アルツハイマー病生物学的診断マーカーの確立に関する臨床研究

文献情報

文献番号
200100594A
報告書区分
総括
研究課題名
アルツハイマー病生物学的診断マーカーの確立に関する臨床研究
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
武田 雅俊(大阪大学大学院)
研究分担者(所属機関)
  • 浦上克哉(鳥取大学)
  • 千葉茂(旭川医科大学)
  • 服部英幸(金沢医科大学)
  • 田中稔久(大阪大学大学院)
  • 谷向 知(国立中部病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 21世紀型医療開拓推進研究(痴呆・骨折研究分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
36,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
我が国の痴呆性高齢者は現時点で130万人を数えるが、この数は今後も増加し続けており2035年には300万人に達するものと予想されている。このうちの約半数はアルツハイマー病とされており、アルツハイマー病の早期診断法の確立は社会的急務ともいえる。アルツハイマー病の早期診断には、臨床症状、神経心理学的検査、生理学的検査、脳機能画像検査などが考えられるが、早期に、多人数をスクリーニングするという目的のためには、生物学的診断マーカーが最も有効と考えられる。
国内外の多くのグループによりアルツハイマー病の生物学的診断マーカーの研究が進められている。現時点で臨床上の有用性が確認とされている診断マーカーとして脳脊髄液中のタウ蛋白とアミロイドβ42とがあるが、未だ生前診断を簡易に確定できるものではない。
今回、今回は遺伝的因子からの検討、酸化ストレス関連因子からの検討、そして簡便でかつ確実性の高いマーカーの開発といった3つのアプローチを用いて、アルツハイマー病の生物学的診断マーカー開発のための検討をおこなった。
研究方法
遺伝因子からの検討では、対象は高齢発症型アルツハイマー病患者、年齢マッチの非痴呆コントロール、レビー小体を伴う痴呆患者、前頭側頭型痴呆患者、正常圧水頭症患者、進行性核上性麻痺患者、皮質基底核変性症であり、採血の際に患者および家族に検査の目的と内容等について十分な説明を行いインフォームドコンセントを得た。また、遺伝子検索においては、研究者が個人を特定できないようにし患者が不利益を被らないよう配慮した。検索したのは、APOEε2/ε3/ε4多型および-491A/T多型、LRPエクソン3-silent c/t多型、A2MVコドン1000 Val/Ile多型、A2MDエクソン18-5'側ins/del多型、ALDH2 Glu/Lys多型、α(chromosome 12p anonymous marker)、OGGエクソン7のC/G多型の遺伝子である。海馬・扁桃体体積の計測については、海馬、偏頭体を画像解析ソフト上でトレースして体積を計測した。
剖検脳の検討では、1F7(抗8OHG抗体)、7A2(抗Nitrotyrosine抗体)、4G8(抗Aβ抗体)、およびAT8(抗リン酸化タウ抗体)を一次抗体として免疫染色を行った。また、神経細胞内Aβ蓄積を検出するために、全長Aβ前駆体蛋白質とは交差反応性を示さないAβ40およびAβ42のC末端に特異的な抗体(QCB-Biosource)による免疫染色も行った。二重染色法あるいは、連続切片法によってAβやタウと8OHGの免疫反応を観察した。脳脊髄液の検討においては、サンプルはアルツハイマー病患者および正常圧水頭症患者から採取した脳脊髄液を用いて検討をおこなった。カルボニル化蛋白の検出のために、PVDF膜をジニトロフェニル(DNP)溶液(0.2% DNP、2N HCl)に5分間浸潤させたあと、1次抗体は抗DNP抗体(Vector laboratory)を用い、検出はECLシステムをもちいた。
口腔粘膜上皮tau蛋白の検討においては、被検者に0.1%popidone iodine溶液にてうがいを繰り返してもらい、食物残渣を除去した後金属製の舌圧子にて頬部粘膜を擦過することによりおこない、Phosphate bufferで洗浄後、遠心してpelletをとり1%SDS400μlを加えて蛋白融解をおこなった。遠心後の上澄み液をウエスタンブロット、ELISA、蛋白量測定の試料とした。そして、口腔粘膜タウ蛋白の性状を調べる目的で、抗タウ蛋白抗体(BT-2, HT-7, TAU1, TAU2, TAU5, AT180, AT270, tau C terminal)を用いたウエスタンブロットを行った。また、脳脊髄液タウ蛋白を測定するキットであるフィノスカラーhTAU(ニプロ)を用いて口腔上皮タウ蛋白を測定した。一次抗体としてAT-120を用い、二次抗体としてHT-7,BT-2を用いた。
結果と考察
遺伝因子からの検討では、アルツハイマー病の生物学的診断マーカーとして診断に寄与するリスク遺伝子多型は、APOE、ALDH2多型であり、生涯発症率に寄与するリスク遺伝子多型は、APOE、ALDH2、LRP、ABI多型であり、APOE/ALDH2は痴呆症状がある場合の診断に、APOE/ALDH2/LRP/α多型はリスク判定に使用できる可能性が示唆された。また、APOE多型はアルツハイマー病のみではなく、レビー小体を伴う痴呆でも高頻度に認め、この2疾患における危険因子であることが判明した。APOEプロモーター領域の多型によりプロモーター活性が異なるとの報告から-491A/T多型について検討したところ、Aアリルはアルツハイマー病において有意差を持って高頻度に認められた。そして、APOE多型とアルツハイマー病の側頭葉内側面の体積を比較したところ、海馬・扁桃体体積とε4アリル数には負の相関を認めた。APOE多型の検討はアルツハイマー病の生物学的診断マーカーとして診断に寄与するリスク遺伝子であることが示唆された。さらに、8-オキソグアニンDNAグリコシダ-ゼ遺伝子エクソン7のC/G多型とアルツハイマー病との有意な関連が示唆され、またこれは、APOE4を持つ群でその傾向はより有意であった。
酸化ストレス関連因子からの検討においては、アルツハイマー病脳の神経細胞内8OHGは、老人斑(神経細胞外Aβ)沈着の軽度な例でより顕著であり、神経細胞内8OHG免疫反応性の増強はアルツハイマー病罹病期間の短い例においてより顕著であり、神経原線維変化を伴わない神経細胞で高度であった。アルツハイマー病脳における酸化的傷害は、早期段階に生じることが示唆された。8-オキソグアニンDNAグリコシダ-ゼ遺伝子多型の結果と合わせて、脳脊髄液中、血中、尿中の8-オキソグアニンの測定がアルツハイマー病の診断に有用である可能性が示唆された。これとは別の酸化ストレス産物のひとつであるカルボニル化蛋白の脳脊髄液中での検出をおこない、アルツハイマー病患者の脳脊髄液中には約30kDaのカルボニル化蛋白が正常圧水頭症患者に比べて多量に含まれていることが判明した。
最後に、簡便でかつ確実性の高いマーカーの開発については、口腔粘膜上皮を擦過しその細胞内のtau蛋白量をELIZA法を用いた測定ではアルツハイマー病例では血管性痴呆例、対照例に比しtau蛋白量が有意に高値を示し、発症年齢が低いほど高値であることを認めた。口腔粘膜上皮のタウ蛋白をマーカーとして測定することにより簡便にアルツハイマー病の診断を行える可能性が示唆された。
結論
遺伝因子からの検討からはリスク遺伝子を検討することで、アルツハイマー病の診断の確実性を上げる可能性が示唆されたが、これにはまだ十分な検討が必要である。酸化物質での検討では、8-オキソグアニンやカルボニル化蛋白などアルツハイマー病の生物学的診断マーカーとなる可能性のあるものが示唆されたが、これらはその重症度に相関するのか、早期診断に有用なのかについて今後検討する必要がある。簡便でかつ確実性の高いマーカーの開発については、口腔粘膜上皮のタウ蛋白をマーカーとして測定することにより簡便にアルツハイマー病の診断を行える可能性が示唆された。

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