組織工学、再生医療技術を応用した凍結保存同種弁移植の品質改良に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100478A
報告書区分
総括
研究課題名
組織工学、再生医療技術を応用した凍結保存同種弁移植の品質改良に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
北村 惣一郎(国立循環器病センター)
研究分担者(所属機関)
  • 中谷武嗣(国立循環器病センター研究所)
  • 庭屋和夫(国立循環器病センター病院)
  • 藤里俊哉(国立循環器病センター研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究事業(再生医療研究分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
同種弁は機械弁や異種生体弁などの人工弁の開発、導入と歩みを同じくして、代用心臓弁として臨床に導入されてきた。一般に、同種弁は機械弁に比べ抗血栓性で、異種生体弁に比べ耐久性で、さらに両者に比べて抗感染性で長所を持っていると考えられ、心臓弁自体も弁に連続する血管組織も近代的心臓血管外科の治療戦略として、欠くべからざる選択肢となっている。一方、一部の、特に若年者に用いた同種弁は、術後比較的早期に導管部分の狭窄や石灰化を特徴とする変化によって、比較的早く機能不全を起す事も報告されており、免疫反応の関与が強く示唆されている。そこで、本研究では同種弁が臨床的に優位である原因を検討し、組織工学的手法を用いてその利点をさらに補強する同種弁保存方法を開発し導入する。この技術により、同種弁を必要とする致命的でさえある症例の救命と、より質の高い術後生活に結びつくと考えられる。さらに、免疫反応の主因を成すであろう、同種組織細胞を消失させ、再生工学的手法により患者の自己細胞を組織内に誘導することで、より長い耐久性を有する代用弁の開発を目指す。自己細胞の含まれた組織は、生物学的な自己修復の機転や、成長までもが期待できる。現在、ドナーから摘出された同種弁は10%から30%の割合で、摘出時の細菌感染で臨床使用が不可能になる。それら廃棄される同種弁組織の新たなる臨床使用の可能性を開くことは、社会資本としての提供組織の有効利用にも結びつく。本年度は、昨年度に引き続いて界面活性剤であるトリトンX-100溶液による浸漬処理によって無細胞化した心臓弁に関し、生体力学特性への影響について詳細に検討するとともに、ミニブタを用いた動物実験によって、レシピエントの自己血管内皮細胞を組み込んだ脱細胞化心臓弁の移植実験を行った。さらに、長期間の洗浄が必要であること、及び組織内部の細胞除去が困難であること、というトリトンX-100による細胞除去処理法の問題点を解決するために、新規な界面活性剤洗浄除去方法並びに新規な細胞除去方法について検討した。なお、具体的な処理方法については、現在、特許出願手続き中のため、規定に従って詳細は省略し、結果のみを報告する。
研究方法
脱細胞化処理として、食用ブタあるいはNIBS系ミニブタの心臓を摘出して肺動脈弁を分離し、ハンクス液で洗浄後、RNase A、DNase I及びEDTA2Naを含む1%トリトンX-100溶液に浸漬し、炭酸ガスインキュベータ内で24時間撹拌した。PBS溶液にて3回洗浄後、残存トリトンX-100を除去するために、4℃のPBS溶液にて3週間洗浄した。トリトンX-100の除去効果を調べるためには、PBS洗浄溶液中への溶出量を、サイズ排除クロマトグラフィー法を用いた。力学特性評価として、無細胞化処理した心臓弁葉から、辺縁方向を0°、法線方向を90°として角度0°、45°、90°における幅3mm、長さ約15mmの短冊状の切片を切り取り、力学試験機にて引っ張り試験を行って破断までの張力を測定した。細胞播種として、NIBS系ミニブタの大腿部動脈を長さ約5cm摘出し、両端に留置カテーテル針を挿入後、三方活栓を接続した。PBSにて洗浄後、0.1%細胞分離酵素液を注入し、37℃にて20min間静置した。分離した細胞を含む酵素液を回収後、洗浄し、血管内皮細胞用増殖培地にて培養した。2週間培養増殖後、トリプシン溶液にて細胞を剥離回収した。脱細胞化処理したミニブタ心臓弁の弁葉内側を標的領域とし、2日間静置培養した。移植実験として、NIBS系ミニブタ
を用い、右心バイパス下にてレシピエントのミニブタ自己細胞を播種した脱細胞化同種肺動脈弁による肺動脈弁置換手術を行った。術後1ヶ月及び3ヶ月において、心エコーと圧測定による血行動態の測定後、移植弁組織を摘出し、HE染色、抗vWF免疫染色及び走査型電子顕微鏡によって組織学的所見を検討した。さらに、これらの結果を細胞の未播種モデル群と比較した。
(倫理面への配慮)
動物実験に際しては、麻酔や鎮痛剤の使用、最小使用数となるような実験計画の立案などについて、実験動物に対する動物愛護上の規定に則って配慮した。
結果と考察
正常弁の伸展特性では、張力-伸び曲線及び応力-ひずみ曲線ともにどの切片角においても伸展に伴って張力並びに応力軸に凹になる非線形性を示した。また、辺縁方向は伸びにくくかつ硬い上に強靱な性質であるが、法線方向は非常に伸びやすくかつ柔らかい上に脆弱な性質を示した。弁葉の弾性率を規定する成分は主にコラーゲン線維であり、細胞成分及び弾性繊維はほとんど関与していないと考えられる。トリトンX-100溶液への浸漬処理によって弁葉の強靱さが増大したが、組織学的には細胞の消失による空胞化は見られるものの、コラーゲン線維及び弾性繊維の密度並びに配列状態に変化は認められなかった。従って、弁葉の力学特性の変化は主にコラーゲン線維の材質的変化によるものであって、線維自体に化学的変化が生じている可能性もある。強靱さが増大することで、血管内圧の上昇に対する安全性はさらに確保されるが、柔軟性が低下するという問題もあるが、現在行っている動物移植実験からは、大きな影響はないと考えている。細胞播種では、ミニブタ大腿動脈から分離された血管内皮細胞は、2週間の培養によって十分量にエクスパンドすることができた。肺動脈弁を心臓側を下方向として垂直に静置し、上部から血管内皮細胞浮遊液を滴下し、2時間静置する事で、細胞を付着させることができた。血管内皮細胞の組み込みについては、本年度は弁葉内側のみを標的領域として播種しているが、来年度は、組織全面を対象とした血管内皮細胞播種方法及び組織内部への線維芽細胞の組み込み方法についても検討する必要がある。さらに、臨床応用に際しては、ヒト細胞を用いたGMP基準に則った施設で、基準に則った操作を必要とする。現在、GMP基準に適合した細胞プロセシング設備を有する施設との共同研究についても検討中である。移植実験では、レシピエント自己細胞をあらかじめ播種した脱細胞化心臓弁の場合では、術後1ヶ月において、移植組織表面が血管内皮細胞に覆われているのみならず、組織内への細胞浸潤も認められた。しかし、弁葉内への浸潤は認められなかった。これに対し、術後3ヶ月では、さらに弁葉内にまで細胞浸潤が認められた。細胞未播種の場合では、細胞播種した場合に比べ、組織内への細胞浸潤は少なかった。自己細胞を組み込むことによって、移植後の自己化が促進される詳細な理由は不明であるが、組み込まれた血管内皮細胞が増殖因子を産生し、細胞浸潤を促している可能性も考えられる。来年度は、浸潤した細胞の性状、石灰化等について、長期の成績について検討する予定である。新規処理法では、トリトンX-100による処理では24時間処理後でも、表面から1mm以上の深部組織内では細胞の核は染色された。これに対し、新規処理法では10分間の処理によって組織内の細胞はほぼ完全に染色されなくなった。同組織のElastica Van Gieson染色標本からは、いずれの処理法においても、コラーゲン線維層並びに弾性線維層はよく保存されていた。昨年度の洗浄法では、残存トリトンX-100を十分除去し、脱細胞化組織内へ細胞を組み込むために3週間の洗浄が必要であったが、新規方法では約1/10の洗浄時間で十分であった。また、新規処理法による破断強度への影響について検討したところ、トリトンX-100による処理では破断強度及び弾性率とも増大する傾向があったが、新規処理においてはいずれもほとんど変化が見られなかった。さらに、現在検討中であるが、組織内の細菌等を完全に除去し、滅菌することも可能であると考えている。したがって本方法が確立された場合、同種弁のみならず異種心臓弁を脱細胞化処理することで、ドナー不足等の問題をも解決した、我が国発の高度な安全性を有した再生医療用生体由来組織を開発できる可能性もあろう。
結論
弁葉は辺縁方向は伸展しにくく、弾性率が高く破断強度も大きいのに対し、法線方向は伸びやすく、弾性率も低く破断強度も小さいという異方性が認められた。トリトンX-1
00による脱細胞化処理によって、弁葉の破断強度及び弾性率は増大したが、移植に際しての大きな影響はないと考えられた。血管内皮細胞は大腿動脈から容易に分離することができ、in vitroでの増殖後、静置培養法によって、脱細胞化組織表面の弁葉内側に血管内皮細胞を播種することができた。ミニブタを用いた動物実験によって、自己細胞を組み込むことで、細胞未組み込み群と比較して、移植後の細胞浸潤が促進された。さらに、トリトンX-100処理に代わる新規な脱細胞化方法を開発することで、より大きな組織内部の細胞除去も可能であり、生体力学特性は未処理組織と同等に維持したまま、処理時間の大幅な短縮が可能であった。

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