神経幹細胞を用いた神経変性疾患の治療に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100481A
報告書区分
総括
研究課題名
神経幹細胞を用いた神経変性疾患の治療に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
高坂 新一(国立精神・神経センター神経研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 岡野栄之(慶應義塾大学医学部)
  • 中福雅人(東京大学大学院医学系研究科)
  • 中村 俊(国立精神・神経センター神経研究所)
  • 和田圭司(国立精神・神経センター神経研究所)
  • 伊達 勲(岡山大学医学部)
  • 高橋 淳(京都大学大学院医学研究科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究事業(再生医療研究分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
90,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
神経変性疾患の代表例であるパーキンソン病では、黒質ドーパミンニューロンが変性脱落することにより重篤な機能障害が生じることが知られている。このパーキンソン病の治療として胎児黒質ドーパミンニューロンの脳内移植が欧米を中心に行われているが、ドナー数の制限や倫理的な問題もあり、更に治療効果にも限界があるのが現状である。
このような状況下で、ニューロンやグリア細胞の共通の前駆細胞である神経幹細胞を用いた脳内移植療法の開発が注目を集めつつある。最近の研究により、この神経幹細胞は胎児のみならず成体の脳内にも広く存在することが明らかとなった。胎児・成体より単離した幹細胞を移植することにより、パーキンソン病において失われた黒質ー線条体神経回路網を再生させるという新規の治療法の開発が望まれる。しかしながら、これまでの研究では増殖、分化、特異性といった神経幹細胞そのものに関する基本的な理解がほとんどなされていないし、またモデル動物を用いた幹細胞の移植実験でも移植細胞の挙動あるいは宿主の応答等に関する充分な評価がなされない。
本研究ではこれらの点に鑑み、神経幹細胞に関する分子細胞生物学的理解を飛躍的に発展させ、神経変性疾患の中でも特にパーキンソン病への脳内移植による臨床応用へ向けた研究を展開することを目的とする。具体的には、1)神経幹細胞の分離技術を開発・確立し、2)神経幹細胞の増殖・分化機構を解明するとともに、3)ドーパミンニューロンへの分化誘導技術を開発する。更に、4)神経幹細胞が形成する神経回路を検出する技術を開発し回路網の維持を図るとともに、5)神経幹細胞の移植技術をサルを含む動物において確立することをめざす。
研究方法
本年度の研究に関しては、主にラットおよびマウス脳由来の神経幹細胞を用い研究を進めたが、ヒト神経幹細胞を用いた研究は京都大学医学研究科における医の倫理委員会の承認によって行われた。下記に記載する個々の研究方法に関しては、添付した分担研究報告書を参照されたい。
結果と考察
本年度は神経幹細胞の分離技術の開発、神経幹細胞特に内在性神経幹細胞の分化機構の解明、さらにヒト胎児由来神経幹細胞の培養などのテーマにつき以下のような成果を挙げることができた。
まず、神経幹細胞の分離に関しては、1)チロシン水酸化酵素(TH)のプロモーター下にEGFPをつないだ遺伝子のトランスジェニックマウスを用い、昨年度報告したセルソーターを用いた細胞分離法により、TH陽性のドーパミン神経細胞を効率よく採取することが可能となった。さらに、2) 前述のTH-EGFPのプラスミドをマウスES細胞に導入した後、基質細胞の培養上清を添加することにより神経細胞へ分化させ、セルソーターを用いてTH陽性のドーパミン神経細胞を単離することにも成功した。
内在性の神経幹細胞の分化機構の解明に関しては、1) 成体のラット脊髄に損傷を加えた場合、内在性の神経幹細胞が賦活化され分裂増殖するものの神経細胞への分化は抑制されることを昨年度報告し、この現象にはNotchのシグナル下に細胞内の神経細胞への分化に重要なニューロジェニン(ngn)2の発現が抑制されている可能性を示唆した。本年度は脊髄損傷ラット実質内にngn2発現ウイルスベクターを注入し神経幹細胞から神経細胞への産生を検討した。この結果、ngn2を強制発現した脊髄においては分裂する内在性の神経幹細胞から神経細胞の新生が起こることを明らかにした。さらに2) 神経幹細胞の分化増殖におけるNMDA受容体の役割について検討を加える目的で、ラット初代培養神経幹細胞をNMDA受容体のアンタゴニストであるAPV存在下で培養した。APV存在下では神経幹細胞の分裂が著明に亢進し、ネスチン陽性細胞の数が増加した。一方、胎児期ラット脳のスライス標本の培養においても同様の実験を行い、APV存在下では内在性の神経幹細胞の分裂が促進されていることを明らかにした。これらのことは神経幹細胞の分裂増殖にNMDA受容体が機能していることを意味する。
一方、神経幹細胞の分化に重要な役割を担うG蛋白共役型受容体の同定を目指し、Laser Capture Microdisection法を用い、成熟マウス脳内の神経幹細胞由来の特異的cDNAプールを作製することに成功した。現在のところ、このプールから新たなG蛋白共役型受容体の同定に成功している。さらにこれら受容体のリガンドを検索するため分子モデリングとコンピュータシュミレーションによる非ペプチド性のリガンドのスクリーニング系の開発をおこなった。
ヒト由来神経幹細胞の性質を検討するため、京都大学医学部の倫理委員会の承諾を得、胎児脳の培養を行いneurosphereを得た。50日後に分化誘導を行ったところ、約20%がMAP2陽性のニューロンに、また約7%がGFAP陽性のアストロサイトに分化することが明らかとなった。このニューロンの多くはGABA陽性であったが、1%程度がドーパミンニューロンに分化することが示された。これらの細胞移植による機能再生が期待される。
結論

公開日・更新日

公開日
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