免疫性神経疾患の発症機構の解明と治療法の開発(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100623A
報告書区分
総括
研究課題名
免疫性神経疾患の発症機構の解明と治療法の開発(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
楠 進(東京大学)
研究分担者(所属機関)
  • 結城伸泰(独協医科大学)
  • 吉野英(国立精神・神経センター国府台病院)
  • 鎌倉恵子(防衛医科大学校)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
18,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
免疫性神経疾患、とくにギラン・バレー症候群(GBS)をはじめとする免疫性ニューロパチーでは、抗ガングリオシド抗体がしばしば血中に上昇し、診断マーカーとして、さらに病態に関わる可能性のある因子として注目されている。ガングリオシドには数多くの分子種があるが、とくにギラン・バレー症候群では症例ごとにさまざまなガングリオシドに対する抗体が上昇することが知られる。本研究班では、この抗ガングリオシド抗体に焦点を当てて、それぞれの抗体の診断的意義、および病態に果たす役割を明らかにし、それらの知見に基づいて最適の治療法を開発することを目的としている。
楠班員はIgMパラプロテイン血症を伴うニューロパチーにおいて、IgM M蛋白がガングリオシドとリン脂質からなるエピトープを認識する例が報告されていることから、GBSにおける血中抗体についても同様の検討を行うことを着想し、enzyme-linked immunosorbent assay (ELISA)法でGBS急性期血中抗体のGM1ガングリオシドとphosphatidic acid (PA)からなるエピトープに対する抗体活性を測定した。
結城班員はウシ脳の粗ガングリオシドおよびGM1ガングリオシドをウサギに免疫することにより、軸索障害型ギラン・バレー症候群の動物モデルの作成を報告していた。本年度はこのモデルに対する免疫グロブリン大量静注療法(IVIg)の有効性を検討した。また同班員は抗GM1 IgG抗体陽性のGBSの主たる先行感染因子であるCampylobacter jejuniのリポ多糖によりウサギを感作して、軸索障害型運動ニューロパチーの作成を試みた。
抗GalNAc-GD1a抗体と純粋運動型GBSとの関連が報告されているが、吉野班員は抗GalNAc-GD1a抗体を用いてラットの神経組織を免疫染色し、GalNAc-GD1aの末梢神経における局在を検討した。
GBSでは約20~30%に人工呼吸器が必要であり、予後との関連でもそのような症例の解析が重要である。鎌倉班員は楠班員との共同研究により人工呼吸器を要したGBSの臨床的特徴および陽性となる抗ガングリオシド抗体の分析を行った。
研究方法
東京大学神経内科に抗体検査依頼のあった121例の急性期GBS血清について、ELISA法で抗体価を測定した。抗原としてGM1 200ng、PA200ng、およびGM1とPAを100ngずつ混合させた抗原(GM1/PA)を用い、それぞれの抗原に対する抗体活性を比較検討した。
ウサギのオスにアジュバントとともに、ウシ脳粗ガングリオシド2.5mgを抗原として感作し、発症したウサギを2群に分けてウサギIgGまたは同容量の生理食塩液を5日間静脈注射した。またGBS患者から分離されたC. jejuniからリポ多糖を精製し、アジュバントとともにウサギを感作した。
ラットを麻酔下に還流固定し、凍結切片を作成して、GalNAc-GD1aに特異的に反応する抗体陽性の患者血清を用いて免疫染色し、GM1に対するウサギ抗体を用いた結果と比較した。
1998年1月から2000年9月の間に東京大学神経内科に抗体測定を依頼されたGBS患者血清の、GM1, GM2, GM3, GD1a, GalNAc-GD1a, GD1b, GD3, GT1b, GQ1bに対する抗体活性をELISAで測定し、それらの症例を人工呼吸器を要した群とそうでない群に分けて、抗体の陽性頻度と臨床的特徴を解析した。
結果と考察
121例のGBS急性期血清のうち32例が抗GM1 IgG抗体陽性で、陽性血清全てがGM1とphosphatidic acid(PA)を混合した抗原(GM1/PA)に対しても反応し、抗GM1/PA活性は抗GM1活性より有意に高かった。個別にみると、78%の例で抗GM1/PA活性がGM1単独に対する抗体活性より高い値を示した。さらに抗GM1 IgG抗体陰性の89例のうち12例が抗GM1/PA IgG抗体陽性であった。GBS血中の抗体にはGM1とPAによる複合エピトープを認識するものが多いことが明らかになった。ガングリオシドは細胞膜上でリン脂質と共存しており、ガングリオシドとリン脂質からなるエピトープを認識する抗体はガングリオシド単独に対する抗体よりも強い結合性をもつ可能性がある。
粗ガングリオシドを抗原として作成した軸索型GBSの動物モデルに対するIVIg法の効果をみると、臨床スコアが4点以下に回復する時間と実験終了時に3点以下に回復した動物の割合は、IVIg群が生理食塩液投与群よりも有意に優れていた。ヒトの軸索型GBSと同様にモデル動物でもIVIgの有効性が示された。このモデル動物を用いてIVIgの作用部位や作用機序が明らかになることが期待される。またGBS患者から得られたC. jejuniのリポ多糖でウサギを感作することにより、抗GM1抗体上昇を伴った運動麻痺が生じ、病理学的に軸索変性を示唆する所見が得られた。C. jejuni感染後で抗GM1抗体上昇を伴う軸索型GBSの機序として、分子相同性仮説が提唱されているが、それを支持する結果と考えられる。
還流固定したラット組織の抗GalNAc-GD1a抗体による免疫染色により、脊髄前角細胞および運動神経軸索の染色がみられた。一方抗GM1抗体は主としてミエリン外膜を染色した。この結果は抗GalNAc-GD1a抗体と純粋運動型GBSとの関連を支持するものと考えられた。
人工呼吸器を要するGBSでは、呼吸器感染の先行が多く、脳神経障害を高率に伴っていた。抗ガングリオシド抗体の分析では、IgG抗GQ1b抗体の出現が有意に高頻度であった。IgG抗GQ1b抗体はマウス横隔膜の運動神経終末で伝導障害を生じることが報告されており、ヒトでも同部位に作用して呼吸筋麻痺をきたす可能性が考えられ今後の検討が必要である。
結論
GBS血中抗体はGM1単独よりもGM1とリン脂質からなるエピトープにより強く反応するものが多い。今後他のガングリオシドについても検討する必要がある。GBSの診断および病態解明には、ガングリオシドとリン脂質による複合エピトープに対する抗体活性の解析が重要である。
ヒトGBSと同様、ウサギ軸索型GBSモデルでもIVIgが有効であった。今後このモデルを用いてIVIgの作用メカニズムの解析が期待される。C.jejuniのリポ多糖の感作により、抗GM1抗体上昇を伴う軸索型GBS動物モデルが作成されることから、分子相同性仮説が強く支持された。
GalNAc-GD1aの運動ニューロンにおける局在が示され、抗GalNAc-GD1a抗体の純粋運動型GBS発症との関わりが支持された。
呼吸筋麻痺を伴うGBSの臨床的特徴が明らかになり、IgG抗GQ1b抗体の呼吸筋麻痺との関連がはじめて示された。

公開日・更新日

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