科学的根拠(evidence)に基づく胃潰瘍診療ガイドラインの策定に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100498A
報告書区分
総括
研究課題名
科学的根拠(evidence)に基づく胃潰瘍診療ガイドラインの策定に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
菅野 健太郎(自治医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 浅香正博(北海道大学)
  • 太田慎一(埼玉医科大学)
  • 高橋信一(杏林大学)
  • 千葉勉(京都大学)
  • 寺野彰(独協医科大学)
  • 中村孝司(帝京大学)
  • 藤岡利生(大分医科大学)
  • 芳野純治(藤田保健衛生大学)
  • 高木敦司(東海大学)
  • 春間賢(川崎医科大学)
  • 井口秀人(大阪府済生会野江病院)
  • 森實敏夫(神奈川歯科大学)
  • 佐藤貴一(自治医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 21世紀型医療開拓推進研究(EBM研究分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
国民が、効率的かつ高度の医療を等しく享受するうえで、“根拠に基づいた医療(Evidence-based Medicine: EBM)"を普及してゆくことが重要である。その目的を達成する上で、一定の再現性のある客観的な方法論に立脚してEvidenceを収集、分析し、それに基づいた簡便な臨床ガイドラインを作成、公開し、臨床の場でその有効性を検証してゆくことが必要であると考えられる。本研究ではわが国の代表的専門家からなる研究班を組織して、胃潰瘍に対する診療ガイドラインをEBMの手法に基づいて策定することを目的とした。
研究方法
ガイドライン作成作業は、「診療ガイドラインの作成と評価の手順」(v.3.1)に基づいて以下に述べる手順で行った。
1. 胃潰瘍治療の問題点の設定
欧米と異なる多くの潰瘍治療薬が存在し、それらの体系的・科学的な選択基準が明確でないわが国の胃潰瘍治療の特殊性に鑑み、以下の問題を設定した。
①胃潰瘍初期治療(非除菌)にはどのような薬剤選択が適当か、またその優先度基準はあるか。②除菌を行わない場合の胃潰瘍維持療法としてはどのような治療が適当か。③H.pylori除菌治療の胃潰瘍に対する有効性はあるか。また除菌法としてはどのような薬剤が適当か。④非ステロイド消炎鎮痛薬(NSAID)による胃潰瘍の予防と治療はどのような方法が適当か。⑤出血性潰瘍の治療には内視鏡治療・薬剤治療を含めどのような方法が適当か。さらに、わが国における胃潰瘍診療をより総合的な立場から検討するため、⑥種々の胃潰瘍治療のメタアナリシスによる比較検討。⑦胃潰瘍治療の医療経済的評価----特にわが国における費用対効果比の検討。の各問題を設定し、胃潰瘍診療の全体構成を作成するうえでの参考とした。
2. 研究班の分担
上記の各課題に対する、収集文献の吟味ならびにデータベース作成、それに基づいた治療勧告の作成は、以下の専門家によって行われた。
①京都大学・千葉勉教授、杏林大学・高橋信一教授、②帝京大学・中村孝司教授、③北海道大学・浅香正博教授、大分医科大学・藤岡利生教授、東海大学・高木敦司教授、④埼玉医科大学・太田慎一教授、独協医科大学・寺野彰教授、⑤藤田保健衛生大学・芳野純治教授、川崎医科大学・春間賢教授、⑥神奈川歯科大学・森實敏夫教授、⑦大阪府済生会野江病院・井口秀人副院長である。各施設の分担研究者は、必要に応じて研究協力者とともに作業を行った。なお、自治医科大学・佐藤貴一講師は、事務局を勤めるとともに、自治医科大学図書館情報管理室の奈良岡功氏、若田部純子氏の協力のもとに文献検索を行った。また、前消化器病学会理事長である中澤三郎・山下病院名誉院長、上村直実・呉共済病院消化器科医長(現国立国際医療センター医長)、初年度の分担研究者三重大学・井本一郎助教授は研究協力者として班会議へ参加し討議に加わった。
3. 文献検索とアブストラクトテーブル・アブストラクトフォームの作成
文献検索データベースとして、MEDLINE(英文)、医学中央雑誌(和文)、JMEDICINE
(和文)を用い、検索範囲は1980年から2001年までとした。検索には追試可能なように一定の検索式を用いた。さらに胃潰瘍に関連する各国のガイドラインならびにCochrane Libraryのデータベースについても検索を行い、関連する文献を収集した。得られた文献検索データから、一定以上の信頼性基準(通常はエビデンスレベルのⅢ以上)を満たすものを採用し、それらを総括研究者がすべて収集したうえで、各分担研究者に配布した。エビデンスレベルの評価は、システマチックレビュー/メタアナリシスを最も高いエビデンスレベルⅠとし、一つ以上のランダム化比較試験をⅡ、非ランダム化比較試験をⅢ、分析易学的研究をⅣ、記述的研究をⅤ、患者データに基づかない専門家の意見をⅥとした。各分担研究者は「診療ガイドラインの作成と評価の手順」(V.3.1)に従って、アブストラクトテーブルならびにアブストラクトフォームを作成した。
4. ガイドラインのためのステートメントの作成
以上のデータベースに基づいて、各分担研究者は担当部分のステートメント(勧告案)を作成し「診療ガイドラインの作成と評価の手順」(V.3.1)の注11の基準に従って、行うよう強く勧められるもの(A)から、行わないよう勧められる(D)までに分類した。「行うよう勧められるだけの根拠が明確でない」(勧告の強さ(C))については、曖昧さを避けるため、それが肯定的なニュアンスか、否定的なニュアンスかを明確にするよう努めることとした。
(倫理面への配慮)
今回の研究は他の研究機関から発表された論文に対する評価を行うものであり、研究対象者に対する直接的な不利益等の諸問題は生じない。しかし、文献の採用にあたっては倫理面への配慮を十分吟味するとともに、ガイドラインの策定にあたっても、人権擁護を十分配慮することを心がけた。
結果と考察
上記の文献検索で採用となった総論文数はMEDLINEより英文論文675編、医学中央雑誌ならびにJMEDICINEより和文論文143編で、この総計818編の論文を最終報告での評価対象とし、アブストラクトテーブル、アブストラクトフォームとしてデータベース作成が行われた。2年度にわたる検討により、データベースとしてMEDLINE、医学中央雑誌、JMEDICINEに加え、Cochrane Libraryや、世界各国の診療ガイドラインに収載されている文献も含め、キーワード検索の方法も改良し、2001年度までの文献を含めるよう努力した結果、最新の文献情報に基づく遺漏の少ない文献データに基づくガイドライン作成を行うことができたと考えられる。それに基づいて、各分担研究者が、設定された問題に対する治療勧告(ステートメント)とその根拠の強さを示し、その根拠となる背景の解説を行ったが、今回、医療経済的視点や、メタアナリシス分析等の検討を加えることによって、これまで曖昧であった胃潰瘍治療選択の優先度が示されただけでなく、胃潰瘍診療体系におけるヘリコバクター・ピロリの除菌治療の位置づけも明確に行われ、非ステロイド消炎鎮痛薬による胃潰瘍の診療も独立した診療勧告がなされており、わが国の胃潰瘍診療が成因論的に整理されたガイドラインに基づいて行われることが期待される。また、分担研究者から提出された各治療勧告を羅列するのではなく、これらを実地診療に利用しやすい形で呈示するため、胃潰瘍診療の流れに沿って治療勧告をフローチャート形式に整理し、ガイドラインとしての利用が容易になるように工夫した。各治療勧告をフローチャートとして整理することにより、実地の胃潰瘍診療によりわかりやすい形として提供することができると考えられる。今回作成したガイドラインを、一般臨床医、あるいは国民が利用できるように近日中に出版を予定している。今回の胃潰瘍診療ガイドラインは、2001年までの文献に基づいて作成されたが、2002年には、胃潰瘍に関する新たな文献的エビデンスが現れており、今後も新たなエビデンスや社会状況の変化によってガイドラインを改訂していく必要があると考えられる。
結論
これまでわが国では、今回の研究で採用された一定の方法論に基づいた体系的な胃潰瘍治療に関する文献収集とそれに依拠した治療ガイドラインが作成されたことがなく、その意味で、今回のガイドラインの作成は画期的な意義を有するものといえる。しかし、胃潰瘍は数多くの消化器病のなかでの一つの疾患にすぎず、今後さらに多くの疾患に対するガイドラインの作成が行われる必要があると思われる。そのためには、消化器病学会が中心となってEBMに基づくガイドラインの作成を積極的に推進すべきであろう。

公開日・更新日

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