラインを確立した。今後、このマウスのdys-DAP複合体構成を明らかにし、疾患筋への導入について検討する。
(3)骨格筋におけるnNOSの存在様式の解析
DMDの筋線維膜ではnNOSが消失することから、nNOSの機能と筋線維変性との関連が議論されている。我々はシントロフィンに結合したnNOSがジストロブレビン分子を介してSG複合体に結合することを発見し、SG複合体がnNOSの酵素活性制御に関与する可能性を指摘した。実際にジストロブレビン欠損マウスではnNOS活性が低下して、筋ジストロフィー様の組織像を示すことが報告されている。今回、我々は骨格筋に3種類のジストロブレビン分子種(DB1、DB2、DB3)が発現していることに注目し、これらとnNOSの存在様式との関連について調べた。DB1とDB2にはSG複合体結合構造の他、シントロフィン結合構造とジストロフィン結合構造が存在している。一方DB3が結合できるのはSG複合体のみであり、シントロフィンとジストロフィンに対する結合能を欠いている。このため原理的には1つのdys-DAP複合体中に異なる複数のDB分子種が数種類の組み合わせで共存することが可能性であるが、我々は1つのdys-DAP複合体には一種類のDB分子種しか存在しないことを明らかにした。さらにDB3を擁するdys-DAP複合体にはシントロフィンが存在せず、従ってnNOSを連結できないことが示された。nNOSの直接の結合ターゲットであるシントロフィンはジストロブレビンに結合しなくともジストロフィンに結合すると考えられてきたが、我々の結果はこれに再考を促すものである。
結論
ジストロフィンとSG遺伝子を欠損するGSG-mdxマウスでは重篤な筋症状が観察され、筋組織内での線維化や脂肪化が特に著しいことが示された。さらに生化学的解析の結果、この筋症状にはSG複合体の著しい形成阻害が関連するものと考えられた。
ε-SGの発現レベルを上昇させた遺伝子改変マウスを作成した。これを用いることにより、GSGやmdxマウスの疾患筋上で非横紋筋型SG複合体を構築し、その効果を検証することが可能となった。
nNOSに足場を提供しているdys-DAP複合体は均一な分子組成により構成されていると考えられてきたが、これがnNOSを連結するものと連結できないものとに区別されることを明らかにした。また、異なるDB分子種を擁するdys-DAP複合体がどのような細胞膜領域に存在し、その微少環境がnNOS活性発現にどのように関連するのかという問題の解明が重要になると考えられた。
ε-SGの発現レベルを上昇させた遺伝子改変マウスを作成した。これを用いることにより、GSGやmdxマウスの疾患筋上で非横紋筋型SG複合体を構築し、その効果を検証することが可能となった。
nNOSに足場を提供しているdys-DAP複合体は均一な分子組成により構成されていると考えられてきたが、これがnNOSを連結するものと連結できないものとに区別されることを明らかにした。また、異なるDB分子種を擁するdys-DAP複合体がどのような細胞膜領域に存在し、その微少環境がnNOS活性発現にどのように関連するのかという問題の解明が重要になると考えられた。
公開日・更新日
公開日
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更新日
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