神経幹細胞を用いた神経再生・修復のための基盤技術の開発(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100622A
報告書区分
総括
研究課題名
神経幹細胞を用いた神経再生・修復のための基盤技術の開発(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
中福 雅人(東京大学大学院医学系研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 後藤由季子(東京大学分子細胞生物学研究所)
  • 島崎琢也(慶應義塾大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
31,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
急速な高齢化社会を向かえた我が国では、神経変性疾患、痴呆性疾患などの困難な神経疾患が、現在大きな社会問題となっており、有効な治療法の開発が急務である。本研究の目的は、増殖能と多分化能を持つ神経幹細胞・前駆細胞を用いて、神経組織の変性を阻止し修復するための治療法を開発するにあたり、その理論的、技術的な基盤を確立することにある。
研究方法
神経系疾患のモデル系として汎用されているラットおよびマウスを用いて、胎生期あるいは成体神経組織より神経幹細胞・前駆細胞を単離し、培養した。トランスフェクション法あるいはレトロウイルス感染法により遺伝子操作をおこない、神経幹細胞・前駆細胞の増殖、分化、生存維持に働く種々の機能分子の生理機能を試験管内で解析した。また、特異的分子マーカーに対する抗体を用いた免疫組織化学染色法により、神経幹細胞・前駆細胞の遺伝子発現、増殖、分化の動態を個体レベルで解析した。また特定の遺伝子を欠損した変異マウスや疾患モデルラットを用いた解析をおこなった。
結果と考察
2年目にあたる平成13年度では、主任研究者の中福が脊髄切断損傷ラット、海馬虚血損傷ラット等の解析を中心に、また分担研究者の後藤、島崎は神経幹細胞に関する分子レベルでの解析を集中的におこなった。
まず、主任研究者の中福は、成体に残存する神経幹細胞・前駆細胞の性質を詳細に解析した。その結果、成体ット脊髄においては、従来考えられていた中心管周囲のみならず実質部にも多数の神経幹細胞・前駆細胞が残存し、さらに、それらが損傷に応答して増殖し、組織の修復機転に関与することを実験的に初めて明らかにした。しかし、損傷脊髄内では、神経幹細胞・前駆細胞からのニューロンの新生は観察されなかった。この前駆細胞からのニューロン新生を抑制する機構として、Notch受容体を介したシグナル伝達系およびBMP, CNTF等のサイトカインシグナル伝達系が関与することを明らかにした。そこで、この抑制シグナルを解除するため、ニューロン誘導活性を持つ転写因子Ngn2を損傷組織内の神経前駆細胞に強制発現させたところ、ニューロンの新生を誘導し得た。現在、この新生ニューロンによる脊髄機能の回復を目指した研究を進めている。
中福はさらに、成体脳内の神経前駆細胞の再生能を明らかにするため、一過性全脳虚血ラットをモデルとした解析をおこなった。虚血損傷に応答して脳内の神経前駆細胞は増殖、移動、分化し、特に海馬領域ではCA1 錐体ニューロンを一部再生することを見出した。さらに、脳室内への増殖因子の投与により内在前駆細胞の増殖を亢進させ、海馬ニューロンの再生を著明に促進することに成功した。最適条件では、損傷で一旦ほぼ全てが死滅するCA1 錐体ニューロンを、虚血後1ヶ月で正常レベルの40%程度まで再生させることが可能であった。この再生ニューロンはシナプス形成を介して既存の神経回路に組み込まれ、虚血によって傷害される海馬依存的な空間学習・記憶機能の回復に貢献していることを明らかにした。
一方、分担研究者の後藤は、中福との共同研究により、これまでほとんど明らかになっていない神経幹細胞・前駆細胞の生存維持に関わる分子機構について解析を進め、Notchシグナル伝達系が生存促進的に働くことを明らかにした。すなわち、マウス胎児終脳由来神経上皮培養系において、Notch細胞内ドメインを発現すると生存促進するが、この時RAMドメイン周辺領域を欠失したNotchでは生存促進活性が観察されなかった。また、Notchの同じ領域に依存してNFkBの活性化と幾つかのBcl-2ファミリーメンバーの誘導が起こることが明らかになった。上記の結果から、神経幹細胞においてNotchが生存促進的に働く際に、RAMドメイン周辺領域が重要であることが明らかになった。
また、分担研究者の島崎は、神経幹細胞の増殖因子であるEGFのレセプターの下流で働くシグナル伝達分子であり、MAP kinase経路の活性化に関与しているGab1の欠失変異体マウスにおける神経幹細胞の動態を解析した。その結果、Gab1のホモ欠失変異体(gab-/-)では、胎生14日目の線条体由来神経幹細胞のEGFに対する反応性が消失していることを見出した。また、オリゴデンドロサイト前駆細胞の減少が観察された。さらに、ヘテロ欠失変異体(gab+/-)の成体の側脳室周囲に存在している神経幹細胞の数が野生型に比べて約80%増加していた。また、gp130を介したシグナルによってその発現が亢進されるGFAPの発現は、生後7日目の脊髄および成体脳で低下していた。以上の結果から、Gab1が主に生後から成体に至るまでの神経幹細胞の維持に負に作用しており、胎生期では主にオリゴデンドロサイト前駆細胞の分化増殖あるいは生存に必要であると考えられた。
結論
本年度の研究成果により、成体神経組織に残存する神経幹細胞・前駆細胞について、これまでほとんど不明のままであった実際の残存数や分布といった基本的な性質が明らかとなってきた。また、これまでほとんど明らかにされていなかった神経幹細胞・前駆細胞の生存維持機構について、幾つかの重要な知見が得られた。さらに、再生医療の観点から最も重要な成果として、虚血損傷後の海馬ニューロンの再生誘導による脳機能の回復に成功した。これらの知見は、神経幹細胞・前駆細胞の治療法への応用に当たり、その理論的、技術的な基盤として極めて重要な成果であると考えている。

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