科学的根拠(Evidence Based Medicine; EBM)に基づいた腰痛診療のガイドラインの策定に関する研究

文献情報

文献番号
200100506A
報告書区分
総括
研究課題名
科学的根拠(Evidence Based Medicine; EBM)に基づいた腰痛診療のガイドラインの策定に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
白井 康正(日本医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 山本博司(高知医科大学)
  • 原田征行(青森県立中央病院)
  • 岩谷力(東北大学)
  • 武藤芳照(東京大学)
  • 中村耕三(東京大学)
  • 木村哲彦(日本医科大学)
  • 米延策雄(大阪大学)
  • 中山義人(日本医科大学)
  • 宮本雅史(日本医科大学)
  • 元文芳和(日本医科大学)
  • 菊地臣一(福島県立医科大学)
  • 高橋和久(千葉大学)
  • 白土 修(北海道大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 21世紀型医療開拓推進研究(EBM研究分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
-
研究費
23,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
腰痛に対する効率的、良質かつ的確な診断と治療を行うためには科学的根拠に基づいた医療(Evidence based medicine;EBM)を実践することが基本となる。そのためには簡便で効果的に治療方針を決定しうる診療ガイドラインを作成し、インターネットを含む
メディアを利用して適正な腰痛診療を広く普及させる必要がある。腰痛は壮年から高齢者に多く発症するが、近年では若年層にもみられ、日常生活にも不自由をきたす疾患である。現今の医学文献は腰痛の手術治療が主流を占めているが、理学療法や運動療法などの保存的治療法で十分な症例も手術治療に流れがちである。腰痛治療の診療ガイドラインの作成の目的は、これらの過剰医療の発生を抑制し、腰痛治療の現場にある医師・患者の心理的負担を軽減して合理的な治療に誘導し、さらには社会的負担となっている医療費をも軽減することである。
研究方法
腰痛診療ガイドラインに掲載する論文を選ぶためのデータベースとして日本語論文は医学中央雑誌、英語論文はMedlineに収録された国内外論文とした。検索対象期間は1990~2000年の11年間とした。個々のテーマに従ってキーワードを決めて検索式を作成し、関連する論文を検索した。検索された文献について研究デザインやエビデンスのレベル(勧告の強さ)の観点からガイドラインの作成に採用するかどうかを決定する。研究のデザインの分類は以下のごとくである。
I:ランダム化比較試験
II-1:非ランダム化比較試験
II-2:コホート研究または症例対照研究
II-3:時系列研究、非対照実験研究
III:権威者の意見、記述疫学
エビデンスのレベル(勧告の強さ)の分類は以下のごとくである。
A:行うことを強く勧めるだけの根拠がある
B:行うことを中等度に支持する根拠がある
C:あまり根拠がないが、その他の理由に基づく
D:行わないことを中等度に支持する根拠がある
E:行わないことを強く勧めるだけの根拠がある
論文の採用にあたりランダム化比較試験を前提条件としたが、これにあたらないものであっても内容的に価値が高い論文は引用に値するものとした。それぞれの章ごとに採用された論文の結果をまとめて結論を作成した。
結果と考察
それぞれの章ごとに結果がまとめられ後述されているのでここでは概略のみ述べる。急性腰痛の診療に関する論文は画像診断を除くと47編で、ランダム化比較試験が12編であった。腰痛の診療において最も重要なのは骨折、腫瘍、感染、馬尾症候群など潜んでいる重大な疾病を診断することである。画像診断法は腰痛の原因を探る上で重要な役割を担っており、正確な診断を得るためには種々の画像診断所見を総合的に考えることが必要な場合もある。単純X線所見で腰痛と関連のある所見は、椎間板の狭小化、椎体すべり、異常腰椎後弯、Lumbosacral transitional vertebraおよび椎体終板の骨化である。MRIは椎間板ヘルニアの有無や椎間板変性の有無を知るためのスクリーニング検査として有用であるが、false positiveに留意する必要がある。
薬物療法では現在我が国において腰痛治療に用いられている内服薬に関する39編を採用した。1971~1980年19編 (49%)、1981~1990年15編 (38%)、1991~2000年5編 (13%)であった。
多くの論文で対照薬を選定し、二重盲検法による評価を行っていた。対照薬とされた薬剤はインドメタシン、イブプロフェン、ジクロフェナクナトリウムが多数をしめた。今回の検討の結果、勧告の強さは全ての薬剤がグレードB(行うよう勧められる)と判定されたが、対照薬の種類により、グレードBのなかでも勧告の強さには相違がみられた。
物理療法に関する論文はMEDLINEから19編のRCTが抽出された。腰椎牽引と他の治療法とを比較したMeta-analysis論文は14編であった。腰椎牽引の有効性については急性腰痛に対しては5編中1編、慢性腰痛に対しては3編中2編が有効だったが、腰椎椎間板ヘルニアに対しては4編中4編が無効であった。TENSはPlaceboとの比較においてVASの改善が良好であったが、効果の実証はされなかった。鍼治療については効果的とする文献はなかった。
慢性腰痛症に対する運動療法については対照治療と比較すると、有意に優れていた結論が得られた研究は、有意な効果を認めなかった研究に比して報告数が多かった。しかし運動療法で効果を認めた報告においても、アウトカム指標のすべてにおいて効果を認めている訳ではなく、指標の一部でのみ効果を認めた場合も有効とした。慢性腰痛症の治療としての運動療法は行うよう勧められると判断した。
手術療法については椎間板内ステロイド注入療法、椎間板内温熱療法を含めた手術療法に関する文献を検索したが、腰痛のみを治療対象とした文献はなく、腰痛症に対して手術治療を勧める論文はなかった。
教育的アプローチについては、統括的な見解としては腰痛症に対して有効であると言える。しかし、アウトカム指標の全てに及んで有効という訳では無い。その治療効果に関しては、幅広い観点からの解析が必要である。一方、急性期腰痛に対しては、その効果は未だ議論の残るところである。また、腰痛の再発と言う観点から、教育的アプローチの有効性に関しては議論が残る。以上結果について概説的に記述した。
そもそも人類はその成り立ちから、すでに腰痛と言う宿命的な苦痛を負わされており、ヒトはその一生の間に、腰痛を経験しないものはごく僅かであると言われている。腰痛と言う愁訴に対して、質の高い効果的な医療を行うためには“科学的根拠に基づいた医療(Evidence based Medicine; EBM )"の実践が大切である。従って、腰痛を主訴とする疾患全般に関する科学的根拠に基づいた包括的知識と、それに対する医療を適確に行うための「腰痛診療ガイドライン」を作成する必要がある。ガイドライン作成の基盤となる科学的根拠に基づいた論文の収集に際し、RCT研究が条件となる。Mauritsは二重盲検試験の方法論について以下の項目を挙げている。母集団が均質であること、年齢、性別、体格などの基本的特徴が比較可能であること、適切なランダム化が行われていること、drop-outの数が記載されていること、最小母集団の対象者数が50人以上であること、治療法が標準化され明確に記載されていること、対照となる治療群が選定されていること、併用療法は行わないこと、適切なplacebo治療との比較が行われていることなどである。また、治療効果判定に際しては患者に知らせないこと、適切な効果判定法を用いること、効果判定はblindで行うこと、6カ月以上の十分な経過観察期間をとることである。しかし、現実問題としては、検証しようとする治療法に研究ごとに内容の違いがみられたり、対照となる治療法もさまざまである。また効果判定の指標が均一でないため、メタ分析によって結論を出すことは不可能であることも少なくない。今回、腰痛そのものに対する有効性ではなくても、日常生活動作に対する改善や休業状態からの職場復帰など幅広い意味で治療効果を判定したものを含めている。しかし今後の問題点として、より科学的根拠に基づいた医療実践するためのガイドラインを作成するためには、メタ分析を前提としての治療効果判定法の標準化が重要な条件であると言える。
結論
日本人の一般臨床医を対象とした腰痛診療のガイドラインを作成した。腰痛の診療において骨折、腫瘍、感染、馬尾症候群などの重大な疾病を鑑別診断することが重要である。
画像診断は通常単純X線により行うが、CTやMRIなどの所見を総合的に考えることが必要な場合もある。治療は腰痛症の病期を考慮した上で、薬物療法、物理療法、運動療法および教育的アプローチを組み合わせて行うことが勧められる。

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