肝細胞移植系の確立と肝幹細胞の分離および培養(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100471A
報告書区分
総括
研究課題名
肝細胞移植系の確立と肝幹細胞の分離および培養(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
宮島 篤(東京大学分子細胞生物学研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 酒井康行(東京大学生産技術研究所)
  • 渡部徹郎(東京大学大学院医学系研究科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究事業(再生医療研究分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
15,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は細胞治療,遺伝子治療,さらに人工肝臓の開発を目的とし、肝臓における再生治療の向上を目指すものである。現時点では、重篤な肝機能不全に陥った場合には、生体肝移植が最も有効な治療法であるが、絶対的なドナー不足や組織適合性の問題があり、これに取って替わる有効な治療法の開発が急務となっている。その一つが、生体外で肝細胞を増やし、細胞移植や遺伝子治療に利用しようというものである。我々はこれまでに増殖能の高い胎生期の未分化肝臓細胞に着目し、この細胞を生体外で分化誘導することに成功している。そして、オンコスタチンM(OSM)が生体外で未熟な肝細胞を効率良く分化させるのに有効な因子であることを明らかにしてきた。この系は、肝細胞分化のメカニズムを解明するのに適しており、肝細胞分化を理解しコントロールするための知見を蓄積する。一方、ES細胞から肝細胞への分化誘導系の構築も有用である。ヒトES細胞からの肝細胞分化系が確立できれば、機能的肝細胞の大量調製が容易となり、細胞移植のみならず人工肝臓の素材として最適である。生体内では肝細胞は内胚葉に由来する細胞から発生してくるため、in vitroにおいても、内胚葉へ効率良く誘導することが肝細胞の調製に有効であると考えられる。そのために内胚葉由来臓器の形成・分化に重要なTGF-betaファミリーを介したシグナル伝達経路をマウスES細胞で操作することで、肝細胞を作り出すための最適条件を検討する。このようにして得られた知見は、将来的には核移植したヒトES細胞からの肝細胞分化系へと応用することで、細胞移植や人工肝臓の実用化に大きく寄与することが期待できる。 肝臓などの臓器移植では、つなぎの医療として機能を代替する再構築型臓器の開発が望まれる。しかし、肝臓や腎臓・肺などのある程度のマスと高度に組織化された内部構造を持つ実質臓器については開発途上にある。そこで、マウス胎仔肝細胞分化系を評価系として、臓器再構築用の生体吸収性テンプレートを作製する技術の開発を目指す。
研究方法
(1)ES細胞からの肝細胞分化系で、後期マーカー遺伝子のレポーターとして利用するため、tyrosine amino transferase (TAT)のプロモーター解析を行なった。まず、マウスゲノムライブラリーより単離したTAT遺伝子のプロモーター領域をLuciferase遺伝子の上流に連結したレポーターを作成し、胎生肝細胞に導入した後、OSMによる分化誘導を行ない転写活性を解析した。(2)OSMで分化誘導した後、電子顕微鏡および免疫染色法を用い、OSMの肝細胞構造形成に及ぼす作用を検討した。さらに、OSMの細胞内情報伝達系のどのシグナルカスケードが、成熟肝細胞への構造変化に重要なのかをミュータントマウスを用いて検討した。(3)LIF存在下で培養している未分化のES細胞とLIF非存在下で培養している分化したES細胞からRNAを調製し、TGF-betaスーパーファミリーのシグナル伝達因子の発現をRT-PCR法によって解析した。また、これらのシグナルをリガンド非依存的に伝達するため、Tetracycline (Tet) activatorを恒常的に発現するES細胞にTet 応答性プロモーターによりALK3CA(BMPタイプ1活性型受容体)またはALK4CA(アクチビン・Nodalタイプ1活性型受容体)を発現する遺伝子カセットを導入した。Tet発現誘導システムの有効性をウェスタン解析を行ない確認した。(4)胎生14日のマウスより採取した胎仔肝細胞をニコチンアミド(NA)、ジメチルスルフォキシド(DMSO)、OSM存在下で培養し、その分化度をアルブミン分泌能にて評価した。また、高分子量ポリ-L-乳酸(PLL
A)と炭酸水素アンモニウム粒子を用いる塩発泡・溶出法により、ディスク状に成型した三次元培養用のポリ乳酸多孔質担体を作製した。これに細胞を播種して1ヶ月間培養後、形態観察、アルブミン分泌とチトクロームP4501A1/2活性の評価を行なった。
結果と考察
(1)TAT遺伝子の転写開始点より0.8kb上流を含む領域にOSM応答性の領域が存在することが分かった。さらに、STAT3とC/EBPalfa response elementに類似した領域が並んで存在することが明らかになった。この2つのいずれかに変異を入れた場合にOSM刺激後の転写活性が著しく損なわれたことから、この領域をORE(OSM Responsive Element)と決定した。(2)OSMで分化誘導した肝細胞を電子顕微鏡で観察した結果、細胞間接着に携わる接着斑(desmosome)様の構造体が認められた。また、上部の細胞膜には無数の微絨毛が観察され、極性を有する上皮細胞の形態をとっていた。さらに、細胞質にはグリコーゲンや脂質の顆粒が認められ、形態的にも肝細胞を成熟化していることが分かった。また、細胞接着分子の一つであるE-カドヘリンはOSM存在下では細胞膜に局在化していた。さらに、OSMの細胞内情報伝達系の一つであるRasのノックアウトマウス由来の初代胎仔肝細胞培養から、K-RasがE-カドヘリンの局在化に必須であることが明らかとなった。(3)未分化のまたは分化したES細胞において、アクチビン、Nodal、BMPのシグナル伝達因子(リガンド、受容体、細胞内伝達因子Smad)は発現していたことから、ES細胞はこれらのシグナルを伝達する能力があることが示唆された。しかし、未分化のES細胞においては、アクチビン・Nodalの細胞外阻害因子であるleftyが発現していたことから、リガンドを添加による内胚葉誘導は困難であると予想された。そこで、リガンド非依存的にシグナルを伝達するためにALK3CAまたはALK4CAをTet誘導システムにより発現するES細胞株を樹立し、Tet依存的に発現調節されていることを確認した。現在これらのES細胞株を用いて内胚葉への分化の効率を検討中である。(4)NAやDMSOを培養系に添加すると,小型肝細胞が非常に活発かつ選択的に増殖した。さらに、OSMを添加すると、ほぼ血球細胞の増殖が全く見られなくなり、培養系を肝前駆細胞の割合の非常に高い集団へと純化することができた。三者共存下で培養を継続すると、小型肝細胞の一部は培養表面上に三次元的に積層化し、細胞間には胆管様のネットワ-クが形成されるという高度な組織化が見られ、アルブミン分泌能は著しく向上した。この培養条件下で、PLLA多孔質担体にマウス胎仔肝細胞を播種し長期培養を行うと、同様にアルブミン分泌能の著しい向上が見られた。これは、別途採取・培養した成熟マウスの肝細胞レベルと同等以上であった。
結論
マウス胎仔肝細胞を材料として、in vitro でのOSMによる肝細胞分化誘導系を確立してきた。そして、OSMによる作用は代謝酵素などの機能分子の遺伝子発現誘導のみならず、形態や構造形成の成熟化にも関与していることを明らかにした。さらに、E-カドヘリンの局在化については、K-Rasのシグナル系が必須であることを明らかにした。また、ES細胞から肝細胞へのin vitro分化系において、肝細胞分化を段階的にモニターできるシステムを構築するために、後期分化マーカーの一つであるTATのプロモーターの解析を行ない、分化誘導に応答する領域を特定した。また、ES細胞においてはアクチビンとNodalの阻害因子leftyが発現していることが明らかとなり、リガンド刺激によるシグナル伝達には困難が予想された。そこで、Tet誘導システムにより活性型受容体を発現させる実験系を立ち上げた。また、NA、DMSO、OSMの三者を共存させる培養条件が、現時点までで胎仔肝細胞のin vitroにおける成熟化を最も進める培養条件であることが分かった。将来、ES細胞からの肝細胞への分化が展望に上った際には、重要な培養条件となるものと期待される。

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