インフルエンザ脳炎・脳症発症機序の解析と治療法の開発

文献情報

文献番号
200100626A
報告書区分
総括
研究課題名
インフルエンザ脳炎・脳症発症機序の解析と治療法の開発
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
木戸 博(徳島大学分子酵素学研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 長嶋 和郎(北海道大学)
  • 永武 毅(長崎大学熱帯医学研究科)
  • 黒田 泰弘(徳島大学医学部)
  • 大内 正信(川崎医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
27,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
気道に感染したインフルエンザウイルスによって脳炎・脳症がどのような機序で発症するか、(1)その発症機序の解析と誘因としての年齢依存性、代謝異常症の有無、ライ症候群の誘因となるアスピリンや抗痙攣剤の影響が検討された。さらに、(2)現在一般に見られるインフルエンザ脳炎が、非神経向性のインフルエンザウイルスであるにもかかわらず、神経症状を引き起こす機序の解明。(3)急速な脳浮腫の病因解析と治療法の確立。以上を研究目標として研究が行われた。特に本年度は、患者の多くが授乳期の乳幼児や、授乳期以後の小児でも発熱に伴う強い食欲不振と嘔吐があり、体内のATP産生の主たる栄養源がglucoseではなく、ミトコンドリアでのβ 酸化に依存しなくてはならない状況であること。さらに、インフルエンザウイルス由来の蛋白質(PB1-F2)が多量にミトコンドリア内に蓄積され、ミトコンドリアの機能障害を誘発すること。アスピリンはミトコンドリアの脂肪酸代謝の障害を引き起こすこと, 等を背景にミトコンドリアでの遊離脂肪酸代謝異常がインフルエンザ脳炎の誘因になるか否かの検討がなされた。また脳浮腫の原因解明と治療法を目的として、TNF-?とIL-6などのサイトカインについて作用機序の検討、抗インフルエンザ薬とウイルス中和抗体の検討がなされた。
研究方法
脳炎発症の年齢による影響を検討するため、C57BL/6J とJuvenile Visceral Steatosis (JVS)のNewborn (生後2日目), 離乳期(3週齢)、成熟(6週齢)マウス、及びDDY (3-4週齢)マウスを用いた。これらの動物に、神経向性インフルエンザA/WSN/33(H1N1)株と非神経向性株インフルエンザA/Aichi/68 (H3N2)株を経鼻感染、静脈内投与、脳室内投与した。解熱剤には、Diclofenac Sodiumを、カルニチンアンタゴニストにはβ-(2,2,2-trimethyl-hydrazium) propionate (THP) を使用した。インフルエンザ脳炎による脳浮腫の測定はEvance Blueを用い、インフルエンザウイルスRNAの定量は、蛍光標識probeを用いたReal Time PCRでウイルスHemagglutinine (HA) のコピー数を測定した。治療効果の検定には、抗マウスIL-6, 抗TNF-??抗体、グリチルリチン、ノイラミニダーゼ阻害剤、抗WSN抗血清を検討した。(倫理面への配慮)主治医の説明の基に検体の提供に同意した患者の検体を採取して測定を行った。動物実験は実施した大学の動物実験倫理委員会の承認を得て行った。
結果と考察
(I)ミトコンドリアの遊離脂肪酸代謝異常はインフルエンザ脳炎の誘因となる。ミトコンドリアでの可逆的な遊離脂肪酸代謝異常を誘導する確立されたシステムとして、長鎖脂肪酸のミトコンドリアへのトランスポートに必須なカルニチンのアンタゴニスト、THPを5日間処理したマウスと、細胞膜のカルニチントランスポータ-の遺伝的欠損マウスのシステムを用い、遊離脂肪酸代謝異常がインフルエンザ脳炎の誘因になるか否かの検討がなされた。ミトコンドリアの遊離脂肪酸代謝異常は、非神経向性株インフルエンザウイルス感染の増悪と脳浮腫、さらに脳内でのウイルスゲノムコピー数を著明に増加させて生存率の低下を導いたが、これらの現象はNewborn期と離乳期のマウスでのみ認められ、成塾マウスでは見られず年齢依存性を示した。ミトコンドリアの脂肪酸代謝の障害を引き起こすアスピリンは、授乳期と離乳期のマウスでのみ感染を増悪させ生存率を低下させた。(II)非神経向性株インフルエンザウイルスの脳内侵入は、血管内皮に限局される。本来気道に感染親和性を示す非神経向性インフルエンザウイルスであつても、ミトコンドリアの脂肪酸代謝の
障害を伴う場合では、感染トロピズムは肺に留まらず脳内に侵入することが明らかになった。ウイルスはこの場合、脳の実質にまで浸潤することはなく血管内皮に限局された。一方、神経向性インフルエンザウイルスの場合、脳の血管内皮に留まることなく脳の実質にまで侵入して強い神経症状を示した。ウイルス抗原の血管内皮での検出に先立って脳浮腫が検出されることから、ウイルスの血管内皮での増殖が、血液ム脳血管関門の障害を引き起こすと考えられた。昨年度の研究から、ミトコンドリアの脂肪酸代謝障害を伴う脳の血管内皮では、肺炎の進行に伴って多量のミニプラスミンが血管内皮に蓄積されることが明らかになっている。このミニプラスミンは、インフルエンザウイルスの増殖サイクルを促進することからインフルエンザ脳炎発症の一因と考えられた。(III)サイトカインによる血管内皮細胞の障害と脳浮腫。これまでのインフルエンザ脳炎・脳症に関する臨床データーの解析では、TNF-?, IL-6などのサイトカインと血管内皮のE-selectinの増加が報告されている。そこで正常ラットの内頚動脈に及ぼすIL-6とTNF-? の効果をin vitroの系で検討した。その結果、TNF-?と IL-6は共に血管拡張増強作用を示し、浮腫を引き起こすと推定された。しかし抗TNF-?と抗 IL-6中和抗体を投与した動物実験では、神経症状の抑制効果も生存率の改善効果も認めれれず、今後のさらなる検討が必要である。(IV)咽頭内細菌叢のプロテアーゼとインフルエンザ感染の増悪。学童期以前の幼児期の小児では、常在細菌と病原細菌が共に多く咽頭に付着していることから、付着菌の増加の原因を解明すると共にインフルエンザ感染の増悪機序の解明を進めている。(V)ウイルス性脳症の発症機序とウイルス蛋白質。ウイルス性脳症の発症には、ウイルスに由来する蛋白質が直接関与する可能性が示唆される。インフルエンザウイルスでは、新規のインフルエンザ蛋白質PB1-F2がミトコンドリアに蓄積され、細胞のアポトーシスを誘導することが2001年Nature Medicineに報告された。PB1-F2の作用機構についてはまだ不明な点が多く、今後ミトコンドリアの機能不全、ミトコンドリア内の遊離脂肪酸代謝異常との関係を明らかにして行く必要がある。一方、中枢神経系のoligodendrocyteに感染して脱髄性脳症を引き起こすヒトJC virusでは、ウイルス蛋白質agnoproteinの機能解析が注目されている。これまでの解析からagnoproteinは核内外を移行し、細胞質ではtubulinと結合、核内ではDNAと結合して転写を制御していると予想された。今後インフルエンザウイルスのPB1-F2についてもミトコンドリアへの蓄積機序の解析、ミトコンドリア機能障害の作用機序の解析を進める。(VI) 臨床検体の解析。全国の大学及び関連施設の小児科で、インフルエンザ脳炎・脳症の疑われた患児19例の尿、血清及び乾燥血液濾紙の有機酸、脂肪酸、アシルカルニチン、アミノ酸を定量した。これまでのところ、先天性代謝異常及び本症に特有な後天性代謝異常は見出せなかった。しかし19例中2例で抗痙攣薬のバルプロ酸ナトリウムの代謝産物が検出され、バルプロ酸ナトリウムがカルニチン低下症を介したミトコンドリアの遊離脂肪酸代謝異常を誘導するとされることから、今後のさらなる追跡が必要である。
結論
インフルエンザ脳炎・脳症の発症が特に小児で好発するとい、年齢依存性と、高熱や強い食欲不振、嘔吐を伴う場合の多いことから、誘因としてミトコンドリアの遊離脂肪酸代謝異常を疑ってモデル動物で検討した。その結果、ミトコンドリアの遊離脂肪酸の代謝異常を誘発した動物実験では、本来脳に感染トロピズムを示さない非神経向性インフルエンザウイルス株でも、経鼻感染することで脳の血管内皮でウイルス抗原が蓄積され、脳浮腫が確認された。これに対して神経向性インフルエンザウイルスWSN株では、ウイルスは脳の血管内皮に留まらず、脳実質にまで広がり激しい神経症状を引き起こした。TNF-?とIL-6は動脈の弛緩と拡張を引き起こし、脳浮腫の発症原因になりうることが確認されたが、抗TNF-?、抗IL-6中和抗体の効果はin vivoで確認できまか
った。ウイルス中和抗体、ノイラミニダーゼ阻害剤は、神経症状の改善など治療効果を示した。臨床検体の解析からは、19例中2例にミトコンドリアの機能不全を誘発する可能性のある抗痙攣薬バルプロ酸ナトリウムの代謝産物が検出され今後危険因子としての解析が必要である。

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