運動ニューロン疾患の病態関連分子の同定と治療法の開発

文献情報

文献番号
200100621A
報告書区分
総括
研究課題名
運動ニューロン疾患の病態関連分子の同定と治療法の開発
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
祖父江 元(名古屋大学大学院医学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 道勇 学(名古屋大学大学院医学研究科)
  • 中野亮一(新潟大学脳研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
-
研究費
18,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
A. 研究目的
運動ニューロン疾患には筋萎縮性側索硬化症(ALS)をはじめとするいくつかの疾患が含まれるが、選択的運動ニューロン死が共通の最終のcommon pathwayである。しかしこの運動ニューロン死の機序は現在のところ不明である。その病態形成には多くの因子が関与していると考えられるが、現在のところ病態解明の糸口さえ見出されていない。ヒトゲノムプロジェクトの進展によりヒトゲノムの塩基配列および発現遺伝子についての情報が解明されようとしているが、この成果をもとに疾病の病態解明および新規治療法を開発を志すものが「ゲノム創薬」である。我々はこの考えに基づきALSを始めとする運動ニューロン疾患の病態解明・新規治療法開発戦略を以下のように考えている。一つはレーザーマイクロダイセクション法を用いて、single cellの状態で細胞を集め、RNA増幅法により発現遺伝子プロファイルを作成することが可能となってきている。さらにマイクロアレイ又はDNAチップを用いることにより、多数の遺伝子の発現を同時かつ包括的に、定量的に測定することが可能となってきている。神経組織は神経細胞、グリア細胞、上衣細胞などlineageの異なる細胞群が混在するheterogenietyの高い組織であり、疾患の病態もおそらくこれらのlineageによって大きく異なっていることが考えられる。特に運動ニューロン疾患のように脊髄前角運動ニューロンが選択的に変性死に陥るような疾患では、脊髄を構成する細胞群に占める脊髄前角運動ニューロンの割合は極めて小さいために運動ニューロンを単離してその発現遺伝子プロファイルを解析することが病態解明に有効であると考えている。このシステムを用いて得た運動ニューロン疾患に関わる多数の遺伝子の情報を用いることにより、運動ニューロン疾患の病態解明・新規治療法開発しようと考えている。また孤発性を含めたALSと病理学的な共通点も多いALSモデル動物であるSOD1トランスジェニックマウスを用いて、発症段階や病理像のより純粋で均一な組織を用いて精度の高い遺伝子発現プロファイルを検討することで、ヒトの運動ニューロン疾患についての理解がより深まるものと思われる。もう一つはゲノムにおける単一塩基多型(SNPs)を始めとする遺伝子多型解析からの運動ニューロン疾患の病態解明・新規治療法開発である。この両者を有機的に組み合わせてシステムを構築することにより運動ニューロン疾患の病態解明・新規治療法開発しようと考えている。
研究方法
B. 研究方法
1)運動ニューロン発現遺伝子プロファイル解析
変異SOD1(G93A)トランスジェニックマウス(mSOD1 Tg)とそのlittermateを用い、雄性8、 14週令の腰髄膨大部凍結組織を用いた。各々の凍結切片作成後、PALMを用いレーザーマイクロダイセクション法にて脊髄前角運動ニューロンを切り出した。50個の脊髄前角運動ニューロンを1サンプルとし、RNA抽出後cDNAを作成しT7 RNA polymeraseにより増幅した。増幅後サンプルをmSOD1 TgはCy3で、対照例をCy5で蛍光標識後cDNAマイクロアレー (Incyte社:Life array: 10,000 cDNA)にハイブリダイズ・洗浄後定量化し遺伝子発現量の変化を検討した。また脊髄ホモジュネートにつても同様に8、 14週令の腰髄膨大部凍結組織を用いて解析を行った。cDNAの機能別分類はIncyte社の分類に従った。
2) 孤発性ALSの全ゲノム領域を対象とした関連解析
対象は本邦の孤発性ALS 84名(男性50名、女性34名、平均年齢58.6±10.4歳)、と対照群95名(男性52名、女性43名、平均年齢70.8±7.4歳)とした。対照群は正常者およびALS以外の疾患患者(高血圧、糖尿病、緊張型頭痛、脳梗塞、頚椎症、末梢神経障害、てんかん、くも膜下出血、重症筋無力症、本態性振戦などで神経変性疾患は含まれていない)で60歳以上の者とした。末梢血白血球より抽出したゲノムDNAを用いて、全ゲノム領域を4.6cM間隔(811種類)でカバーするマーカー(ABI PRISM Linkage Mapping Set-HD5)による多型解析を行った。各マイクロサテライトマーカー毎に孤発性ALS群と対照群間で多型パターンに違いがあるか、統計解析(χ2検定、 2×n Table)を行った。
(倫理面への配慮)
運動ニューロン発現遺伝子プロファイル解析に関する研究においては名古屋大学医学部実験動物取り扱い指針に従い本研究を行った。孤発性ALSの全ゲノム領域を対象とした関連解析に関する研究においては新潟大学倫理委員会より承認を得ており、ゲノムDNAの収集にあたっては、本研究の目的や方法などについて口頭および文書により十分な説明を行い、文書により同意を得て行った。
結果と考察
C. 研究結果
1)運動ニューロン発現遺伝子プロファイル解析
cDNAマイクロアレーによる発現遺伝子プロファイル解析においてcDNAの機能別に分けて運動ニューロンにおいては病初期でユビキチン・プロテアゾーム関連遺伝子がmSOD1Tgでup-regulateされていた。同時期の脊髄ホモジュネートではユビキチン・プロテアゾーム関連遺伝子の発現変動は認めず、運動ニューロン特異的な変化であると考えられた。一方病後期において脊髄ホモジュネートで炎症関連遺伝子群がmSOD1Tgでup-regulateされていた。同時期の運動ニューロンではこのような変動は認めず、これはおもにグリア細胞に由来する変化であると考えられてた。定量RT-PCRおよび免疫染色でそのmRNAおよび蛋白レベルでの発現量の検証をしたところ、いずれもcDNAマイクロアレーでのデータと矛盾を見なかった。
2) 孤発性ALSの全ゲノム領域を対象とした関連解析
第1染色体からX染色体に至る、811種類のマイクロサテライトマーカー毎のp値を解析した。この中で、第18染色体の1カ所、およびX染色体の2カ所のマイクロサテライトマーカーについてはp<0.001を示した。
D. 考察
運動ニューロン発現遺伝子プロファイル解析にてALSと病理学的な共通点も多いALSモデル動物であるSOD1トランスジェニックマウスを用いて、発症段階や病理像のより純粋で均一な組織を用いて精度の高い遺伝子発現プロファイルを検討することで、ヒトの運動ニューロン疾患についての理解がより深まるものと思われる。今後は発現遺伝子プロファイリングを用いて得られた多数の遺伝子に関する情報をもとに、培養神経細胞モデルや遺伝子改変マウスを用いたより詳細な病態の分子機序の検討を行い、ALSを初めとする運動ニューロン疾患の治療的インターベンションの可能性につき研究を行う。全ゲノム領域における関連解析を日本人孤発性ALSに対して初めて試み、第18染色体、X染色体において3カ所でp値の低い領域を認めた。しかし、今回は約800種類のマイクロサテライトマーカーによる多重検定を行っていることから、偽陽性が出現する可能性が高く、p値は0.05/800=0.0000625より小さな値が必要であり、この3カ所のゲノム領域も現段階では有意であるとは言えない。今後さらに近傍のマーカーについて解析を行う必要がある。また、今回の解析対象サンプルが少数のために検出力が弱いことが、有意差の得られない原因である可能性があり、サンプル数を増加することも不可欠である。
結論
E. 結論
レーザービームを用いて運動ニューロンを単離してその発現遺伝子プロファイルを解析する研究をもとに、ALSを始めとする運動ニューロン疾患の新しい病態解明・新規治療法開発戦略が描けると期待できる。これをさらにALSにおける全ゲノム領域における関連解析を組み合わせ発展させることでいわゆる「ゲノム創薬」に繋がっていくと考える。

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