EBMに基づいた必須医薬品リスト選定のガイドライン作成に関する調査研究

文献情報

文献番号
200100521A
報告書区分
総括
研究課題名
EBMに基づいた必須医薬品リスト選定のガイドライン作成に関する調査研究
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
渡邉 裕司(浜松医科大学臨床薬理学)
研究分担者(所属機関)
  • 津谷喜一郎(東京大学大学院薬学系研究科医薬経済学)
  • 大橋京一(浜松医科大学臨床薬理学)
  • 内田英二(昭和大学医学部第2薬理学)
  • 熊谷雄治(北里大学医学部薬理学)
  • 川上純一(富山医科薬科大学医学部附属病院薬剤部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 21世紀型医療開拓推進研究(EBM研究分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
8,297,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
WHOによる必須医薬品リストは、発展途上国における適切な医薬品の供給を促し、医療の質の向上に貢献してきた。EBMの観点から薬物を選定するというその概念は、医薬品の適正使用を推進し、不必要な医薬品使用の制限に通じるものであり、先進国においても応用可能と思われる。本研究では、我が国で作成が進んでいる診療ガイドラインに掲載される医薬品を吟味するとともに、すでに独自の医薬品リストを有している諸外国の選定基準、および医薬品政策、その医薬品リストが作成されたことによって生じた影響、医療現場の変化などを追跡調査することにより必須医薬品に関する現状を把握し、データベースを構築する。最終的には、コンセンサスメソッドにより、EBMに基づいた必須医薬品リスト作成の前提となる条件を検討し、必須医薬品リスト作成が我が国の医療に貢献するものであるかを総括する。
研究方法
本研究は、2年間の研究期間で、1) 世界各国の必須医薬品に関する現状を把握、分析し、2) 必須医薬品に関するデータベースを構築し、3) EBMに基づいた必須医薬品リスト導入が我が国の医療に貢献するものであるかの予備的調査研究を行う。
平成13年度は、1)専門家に対するインタビューによる情報収集、2)公開セミナーを通じWHO必須医薬品担当官、医療経済専門家、専門医個人などからの情報収集と分析、3)WHOや中国、米国の保健機構など医薬品リストを有している機関の選定基準の比較検証を通じて、必須医薬品に関する現状を把握し、分析するとともに、必須医薬品リスト導入が我が国の医療に貢献するものであるかの予備的調査研究を行った。
結果と考察
必須医薬品リストはWHOにより1977年に作成され、以後2年ごとの改訂を重ね、発展途上国における適切な医薬品の供給を促し、医療の質の向上に貢献してきた。WHOは必須医薬品リスト選定のクライテリアとして、1)臨床試験により立証された有効性、安全性のデータ、2)様々な状況下における使用成績のエビデンス、3)適切な剤型と適正な品質の保証、4)予想される保管や使用環境下での薬物の安定性、5)治療に対する費用対効果、6)できれば単剤であること、などの諸条件を挙げ、さらにコストも重要な要素であることを強調している。
現在独自の必須医薬品リストを有する国はWHO参加191カ国中156カ国に上り、その3分の1が2年以内に改訂を行い、4分の3は5年以内に改訂を行うなど積極的な運用がなされている。一方、必須医薬品リストを持たない、あるいは不明の国が35カ国あり、その大半は、日本を含めた先進国で占められている。しかし、「EBMに基づく合理的な医薬品使用」というその概念は、医薬品の適正使用を推進し、不必要な医薬品使用を制限するものであり、十分量の医薬品を手にしている先進国においても応用可能なものと思われる。
日本では現在、品目数で約17,000の医薬品が存在する。しかし、各医療機関における採用医薬品数には大きな病院間較差が存在しており、採用医薬品数の少ない病院においても大半の疾病に対して対応していることを考慮すると、医薬品目数を絞り込むことは十分可能であろう。採用医薬品数の過剰は、「処方ミス、調剤ミスの根本」であることも指摘されている。日米の国民一人当たりの医療投入量を疾病と傷害比率などで補正すると、日本と米国では大きな違いは認められないが、その内訳は米国が労働つまりサービスに多くを支出しているのに対し、日本は医薬品投入量に米国の2倍以上支出している事が示されている(岡安、近藤、マッキンゼー分析)。米国において、薬物の副作用が病院内死因の4-6位に位置することが報告されており(Lazarou et al. JAMA. 279: 1200-1205, 1998)、米国よりはるかに医薬品投入量の多い我が国で、同様の事態が起きている可能性は否定できない。
米国では医療費に占める薬剤費の割合の伸びが著しいことから、マネジドケアによる償還医薬品リストの作成等さまざまな手段で薬剤費の抑制が図られてきた。償還医薬品リストは各保険機構ごとに作成される必須医薬品リストと捉えることもできる。調査した米国機関において償還医薬品リストは、1) 有効性、2) 安全性、3) 大規模臨床試験から得られたエビデンスなどの共通した選択クライテリアをもとに選定されていたが、この他にコストが重要な要素として挙げられる。その選定プロセスは2段階の手続きを踏み、先ず外部からの専門医師、薬剤師なども含まれる薬物選定委員会で、1) 有効性、2) 安全性、3) 大規模臨床試験から得られたエビデンスなどを基にリストに収載あるいは削除すべきと考えられる候補医薬品が選定される。つぎに、機関内部の薬剤師や人員で構成される委員会で、コストの観点からも選別が行われ、同等の有用性を持つ医薬品が複数存在する場合には、コストの低い医薬品が選択される。米国は日本のような薬価制度をとっていないため薬品の価格は、個別交渉で決定され、大量に使用される場合には当然値引きも大きくなる。コスト意識は処方する医師や、薬剤師のみならず、患者にも伝達され、患者に渡される医薬品集には同一薬効群に属する薬物の相対価格が表示され、相対価格が高い薬物が処方される場合には、推奨される医薬品との差額を患者が自己負担しなければならないなどの、より低価格の医薬品が選択されるような方策がとられている。償還医薬品リストは数ヶ月毎に開かれる薬物選定委員会で改訂されるが、それは新しい臨床上の知見がすみやかに反映される事を意味するとともに、単にコストの面からの評価により、これまで使用していた医薬品が継続して使用できなくなるという弊害ももたらしている。多くの保険機構は、償還医薬品リストを作成することが、医師の処方行動の変化を促していると認識しているが、処方薬の最終選択は医師が行うものであり、償還医薬品リスト導入が医師の裁量権を侵害するものではないと考えている。
WHOによる必須医薬品リストの概念は、医薬品の絶対量が不足している発展途上国では、必要な医薬品の補給とinfrastructureの整備を意味していた。しかし、十分量の医薬品を手にしている先進国で「EBMに基づく合理的な医薬品使用」は、本来であれば医師の処方行動の改善によって達成されるべきものである。現在、WHOは必須医薬品政策とともに、Guide to Good Prescribing(以下Personal drug : P-drug)とよばれる処方教育活動を行っている。P-drugとは、「自家薬籠中の薬」であり、使い慣れその特徴を熟知した薬物群を意味する。有効性、安全性、適合性、コストやこれまでに蓄積されたエビデンスなどの観点から薬物を選別し、「個人の医薬品リスト」を作成することにより、合理的な医薬品使用を目指している。また、薬物治療事故の要因として挙げられる、薬剤の取り違え、不適切な投与法や投与量、未然に察知可能なアレルギー歴の見落としなどを防止することも期待されている。P-drugの理念は、問題解決型の薬物療法ステップの習得を通じた「EBMに基づく適正な医薬品使用」であり、必須医薬品政策と目標を一にしている。
我が国で必須医薬品リストを作成する場合には、既存のWHO必須医薬品リストとは異なり、我が国の疾病構造の特性を反映し、診療ガイドラインと整合性を持った、独自のリストを作成することが必要となる。医薬品リスト選定の基準やそのプロセスは透明性を確保し、開示されなければならない。また単にコストのみを重視するのみでなく、医薬品に関するclinical evidenceならびに費用対効果を考えた包括的な医薬経済学的分析が必要であろう。その適用には、医師の裁量権を十分考慮し、製薬企業の開発力や発展性の低下をもたらすものでないことを検討しなければならない。必須医薬品リスト導入により、医療経済的なメリットが期待されうるが、必須医薬品リスト選定の目的は、あくまでEBMに基づく適正な医薬品使用による医療の質の向上と、国民の健康や生命の維持であることを忘れてはならない。
結論
EBMの観点から薬物を選定するという必須医薬品の概念は、医薬品の適正使用を推進し、不必要な医薬品使用の制限に通じるものであり、さらに誤投与などの薬物事故防止や、医薬品投入量の減少による医療費抑制など医療経済学的な成果も期待しうるものである。有効性の確認が科学的妥当性をもって十分行われないままの医薬品が流通し、高頻度で多剤併用がなされ、医薬品投入量が諸外国と比較して極めて高い水準にあり、医療経済的にも国民医療費が保険財政を圧迫している我が国の現状を考慮すると、医師個人レベルでの処方行動の改善とともに、我が国独自の必須医薬品リストの導入が必要と考えられる。

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