神経変性疾患におけるユビキチンシステムの分子病態解明と治療法開発への応用(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100619A
報告書区分
総括
研究課題名
神経変性疾患におけるユビキチンシステムの分子病態解明と治療法開発への応用(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
和田 圭司(国立精神・神経センター神経研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 高田耕司(慈恵会医科大学)
  • 野田百美(九州大学大学院薬学研究院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
35,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究では、蛋白質分解系として近年重要性が高まっているユビキチンシステムに焦点を当て、神経変性の分子機序を蛋白質の品質コントロール破綻の面から解析することでまだまだ不明の点の多い神経変性疾患の分子機序解明に新たなメスを入れる。ごく最近我々は、逆行性神経軸索変性ならびに軸索末端の異常物蓄積を特徴とする軸索ジストロフィーマウス(略してgadマウス)のポジショナルクローニングを行い、その原因が脱ユビキチン化酵素の一つで神経特異的な発現を示すubiquitin C-terminal hydrolase I(UCH-L1)遺伝子の欠失であることを明らかにした(Nature Genetics , 1999)。「ユビキチン化された蛋白質の凝集」が共通して認められることが多い神経変性疾患の研究において、ユビキチンシステムの変異により実際神経変性が直接もたらされることを初めて示した重要な報告である。本研究ではこの成果をもとに、脱ユビキチン化酵素と相互作用する蛋白質の同定・機能解明を行い、神経変性疾患が共有する分子機構を解き明かす。また、ユビキチンサイクルの補正という新しい観点から治療法を開拓する。
研究方法
(1)ユビキチン代謝の測定: パルスラベル法と特異的抗体を使用してユビキチンの代謝を測定した。proteasome 阻害剤とライソゾーム阻害剤を使用し、ユビキチン代謝に与える影響を検討した。(2)UCH-L1と相互作用する因子の解析: UCH-L1の活性中心のシステインをセリンに置換した変異UCH-L1を利用しUCH-L1の基質などの検索をおこなった。また免疫共沈降法、yeast two-hybrid法などによりUCH-L1と結合する蛋白質の検索を行った。(3)ユビキチン、ユビキチン依存性蛋白分解に対するUCH-L1の作用の解析: gadマウスあるいはUCH-L1導入神経細胞やUCH-L1トランスジェニックマウスを用いてユビキチンの免疫組織染色を行った。またUCH-L1のユビキチンとの結合性や酵素活性をUCH-L3と比較した。さらに、gadマウスにおける蛋白質の蓄積を特異的抗体を用いたwestern blot法で解析した。(4)マルチユビキチン化蛋白質の単離・同定技術の開発: ユビキチン結合領域部分に注目し、endoproteinase Asp-Nで切断生成されるユビキチンC末端領域ペプチド(UCP)を含むペプチド断片群をUCP特異的抗体で分離・分画することを試みた。(5)UCH-L1による神経伝達物質受容体反応増強作用の解析: UCH-L1発現PC12細胞におけるP2X型ATP受容体の活性をホールセル・パッチクランプ法で解析した。 (6)TAT-UCH-L1の作用解析: HIV由来TAT蛋白配列を付加したUCH-L1及びユビキチンを開発し、細胞内への取り込み、末梢投与後の脳内への取り込みを検討した。(7)UCH-L1ホモログの同定: UCH-L1遺伝子と相同性のある新規遺伝子を通常のクローニング法で同定し解析した。(8)UCH-L1/UCH-L3二重変異マウスの作製: gadマウスとUCH-L3欠損マウスとの交配による二重変異マウスを開発した。(倫理面への配慮)動物を使用する研究計画はすべて国立精神・神経センター神経研究所動物実験倫理問題検討委員会や分担研究者の所属する施設の倫理問題検討委員会で審議され承認を受けた。実際の動物使用に当たっては国の法律・指針並びに米国NIHの基準を守り動物が受ける苦痛を最小限に留めた。ヒト標本を用いた研究計画は研究対象者の不利益、危険性の排除を行い、インフォームドコンセントに十分配慮し、厚生科学審議会等の定める規定を遵守した。
結果と考察
(1)ユビキチン代謝: パルスラベル法と特異的抗体を用いた解析で、ユビキチン代謝はproteasome 阻害剤処理では遅延しないがライソゾーム阻害剤で遅延することを見出した。(2)UC
H-L1とユビキチンの結合: 免疫共沈降法などによりUCH-L1と結合する蛋白質としてユビキチンを確定した。またyeast two-hybrid法などによりUCH-L1がERK1やmyelin basic proteinと相互作用する可能性の高いことを見出した。(3)ユビキチン安定化因子としてのUCH-L1機能解析: UCH-L1はUCH-L3に比べより強固にユビキチンと結合すること、しかし酵素活性はUCH-L3に比べ低いことを見出した。さらに、UCH-L1導入神経細胞やUCH-L1トランスジェニックマウスでは特に神経軸索でユビキチン量が増加しユビキチンとUCH-L1は共存していた。またgadマウスではユビキチン量が減少しておりユビキチン依存的分解を受ける蛋白質が蓄積していた。(4)マルチユビキチン化蛋白質の単離・同定: endoproteinase Asp-Nによって生成されるユビキチンC末端領域ペプチドD58-G76(UCP)が分析に適する結論を得た。K562細胞の細胞質画分から精製したマルチユビキチン化蛋白質標品を用いて、基質と推定される蛋白質の部分断片が得られた。 (5)神経伝達におけるユビキチンシステムの病態生理解析: ATP投与によるP2X受容体反応はUCHL1をトランスフェクションした細胞で有意な増加が認められた。P2X受容体反応の大きさは、PKA阻害剤で有意に抑制された。 (6)遊離ユビキチン量の適正化に基づいた治療法の開発: HIV由来TAT蛋白のうちprotein transduction domainを付加したUCH-L1及びユビキチンを開発し、細胞内への取り込み、末梢投与後の脳内への取り込みを確認した。(7)UCH-L4の同定: 新たな脱ユビキチン化酵素遺伝子UCH-L4をマウスで同定した。(8)新たなモデル動物の開発: gadマウスとUCH-L3ノックアウトマウスとの交配で二重変異マウスを作製した。
本年度の結果は、ユビキチンが主にライソゾームで分解されることを初めて示すだけでなく、UCH-L1がユビキチンと結合しユビキチンがライソゾームなどで分解されるのを防護する重要な因子である可能性が高いことを示す。実際UCH-L1はUCH-L3に比べ、ユビキチンC末端の水解作用は弱く、逆にユビキチン結合性はUCH-L3に比べ高い。UCH-L1は哺乳類にのみ存在し、しかも神経系と生殖器系に特異的に発現することを考えると、神経系においてはUCH-L1はユビキチン保護蛋白質としてユビキチンの代謝回転やユビキチン依存的蛋白分解を律速し、神経細胞の機能を維持していると推測される。その意味でマルチユビキチン化蛋白質の単離・同定法を開発した意義は大きい。生体内のマルチユビキチン化蛋白質は、複数の基質蛋白に不定長のユビキチン鎖が付加したもので質量的にきわめて不均一である。そのため、直接単離分析するという手法は、非実用的と見なされていた。本研究はこの点を克服しただけでなく、ユビキチンシステムの機能異常からみた神経変性の分子カスケードの抽出に貢献する。免疫共沈降法、yeast two-hybrid法などによりUCH-L1がERK1やmyelin basic proteinと相互作用する可能性の高いことを見出したことも興味深い。その生物学的意味づけと病態との関連性の追求は今後の課題であるが、myelin basic proteinについては神経損傷時一時的にUCH-L1がグリアに発現することを見出しているので、神経再生との関連性での研究の展開が望まれる。UCHL1によるP2X受容体反応の増大の発見はユビキチンシステムがシナプス伝達を制御している可能性を示唆するものでその意義は大きい。PKA阻害剤で有意に増大が抑制されたことから、UCHL1がPKAを活性化することによりP2X受容体を修飾していることが示唆された。神経変性疾患における神経回路機能の解析はまだ緒についたばかりであることから本研究の一層の発展が期待される。またTAT配列を付加したUCH-L1及びユビキチンが末梢投与後に脳内に取り込まれることを確認したことで、個体を用いた治療実験が開始できるようになった。
結論
本研究では、UCHL1がユビキチンと結合しユビキチンの代謝およびユビキチン依存性蛋白分解を制御している可能性を示した。また新たにUCH-L1の機能として、PKAを活性化する作用を持ちATP受容体反応を著明に増大させることを示した。これらの発見は、ユビキチンシステムから見た神経変性疾患の分子機序解明に貢献するだけでなく、ユビキチンシステムが神経伝達物質の放出およびシナプス応答を制御する可能性をも明らかにした。UCH-L1は脳機能全体に重要な機能を果たしていると考えられる。またTAT配列を付加したUCH-L1などが脳血流関門を通過して神経細胞に取り込まれることを確認したことは新たな神経変性疾患の治療法開発を予感させるものとして意義深い。

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