多発性硬化症の神経免疫学的研究-疾患感受性および疾患抵抗性遺伝子を利用した視神経脊髄型多発性硬化症の責任自己抗原の検索(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100625A
報告書区分
総括
研究課題名
多発性硬化症の神経免疫学的研究-疾患感受性および疾患抵抗性遺伝子を利用した視神経脊髄型多発性硬化症の責任自己抗原の検索(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
吉良 潤一(九州大学医学系研究院・神経内科)
研究分担者(所属機関)
  • 西村泰治(熊本大学医学研究科・免疫識別学)
  • 菊池誠志(北海道大学医学研究科・神経内科学)
  • 深澤俊行(北祐会神経内科病院・神経内科学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
26,100,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
日本人の多発性硬化症(MS)は、臨床症候から見た病巣が視神経と脊髄に限られる視神経脊髄型MS(OS-MS)と、それ以外の中枢神経系にも多巣性に病巣を有する通常型MS(C-MS)が混在している。欧米白人におけるMSでは、疾患感受性遺伝子としてHLA-DRB1*1501が知られている。一方、我々は、日本人のMS患者をOS-MSとC-MSとに分類した場合、C-MSでは欧米白人と同様にDRB1*1501と正の相関にあるのに対し、OS-MSでは相関は認められず、DPB1*0501と正の相関にあることを発見した。この各々の疾患感受性を示すHLAクラスII分子は、T細胞に抗原提示される抗原ペプチドと結合するペプチド収容溝のアミノ酸配列が異なるため、全く異なる抗原ペプチドをT細胞に抗原提示していることが予想される。また、それぞれの病型の患者末梢血単核球をミエリン蛋白由来ペプチドにて刺激した場合、そのエピトープの拡大する傾向が、OS-MSではMOGへの拡大、C-MSではPLPへ拡大する傾向が強いことが示され、これらは各々の疾患感受性を示すHLAクラスII分子の違いに由来する可能性が考えられた。以上のように、日本人におけるMSは、臨床的に、免疫遺伝学的に、また、T細胞の自己抗原に対する免疫応答においても異なる2つの病型が混在している。近年、MSの主要な標的であるオリゴデンドロサイトについて、視神経や脊髄には大脳とは異なる特有の前駆細胞が多く存在することが示されており、OS-MSの病型の形成に関与する、視神経、脊髄に特有な責任自己抗原の存在が示唆される。本研究では、日本人に頻度の高いOS-MSの責任自己抗原の同定を第一の目的とする。さらに、九大・北大で多数例のMS患者を集積し、MSの各病型ごとに新たな疾患感受性・抵抗性遺伝子を発見していくことを第二の目的とする。
研究方法
Ⅰ. SEREX法によるスクリーニング:前年度作製したヒト脊髄cDNA発現ライブラリーを用い8例のOS-MS患者血清をSEREX法にてスクリーニングを行った。1名の患者血清につき、5~10×105個のファージをスクリーニングし、11個の陽性クローンを得て、塩基配列の決定により、最終的に5つの異なる候補自己抗原(Rabaptin-5, Heat shock protein 105, NSD1, KIAA1640, KIAA0610)が同定された。
上記の候補自己抗原のうち、heat shock protein 105α(HSP105α)並びにRabaptin-5のリコンビナント蛋白を作製し、ELISA法にて血清中IgG抗体測定を行った。対象は、健常対照群66名(平均年齢46.8歳、男:女=15:51)、OS-MS患者35名(平均年齢44.3歳、男:女=1:4)、C-MS患者34名(平均年齢37.1歳、男:女=12:22)。患者血清を50倍希釈し、二次抗体に抗ヒトIgGを2000倍希釈したものを用いて、O.D.450nmにて測定し、健常群の平均+ 2SD以上を陽性とした。髄液における抗体測定は、神経変性疾患患者髄液27検体をコントロールとし、OS-MS患者21名、C-MS患者21名の髄液を用い検討した。また、HSP105に関しては、自己反応性T細胞の検討も行った。
Ⅲ. 疾患感受性・抵抗性遺伝子の検索;MS患者並びに健常者において、Interleukin(IL)-1β、IL-1ra、Tumor necrosis factor(TNF)-β遺伝子における遺伝子多型の検討を行った。対象は、最低1年以上経過している診断確実なC-MS患者94-98名、健常群104名で、末梢血より得られたDNAにて解析を行った。IL-1βに関しては制限酵素Taq Iを用い、エクソン5に存在するC(allele 1)→T(allele 2)の多型を検出し、IL-1raに関してはイントロン2に含まれ、86塩基対よりなるVNTR(variable number of tandem repeat)のリピート数の検討を行った(allele1: 4 repeats, allele2: 2 repeats, allele3: 5 repeats, allele4: 3 repeats, allele5: 6 repeats)。TNF-βに関しては制限酵素Nco Iを用いた。それぞれで得られた遺伝子多型は、MSの臨床症状、MRI所見、HLA genotypingなどとの相関を検討した。
Ⅳ. 動物モデルの作製;OS-MSの動物モデルの作製のため、疾患感受性遺伝子であるDP5(DPA1*02022/DPB1*0501)遺伝子のトランスジェニックマウスを作製する。
結果と考察
Ⅰ.SEREX法による自己抗原同定
OS-MS患者8名の血清をスクリーニングすることにより、11個の陽性クローンを得た。このうち、9個はオーバーラップしたクローンであり、最終的に5つの異なる遺伝子(Rabaptin-5, Heat shock protein 105, NSD1, KIAA1640, KIAA0610)が同定された。
i) ELISAによる抗体測定
Rabaptin-5融合蛋白(N末より235AAを欠く、全体の73%を占めるGST融合蛋白)を作製し、血清・髄液でのIgG抗体測定を行ったが、対照群とMS並びに各病型において有意差は認められなかった。
HSP105蛋白に対する血清中抗IgG抗体の測定では、健常対照群(陽性率3.0%)に比べ、全MS(14.5%)並びにOS-MS(14.9%)、C-MS(14.7%)にて陽性者数は有意に上昇していた(全MS: p=0.0193, OS-MS: P=0.0341, C-MS: p=0.0302)。しかしながらOS-MSとC-MSでは有意差は認められなかった。男女間での検討では、健常対照では男女間に有意差は認められないが、MS患者では有意差(p=0.0350)が認められ、陽性者は全例女性であった。髄液での検討では、陽性率では神経変性疾患群との間にMS群で有意差は認められなかったが、O.D.値を用いたMann-Whitney U検定において、OS-MS群で有意な上昇が認められた(p=0.04)。
ii)HSP105αに対する自己反応性T細胞応答
健常対照群5名、MS患者群9名においてHSP105αに対するCD4+CD45RO+T細胞の自己反応性T細胞の検討では、健常対照群においてはSIが2以上の増殖反応は認められなかったが、MS群においては9名中3名にSIが2以上の増殖応答が認められた。これらのことより、HSP105がMSの新規自己抗原であることが示唆された。
Ⅱ. 疾患感受性・抵抗性遺伝子の検索
1)IL-1β遺伝子多型:Taq Iにより識別されるIL-1β遺伝子のエクソン5に存在する多型は、IL-1β産生に影響を及ぼすことが知られている。しかしながら、今回の検討では、MSとの相関は認められなかった。2)IL-1ra遺伝子多型:IL-1ra遺伝子のイントロン2に存在する多型は、in vitroにおいてIL-1raやIL-1αの産生に影響を及ぼすことが知られている。これまでの報告では、この部位の多型では、allele2とMS、allele2と病型との間に相関が認められるとするものもあるが、否定的な報告もなされている。今回の日本人MSにおける検討では、各alleleとMS、並びに病型や発症年齢などと有意な相関は認められず、関連性は低いと考えられた。3)TNF-β遺伝子多型:今回の検討においても、TNFB1、TNFB2の各々の頻度は、MS群と対照群において有意な相関は認められず、臨床経過や発症年齢などとも有意な相関は認められなかった。
Ⅲ. 動物モデルの作製
OS-MSの動物モデルを作製するため、疾患感受性遺伝子であるHLA-DP5(DPA1*02022/DPB1*0501)遺伝子のクローニングを行った。プロモーターとしてマウス・インバリアント鎖プロモーターを用いることとし、Dr. Mathis よりpDOI-6ベクターを得た。pDOI-6ベクターのCla Iサイトにそれぞれの遺伝子をライゲーションすることによりコンストラクトを作製しえた。現在、マウス胚へのマイクロインジェクションを行っている。
結論
OS-MSの責任自己抗原を同定するため、OS-MS患者血清を用い、SEREX法にてスクリーニングを行った。OS-MS患者8名の血清より5つの候補抗原が同定できた。このうちHSP105はMSの新規自己抗原の可能性が示唆された。今後、HSP105とMSの病態との関連を検討し、さらに他の候補抗原のOS-MSとの関連性を検討する。疾患感受性遺伝子の検索では、今回解析したIL-1β、IL-1ra、TNF-βはいずれもMS、並びに病型や発症年齢などとは有意な相関は認められなかった。

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