骨髄細胞を用いた形質転換心筋細胞の開発に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100480A
報告書区分
総括
研究課題名
骨髄細胞を用いた形質転換心筋細胞の開発に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
福田 恵一(慶應義塾大学医学部心臓病先進治療学)
研究分担者(所属機関)
  • 梅澤明弘(慶應義塾大学医学部病理学)
  • 中谷武嗣(国立循環器病センター実験治療開発部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究事業(再生医療研究分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
55,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
心筋細胞は胎生期には細胞分裂を行なうが、生後間もなく終末分化し、以後は細胞分裂を行わない。このため心筋梗塞等により心筋細胞が壊死した場合には、残存心筋細胞の肥大により代償される。一方、分子生物学の発達により遺伝子操作動物や人工臓器の研究が進歩し、遺伝子操作により細胞の運命を人工的に転換させることも可能となった。多くの研究者が心筋細胞の発生学的研究の手段として、あるいは心不全に対する根本治療の確立を目指して心筋細胞株の樹立や心筋細胞特異的転写因子の研究を行ってきた。心筋細胞において単独の転写因子のみで心筋細胞の形質が獲得できるような強力なあるいは上流の転写因子は見つかっていない。我々はこの常識を覆し、心筋細胞以外の細胞を心筋細胞に転換させる技術を研究開発してきた。本研究を開始するにあたり、未分化で心筋細胞と発生学的に同一あるいは近い細胞を材料にしなければならないと考え、骨髄間質細胞を用いた。骨髄間質細胞は多分化能を持つ中胚葉系の間葉系幹細胞を含有し、骨細胞、脂肪細胞、軟骨細胞等に分化することが知られている。本研究の目的は多分化能を有する骨髄間葉系幹細胞に分化誘導を加えることにより、自己拍動能を有する心筋細胞を作成し、その表現形の解析、心筋細胞移植への方法を確立することである。
研究方法
(1)CMG細胞のカテコラミン受容体発現:
最終分化誘導前および5-Azacytidineによる分化誘導後1・6週のCMG細胞よりRNAを抽出した。マウス心臓を陽性対照にカテコラミンα1受容体(α1A、α1B、α1D)およびβ受容体(β1、β2)のRT-PCRおよびNorthern blotを行った。分化誘導前および誘導後2週のCMG細胞を Phenylephrine(Phe:α1 agonist)にて刺激し、ERK1/2の活性化を測定した。さらにα1拮抗薬プラゾシン(PZ)前処置による抑制効果を観察した。同様にIBMX存在下にisoproterenolにより細胞を刺激し、cAMP生成量を測定した。さらにpropranolol前処置によるcAMP生成量への影響を検討した。
(2)心筋に分化した細胞の単離法の確立:
心筋細胞に分化した CMG細胞を単離するため、ミオシン軽鎖-2vのプロモーターにEGFP遺伝子を組み込む。分化誘導後にFACSによりソーティングし心筋細胞のみを単離する方法を開発する。
(3)再生心筋細胞の移植
再生心筋細胞をアデノウイルスlacZ遺伝子で標識した。麻酔下のマウス心臓に注射した。経時的にマウスを屠殺し心筋を染色した。
(4) CMG細胞のイオンチャネルの発現:
CMG細胞に最終分化誘導を行う前後でRNAを採取した。心筋細胞に発現することが知られているイオンチャネルI Ca,L、If、IK1、IK,Ach、IK,ATP、Ito、IKs、Ikrを形成するサブユニットの発現をRT-PCR法を用いて観察した。具体的にはIK1 (IRK1, IRK2) 、 IKr (MERG) 、 IKs (KvLQT1, minK) 、 Ito (KV1.2, KV1.4, KV2.1, KV4.2, KV4.3)、 IK,ATP (KIR6.1, KIR6.2, SUR2A, SUR2B) 、IK,ACh (GIRK1, GIRK4)、If (HCN1, HCN2, HCN3, HCN4)の発現を解析した。同時にCMG細胞にパッチクランプ法と活動電位を記録することにより遺伝子発現と機能の相関を検討した。
(5) GFP発現およびLacZ発現トランスジェニックマウスの骨髄細胞を採取し、致死量の放射線を照射したNOD-SCIDマウスに骨髄移植をおこなった。1カ月後にマウスを麻酔開胸し心筋梗塞を作成した。経時的に心臓を摘出し、組織切片を作成した。
(成体体性幹細胞樹立に関する研究: 梅澤明弘担当部分)
(6) 慶應義塾大学病理学教室において樹立したマウス骨髄間質由来の細胞株を用いて、マウスに細胞移植を行い細胞分化能の検索を行った。FACSを用いて細胞株及び軟骨分化能を有するヒト骨髄間質細胞の細胞表面マーカーの検索を行った。
(国立循環器病センター実験治療開発部: 中谷武嗣担当部分)
(7) 心臓への細胞療法を臨床へ応用するために必要な情報を得るために、以下の研究を行なった。①細胞標識法の比較―GFP遺伝子組み替えマウス由来細胞:GFPマウスを用いて細胞標識率をin vitroおよびin vivoにおいて検討した。②心筋細胞との共培養システムによる骨髄細胞の心筋分化の解析:骨髄細胞が生体内で心筋へ分化する証拠の報告が散見される。この現象を、in vitroで模擬化するため、環境因子による骨髄細胞の分化誘導の解析を行なった。③GFP-キメラモデルによる骨髄細胞の遊走、心筋再生の研究:最近の報告で、障害心内での心筋の自己再生の現象の報告が見られるようになった。その再生像を示す細胞の由来が心臓自体なのか、骨髄からなのかは不明である。心臓の自己心筋復生能を検討した。④ミニブタを用いた細胞移植による急性期副作用関する研究:細胞移植を臨床応用化するための課題として、細胞移植手技自体による影響に関する研究がある。適正な投与量や投与法を決定する場合に、まず、薬効を期待できる方法の開発は当然であるが、一方で副作用が発現する投与量を知ることもまた重要な課題である。世界的に全般で行なわれている細胞数・液を投与した場合の、特に急性期の心機能に対する影響を検討した。さらに、投与量の増大により、心機能にいかなる影響が出るのかを検討した。
結果と考察
(1) CMG細胞のカテコラミン受容体発現:
CMG細胞は分化誘導前よりα1A、α1B、α1D受容体mRNAを発現し、分化後にも発現は持続していた。β1受容体、β2受容体は誘導後1週から発現がみられた。CMG細胞はphenylephrineにより分化誘導前後ともERK1/2が活性化されたが、その程度は分化誘導後の細胞で著しく強かった。このERK1/2活性化はprazocineにより抑制された。isoproterenol投与によりCMG細胞はcAMPの上昇を認め、propranololにより抑制された。
(2)心筋に分化した細胞の単離法の確立:
ミオシン軽鎖-2v遺伝子とレポーター遺伝子を組み替えた遺伝子を遺伝子導入した細胞は分化誘導により強い蛍光を発色し、FACSにより単離することが可能となった。
(3)再生心筋細胞の移植:
移植された再生心筋細胞はレシピエントの心臓で生着し、レシピエントの心筋細胞と同期して収縮していた。移植心筋細胞は少なくとも2カ月以上、レシピエント心で生着することが確認された。
(4) CMG細胞では5-アザシチジンによる最終分化誘導をかける前よりIRK1 とMERGの発現が観察され、最終分化誘導前に静止膜電位を呈することが示唆された。洞結節型の活動電位を呈する分化誘導後2週頃よりHCN4、Caα1c、KV1.4の発現が観察された。これはこの時期にペースメーカー電位を生じるIf電流とI ca,L電流が記録されることを示唆していた。心室筋細胞型を呈する4週以後にはHCN1, KV2.1、KV4.2、IRK2、KIR6.1、KIR6.2、SUR2Aの発現が観察された。これはCMG細胞がIK,ATP、Ito電流を発現することを示し、この時期に心室筋細胞型活動電位を呈することを説明し得る現象と考えられた。分化誘導後6週までの時点ではKV1.2、KV4.3、KvLQT1、minK、GIRK1、GIRK4の発現は認めなかった。これはIKs、IK,Achを発現しないことを示し、CMG細胞が心房筋の表現型を取らないことと一致していた。
(5) 骨髄移植マウスでは心筋梗塞作成後梗塞部位に骨髄からの細胞が遊走し、梗塞巣に多数の細胞浸潤が観察された。梗塞作成後1カ月の時点で多くの浸潤細胞のほとんどは消失していたが、一部の細胞が血管壁周囲の平滑筋細胞として、またさらに少ない頻度であるが心筋細胞に分化していると考えられた。
(成体体性幹細胞樹立に関する研究: 梅澤明弘担当部分)
(6) マウス骨髄間質細胞株KUM2、KUM9、 KUSA0、 KUSA/A1の細胞移植を試行した。KUM2は心筋・骨格筋・骨に分化し多分化能を有する中胚葉系幹細胞と判明した。KUM9は骨格筋・骨・脂肪に分化し間葉系幹細胞と、KUSA0は骨・脂肪に分化するため骨脂肪前駆細胞と判定し、KUSA/A1は骨のみの分化能を有していたため骨前駆細胞と考えられた。これらの細胞表面マーカーは、未熟な幹細胞においてCD34、CD117が陽性であり、分化能が制限される前駆細胞に行くに従いCD117、CD34の発現は消失していた。また、幹・前駆細胞全般にCD140aの発現が認められた。軟骨分化能を有するヒト骨髄間質細胞においては、CD34、 CD117の発現は認めず、マウスでは陰性であったCD90、CD105の発現を認めた。
(国立循環器病センター実験治療開発部: 中谷武嗣担当部分)
GFPマウス由来細胞を用いた場合に、細胞追跡が最適であることが判明した。GFPマウス由来骨髄細胞とラット新生児心筋細胞とを共培養することで、骨髄細胞の同期収縮および筋原性タンパクの発現を経時的に観察した。その結果、心筋細胞との直接接着が骨髄細胞の心筋分化に重要な環境因子の一つであることが判明した。また、GFPマウス由来骨髄細胞を用いてキメラマウスを作成し、心筋梗塞モデルに対して、骨髄細胞の遊走能・分化能を検討した。さらに、ブタ心筋梗塞モデルを作成し、骨髄単核球細胞や間質細胞を直接注入法で移植した。細胞移植手技による、急性期における心機能に対する影響を、圧―容積曲線を用いて解析したところ、有意な心機能の低下は認められなかった。
考察:     
本年度の研究成果より、骨髄間葉系幹細胞を用いることにより、ほぼ心筋細胞と考えられる細胞が分化誘導できることが明らかとなった。この細胞は自己拍動能、活動電位、心筋特異的蛋白、心筋特異的転写因子の発現等より心筋細胞と考えれた。イオンチャネルの発現をみると心筋細胞に分化直後は洞結節細胞で観察されるイオンチャネルが発現していたのに対し、分化の進展と共に心室筋細胞型のイオンチャネルの発現に変化するのが観察され、生体外でも成熟過程が観察されるものと考えられた。また、骨髄移植後のマウスの心筋梗塞部のデータより生体内でも骨髄細胞から心筋細胞の前駆細胞が提供している可能性が考えられた。マウス骨髄間葉系幹細胞の同定に表面抗原の測定が有用であったが、ヒトの細胞とは若干の際があるものと考えられた。
結論
骨髄間葉系幹細胞はその一部に心筋細胞に分化可能な細胞が存在し、in vitroでの観察では心筋細胞としての性質をほとんど備えていると考えられた。これらの細胞は心筋内に移植しても長期生存できた。また、生体内でも心筋梗塞時等には骨髄細胞より幹細胞の導入がなされ、局所で心筋細胞に分化すると考えられたが、その頻度は極めて少ないものと推測された。

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