幹細胞と形態形成遺伝子を用いた眼組織の再生と修復に関する研究

文献情報

文献番号
200100470A
報告書区分
総括
研究課題名
幹細胞と形態形成遺伝子を用いた眼組織の再生と修復に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
東 範行(国立成育医療センター眼科)
研究分担者(所属機関)
  • 奥山虎之(国立成育医療センター遺伝診療科)
  • 片岡浩介(東京工業大学フロンティア創造共同研究センター)
  • 根岸一乃(慶應義塾大学眼科)
  • 田中靖彦(国立病院東京医療センター)
  • 仁科博史(東京大学大学院薬学系研究科)
  • 渡邊卓(杏林大学医学部臨床病理学教室)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究事業(再生医療研究分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
25,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
視覚器の構造はきわめて複雑であるが、近年いくつもの形態形成遺伝子が発見されるにおよび、その形成システムの解明は急速な展開を見せている。ことに、Pax6は眼形成のmaster control遺伝子であると考えられており、ショウジョウバエやアフリカツメガエルではtarget expressionによって異所性に眼を形成することができ、下等動物であれば眼全体を作るほど強力な機能をもっている。この遺伝子はヒトでも発生を通じて眼のほぼすべての組織に発現しており、疾患の遺伝子変異検索では先天無虹彩、前眼部形成異常、先天白内障、黄斑低形成、視神経形成異常などでPax6の変異が見つかっていることから、ヒトでも眼の形態形成で多彩な機能を担っていると考えられる。下等動物であればPax6遺伝子だけで眼全体を作ることができるが、高等動物では困難である。しかし、網膜などの部分的な組織を作ることは期待でき、失われた視覚を回復する治療に通ずると考えられる。眼の形態形成では、Pax6を頂点として多くの遺伝子がカスケードを形成しているが、最近Pax6の下流で働く遺伝子(Eya、SO、Dac等)が発見され機能が解析されている。これらはPax6に次ぐ準master control遺伝子であると考えられ、これらを用いても組織を再生させることが期待される。さらに、最近Pax6の下流で水晶体形成を担う遺伝子L-Mafが発見された。これらの形態形成遺伝子は、網膜や水晶体を含めて眼のさまざまな組織を再生させる鍵になると考えられる。再生において、もう1つの重要な要素は幹細胞である。両生類では網膜色素上皮細胞から神経網膜と水晶体が再生されるので、網膜と虹彩毛様体色素上皮細胞が注目されている。我々が色素上皮細胞にPax6を導入して網膜を形成したことから、網膜再生においては色素上皮細胞が幹細胞として期待される。水晶体では、L-Mafを導入して幼若な皮膚を水晶体へ分化転換することができるが、白内障手術などで残存する水晶体上皮細胞も1つの候補である。本年度は、角膜の修復に関しては、ムコ多糖症の混濁に対する遺伝子治療を行った。水晶体の再生に関して形成遺伝子L-Mafのヒトとマウスのホモログを同定し、白内障術後の残存水晶体上皮細胞に幹細胞としての可能性があるかを検討した。また、網膜の再生では、網膜特異遺伝子の同定、転写因子の発現誘導や細胞の増殖・分化に関わる細胞内シグナルの働き、脳由来神経幹細胞あるいは網膜色素上皮細胞からの神経網膜分化、誘導に関する研究を行った。
研究方法
1)臓器再構築を応用した先天代謝異常症に対する細胞治療法の開発:ヒト(-グルクロニダーゼ(GUSB)を発現するアデノウイルスベクターを作成し、ムコ多糖モデルマウスの角膜に3種類の経路(点眼、前房内、および角膜実質内)から投与し、遺伝子発現産物の組織内分布を検討した。ウイルス投与後の角膜病理の変化を検討し、治療効果を評価した。2)レンズ細胞特異的転写因子MafA/L-Mafのヒトおよびマウス・ホモログ
遺伝子データベース検索により、ヒトおよびマウスのMafA/L-Mafを見い出し、PCR法を用いて遺伝子断片をclone化して塩基配列を決定した。ヒトについてはMafA/L-Mafゲノム領域もclone化した。3)鶏雛水晶体吸引術後の後発白内障におけるPax6の発現:chick眼に水晶体吸引を行い、術後の水晶体上皮増殖におけるPax6、αクリスタリン、βクリスタリン、δクリスタリンの免疫染色を行った。またRT-PCRにより、これらの水晶体上皮増殖におけるPax6のisoform、L-Maf、α-クリスタリン、β-クリスタリン、δ-クリスタリン遺伝子の発現レベルを検討した。4)網膜特異的アミン酸化酵素に関する研究:ヒトAOC2cDNAをプローブにしてマウス網膜cDNAライブラリーのスクリーニングを行い、5'/3- RACE法によってマウスAOC2の全長を得て、全塩基配列を決定した。組織別にAOC2の発現量を比較し、In situ hybridization法によって網膜内での発現部位を解析した。ヒトとマウスのAOC2プロモーター、遺伝子構造の決定、および周辺遺伝子の解析を行った。AOC2タンパク質を精製し、酵素活性を測定し、さらに、分子構造のシュミレーションによってヒトおよびマウスのAOC2タンパク質の立体構造を計算した。5)眼形成転写因子の発現や細胞増殖・分化に関わる細胞内シグナル伝達系MAPキナーゼ系の活性化誘導: MAPキナーゼ系活性化因子であるbFGFの添加やPax6, Eyaなどの眼形成に関わる転写因子の発現誘導により、マウス網膜色素上皮やES細胞、骨髄細胞を眼組織を構成する各種の細胞へと分化誘導する。6)脳由来神経幹細胞からの網膜細胞分化誘導:ラット脳由来神経幹細胞を成体および発生期網膜内へ直接的した。また発生期網膜のpellet培養系に幹細胞を混合し、in vitroで発生期の細胞環境にさらした。網膜細胞への分化の指標として、ロドプシンの発現状況を検討した。7)眼の形態形成遺伝子Pax6を用いた網膜再生:鶏胚の網膜色素上皮にPax6遺伝子を導入し、変化を実体顕微鏡下と病理組織的に変化を検討した。また、Fibroblast Growth Factor (FGF)によって網膜色素上皮細胞を神経網膜に分化転換させる古典的実験にPax6が関与しているかを検討するため、FGF2あるいはFGF8を鶏胚網膜色素上皮近傍に注入し、Pax6の発現様式をみた。培養細胞にFGF2あるいはFGF8を添加し、RT-PCRを行ってPax6発現の変化を検討した。
結果と考察
1)臓器再構築を応用した先天代謝異常症に対する細胞治療法の開発:アデノウイルスの点眼は、角膜へ遺伝子導入できなかった。前房内投与で隅角および角膜内皮へ導入が示されたが、実質内へはわずかであった。Lamellar Keratotomyにより実質内にアデノウイルスベクターを投与すると、遺伝子導入が可能であり、広く角膜全層におよぶことが示された。この方法でムコ多糖症VII型マウスの角膜実質内にGUSBを導入すると強陽性細胞が全層に認められ、特徴的な空胞変性がほぼ消失して、遺伝子治療の有用性が示された。今回の検討により、角膜実質内への遺伝子導入におけるLamellar Keratotomyの有用性が示され、局所投与にもかかわらず、角膜全層におよぶGUSB蛋白の分布、ほぼ全域における病理所見の改善が確認された。恒常的な遺伝子発現と治療効果の持続を期待するためには、幹細胞移植など新たな治療手段の開発が必要である。2)レンズ細胞特異的転写因子MafA/L-Mafのヒトおよびマウス・ホモログ:他のMaf転写因子ファミリー比べて、MafA/L-Mafは、ヒト、マウスとニワトリとの間での相同性が比較的低かったが、機能ドメイン(転写活性化領域、DNA結合領域)はよく保存されていた。また、培養細胞系で一過的に発現させると、クリスタリン遺伝子の転写制御に重要なDNA配列(MARE)を介して、転写を効率よく活性化できた。ヒトおよびマウスMafA/L-Mafがあきらかになり、ヒト染色体上の位置も決定したが、眼を含めて疾患との関わりはいまだあきらかではない。3)鶏雛水晶体吸引術後の後発白内障におけるPax6の発現:Pax6は増殖する水晶体上皮細胞に広範にpax6が発現していた。クリスタリン発現は、正常では、初期にδクリスタリン、おくれてαクリスタリン、βクリスタリンが発現するのに対し、後発白内障では水晶体吸引翌日よりα-、β-、δ-クリスタリンとも発現していた。Pax6遺伝子のisoform検討では、正常ではpax6(-5a)が優位であるのに対し、後発白内障ではpax6(+5a)が優位であった。L-mafは、正常発生ではごく初期に発現するが、後発白内障では弱く発現した。したがって、後発白内障においては、正常発生時にみられるPax6、L-Maf,クリスタリンの発現がみられるものの、その発現パターンは正常発生および正常眼とは異なっていることが明らかになった。Pax6やL-Mafの発現を適切にコントロールできれば、水晶体上皮細胞を幹細胞として透明な水晶体へ再生できる可能性があると考えられた。4)網膜特異的アミン酸化酵素に関する研究:マウスRAO遺伝子はヒトAOC2やその他のアミン酸化酵素と75-85%の相同であった。AOC2は網膜のみに発現し、神経節細胞層に発現が集中していた。AOC2の酵素活性はBenzylamineを基質にした場合に特に顕著であった。AOC2の約1Kb下流にはPsme3遺伝子、約1.3Kb下流にはAOC3が発見された。AOC2とAOC3のプロモーターの相同性はきわめて少なく15%であった。AOC2は網膜、特に神経節での役割が注目され、多数の組織で発現が確認されているAOC3とタンデムに存在することを発見した。AOC2はモノアミン酵素としての活性を持っており、神経節細胞での代謝にどのように関与しているのか継続して研究を行う予定である。さらに、この遺伝子のプロモーターを利用して神経節細胞に神経保護作用を持つ遺伝子を特異的に導入するベクターの開発を行っており、臨床応用可能な遺伝子治療法を開発している。5)眼形成転写因子の発現や細胞増殖・分化に関わる細胞内シグナル伝達系MAPキナーゼ系の活性化誘導:MAPキナーゼ系を活性化するbFGFをマウス色素上皮に添加することにより、in vitro で網膜様の構造体が分化誘導されることを見出した。bFGFは、受容体を介してMAPキナーゼの活性化を誘導するが、ショウジュウバエの眼形成には、MAPキナーゼによるEyaを含む転写因子のリン酸化が、遺伝子発現の制御に関与していることが示唆されている。マウス色素上皮を用いた本実験系においてもMAPキナーゼ系による眼形成関連転写因子の制御の可能性が示唆された。6)脳由来神経幹細胞からの網膜細胞分化誘導:網膜内細胞移植では幹細胞が網膜各層に組み込まれる状況が観察され、その一部の細胞が視神経内を中枢側に向かって遊走する所見を観察できた。レトロビールスを用いていくつかの遺伝子を単独もしくは2種の組み合わせで細胞内に組み込んだ幹細胞株の作製をほぼ完了した。この実験計画はほぼ準備段階を終え、実際の検討に入りつつある。これを駆使することにより、神経幹細胞の細胞内の環境、さらには細胞外の細胞性、液性環境を様々にmanipulateし、さらにはその両者を自在に組み合わせることが可能となることから、今後このシステムは今回使用した脳由来神経幹細胞以外の細胞を対象とした検討にも広く応用が可能であるものと考えている。7)眼の形態形成遺伝子Pax6を用いた網膜再生:Pax6を導入した網膜色素上皮は神経網膜に変化し、多くはほぼ完全な層構造をもっていた。視神経近傍では神経線維が視神経を通り中枢へ投射していた。FGF注入でも網膜色素上皮を神経網膜に転換させるが、層構造は不完全であった。FGFによる神経網膜への転換は4.5日胚までで、Pax6導入では7日まで可能であった。網膜色素上皮付近にFGFを注
入すると、まもなく強いPax6の発現がみられ、in vitro実験では、FGF添加で量依存的にPax6の発現が亢進した。今回の研究によって、Pax6遺伝子を用いれば、幼若網膜色素上皮細胞を幹細胞として神経網膜を作成できることが明らかになった。また、従来から知られていたFactor (FGF)によって網膜色素上皮細胞を神経網膜に分化転換させる古典的実験には、Pax6が関与していることが明らかになった。Pax6を導入の方がFGFよりも後期までほぼ完全な網膜を作れた。したがって、このように形態形成遺伝子を適切に用いれば、少なくとも組織レベルでは十分な再生ができることが示された。また、網膜色素上皮細胞が発生のほぼ中期まで神経網膜に変化できる幹細胞としての潜在性をもつことも明らかになった。
結論
本年度は、角膜の修復に関しては、ムコ多糖症の混濁に対する遺伝子治療を行った。水晶体の再生研究では、形成遺伝子L-Mafのヒトとマウスのホモログを同定した。白内障術後の残存水晶体上皮細胞では遺伝子の発現が正常と異なっていることがわかり、適切な遺伝子を発現させれば幹細胞としての可能性があることがわかった。網膜の再生では、網膜特異遺伝子のAOC2同定し、MAPキナーゼ系を活性化するbFGFを色素上皮に添加することにより、網膜様の構造体が分化誘導されることを見出した。また、脳由来神経幹細胞を網膜内に移植し網膜各層への組み込みと視神経内の中枢側への遊走を観察できた。レトロビールスを用いていくつかの遺伝子を単独もしくは2種の組み合わせで細胞内に組み込んだ幹細胞株の作製をほぼ完了した。さらに、Pax6遺伝子の導入によって網膜色素上皮細胞からほぼ完全な層構造をもつ神経網膜を作ることに成功した。あわせて、FGFによって網膜色素上皮細胞を神経網膜に分化転換させる古典的実験には、Pax6が関与していることを明らかにし。本研究によって、機能をもつ網膜再生が可能であることが示された。

公開日・更新日

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