動脈硬化症・心不全等の循環器疾患に関わる遺伝子・タンパク質の機能に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100452A
報告書区分
総括
研究課題名
動脈硬化症・心不全等の循環器疾患に関わる遺伝子・タンパク質の機能に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
田邉 忠(国立循環器循環器病センター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 菅弘之(国立循環器病センター研究所)
  • 寒川賢治(国立循環器病センター研究所)
  • 森崎隆幸(国立循環器病センター研究所)
  • 竹島浩(東北大学大学院医学系)
  • 白井幹康(国立循環器病センター研究所)
  • 沢村達也(国立循環器病センター研究所)
  • 森田啓行(東京大学大学院医学系)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究事業(ヒトゲノム分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
循環器病の克服は高齢化社会での大きな課題である。心血管系の機能の破綻から生ずる動脈硬化や心不全等の成因の解析は、分子生物学の進歩に伴い、近年の心血管作動性因子とその受容体あるいはリポ蛋白質受容体の研究により新しい循環調節機構が明らかになってきた。これらの物質の病態生理学的な研究成果は、多くの循環器疾患患者の究明に繋がってきた。しかし、未だ心臓や脳の梗塞などに関わる動脈硬化の機構や心不全に関わる心筋の機能調節機構などに関して未知の部分が多く、マウスやラットなど動物個体を用いる心血管系に働く遺伝子の生理機能と病態生理学的役割の解析が重要となっている。
本研究分担者らにより、心血管系に作用する新しい生理活性ペプチド(AMP、アドレノメデュリン(AM)、グレリン)などが発見され、また、プロスタサイクリン(PGI)合成酵素、酸化LDL受容体LOX-1、カルシウムチャネル、血管平滑筋細胞の分化調節因子、AMPデアミナーゼ(AMPD)などの遺伝子と蛋白質の構造が明らかにされた。一方、ラットなど中動物を用いて、心臓や肺の生理機能の解析がなされた。前述の遺伝子の機能を知り病態との関連を解明するために、これらの遺伝子の改変動物を観察し、遺伝子の機能を正確に把握しモデル動物として確立することは、循環器疾患の正確な理解に不可欠である。さらに、これらのモデルでの遺伝子異常を循環器疾患の臨床例に相関できれば、その成果は循環器疾患の診断と予防に大きな貢献が期待されるほか、創薬や遺伝子治療などへの応用が可能となり、急速に進行する超高齢社会における朗報と成り得る。このため本研究では、研究分担者がこれまでに明らかにしてきた心血管系の機能維持に働くと考えられる関連遺伝子とその産物である蛋白質の機能を、細胞、病態モデルや遺伝子改変マウスなどの個体を用いて生化学的あるいはマウスの生理機能を明らかにすることを目的とする。
研究方法
血管及び心機能に関連する遺伝子とその産物であるタンパク質、ペプチド、脂質の機能を細胞及び個体レベルで明らかにし、循環器疾患モデル動物の作成を目指し、生理学、生化学、薬理学、遺伝子工学等の方法を駆使して研究を実施した。本年度は、昨年度に作成した遺伝子改変マウスと確立した解析システムを用いて研究を進めた。
(倫理面への配慮)本研究ではヒトの検体を用いる研究は行わなかった。遺伝子組換え等の実験は各所属施設の委員会の承認を得て行われ、動物の取扱いは各所属施設の実験動物取扱い規定に基づいて行い、また動物愛護に配慮して実験を行った。特に動物実験の計測機器の装着は、苦痛を与えないよう麻酔下で行った。覚醒動物実験では、使用動物数ならびに刺激付加時の動物への苦痛を最小限に留めるよう注意を払った。
結果と考察
1)動脈硬化に関する研究:モノクロタリン投与により肺高血圧を誘発させたラットの肝にPGI合成酵素(PGIS)遺伝子を投与した結果、有意に肺高血圧の軽減と予後の改善が認められた。PGISを過剰発現させ細胞内PGI濃度を上昇させるとアポトーシスが誘導され、PPARdeltaが新たなPGI情報伝達系として関与すること、Gタンパク質共役型PGI受容体経由による細胞内cAMPの上昇はこのPGI-PPARdelta依存性アポトーシスを抑制することを明らかにし、PGIの細胞内と細胞外からの異なるシグナル伝達系により血管平滑筋の増殖抑制がコントロールされている可能性を見出した(田邉)。一方、虚血再還流によりLOX-1の発現が血管内皮細胞および心筋細胞において急速に誘導され、心臓の虚血再還流モデルにおいては、抗LOX-1抗体の前投与により梗塞巣の大きさが約50%抑制された。また、抗LOX-1抗体は、再還流後見られる網膜静脈での白血球のローリングを効果的に抑制し、本抗体の前投与は網膜の神経細胞のアポトーシスを抑制すると同時に、結果として起きる網膜の組織構築の崩壊をも抑制した(沢村)。KLF5/BTEB2、ADAMTS-1、アドレノメデュリン(AM)の各欠損マウスを作成、解析し、線維化、血管形成不良、平滑筋機能不全などが認められた。低酸素暴露および過酸化水素添加による酸化ストレスは心筋細胞のAMの分泌と遺伝子発現レベルを亢進させ、逆にナトリウム利尿ペプチドの分泌と遺伝子発現レベルを低下させた。また、酸化ストレスによる心筋細胞障害はAM添加により有意に抑制された(寒川)。
2)心不全に関する研究:アデニンヌクレオチド代謝系律速酵素で虚血や心機能不全への関与が示唆されているAMPデアミナーゼ(AMPD)2欠損マウスおよびAMPD2/AMPD3遺伝子複合変異マウスの作成を進めている(森崎)。心筋細胞特有のストア容量依存性のCa2+流入機構を見出し、胎児期の未成熟心筋細胞ではこのCa2+流入活性は高く、発達に従い低下した。また、心筋細胞の容量依存性Ca2+流入はCa2+放出チャネルや結合膜構造の有無に作用されないことが明らかになった。JP-1欠損マウスは生後まもなく死亡し、JP-1欠損筋の三つ組構造形成不良、単収縮の低下が示された。一方、純度の高い心筋小胞体分画の調整法を確立し、7種の抗体を単離した(竹島)。心機能の新しい統合解析法を開発し、小動物に応用できることを確認した(菅)。覚醒下遺伝子改変マウスの循環(血圧、心拍数)、呼吸(一回換気量、呼吸回数等)、代謝(酸素消量、二酸化炭素排出量)が、beat by beatから日内変動レベルまで実時間解析できる新しいシステムを開発した。このシステムをPGI欠損マウスに応用し、PGIが循環・呼吸・代謝調節に重要であることを明らかにした(白井)。
血管弛緩および血管平滑筋細胞抑制能をもつPGIのPPARdeltaを介した細胞内シグナル伝達経路の発見は、PGI合成酵素欠損マウスにおける血管障害を研究する上で重要な成果である。また、本酵素遺伝子の肝への直接導入が肺高血圧の改善に有効であった結果は、遺伝子治療の実現化に向け導入法の簡便化をはかれる可能性が見出せた。また、アドレノメデュリン(AM)およびグレリンの病態モデルラットやヒトの心血管系における病態生理的意義が明らかになり、これらの成果は、心筋梗塞や心不全、血管病変の新しい診断・治療法の開発につながると考えられる。一方、LOX-1の酸化LDL受容体以外の機能について遺伝子改変マウスの解析によりさらに明らかにするとともに、抗LOX-1抗体によるLOX-1機能抑制により起こる現象を解析し、LOX-1アンタゴニストが循環器疾患の発症予防、治療になる可能性について探っていく。さらにKLF5/BTEB2、ADAMTS-1およびAMの遺伝子改変マウスの解析結果は、循環器病発症機序の解明に有用な情報を提供し、治療の対象となるターゲットを明らかにし、遺伝子治療をはじめとした新しい治療法開発へ展開すると期待される。ヒトにおけるAMPD遺伝子変異と心血管系の機能との関連が報告されており、AMPD遺伝子群の遺伝子改変動物の作製と解析をATPなどエネルギー源、シグナル伝達分子の調節に深く関わるアデニンヌクレオチド代謝の機能的理解につなげ、今後、心血管系の病態解明や新治療法開発に結びつける。また、心筋細胞特有のストア容量依存性Ca2+流入機構が心肥大・心不全においてどのように機能変化するか今後注目される。マウスなどの小動物の心機能ならびに循環・呼吸・代謝を一貫して解析できるシステムが確立され、これらシステムの遺伝子改変マウスへの応用は、遺伝子・タンパク質の個体レベルでの機能解析に極めて有用な方法であり、新しい治療薬開発に際し、効果判定や副作用の把握などに有効である。
結論
本年度は、12年度に引き続き種々遺伝子改変マウスの作成ならびに解析を行い、以下の如く多くの成果と今後への期待が得られた。
1)肝へ直接PGIS遺伝子を導入する方法で肺高血圧の症状の改善に有効であることが示された。PGIの細胞内と細胞外からの異なるシグナル伝達系により血管平滑筋の増殖抑制がコントロールされている可能性を見出し、循環器系の恒常性維持における重要な作用機序として注目される。
2)炎症や虚血再還流障害と関連したLOX-1の全く新しい機能を見いだした。酸化LDL受容体としての機能とこれらの新しい機能がどのように複合して循環器疾患の成り立ちに関わっているかが今後の焦点である。
3)心筋細胞におけるAM分泌および遺伝子発現調節機構を明らかにし、AM遺伝子改変マウスの解析により血管形成や恒常性維持でのAMの重要性を示した。これらの成果は、心筋梗塞や心不全、血管病変の新しい診断・治療法の開発につながると考えられる。
4)KLF5/BTEB2やADAMTS-1の欠損マウスの解析により、血管制御におけるこれら転写因子や酵素の役割が明らかとなり、循環器病発症機序の解明に有用な情報を提供し、創薬や新しい治療法開発への展開が期待される。
5)アデニンヌクレオチド代謝系律速酵素で虚血や心機能不全への関与が示唆されているAMPD2遺伝子変異マウスおよびAMPD2/ AMPD3遺伝子複合変異マウスの作成を進めており、心血管における病態生理的意義ならびに新規機能の解明が期待される。
6)心筋細胞特有な筋小胞体のCa2+含量低下に伴うCa2+流入機構を見出し、今後、心肥大や心不全における機能変化等が注目される。
7)前年度に確立した心臓レベルでの心筋興奮収縮関連カルシウム動員量の新しい評価法を小動物として本年度はラットに応用し、解析可能であることが明らかになった。
8)覚醒下マウスの循環・呼吸・代謝同時モニタリングシステムを確立してPGI欠損マウスの解析に応用し、PGIが循環・呼吸・代謝調節に重要あることを明らかにした。これらの生理機能解析システムは、今後の遺伝子改変マウスの心肺機能解析におおいに役立つものと期待される。

公開日・更新日

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