ゲノミクス技術を用いた不応性貧血の病態解明に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100455A
報告書区分
総括
研究課題名
ゲノミクス技術を用いた不応性貧血の病態解明に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
間野 博行(自治医科大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 溝口秀昭(東京女子医科大学医学部)
  • 石坂幸人(国立国際医療センター研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究事業(ヒトゲノム分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
-
研究費
50,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
不応性貧血は赤血球を含む各種血球の慢性減少を特徴とする疾患であり、白血球減少に伴う感染症に対する治療や、赤血球・血小板の減少に対する成分輸血をしばしば必要とする。本症は末梢血中の血球減少にもかかわらず患者骨髄中の造血細胞数はむしろ正常~増加することが多く、「無効造血」と呼ばれる特徴的な病態を呈する。不応性貧血は造血幹細胞のクローン性異常に起因すると考えられているが、その具体的な分子メカニズムは未だ全く不明のままである。本疾患の年間発症率は人口10万人あたり60歳台で約10人、80歳台で約100人と高齢化に伴い急速に上昇し、本邦における高齢者の主要な血液疾患の一つとなっている。治療法も他家骨髄移植以外に有効な方法が無く、発症時の年齢から骨髄移植の適応外であることが殆どである。さらに本疾患の一部は急性白血病へと移行する事が知られており、不応性貧血から移行した白血病の多くは薬剤耐性である。したがって今後の本邦人口のさらなる高齢化を考慮すると、不応性貧血の病態解明、診断及び治療法の開発は血液内科学に限らず今日の医学研究の急務の一つであるといえる。ヒトゲノムプロジェクトの結果得られた遺伝子情報を元にDNAチップなどを用いた疾患解析が可能となってきた。しかし単純に患者骨髄細胞を用いてDNAチップによる比較を行った場合、各個人間の骨髄構成細胞のポピュレーションの違いが大きいため「偽陽性」な結果を得ることが殆どである。そこで真に不応性貧血の臨床にフィードバック可能な情報を得るため、我々は本研究計画において不応性貧血を含めた各種血液疾患患者より、疾患の種類によらず分化レベルがほぼ均一である造血幹細胞分画のみを大規模に収集する造血幹細胞バンク「Blast Bank」を設立する。これら純化した造血幹細胞間でDNAチップ解析及びプロテオミクス解析を行うことによって、偽陽性の極めて少ない効率的なゲノミクス解析が可能になり、世界に先駆けた病態解明が行われると期待される。本研究計画の具体的な目標として、不応性貧血の(1)分子診断、(2)発症機構の解明、(3)薬剤耐性獲得機構の解析、及び(4)新たなアプローチによる治療法の開発を目指す。
研究方法
造血幹細胞特異的マーカーであるAC133に対するアフィニティカラムを用いて、不応性貧血を含む各種特発性血液疾患患者骨髄より造血幹細胞分画を純化保存し、これをBlast Bankと名付けた。平成14年3月現在で300例を越えるサンプルの保存に成功している。また実際の実験に用いるDNAチップとして、将来的にフローサイトメトリーを用いる簡便な診断法を開発することを目指してヒト細胞膜蛋白をコードする遺伝子をスポットしたカスタムDNAチップを作製した。本チップとヒト転写因子をコードする遺伝子をスポットしたDNAチップの2者、計約2400個の遺伝子に関して発現解析を行った。またヒト遺伝子約12,000個を配置したAffymetrix社GeneChipも解析に用いた。Blast Bankの細胞よりトータルRNAを抽出し、これをT7 RNAポリメラーゼを用いてまずin vitroにて増幅した。さらにこれをもとに二本鎖cDNAを合成し、ビオチン結合CTPの存在下で再びT7 RNAポリメラーゼと反応させることで、ビオチン標識化したcomplementary RNA(cRNA)を作製した。このbiotin-cRNAをDNAチップとハイブリダイズさせ、洗浄後、抗ビオチン-ラビット抗体と反応させた。さらにCy3結合抗ラビットグロブリン抗体と反応させることで、ビオチン標識化したcomplementary RNA(cRNA)を作製した。このbiotin-cRNAをDNAチップとハイブリダイズさせ、洗浄後、抗ビオチン-ラ
ビット抗体と反応させた。さらにCy3結合抗ラビットグロブリン抗体と反応させることでDNAチップ上のcRNA結合スポットを蛍光標識した。DNAチップはAffymetrix社の蛍光スキャナーで励起させ、各スポットの蛍光強度を測定した後統計処理をGeneSpring 3.2(Silicon Genetics社)にて行った。
結果と考察
まず、不応性貧血とde novo急性骨髄性白血病(AML)との鑑別診断を目指した。不応性貧血はしばしばAML用への病態へと変化し、抗癌剤に抵抗性であるが、一般のAMLは化学療法に反応性が比較的良好である。したがって高齢者の白血病を診た場合、その患者がde novoのAMLなのか不応性貧血由来なのかを判別することは治療法の選択の上からも極めて重要である。しかしながら現段階では両者の鑑別は細胞の形態異常に頼っており、しばしば困難である。そこで我々は白血化した不応性貧血とde novo AMLとを鑑別する新たな分子マーカーの同定を試みた。Blast Bankに属する進行期の不応性貧血患者5例とde novo AML5例のサンプルを我々のDNAチップを用いて比較したところ、Delta/Notchファミリーに属するDlk遺伝子が前者に特異的に高発現することが明らかになった。Dlkはこれまで血球での発現は知られておらず、むしろ骨髄間質細胞表面において発現し造血幹細胞の自己複製と分化抑制に必須であるとされてきた。したがってDlkが不応性貧血患者血球で高発現する事実は、Dlkが単に診断のマーカーとなるだけでなく、不応性貧血の最大の特徴である「無効造血」の成因に関与する可能性を示唆する。まずDlkの疾患特異的発現を確認するためBlast Bankに属する不応性貧血患者22例、AML31例のサンプルを用いて定量的 real-time PCR法を行った。その結果、前者で12例に、また後者で3例にDlkの高発現が確認された。また後者の3例の内、2例においては不応性貧血の特徴である細胞の形態異常が著明であり、恐らく不応性貧血が白血化した症例であると予想された。以上よりDlkは世界で初めての不応性貧血特異的分子マーカーの候補となると考えられた。現在我々は一回膜貫通型蛋白であるDlkの細胞外領域を認識する抗体を作成し、フローサイトメトリー(FACS)による不応性貧血診断法の開発を目指している。FACSによる診断が可能となればDlkの臨床的意義は極めて重要なものになるといえよう。Dlkが不応性貧血患者の造血幹細胞で高発現することは同疾患の発症機構への関与の面からも興味深い。現在不応性貧血の成因としてのDlkの意義をin vivoにおいて検証するために、Dlk発現トランスジェニックマウスを作成し造血異常の有無を確認中である。一方Dlkの「分化抑制能」を考えると、Dlk機能をブロックすることで不応性貧血患者骨髄細胞を正常の分化へと誘導できると期待される。そこでDlkの細胞外領域に結合しその機能を抑制するペプチドを同定中である。具体的にはまず、細胞表面にランダムな12アミノ酸を発現している大腸菌のプールよりパンニング法にてリコンビナントDlk蛋白質に結合する大腸菌を同定し、さらにそれらクローンが発現するペプチド配列を同定する。これらペプチドの中で高親和性にDlkに結合し、しかもその機能を抑制するものを不応性貧血患者骨髄細胞を用いたコロニーアッセイ法などにより同定している。さらに我々は、不応性貧血の病初期と進行期のBlast Bankサンプルを比較することで病期進行メカニズムの解明を目指した。不応性貧血32例および健常人2例のバンク細胞をカスタムDNAチップを用いて比較した結果、遺伝子A(特許申請中)が健常人および不応性貧血初期において高発現しており、疾患の悪性化と共に発現が低下することが明らかになった。しかも同遺伝子を血液細胞株に導入すると著明な細胞死が誘導され、遺伝子Aががん抑制遺伝子として機能することが明らかになった。同遺伝子の発現低下は、全く新しい不応性貧血の病期進行メカニズムとして注目される。また同遺伝子の病期特異的発現変化は定量的real-time PCR法によっても確認された。現在遺伝子Aについては遺伝子破壊マウスを作成中であり、不応性貧血の疾患モデルマウスの確立を目指している。
結論
本年度の研究結果より、Bla
st Bank細胞を用いることで臨床医学に直接フィードバック可能な遺伝子情報が効率よく得られることが確認された。次年度は不応性貧血の他のテーマでの解析を行うと共に、Affymetrix社の全ヒト遺伝子が配置された新しいGeneChipシステムを用いて解析遺伝子数を増大させ、スクリーニング範囲の更なる拡大を目指す。

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