アルツハイマー病発症の分子機構に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100614A
報告書区分
総括
研究課題名
アルツハイマー病発症の分子機構に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
柳澤 勝彦(国立療養所中部病院・長寿医療研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 駒野宏人(国立療養所中部病院・長寿医療研究センター)
  • 道川 誠(国立療養所中部病院・長寿医療研究センター)
  • 横山信治(名古屋市立大学)
  • 田中稔久(大阪大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
33,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
アルツハイマー病(AD)の患者数は増加の一途を辿っている一方で、本疾患の発症病態には不明の点が多く、未だ真に有効な治療法も確立していない。本研究は、AD成立の中核を老人斑を構成するアミロイドβ蛋白(Aβ)の異常凝集に求め、AD発症危険因子を導入した培養細胞等病態モデル系を実験対象に、AD発症の分子機構を明らかにすることを目的とする。
研究方法
(1)liposomeを用いたAβ凝集実験:In vitroにおけるAβ凝集実験は、昨年度構築した実験系を用いた。即ち、liposomeの作製にあたっては、コレステロール(CH)、スフィンゴミエリン(SM)、フォスファチジルコリン(PC)を有機溶媒に溶解し、窒素ガス気流にて乾燥後、トリス生食緩衝液(tris-buffered saline: TBS)中で撹拌し、凍結・融解を反復の上、超音波破砕機にかけ、均一なliposomeを形成させた。Aβ凝集によるアミロイド線維化を定量的ならびに定性的に評価するにあたっては、thioflavin T(ThT)反応ならびに電子顕微鏡学的観察を行った。(2)γ-セクレターゼ活性調節因子の同定および解析:AβのN末端からβ-セクレターゼ切断部位を含むAPP領域(C53)とNotchC端側転写因子領域とのfusion geneを安定に遺伝子導入した細胞株を得た。Notchが遊離すると、細胞がピューロマイシン耐性になるという系を構築した。また、cDNA libraryをヒトの脳のmRNAより調製した。この細胞株にcDNA libraryをトランスフェクトし、ピューロマイシン耐性を与えるcDNAをセレクションし、このcDNAがAβ産生活性をもつかどうかを確認することにより、β-セクレターゼ活性を促進するcDNAを単離した。(3)Aβ生物作用の検討:妊娠17-18日目のラット胎仔脳を無菌的に取り出し、膜を剥離した後メスで細かく切断した後、0.25%のトリプシンで37℃、20分間incubationした後、パスツールピペットでピペッテングして、神経細胞を単離しpoly-D-lysineでコートした12ウェルあるいは6ウェルで培養した。ペプチド研から購入したAβ1-40は、蒸留水で溶解し、PBSあるいは活性酸素のスカベンジャーなしの培地で10μMの濃度に希釈したものを24時間37度℃でインキュベーションしたものを用いた。(4)アストロサイトによるリポ蛋白合成および分泌の機構解明:ラットまたはマウス胎児脳より分離培養したアストロサイトを用いた。細胞から培地中へのコレステロール・燐脂質の分泌はアポリポ蛋白質存在下などで放射標識脂質や酵素法による微量定量により測定した。また培養液の密度勾配超遠心による分析により HDL の新生とその組成を解析した。細胞内や培養液中のアポEはイムノブロット法で、その mRNA(5)ストレス応答および細胞死における脂質代謝の解析:SY5Y神経芽細胞腫は5% FCSを含むD-MEM/F-12にて培養し、singlet oxygenを介する核酸への酸化ストレスとして色素(2μg/ml rose bengal、2μg/ml methylene blue)を添加後さらに光(100W、10cm)を照射し、30分から2時間後までの細胞を集めた。このとき、singlet oxygenのスカべンジャーとなる1mM azide,一般に抗酸化剤としてよく使用される30 mM N-acetyl-L-cysteinを同時添加したものも同様の系にて検討した。(倫理面への配慮)本研究の実施にあたっては実験動物としてマウスを用いるが、その使用にあたっては屠殺を麻酔下において実施する等の充分な配慮を加える。動物愛護上問題となる実験手技は本研究の遂行上にはないと考えられる。
結果と考察
(1)Aβ凝集にGM1ガングリオシドによる促進(柳澤):GM1ガングリオシドの存在下でAβの凝集は一次反応速度
論モデルに従って促進されることが確認された。昨年度までの研究でAβとGM1ガングリオシドとの結合はコレステロールにより著しく促進されることが確認されており、これらの研究成果はAD発症危険因子のコレステロールとAβ凝集との関係に分子レベルで説明を与えるものと考えられる。(2)γ-セクレターゼ活性調節因子の同定および解析(駒野):Aβの産生には複数の遺伝子が関係していることが示唆された。興味深いことに、それらの遺伝子発現によるAβ産生調節はプレセニリン依存性と非依存性に分類される。本研究の成果を基礎にさらに研究を展開することにより、家族性ADによるAβ産生異常の分子機構が解明されることを期待したい。(3)Aβの新たな生物作用の発見(道川):Aβの毒性発現機構に関して検討の結果、Aβの神経毒性は重合Aβにのみ認められること、単体Aβはむしろ抗酸化作用により神経保護的に働くことが確認された。この事実は、更めて、可溶性Aβの重合がAD発症において本質的に重要であることを強く示唆したと考えられる。(4)アストロサイトによるリポ蛋白合成および分泌の機構解明(横山):脳内細胞間コレステロール輸送を担う HDL のアストロサイトによる産生について検討した。①長期間培養により type II となったアストロサイトは酸性 FGF を産生放出し、その autocrine 作用によりアポ E 産生がたかまり、HDL の分泌が著明に増加することが示された。②アストロサイトで於いてはアポリポ蛋白質刺激によりコレステロールと caveolin-1 の細胞質内転移がおこり、HDL 新生反応へのコレステロール供給の前駆反応と考えられた。(5)ストレス応答におけるコレステロールの役割(田中):Singlet oxygenを介する酸化ストレスはタウ蛋白リン酸化亢進を伴う細胞死を誘導するリボトキシックストレスの一つである。コレステロールはこの酸化ストレスを何らかの機序で抑制することが示唆された。
結論
本研究により、AD病発症において主役を演じるAβの産生、凝集ならびに神経毒性発現機構に関して新たな知見が加えられた。また、AD発症の背景として注目されている神経細胞のコレステロール代謝の基礎研究が展開され、アストロサイトによる中枢神経内コレステロール代謝制御の実態の一部が明らかにされた。

公開日・更新日

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