ウイルスベクターの安全性及び有効性を評価する実験系の開発及び標準化に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100462A
報告書区分
総括
研究課題名
ウイルスベクターの安全性及び有効性を評価する実験系の開発及び標準化に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
倉田 毅(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 俣野哲朗(国立感染症研究所)
  • 北村義浩(東京大学医科学研究所)
  • 神田忠仁(国立感染症研究所)
  • 西山幸廣(名古屋大学医学部)
  • 佐多徹太郎(国立感染症研究所)
  • 山田章雄(国立感染症研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究事業(遺伝子治療分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
50,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
各ウイルスベクターのリスクと安全性確保に必要な前臨床試験を網羅し、標準的な試験方法とその成績を解析する基準を明確にすることが本研究の最終目的である。本年度は、リスク評価の基盤となるベクターの体内動態の解析を中心に研究を進めた。諸外国や我が国で既に臨床応用されているアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターとレトロウイルスベクターについては、サルに標準的なベクター等を全身投与し、各臓器へのベクターの感染と残存期間の解析をめざした。臨床試験に向けた準備が進められている国産のセンダイウイルス(SeV)ベクターは、サルに投与後の急性毒性、体内動態、導入遺伝子の発現についてできる限り多くの知見を集めた。癌の治療をめざす増殖性ヘルペスウイルス(HSV)ベクターについては、弱毒化HSVがベクターとなる可能性、及びHSVの病原性に関わる遺伝子の同定と機能解析を行った。今後、前臨床試験に使われる標準的な動物となる可能性があるカニクイサルの、免疫学的な特性の解析を進めた。
研究方法
1)β-gal発現AAVベクターを4頭のカニクイサルの大腿静脈に、夫々3×1010 ゲノムコピーずつ接種した。雌1頭を2日後に、雌雄各1頭を90日めに解剖し、各臓器を回収した。また雌1頭には90日目に同量のベクターを追加接種し、その2週間後に臓器を回収した。各臓器片から総DNAを抽出し、β-gal特異的プライマーを用いたPCRによって臓器中の組み換えベクターを検出した。同時にホルマリン固定標本を作り、病理組織学的解析をおこなった。
2)レトロウイルスベクターは、製造過程で自律複製能を獲得した組み換え体(RCR、マウス白血病ウイルスと基本的に同一のもの)が生じる。RCRが病原性を持つとされ、その排除が課題となっている。そこで、マウス白血病ウイルス(1014ゲノムコピー)を3頭の雄カニクイサル大腿静脈に接種し、1週ないし1ヶ月後に各臓器を回収した。env遺伝子を増幅するnested PCRで、プロウイルスの有無を調べた。
3) SeVベクターは、ワクチン抗原産生系として臨床応用されることが期待されているので、マカクサルエイズモデルを使い、SeVベクターによるワクチン抗原発現効果と安全性の解析を行った。サル免疫不全ウイルス(SIV)Gag発現SeVベクター(SeV-Gag)と対照SeVベクター (SeV-control) 108CIUを、各々マカクサル3及び2頭に経鼻接種し、接種後1週および3週目の末梢血リンパ球中のSeV特異的Tリンパ球レベルを測定した。また、マカクサル3頭に、SIVのEnv・Nef以外の抗原を発現するDNA (CMV-SIVGP) を接種後、さらに6週目にSeV-Gag 108CIUを経鼻接種して、SeV-Gag接種後1週および2週目の末梢血リンパ球中のGag特異的Tリンパ球レベルを測定した。1頭からはSeV-Gag接種後1週目に摘出した扁桃中のGag特異的Tリンパ球レベルを測定した。
4) 免疫系が正常なマウスを使ってヒト膵臓癌の腹膜播種モデルを作り、弱毒化HSVが抗腫瘍効果を持つか調べた。
5)177頭のカニクイサルについて、CD3に対する標準単クローン抗体FN18との反応性及びPCRで増幅したCD3εDNA断片のrestriction fragment length polymorphism(RFLP)解析を行った。FN18との反応性とリンパ球サブセットはFACSによって調べた。
(倫理面への配慮)
動物実験は全て国立感染症研究所において行われる動物実験に関する基本方針(昭和62年11月19日)ないし名古屋大学医学部倫理規定に沿って、審査委員会に実験計画を申請し、許可を得て行っている。
結果と考察
1)AAVベクターを経静脈接種したカニクイサルでは、接種2日後に脾臓に多量のベクター(>105 copy /105cells)が認められた。その他、肺、扁桃、腋窩腺、腸間膜リンパ節、腸骨リンパ節に103~104copy/105cellsの、卵巣、子宮、心臓、腸に10~102/105cellsのベクターが存在し、尿中にもベクターが検出された。90日後でも、脾臓、リンパ組織を中心に、大脳、小脳、骨髄、腸、気管や生殖器にもベクターが存在していた。90日後にベクターを追加接種したサルを含め、剖検時に著明な変化は認められず、病理組織所見においても、AAVベクターに起因すると思われる変化はなかった。しかしベクターが体内に残存するので、ベクターの染色体への組み込みの有無と導入遺伝子の発現、血管内皮細胞やリンパ球から臓器の実質部分への感染拡大の有無を明らかにする必要がある。特に生殖細胞への組み込みに留意しながらさらに長期の観察実験を行うことも必要である。
2) MLVを接種したサルの臓器から抽出したDNAを鋳型にし、env遺伝子を増幅するnested PCRを行った。30サイクル、2回の増幅ではプロウイルスDNAは検出できなかった。60サイクル、2回の増幅では、骨髄、胸腺、精巣、そけいリンパ節、腸間膜リンパ節、大脳由来DNAにプロウイルスが検出された。
3)SeVベクターを経鼻接種したマカクサルにおいて、病的臨床所見は認められなかった。免疫応答は良好で、接種後1週目より、末梢血中にベクター自身に対する特異的Tリンパ球の誘導が認められ、3週目にはさらに高レベルの特異的Tリンパ球が認められた。導入抗原であるGagに特異的なTリンパ球は、接種後2週目より末梢血中に検出された。一方、DNAワクチンでプライムしたサルにSeV-Gagベクターを経鼻接種した場合は、1週目より高レベルのGag特異的Tリンパ球の誘導が認められた。扁桃より分離したリンパ球中には、高レベルのGag特異的Tリンパ球誘導が認められ、SeVベクターワクチンシステムは、効率良い粘膜免疫誘導能を持つことが示唆された。
4) HSV1型HF株由来のClone10に優れた抗腫瘍作用があることを見出した。すな わち、肉腫細胞NfSaの腹膜内播種モデルにおいてClone10を腫瘍細胞接種後7、8、9 日の3日間連続投与すると、対照群がすべて死亡するのに対し、90%のマ ウスが生残した。生残したマウスは、NfSa細胞の再接種に対して抵抗性を示し、腫瘍免疫の成立が示唆された。Clone10のゲノムにはUL56のN末端を含む3829塩基対の欠 損があること、倒置反復配列における大きなrearrangementがあることがわかった。 また、UL56遺伝子産物はC-terminal anchored typeII membrane proteinであり、ゴ ルジ体や early endosomeに分布すること、lipid raft と会合していることが示され た。小胞輸送に関与している可能性が高い。腫瘍塊内部にはHSV抗原が認められたが、ウイルス感染による細胞死だけでは抗腫瘍活性を説明できない。免疫系の関与を中心に、今後の検討が必要である。
5) カニクイザルCD3分子の検出に使われる標準抗体(FN18)と反応しないCD3分子は、67番のグルタミン酸がグリシンに置換していた。 フィリピン産のカニクイザルの大部分はFN18に反応しないことがわかった。
結論
健常なサルに投与されたRCRやAAVベクターは、1~3ヶ月後も各種臓器に存在していた。この時点で病理組織学的な異常は認められなかったものの、今後ベクターの残存期間、存在する細胞種、存在様式、導入遺伝子の発現、病理所見等を長期に渡って追跡する必要がある。特に、遺伝子治療の対象となる患者は免疫能が低下していると予想されるので、免疫抑制下でのベクターの体内動態、病原性等に留意した検討が求められる。

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