造血幹細胞の体内増幅/体外増幅のための増殖分化制御システムの開発と応用(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100488A
報告書区分
総括
研究課題名
造血幹細胞の体内増幅/体外増幅のための増殖分化制御システムの開発と応用(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
小澤 敬也(自治医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 峯石真(国立がんセンター)
  • 山下孝之(東京大学医科学研究所)
  • 寺尾恵治(国立感染症研究所筑波霊長類センター)
  • 長谷川護(ディナベック研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究事業(再生医療研究分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
45,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
細胞治療は今後大きな発展が期待される重要な医療技術の一つとして位置付けられる。その中で、造血幹細胞移植は最も先行している細胞治療であるが、そこにさらに細胞制御技術を絡ませることにより、臨床応用の可能性を一段と拡げることが可能となる。例えば、患者自身の造血幹細胞を機能修復して自家移植する細胞治療法では、増殖制御遺伝子を利用することにより、移植した造血幹細胞の体内での選択的増幅を誘導し、治療効果のより一層の増強を図ることができる。今年度は、プロトタイプとして開発した選択的増幅遺伝子(SAG: selective amplifier gene)(第一世代)の有用性を霊長類のサルの系で検討すると共に、より強力な第二世代の選択的増幅遺伝子の開発に着手した。また一方、重要課題として従来より活発な研究が行われてきている造血幹細胞の体外増幅(自己複製/再生)に関しては、増幅培養期間中、分化を一時的に停止させるテクノロジーの開発が鍵になると考えられる。そのための新しいタイプの細胞制御技術として分化制御遺伝子の開発に取り組んでいる。この場合、体外増幅培養の期間中に限定してこの制御遺伝子を働かせる工夫が必要であり、理想的には、増幅した造血幹細胞を移植する際に、不要となった分化制御遺伝子を取り外すことができるようにするのが望ましい。そこで、細胞制御遺伝子着脱システム(ゲノムへの組込みと取り外し)の開発を進めてきているが、そのために必要となる新しい技術の開発に力を入れた。このような先端技術が実現すれば、細胞治療に必要とされる造血幹細胞を少量で済ませることが可能になる。将来的には、量的制限のある臍帯血幹細胞移植の成人患者への適応拡大、さらには自己造血幹細胞の保存(バンキング)システムへの応用に繋がっていく魅力的な技術である。また、臨床展開への準備として、CD34細胞を臨床レベルで大量に採取・純化する方法の開発を進めた。造血障害をきたす疾患としては、Fanconi貧血(FA)の病態に焦点を当て、分子レベルでの解析を行った。以上、造血幹細胞移植の周辺技術として種々のタイプの増殖分化制御遺伝子の開拓を推進し、数年以内にその臨床応用を図るのが本研究の目的であり、造血幹細胞を再生させる技術開発の基礎となるものである。
研究方法
1.造血幹細胞増殖分化制御システムの開発.1)増殖制御遺伝子を利用した造血幹細胞体内増幅法の開発:エストロゲンあるいはタモキシフェン反応性SAG[G-CSF受容体(GcR)のリガンド結合領域を除いた部分とエストロゲン受容体あるいはタモキシフェン受容体のホルモン結合領域の融合蛋白質をコードする遺伝子]を導入した造血幹細胞の移植実験を、カニクイザルを用いて実施した。自家移植後、エストロゲンあるいはタモキシフェン投与によりSAG導入移植細胞が体内で増幅するかどうか、長期的観察を行った。また、より強力な増幅効果をもつ第二世代SAGを開発するため、エリスロポエチン受容体(EpoR)の細胞外領域/膜貫通領域を分子スイッチに利用したEpo反応型SAG(EpoR-GcR, EpoR-Mpl遺伝子)を構築した。この第二世代SAGをBa/F3細胞に導入してEpo刺激による増殖刺激作用を調べた。次に、ヒト臍帯血CD34陽性細胞を用いて、Epo刺激による増幅効果と分化特性を検討した。その他、カニクイザルの系での自己末梢血幹細胞移植技術の開発を行った。2)疾患モデル動物を用いた細胞治療実験:X連鎖重症複合免疫不全症(X-SCID)遺伝子治療臨床研究の成功の要因を検討するため、コモンガン
マ鎖ノックアウトマウス(X SCIDマウス)をベースにして樹立したLy5.1/Ly5.2コンジェニックマウスを用いて骨髄移植実験を行った。野生型Ly5.2マウスの骨髄細胞を前処置なしで野生型Ly5.1マウスならびにX-SCID/Ly5.1マウスに移植し、白血球キメリズムの推移を観察した。さらに、正常コモンガンマ鎖遺伝子導入によるX-SCIDマウスの造血幹細胞遺伝子治療実験を行った。3)分化制御遺伝子を利用した造血幹細胞体外増幅法の開発:体外培養で造血幹細胞を増やす間は分化抑制遺伝子を働かせ、その後でCre/loxPシステムを応用して分化抑制遺伝子を取り外す方法の開発を進めた。Creの発現は一過性であることが望ましいため、アデノウイルスベクターの利用を検討した。特に、造血幹細胞への遺伝子導入効率を高めるため、アデノウイルスベクターと造血幹細胞を架橋するアダプター分子の開発を行った。2.臨床応用に向けた準備.ヒト造血幹細胞の採取法に関して、大量末梢血幹細胞採取及びそこからのCD34陽性細胞純化技術の検討を行った。FAに関する病態解析では、FANCA遺伝子の変異体を作製し、FANCA(-)細胞に発現させ、MMC感受性とFA分子経路の解析を行った。(倫理面への配慮)マウスを用いた実験は、自治医大動物実験指針規定に従った。サルの実験は、国立感染症研究所「動物実験ガイドライン」および筑波霊長類センター「サル類での実験遂行指針」を遵守して行った。臨床研究における末梢血幹細胞採取およびCD34陽性細胞純化は、当該施設の倫理委員会の認可を受けた。
結果と考察
1.造血幹細胞増殖分化制御システムの開発.1)増殖制御遺伝子を利用した造血幹細胞体内増幅法の開発:エストロゲンまたはタモキシフェンに反応するタイプのSAGを導入した6頭のサルのうち3頭で刺激に反応して遺伝子導入細胞の増加が認められた。尚、遺伝子導入細胞の増幅効果は一過性であり、SAGは主に前駆細胞レベルで働いているものと考えられた。実用化にはさらなる改良が必要と思われる。第二世代のEpo反応型SAG(EpoR-GcR, EpoR-Mpl遺伝子)をBa/F3細胞に導入したところ、Epo依存性増殖能の獲得が認められ、第一世代のSAGと比較して増殖刺激活性がより強力であった。ヒト臍帯血CD34陽性細胞を用いた検討では、EpoR-Mpl遺伝子を導入した場合に、液体培養系において最も顕著な細胞増殖が認められ、c-Kit陽性率も最も高い値を維持していた。Mplの増殖シグナルはEpoRあるいはGcRよりも未分化造血系細胞の増幅により適しているものと考えられた。2)疾患モデル動物を用いた細胞治療実験:骨髄移植実験で、野生型ドナー細胞(Ly5.2)は野生型レシピエント(Ly5.1)には生着できず、X-SCIDレシピエントにはよく生着した。正常リンパ球がX-SCID個体において選択的な増殖優位性をもち、この疾患では少数の正常化した造血幹細胞でもリンパ系を再構築できることを示唆している。実際に、X-SCIDマウスの造血幹細胞遺伝子治療実験では、良好なリンパ系再構築が得られた。3)分化制御遺伝子を利用した造血幹細胞体外増幅法の開発:造血幹細胞へのアデノウイルスベクターの感染効率を改善するアダプター分子として、アデノウイルス受容体(CAR)の細胞外領域とSCF細胞外領域の融合蛋白質を作成した。これはアデノウイルスベクターと未分化造血系細胞を架橋する分子である。ヒト白血病細胞株UT-7を用いて検討したところ、アダプター分子の添加によってGFP発現アデノウイルスベクターの遺伝子導入効率が約20%から80%に上昇した。このシステムは造血幹細胞以外の細胞を増幅させる場合にも応用が可能であり、再生医療のための基本テクノロジーに発展していく可能性を秘めている。2.臨床応用に向けた準備.大量幹細胞採取と純化を安定して行うことができた。また、弱い前処置によってCD34陽性細胞を移植する方法を検討した。20種類のFANCA変異蛋白質について、MMC感受性を補正できるかどうか検討した。その結果、3群に分けることができた。
結論
造血幹細胞の体内増幅ならびに体外増幅を行うための細胞増殖分化制御システムの開発を推進した。前者では、従来開発を進めてきた第一世代の選択的増幅遺伝子に関して、霊長類のサルの系
を用いた検討を進めた。まだ実用レベルには到達していないと判断し、本年度は新たに第二世代の選択的増幅遺伝子(Epo反応型SAG)の開発に着手した。in vitroでは有望な結果が得られている。一方、造血幹細胞の体外増幅(自己複製/再生)の場合は、増幅培養期間中、分化を一時的に停止させる必要があり、分化抑制遺伝子のゲノム着脱システムの開発に力を入れた。これはCre/loxPシステムを応用したもので、本年度は、Creリコンビナーゼを一過性に働かせるための技術の開発を行った。その他、臨床応用のための基盤技術として、造血幹細胞の大量採取・純化法を確立した。FAの病態解析に関する今回の知見は、今後の診断法の開発に繋がっていくものと期待される。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-