機能性精神疾患の系統的遺伝子解析(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100617A
報告書区分
総括
研究課題名
機能性精神疾患の系統的遺伝子解析(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
吉川 武男(理化学研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 有波忠雄(筑波大学医学部)
  • 稲田俊也(国立精神・神経センター精神保健研究所)
  • 神庭重信(山梨大学医学部)
  • 染矢俊幸(新潟大学医学部)
  • 丹羽真一(福島県立医科大学)
  • 辻田高宏(長崎大学医学部)
  • 樋口輝彦(国立精神・神経センター国府台病院)
  • 三国雅彦(群馬大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
37,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
機能性精神疾患といわれる気分障害および精神分裂病は、比較的発症率が高く(前者のうち躁うつ病に限っても1%弱、後者も1%前後)、思春期以降に好発し一旦発症すると患者さんのクオリティーオブライフは一生涯影響を受ける。未だ精神疾患の原因や病気を完治させる方法が知られていないため、患者さんおよびその家族の負わなくてはいけない苦悩や社会としての損失には莫大なものがある。このため早急に疾患のメカニズムを解明し、根本的な治療法や予防法を確立することが求められている。
これまで精神疾患の原因を明らかにするべく、生化学的、薬理学的アプローチをもって甚大な努力がなされてきたが、成功には至っていない。現時点では、疾患の原因として複数の遺伝子および環境要因、それらの複合的な相互作用が想定されている。原因遺伝子(感受性遺伝子)の多くは弱い効果しか持たないだろうと予想されている。このような状況は他のありふれた疾患(高血圧、糖尿病、アレルギー疾患など)と同じで、複雑遺伝疾患と称される
精神疾患のような複雑遺伝疾患の感受性遺伝子同定の第1段階として、罹患同胞対家系の収集、それらサンプルを用いたノンパラメトリック連鎖解析により、染色体上の感受性遺伝子領域を検出する可能性が近年指摘されている。さらにヒトゲノム計画も終了を間近に控え、連鎖解析後の病因遺伝子同定に至るステップに必要な3ー4万ともいわれるヒト遺伝子の配列と構造、詳細な遺伝解析に使えるゲノム上の各種マーカーについての情報が急速に蓄積されている。
以上のような周辺科学の進捗状況を鑑みると、連鎖解析から出発する系統的遺伝子解析がその分子機序を明らかにし、患者さんの福音につながる可能性がが高まっている。精神疾患の原因究明に分子遺伝学的アプローチを持って取り組むことが本研究の目的である。
研究方法
機能性精神疾患の遺伝子同定に向けての平成13年度の大きな作業の流れは以下のような項目から成るが、可能な限り同時進行的多面的アプローチをとるため、各項目は一方向的な流れでなく相互に関連しあい、かつ有機的なつながりを持つ。
①家系の収集
②精神疾患ゲノムバンクの設立
③連鎖解析
④連鎖部位の絞り込み
⑤動物モデルの遺伝子マッピングーQTL解析
⑥候補遺伝子の解析
⑦その他のアプローチ
結果と考察
①家系の収集
ノンパラメトリック連鎖解析に必要な精神分裂病の罹患同胞を中心とした家系を142、総勢362人をJSSLG (Japanese Schizophrenia Sib-pair Linkage Group) という組織の協力のもと、全国から収集し解析に供した。気分障害に関しては、JGIMD (Japanese Genetic Initiative for Mood Disorders) を組織し、全国規模で患者家系を収集する体制を立ち上げたが、ヒトゲノム研究に関して3省庁合同の新しい倫理基準が発表されたため、各参加施設に新基準に基づく倫理委員会の設置、研究プロトコールの申請を依頼した。そのうち数施設では倫理委員会の承認が得られ、収集を開始できる体制が整った。また、アメリカのNational Institute of Mental Health (NIMH) が中心となって収集した96家系、計540人分の躁うつ病家系サンプルを、解析のため入手して解析を試みた。
②精神疾患ゲノムバンクの設立
リンパ芽球株化作業体制、株化細胞保存体制などハード面の整備を行った。実際患者サンプルを収集するのには新倫理基準を満たさなくてはならないので、現在各施設で倫理面での整備を精力的に進めている。
③連鎖解析
上記精神分裂病の家系サンプルを用いて、約10 cM密度で全ゲノムをカバーする400以上のマイクロサテライトマーカーを使って第一次スキャンを完了した。これらの中で、"significant linkage"の基準を満たす領域は検出されなかったが、"suggestive linkage"を満たす領域として染色体3番短腕(3p26)と染色体22番長腕(22q11.2)に連鎖が見いだされた。染色体22番長腕は、これまでにもPulverら(1994)、Coonら(1994)、米国のSchizophrenia Collaborative Linkage Group(1996)らの大規模な連鎖解析でも連鎖が報告されてきた部位であり、また日本人を対象とした最近の研究でも、小島、有波らが分裂病のエンドフェノタイプの1つである眼球運動異常に関係する遺伝子が載っている領域として報告した部位であるので、非常に興味が持たれる。3p26に関しては、大規模研究の報告は見あたらないが、日本人に特異的な連鎖領域の可能性がある。今後の再現研究、絞り込み領域の重要な対象と考えている。
④連鎖領域の絞り込み
上記連鎖解析において、染色体5番長腕に多重比較による補正をしない場合p < 0.05の連鎖領域が見られた。また5番長腕遠位部は気分障害でも連鎖が報告されている。そこで分担研究者の有波らは、5q31-34領域から遺伝子の内部および近傍に存在する18個のマーカー[マイクロサテライトとSNPs (single nucleotide polymorphisms) を含む]、およびSTSマイクロサテライトマーカー16個を選択し、分裂病および気分障害で系統的に検討した。その結果、セロトニン受容体4型遺伝子の3'-alternative splicing領域に存在する多型が日本人気分障害と関連していることをつきとめた。さらにこの多型をアメリカNIMHの躁うつ病家系でTDTという統計解析手法を用いて調べたところ、人種を超えて有意を確認した。この多型は、日本人分裂病のケースコントロールスタディでは有意差は見られなかった。今後は、セロトニン受容体4型遺伝子多型の機能解析が待たれる。
もう一つ、染色体18番の動原体近傍は双極性気分障害への連鎖が複数施設で再現されている領域である。分担研究者の稲田らは、この40 cMにわたる領域から50個のマイクロサテライトマーカーを選び、双極性気分障害でケースコントロールスタディを行った。その結果、D18S843 (18p11.23)とD18S1158 (18p11.22)で有意なP値を認めた。D18S843近傍にはエネルギー代謝に関与するNDUFV2という遺伝子があり、その遺伝子上に存在するアミノ酸変化を伴うSNPが、弱いながら疾患に関連していることを見いだした。よってこの結果は、遺伝的再現解析の価値がある。
⑤動物モデルの遺伝子マッピングーQTL解析
主任研究者の吉川らは、マウスでうつ脆弱性に関係すると考えられている強制水泳テスト(FST)における無動時間と尾懸垂テスト(TST)における無動時間を規定している遺伝子座位を決定するために、QTL解析の手法を用いた。まず4種類の近交系マウスを調べたところ、両テストにおける無動時間はC3H/Heで最も短く(ストレス条件下で絶望しにくい)、C57BL/6で最も長かった(絶望しやすい)。そこでこれら2種のマウスからF2個体を560匹作成し、全個体について両テストを施行するとともに、各個体について全ゲノムをカバーする120個のマイクロサテライトマーカーを用いてゲノムスキャンを行った。その結果、FSTの無動時間を規定する主要座位として5箇所、TSTの無動時間を支配する座位として4箇所検出できた。これらのうち、マウス染色体8番と11番の部位は両テストでオーバーラップしていた。また遺伝子間相互作用の検討では、TSTの無動時間を支配する座位として、染色体6番と11番、11番とX染色体のエピスターシスの存在が明らかとなった。以上の結果は、今後これら染色体座位にコードされている責任遺伝子を特定し、ヒトでの相同遺伝子を解析する重要な材料を提供すると考えられる。
⑥候補遺伝子の解析
分担研究者の神庭らは、気分障害に関して数多くの連鎖解析で連鎖が報告されている染色体21番長腕よりTRPC7というカルシウムチャンネル関連遺伝子を取り上げ、変異検索を行った。TRPC7は非常に大きな遺伝子で、ゲノム上で90 kbにおよび32エクソン、1503アミノ酸よりなる。すべてを解析した結果、5つのSNPs(1つはアミノ酸変化を伴う)を同定した。それら多型を日本人双極性気分障害でケースコントロール解析したところ、有意差は認められなかった。NIMH躁うつ病家系ではTRPC7を含む領域に連鎖が報告されているので、今後はこの家系を調べることに興味が持たれる。
分担研究者の染矢らは、NOTCH4という神経発達に関係する遺伝子を分裂病のトリオ家系を用いて調べることを計画している。
主任研究者の吉川らは、分裂病のNMDA仮説に基づきNMDA受容体2A型サブユニット(NR2A)遺伝子を解析し、3つのSNPsとプロモーター領域にGT繰り返し配列多型を見いだした。遺伝学的検討の結果分裂病では長い(GT)nが有意に多く、機能解析では(GT)nは長くなるほど転写活性を抑制することが見いだされた。臨床的には、(GT)nの長さと分裂病陰性症状の重症度に相関が認められた。これらの結果は、分裂病患者のある一群では、長い(GT)n対立遺伝子によって脳内NMDA受容体発現が抑えられ、疾患感受性が高まっていると解釈できる。
⑦その他のアプローチ
分担研究者の辻田らは、分裂病発症のメカニズムとしてゲノムの後成的変化(epigenesis)という観点からアプローチしている。一卵性双生児分裂病発症不一致サンプルを収集し、4つの染色体につき合計56個のCAリピートマーカーを用いてゲノム構造の差異を探索した。現在まで変化は見いだせていないが、今後も対象とする染色体を広げまたマーカー密度を細かくして検討を続ける必要がある。
分担研究者の樋口らは、遺伝学的研究に不可欠な診断の信頼性に対処するため、構造化精神疾患診断面接として評価が確立しているDIGSの日本語訳に取り組み、臨床現場に適用して診断信頼性の予備的検討を行った。
結論
機能性精神疾患の1つである精神分裂病に関しては、連鎖解析をはじめとする多面的アプローチの結果が着実に出てきており、ゲノム上の感受性領域、感受性遺伝子そして責任変異(多型)の候補もいくつか得られた。他方の気分障害に関しては、家系の収集開始が分裂病より遅れたため連鎖解析は今後の課題であるが、候補遺伝子アプローチや動物モデルの活用によって感受性遺伝子同定につながる知見を集積できている。よって今後も本プロジェクトの統合的系統的遺伝子解析を押し進めることにより、機能性精神疾患の病態の理解、新規治療法の開発に貢献できることが期待される。

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