遺伝子導入の時間・空間・量を制御できる次世代型ベクターの分子設計と遺伝子導入デバイスの総合開発

文献情報

文献番号
200100465A
報告書区分
総括
研究課題名
遺伝子導入の時間・空間・量を制御できる次世代型ベクターの分子設計と遺伝子導入デバイスの総合開発
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
中山 泰秀(国立循環器病センター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 澤 芳樹(大阪大学大学院医学系研究科)
  • 斯波真理子(国立循環器病センター研究所)
  • 長崎 健(大阪市立大学大学院工学研究科)
  • 中山敦好(独立行政法人産業技術総合研究所関西センター)
  • 西 正吾(高槻赤十字病院脳神経外科)
  • 植田初江(国立循環器病センター)
  • 大屋章二(国立循環器病センター研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究事業(遺伝子治療分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
34,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究では、新しい合成高分子系のベクターの開発、ならびにそれらを有効に病変部に誘導、徐放できるデバイスの開発を研究目的とする。合成高分子ベクターとして、光反応性を有する光機能性分子を組み合わせて、遺伝子とのコンプレックス形成過程、ならびに解離過程を任意に制御しうる光操作型材料の基盤分子設計を行い、遺伝子導入の時間・空間・量を厳密に制御できる高い安全性と発現効率を併せ持つ次世代型の高機能性ベクターを開発する。光反応には、光カチオン発生能を有するマラカイトグリーンと光解裂能を有するニトロベンジルを使い分け、これらから光機能性分子を設計する。一方、遺伝子の導入法として、1)遺伝子担体の経時的な分解により血管内での遺伝子発現を長期間にわたって持続させることを目的として、ステントと生分解性高分子からなる遺伝子担体との組み合わせによる遺伝子導入デバイスを開発する。また、2)侵襲の極めて少ない新しい遺伝子導入法として気管内投与法を提案する。さらに、遺伝子治療の臨床応用研究として、HVJ膜ベクターを用いた遺伝子導入法を確立させ、細胞内への複数の遺伝子を導入することをめざし、遺伝子治療と組織工学を組み合わせた再生医療への新たな展開を図る。
研究方法
光機能性材料の分子設計:光カチオン発生型水溶性高分子は、マラカイトグリーン化モノマーとジメチルアクリルアミドとのラジカル共重合により合成した。また、o-ニトロベンジル構造をスペーサーとして、4種類の新規光開裂性カチオン脂質を合成した。遺伝子包埋・徐放性生分解性分子設計:ゼラチンならびにアルブミンマクロマーは脱水縮合反応により合成した。光ゲル化は、ハロゲンランプを照射することにより行った。遺伝子導入デバイスの作製:ゼラチンマクロマーをステント周囲に薄く皮膜化させ、光ゲル化させてコーティングステントを作製した。遺伝子や薬物等は予め溶液内に混入させることによりゲル内に包埋した。気管内投与による遺伝子導入:ポリエチレンイミンを用いて遺伝子とのコンプレック スを作製した。また、特別にデザインした気管内投与装置を用いて マウス気管内に噴霧し、ルシフェラーゼの活性を測定し、肺で遺伝子発現を認める条件を検討した。HVJ膜ベクター法による遺伝子導入の応用:HVJ膜ベクター法を用いた遺伝子導入によって、細胞分化誘導能の付与、細胞接着能の効率化、細胞環境向上因子の付与を行い、ハイブリッド人工血管の作製を行い、動物実験にて評価を行う。
結果と考察
光カチオン発生型水溶性高分子の合成とDNAとのコンプレックス形成・解離の光制御:マラカイトグリーン化モノマーと水溶性モノマーとのラジカル共重合反応によって、マラカイトグリーン部導入率が2.9から68%の光カチオン発生型水溶性高分子を合成し、これは30秒程度の照射でほぼ全量のマラカイトグリーン部がカチオン化された。生成したカチオンを遮光下、37℃に放置すると、40分程で元の中性のロイコ体へと戻った。この繰り返しは何度も可能であった。予め紫外光照射した高分子をDNAと混合すると、コンプレックスナノ粒子の形成が認められた。コンプレックスは37℃に5時間程度放置してもほとんど粒径に変化無く、また、多分散度は約0.5と安定していた。照射時間の経過と共に粒子の形
成量は最大約20%まで増加した。光照射によりコンプレックスの形成量を調節することができた。高分子内に含まれるカチオン量、並びに高分子とDNAとの混合比により、ある程度コンプレックスの粒径が制御できることが分かった。高分子に対してDNA量が少ない場合には、高分子単独の場合と同様にほぼ全てロイコ体へ戻ったが、DNA量が多い場合には、戻り反応は大幅に抑制された。これは、DNAのリン酸アニオンが水酸基アニオンからの攻撃を防いでいることによるものと考えられる。照射によって形成された粒子の数は数時間内ではほとんど変化無かったが、1日後には約半数に減少した。カチオンが徐々に消失し、形成されたコンプレックスが徐々に解離し、粒子の崩壊が起こったと考えられる。光解裂型カチオン脂質の合成とDNAとのコンプレックスの光解離によるトランスフェクション効率の向上:光感応部としてニトロベンジル構造を導入した4種類の新規光解裂型カチオン脂質を合成した。トリス塩酸バッファ中では約200~500nmの粒径のリポソームを形成した。光処理を行わない場合でも、市販カチオン脂質系遺伝子導入剤(Lipofectin)の5倍以上の効率を示し、さらに光処理によって効率が倍増した。しかし、細胞毒性が強く、今後の課題となった。ニトロベンジル構造の光開裂反応のトランスフェクション効率向上への関与が示唆された。遺伝子徐放担体の分子設計:ゼラチンマクロマーは、室温下で50%濃度水溶液においても高粘稠ではあるが流動性を保った。一方、ゼラチンマクロマーとPEGマクロマーとの総溶質重量が約50%を越えると白濁あるいは層分離を起こした。従って、総溶質重量が約50%以下の範囲内で各要素材料の混合組成比は調節可能であった。スチレン化ゼラチンは1分の照射でゲルを生成した。ゲル化率は溶質の濃度の増加、照射時間の延長に伴って増した。濃度40%のスチレン化ゼラチンに5分照射行うと溶質のほぼ全量がゲル化した。また、スチレン化ゼラチンの組成の一部をPEGマクロマーに変えるとゲル化率はほとんど変化なかったが、生成したゲルの膨潤度の大幅な低下をもたらした。血管内遺伝子導入デバイスの開発:先に開発したスチレン化マクロマーからなる光硬化性材料を用いてステント表面へのハイドロゲル層の固定化を行い、ステントの機械的な拡張機能に加えて、局所での薬物投与や遺伝子導入機能を付与することによる、ステントの高機能化が得られた。コーティングされたハイドロゲルは金属を取り囲んでいるため容易に脱落することは無かった。また、蛋白質や遺伝子を混合した状態においても光ゲル化させることがでた。包埋物は時間依存的な組織内への浸達を認めた。また、AdLacZウイルスを包埋したコーティングステントにおいては約3週間に渡ってほぼ連続的な遺伝子発現が観察された。気管内投与による組織選択的遺伝子導入:ポリエチレンイミンとDNAのコンプレックスは、直径30-50nmの均一な粒子であった。マウス気管内投与により、肺に特異的に遺伝子発現を認めた。原発性肺高血圧症モデルラットに対し、アドレノメデュリン遺伝子導入により、治療効果を認めた。HVJ膜ベクターを用いた遺伝子導入:心筋虚血再灌流障害に対する耐性の獲得をめざし、心保存中のドナー心へのHVJ-liposome法による遺伝子導入にて、高度のHSP70の発現が確認された。さらに37℃・30分間の虚血後のleft ventricular developed pressureの回復率、coronary flowの回復率、CPK漏出量のいずれもが良好であった。また、成熟家兎摘出静脈グラフトにおいて、細胞周期制御因子を遺伝子導入すると、内膜肥厚の有意の抑制とPCNA陽性胎児型平滑筋細胞の有意の減少を認めた。さらにヒト大伏在静脈グラフトへの遺伝子導入を試み、CABG施行時に採取した余剰SVGに、FITC標識オリゴヌクレオチド(ODN)及びLuciferaseのcDNAを遺伝子導入した。SVGの内膜及び中膜において損傷はなく、FITC-ODNのSMCの核内局在を認め、組織培養上静中のLuciferase活性を有意に認めた。
結論
光照射によってカチオンを発生するマラカイトグリーン基を側鎖導入した水溶性高分子は、光照射によってDNAとイオンコンプレック
ス形成し、37℃に放置すると徐々に崩壊できることが示された。また、ニトロベンジルエステル基を有するカチオン脂質とDNAとの複合体は光照射によって複合体の解離を能動的に起こさせることが可能であった。機能性ベクター材料として有用と考える。また、ゼラチンマクロマーは、遺伝子の包埋・徐放担体として機能し、ステント表面に容易に固定化できることから遺伝子導入デバイスが作製できた。再狭窄防止用の血管内治療デバイスとして有用といえる。気管内投与法により肺組織に限局した遺伝子導入を低侵襲的に行うことができた。循環器系疾患の中でも難治性の原発性肺高血圧症への新しい治療法である。HVJ膜ベクターを用いて、心筋保護液による心停止中に冠動脈より心臓全体への遺伝子導入法を開発し、実際心臓機能の変換賦活化に成功した。手技的に臨床応用が容易であり、心臓外科領域における遺伝子治療を展開する新たな可能性を約束するものと思われる。

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