骨髄非破壊的前処置療法を用いた同種造血幹細胞移植の開発(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100473A
報告書区分
総括
研究課題名
骨髄非破壊的前処置療法を用いた同種造血幹細胞移植の開発(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
高上 洋一(国立がんセンター中央病院)
研究分担者(所属機関)
  • 中尾眞二(金沢大学医学部)
  • 大橋靖雄(東京大学大学院)
  • 権藤久司(九州大学大学院)
  • 森慎一郎(都立駒込病院)
  • 小澤敬也(自治医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究事業(再生医療研究分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
55,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究では、これまで同種移植を受けることができなかった高齢者や臓器障害を有する患者に対する根治的治療法として、骨髄非破壊的前処置療法を用いたミニ移植法を開発する。その安全性を国立がんセンター中央病院単独施設で行う第I相臨床試験で評価すると同時に、その有効性を評価する多施設共同無作為比較第II相臨床試験を行う。
その背景として、同種造血幹細胞移植は有効な治療法ではあるが、一方では治療関連合併症が多く発生する危険な治療でもある。特に患者の年齢が50歳を超える場合や、移植前に既に臓器の働きが低下している患者では、現在の方法で移植を行うと早期死亡率が著しく高くなる。そこで移植前処置の抗がん剤を減量し、免疫抑制力の強い薬剤を組み合わせることによって、副作用を抑えつつドナー造血幹細胞・リンパ球の生着を図り、抗腫瘍効果は主として同種免疫効果に期待するという考えに基づいて開発された移植法がミニ移植である。これによって、同種移植の恩恵を受けることができなかった高齢者や臓器障害を有する患者にも、根治的治療法としての移植を行える可能性が開かれ、画期的な治療開発研究として期待される。
本第II相臨床試験の最大の特徴は、質の高いエビデンスを得るために、公正で公開された班研究を行い、移植医療に適したデータベースを作成し、医師主導研究としては我が国では初めて新GCPに準拠した厳正な前方視的研究を実施することである。これにより、我が国の移植領域における臨床試験体制の基盤を確立すると同時に、得られたデータを用いて新規開発医薬品、適応外医薬品あるいは細胞治療法の臨床承認申請を可能とする道を開く。
ミニ移植の安全性と有効性を高めるために、付随研究として移植後のサイトメガロウイルス(CMV)感染の発症頻度、およびCMV特異的T細胞動態について経時的に検討し、ミニ移植の特徴を免疫学的側面から明らかにする。移植後再発白血病に対してドナー由来リンパ球輸注療法 (donor lymphocyte infusion: DLI)が注目されているが、その作用機序は不明であり、また合併症である重症の移植片宿主病(GVHD)に対する対策も重要である。DLIの標的抗原を検索して、より特異的な免疫療法を行うことを目指す。また、リンパ球に対するMfasER自殺遺伝子導入の有効性を検討することは、DLIの安全性向上には重要である。
研究方法
新たなプリン誘導体であるクラドリビンあるいはフルダラビンとブスルファンを併用するミニ移植を開発し、国立がんセンター中央病院において第I相臨床試験を行った。対象となったのは造血器腫瘍患者のうち、他の治療では治癒や長期生存を期待できないような疾患や病状であるにもかかわらず、年齢制限(55歳)や各種の臓器機能障害があるために通常の血縁/非血縁者間同種造血幹細胞移植を行うことができない患者である。ドナーはHLA一致あるいは一座不一致の血縁ドナーとし、G-CSF 5 μg/kgを1日2回連日皮下注射し、4日目からCOBESpectraを用いて1回約10リッターの血液を処理して、CD34陽性細胞として3 x 106個 /kgを目標に採取して凍結保存し、前処置終了後に急速に解凍して輸注する。移植後GVHDの予防はサイクロスポリン単剤で行う。移植後6日目から好中球数が0.5 x 109 /Lを超えるまでの間、G-CSF(5 μg/kg)を連日点滴静注する。主要評価項目は、移植後100日以内の早期移植関連死亡とドナー型完全キメラの達成とした。またミニ移植における最適のGVHD予防法を検討する目的で、同様の治療プロトコールを用いて多施設共同無作為比較第II相臨床試験を開始し、移植した後にシクロスポリン単剤と、シクロスポリンとメトトレキサートの併用による方法の2群に無作為に割り付ける(各群30例、計60例)。この試験は、ミニ移植に必要な薬剤の適応拡大承認を得る必要性からも新GCPに準拠して行う。
治療の安全性を高めるためにも、ミニ移植後の免疫機能の評価として同種移植で最も重要な感染症であるCMV感染を指標とし、その発症頻度およびCMV特異的T細胞の再構築について経時的に検討した。またgraft-versus-leukemia(GVL)効果の標的抗原検索に関しては、同種骨髄移植後のCML再発に対してDLIを受けて寛解を得た患者では、GVL効果の出現に一致して一部のCD4陽性T細胞の抗原特異的増殖がみられるため、T細胞のクロノタイプからそのエピトープを推測するという新しい方法を考案して検討した。ついで、DLIで輸注するリンパ球にFas-エストロゲン受容体融合蛋白質をコードする新規自殺遺伝子(MfasER遺伝子)を導入することでGVHDを制御するシステムの開発を試みた。マウス細胞傷害性T細胞株であるCTLL-2にレトロウイルスベクターを用いてMFasER遺伝子を導入してエストロゲンを作用させたところ、速やかにアポトーシスが誘導された。このときCTLL-2の細胞傷害活性(標的細胞:RL♂1)が著しく抑制されたが、同時にパーフォリンの蛋白量も減少しており、生物活性の変化に対応していた。これらの所見は、ミニ移植に伴う免疫機能の特徴を明らかにするものであり、移植の安全性確保と抗腫瘍免疫の調整には重要である。
対象患者については、いずれも患者本人に説明同意文書の内容を極力分かり易い言葉で説明し、説明同意文書2部を作製して本人に渡したうえで文書による同意を得た。説明同意文書に本人の自由意志で同意の署名がなされた後に、この文書の1部を本人に提供することで倫理性も確保した。本研究は、参加各施設の倫理審査委員会における審査を受けて承認されることが条件となる。
結果と考察
結果と考案
同種造血幹細胞移植は、超大量化学療法や全身放射線照射によって抗腫瘍効果を強め、その副作用として生じる壊滅的な骨髄傷害を、ドナーの造血幹細胞を輸注することによって補うという概念で始められた治療方法である。しかし最近に至り、移植の治療効果は大量化学療法や放射線照射だけでなく、むしろ同種免疫効果、すなわちドナー由来のリンパ球が抗腫瘍効果(GVLあるいはgraft-versus-tumor; GVT)を発揮することに由来することが判明した。そこで、移植前処置の抗がん剤を減量し、副作用を抑えつつドナー造血幹細胞の生着を図り、抗腫瘍効果は主としてGVL/GVT効果に期待するというミニ移植の概念が提案された。GVT効果は抗がん剤耐性の固形がんにおいても観察されている。
国立がんセンター中央病院における第I相臨床試験は2002年3月現在、合計85名の患者を登録した。高リスク患者が対象となったにもかかわらず、移植後100日以内の移植関連死亡者は11名のみであった。また1年生存率は70%であり、生存患者のQOLも良好に保たれている。加えて腎がんと骨肉腫患者においては腫瘍の縮退を、またメラノーマ症例においては腫瘍増殖の鈍化を観察し、ミニ移植はこれら難治固形腫瘍に対しても有効な治療となり得る可能性が示唆された。特に、HLA一致ドナーからの移植においてはミニ移植の安全性が高いため、難治がん治療における本治療の意義は大きいと考える。しかし、急性GVHDの合併率は通常移植と同程度であったことから、その改善を目指した第II相臨床試験を行うことの意義は大である。
多施設共同第II相臨床試験に関しては、我が国における医師主導研究としては初めて、新GCPに基づいた厳正で透明性のある臨床試験を行うことを計画し、まず生物統計に精通した若手班員を中心として、データ管理業務を行う特定非営利活動法人と共同で臨床試験計画書と症例報告書を含むデータベース案を作成し、次いで公開されたメーリングリスト上で意見を募ってその妥当性を検証した。その後、本研究の実行可能性を検証する目的で、国立がんセンター中央病院において模擬患者登録を繰り返し、その過程で発見された試験計画書や症例登録表の不備を倫理審査委員会報告事項としてのminor modificationとして追加する作業を行った。施設の訪問監査も実施する体制が整い、2002年2月からは患者登録を開始した。このデータベースの基本構造は、今後行われる各種疾患に対する移植領域における臨床試験に汎用が可能である。
ミニ移植の安全性と有効性を高める目的でGVL効果の標的抗原の検索を行い、T細胞レセプター(TCR)β鎖のCDR3領域のアミノ酸配列を決定して標的となる新たなmHAを同定した。輸注リンパ球に対する自殺遺伝子(MfasER遺伝子)を導入することによって、リンパ球に速やかにアポトーシスが誘導されることも確認した。
結論
ミニ移植後の副作用は通常の移植と比較して軽微であるため、根治的治療法を持たなかった多くの患者を救済できる可能性が示された。今後、治療法のさらなる改善を目指した第II相臨床試験を進めて、その有効性を評価する。これにより、我が国の移植領域における臨床試験基盤の構築を目指す。

公開日・更新日

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