筋ジストロフィーに対する遺伝子治療を実現するための基盤的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100461A
報告書区分
総括
研究課題名
筋ジストロフィーに対する遺伝子治療を実現するための基盤的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
武田 伸一(国立精神・神経センター神経研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 鈴木 友子(国立精神・神経センター神経研究所)
  • 渡邊武(九州大学生体防御医学研究所)
  • 埜中征哉(国立精神・神経センター武蔵病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究事業(遺伝子治療分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
50,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
Duchenne型筋ジストロフィー (DMD) は、DMD遺伝子の変異によるX-連鎖性の進行性筋疾患である。DMDに対する有効な治療法はなく、ウイルスベクターを用いたdystrophin cDNAの遺伝子導入が有効な治療法の一つと考えられる。しかし、DMDに対して遺伝子治療法を開発するためには、骨格筋に対する遺伝子導入効率の高いウイルスベクターを用いて遺伝子導入を行うことが重要であるが、ホストにおける免疫寛容を誘導する必要がある。しかも、治療法を開発するためには、適切な治療用のモデル動物を開発する必要がある。そこで、免疫原性が低く、導入遺伝子の長期発現が可能なアデノ随伴ウイルス (AAV) ベクターを用いた遺伝子治療についての研究を行った。一方、筋ジストロフィーモデルであるmdxマウス骨格筋にアデノウイルスベクターを導入したところ、筋変性および再生筋線維に認められる中心核線維が減少し、表現型が改善していることを見出した。この現象はアデノウイルスベクターを用いて遺伝子導入を行った場合に、遺伝子産物に対する免疫反応が起こり、ジストロフィンのホモログであるユートロフィンの発現が増強されるためであることを明らかにした(Hum Gene Ther 11: 669-680, 2000)。そこで免疫応答の過程でどのサイトカインが関与しているのかを明らかにし、さらにユートロフィン発現増強の分子機構に注目して検討を行った。
研究方法
1. AAVベクターを用いた遺伝子導入
(1) 長期発現が可能なAAVベクターの開発
Ubiquitousな発現が可能なCMVプロモーター下でLacZ遺伝子を発現するAAVベクター(AAV-CMV-LacZ)を正常C57BL10(B10)マウス及びdystrophinが欠損したmdx骨格筋へ導入した。mdx骨格筋では強い免疫応答が観察されたため、筋特異的なmuscle creatine kinase(MCK)プロモーター下でLacZ遺伝子を発現するAAVベクターをB10骨格筋、mdx骨格筋導入し、その発現効率を検討した。
(2) 機能的なmicro-dystrophin cDNAの開発
AAVベクターへ挿入可能な、小型で機能的なdystrophin 遺伝子を得るために、ロッド・リピートをそれぞれ4, 3, 1個持つ3種類のロッド短縮型micro-dystrophin CS1 (4.9 kb), AX11 (4.4 kb), M3 (3.7 kb) cDNAを作製した。各micro-dystrophinの機能を検定するために、micro-dystrophin-transgenic (Tg) mdxマウスを作製し、血清CK値と骨格筋病理像、電気生理学的な張力発生を指標として各マウスの解析を行った。
(3) 治療用AAVベクターの作製とmdxマウス骨格筋への遺伝子導入
AAVベクターへの挿入可能サイズは4.9 kb以下であることから、micro-dystrophin CS1 cDNAの5', 3'-非翻訳領域、及びalternative splicingを生じているexon 71-78を欠失させたΔCS1 cDNA (3.8 kb)を作製した。これをMCKプロモーター (0.6 kb)に連結した治療用AAVベクターを作製し、mdx骨格筋へ導入した。
2. アデノウイルスベクターによるユートロフィン発現増強
C57BL/10及びmdxマウスを用い、アデノウイルスベクター(AxCALacZ; 5 x 107 pfu)を含む6 μl PBSを1週齢マウスの右後肢前脛骨筋(TA)に注射した。また、IL-6は800 ngを6μl PBSに溶解し、2週齢マウスの右TAに1日1回、5日間連続注射した。IL-6機能を阻害するため、吉崎博士(阪大院、医、健康医学第一)から供与を受けたラット抗マウスIL-6レセプターモノクローナル抗体を100μl PBSに溶解し、AxCALacZ投与前に腹腔内投与を行った。ユートロフィンmRNAの定量は、A、A'、B-ユートロフィン転写産物および3種ユートロフィン共通配列に対するプライマーおよびTaqManプローブを設計し、Real time RT-PCR (ABI PRISM 7700)にて行った。内部標凖としてGAPDHを用い、得られた値を標準化した。
結果と考察
研究成果と考察=
1. AAVベクターを用いた遺伝子導入
(1) 長期発現が可能なAAVベクターの開発
正常B10マウス骨格筋におけるAAV-CMV-LacZによる_-galactosidase (_-gal)の発現は、8週後まで維持された。一方、dystrophinが欠損したmdx骨格筋では、4週後、_-gal発現は急速に低下した。導入4週後のmdx骨格筋では、_-gal陽性線維の周辺にCD4, CD8陽性細胞を含む強い細胞浸潤が認められ、_-galに対するIgGが多量に検出された。mdx骨格筋における免疫応答の賦活化に、抗原提示細胞内での導入遺伝子の発現の関与が考えられたことから、筋特異的なmuscle creatine kinase(MCK)プロモーター下でLacZ遺伝子を発現するAAVベクターを導入した所、B10骨格筋では少なくとも24週間 _-gal発現は維持された。一方、mdx骨格筋では、MCKプロモーターを使用しても、導入8週後には、_-gal発現の低下が認められたことから、mdx筋線維が変性するために生ずる抗原放出が免疫応答を賦活化した可能性が考えられた。
(2) 機能的なmicro-dystrophin cDNAの開発
M3-Tg mdx マウスでは筋ジストロフィーの表現型の改善は認められなかったが、CS1-Tg mdx マウスでは筋張力を含む全ての指標において、正常B10マウスと有意差がないレベルまで回復が見られた。一方、AX11-Tg mdxマウスでは、M3-とCS1の中間的な改善が観察された。transgenic mdxマウスの解析結果から、治療用遺伝子としてロッド・リピート4個を持つmicro-dystrophin CS1 cDNAが有効であることが示された。
(3) 治療用AAVベクターの作製とmdxマウス骨格筋への遺伝子導入
micro-dystrophin CS1 cDNAの5', 3'-非翻訳領域及びexpn 71-78を欠失させたΔCS1 cDNA (3.8 kb)を、MCKプロモーター (0.6 kb)に連結した治療用AAVベクターを作製し、mdx骨格筋へ導入したところ、8週後の時点でもmicro-dystrophinの発現が確認された。今後、筋ジストロフィー犬へ導入して効果を検定し、DMDに対する治療用プロトコルを提出したいと考えている。
2. アデノウイルスベクターによるユートロフィン発現増強
免疫応答に関与するサイトカインの中でもIL-6は新生仔mdxマウスの筋形質膜におけるユートロフィン発現を増強することを見出した。抗IL-6レセプター抗体を投与すると、アデノウイルスベクターによる筋形質膜におけるユートロフィンの発現増強が抑制されたことから、アデノウイルスベクターによるユートロフィン発現増強にはIL-6が重要な役割を果たしていることが明らかとなった(Hum Gene Ther, 13: 509-518, 2002)。次にIL-6によるユートロフィンの発現増強が転写レベルかどうかTaqMan定量的RT-PCRを用いて検討した。ユートロフィンの転写産物には5'端の違いにより、A-、A'-およびB- ユートロフィンの3種類が存在するが、IL-6はA-ユートロフィンmRNA発現のみを一過性に増大させた。一方、アデノウイルスベクターは、導入4週後まで3種すべてのユートロフィンmRNA発現を増大させた。したがって、IL-6は主にプロモーターAの活性化を介して、ユートロフィンの転写活性を誘導する可能性が示された。一方、アデノウイルスベクター導入によるユートロフィン発現増強には、おそらくユートロフィンmRNAの安定化が関与することが示唆された。
結論
1. AAVベクターを用いた遺伝子導入
骨格筋特異的なMCKプロモーターをAAVベクターに組み込むことにより、mdx骨格筋でも、導入遺伝子産物の発現増強が観察された。transgenic mdxマウスを用いた検定により、rod repeatを4個、hingeを3個持つCS1 micro-dystrophinが充分な機能を有することが明らかになった。CS1 micro-dystrophinをAAVベクターに組み込み、MCKプロモーターを用いて発現させると、mdx骨格筋でも長期間の発現が観察された。
2. アデノウイルスベクターによるユートロフィン発現増強
アデノウイルスベクターの導入によるユートロフィンの発現増強機構には、IL-6による転写の活性化が関与していた。ユートロフィンの発現増強の分子機構を明かにするためには、mRNAの安定化の機構を検討する必要がある。

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