科学的根拠にもとづく未破裂脳動脈瘤の治療ガイドライン策定に関する研究

文献情報

文献番号
200100515A
報告書区分
総括
研究課題名
科学的根拠にもとづく未破裂脳動脈瘤の治療ガイドライン策定に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
中川 俊男(日本脳ドック学会、新さっぽろ脳神経外科病院)
研究分担者(所属機関)
  • 端 和夫(札幌医科大学)
  • 福井仁士(九州大学)
  • 齋藤 勇(杏林大学)
  • 児玉南海雄(福島県立医科大学)
  • 大本堯史(岡山大学)
  • 吉本高志(東北大学)
  • 河瀬 斌(慶應義塾大学)
  • 小林祥泰(島根医科大学)
  • 吉峰俊樹(大阪大学)
  • 田邊純嘉(札幌医科大学)
  • 八巻稔明(札幌医科大学)
  • 本望 修(札幌医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 21世紀型医療開拓推進研究(EBM研究分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
クモ膜下出血は、脳卒中死亡の最大の原因であり、原因の殆どは脳動脈瘤の破裂である。他のタイプの脳卒中とは異なり、いわゆる生活習慣病対策では予防しがたい疾患である。唯一の予防方法は未破裂脳動脈瘤の早期発見と治療である。現在、わが国では、未破裂脳動脈瘤は年間1万例近く発見されるが、どのように取り扱うかに関して、EBMの観点から信頼性の高い知見は世界的に見ても皆無であるのが現状である。個々の患者における脳動脈瘤の大きさ、部位、形、多発性、家族暦、生活状態、身体条件、年齢、性別など多く要因を分析し、未破裂脳動脈瘤の自然歴、治療方法、治療成績を科学的に検証し、未破裂脳動脈瘤の取り扱いに関する適切な治療ガイドラインを策定することを目標とする。
研究方法
EBMの観点からは信頼性が高いと考えられる randomized control study は、様々な理由から当該研究分野では困難である。未破裂脳動脈瘤の破裂率推定において、現実的な方法はクモ膜下出血の発生数を未破裂脳動脈瘤の存在数で除すことである。従って、未破裂脳動脈瘤および破裂脳動脈瘤の症例をできるだけ多く集計・解析し、動脈瘤の自然暦および治療成績の比較解析を計画した。 
結果と考察
北海道地区、中川俊男、端 和夫、田邊純嘉、八巻稔明、本望 修研究分担員らは、北海道24施設のくも膜下出血362例の転帰、および北海道24施設の未破裂脳動脈瘤1107個を集計・解析し、以下の結果を得た。破裂動脈瘤の殆どは最大計が10mm以下であり、平均6.9mmであった。これは、10mm以下の未破裂脳動脈瘤は、殆んど破裂する心配か無いとする意見と矛盾する結果である。また、破裂動脈瘤の大きさを発生部位に検討すると、A-com の動脈瘤は比較的小さいものでも破裂する傾向があることが判明した。動脈瘤の発生部位別の破裂頻度は、A-com, MCA, IC, VB, AICA, その他、の順で頻度が高く、未破裂脳動脈瘤の発生部位と比較すると、やはり、発生部位別に破裂率に差異があることが判明した。つまり、A-com と distal ACA の動脈瘤は、特に破裂しやすく、しかも、小さなものでも破裂する傾向があった。また、動脈瘤破裂における性差は、女性の方が頻度は高く、しかも、若いうちから発症しやすい傾向が見られた。
さらに、破裂動脈瘤に基因するクモ膜下出血の重傷度は、高齢者ほど重症で発症することが多いことも判明した。一方、未破裂脳動脈瘤の手術成績を比較すると、年齢による影響は少なく、高齢者でも安全に手術を施行することが可能であった。以上より、高齢者の特徴は、動脈瘤が一旦破裂し、クモ膜下出血を引き起こすと病態は非常に重篤となり、治療成績も惨憺たる結果であるが、破裂前(未破裂動脈瘤)における予防手術のリスク(治療成績)は、若年者とほぼ同等であり、高齢者における予防手術は若年者における予防処置より、より効果的で重要と思われた。
* 東北地区、吉本高志研究分担員は、宮城県脳卒中治療研究会に所属している県内の脳卒中診療拠点病院の24施設において、脳卒中症例25,261例(くも膜下出血 4,147例(16.4%)、未破裂脳動脈瘤:476例 (1.9%))について調査した。くも膜下出血は、年間400-440例発症しており、発症頻度は人口10万人当たり18人前後であった。未破裂脳動脈瘤の調査結果では、症例数は年々増加傾向を示し、治療成績は286例中、GR426例(92.2%)、MD9例(3.1%)、SD10例(3.5%)、D0例(0%)、不明2例(0.9%)であった(Mortality0%、Morbidity6.6%)。
* 東北地区、児玉南海雄研究分担員は、未破裂脳動脈症例の手術成績を調査し、合併症発現の原因について検討した。129例(無症候性111例、症候性18例)、155脳動脈瘤を対象とした。Mortality:1/129 cases (0.8%)、
Morbidity:3/129 cases (2.3%)。
* 関東地区、河瀬 斌研究分担員は、15439例を対象として、都心部ホワイトカラー中年層の未破裂脳動脈瘤の保有率の算出を試みた。くも膜下出血の家族歴がある群では各年代とも5-8%であった。一方、一般の未破裂脳動脈瘤の保有率は0.3-1.2%であった。動脈瘤保有危険因子の低い群では未破裂脳動脈瘤の保有率は低い可能性が強く示唆された。
* 関東地区、齋藤 勇研究分担員は、未破裂脳動脈瘤手術の危険因子に関する調査を施行した。未破裂脳動脈瘤手術の危険因子として脳梗塞が上げられた。通常では、合併症+死亡の頻度は3%以下であるが、脳梗塞を合併した場合は20%以上と極めて高率であった。
* 関西地区、吉峰俊樹研究分担員は、関西地区の脳神経外科主幹18施設において治療された未破裂脳動脈瘤132個について治療成績を解析した。結果は、(A)Rankin Scale1低下例:10例(8.1%)、(B)Rankin Scale2以上低下例:5例(4.1%)。Rankin Scale の低下には手術手技上の問題や、麻酔の影響や術後管理の問題も考えられたが、施設や術者側の因子との明かな関連は見いだされるに至らなかった。また、今後、動脈瘤や患者側の背景因子との関与もさらに検討する必要があると考えられた。
* 中国・四国地区、大本堯史研究分担員は、中国・四国地方(山陰を除く)で精力的に脳ドックを施行している10施設の協力を得て、脳ドック受診者のデータ集計を施行した。また、岡山大学病院脳神経外科及びその主要関連病院5施設における未破裂脳動脈瘤の治療成績(開頭術及び血管内手術)のデータ集計も継続中である。
* 山陰地区、小林祥泰研究分担員は、くも膜下出血の手術を行っている脳卒中基幹病院の16施設の協力を得て調査を行った。くも膜下出血入院例の総数は278例であった。男女比は男1:女2、平均年齢は66.7才±14.5才(26-97才)、手術施行例:204例、手術なし:74例、動脈瘤のクリッピング:161例、血管内手術:23例、その他:10例。Glasgow Outcome Scale (GOS)でみた予後は1度が98例(41.4%)、2度が22例(9.3%)、3度が15例(6.3%)、4度が9例(3.8%)、5度が93例(39.2%)と二極化を示していた。
* 九州地区、福井仁士研究分担員は、日本脳神経外科学会九州地方会に所属する専門医訓練施設における未破裂動脈瘤の疫学調査のための体制整備を施行した。本研究に参加の意向を表明している施設は、福岡県 16、 佐賀県 4、長崎県 5、熊本県 3、大分県 3、宮崎県 4、鹿児島県 5、沖縄県 4、 合計 44 施設。また、佐世保市を中心とした長崎県北部(人口約44万)で生じたクモ膜下出血症例は107例であり、人口10万人あたりの頻度は24人であった。
以上、本研究の予備的結果は、従来の結果(1997年の日本脳ドック学会ガイドライン)を支持するものであり、1998年に報告されたISUIAとは、明らかに異なるものであった。また、ごく最近(平成14年2月9日)にSan Antonioにて国際未破裂脳動脈瘤調査の最新予備調査結果が公表されたが(Special report from 27th International Stroke Conference Prospective data from ISUIA)、1998年に報告されたISUIAの結果とはかけ離れていることが判明した。これらの予備的研究結果、1センチ未満の未破裂脳動脈瘤の破裂率は0.1% 以下という1998年に報告されたISUIAの結果は否定され、1センチ未満でも7ミリより大きいものは0.7%/年の確立で破れること、また、6ミリ以下でもBA-tip やIC-PCは要注意であることが判明した。この結果、2000年に発表されたAHA recommendationも改定されることと思われる。
しかし、上記の予備的研究結果は、従来のわが国におけるコンセンサスを支持するものであるが、さらに、個別の未破裂脳動脈瘤における自然歴、治療方法、治療成績を科学的に検証し、大きさ、部位、形、多発性、家族暦、生活状態、身体条件、年齢、性別など多く要因の分析に基づいた詳細な検討が必要であることに変わりは無く、特に、わが国の特殊性を加味した我が国独自の科学的根拠の提供が強く望まれている。
結論
現在までの予備的結果は、1997年の日本脳ドック学会ガイドラインを支持するものであるが、不確定な情報に翻弄されることなく、同様なアプローチで研究をさらに推進し、症例数を統計学的に十分有意な科学的根拠となるまで増やし、わが国における未破裂脳動脈瘤の取り扱いの指針を策定することが急務であると思われる。

公開日・更新日

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