心不全の病態解明と原因遺伝子の同定(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100445A
報告書区分
総括
研究課題名
心不全の病態解明と原因遺伝子の同定(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
小室 一成(千葉大学大学院医学研究院)
研究分担者(所属機関)
  • 森崎隆幸(国立循環器病センター研究所)
  • 竹島浩(東北大学大学院医学系研究科)
  • 望月直樹(国立循環器病センター研究所)
  • 廣田久雄(大阪大学大学院医学系研究科)
  • 廣井透雄(東京大学医学部附属病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究事業(ヒトゲノム分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
50,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
我が国では食生活の欧米化と高齢化により、虚血性心疾患、高血圧性心疾患が著増しており、死亡者数も年々増加の傾向にある。心不全に対する長期予後は、心不全患者全体の3年生存率が30%以下であり、重症心不全患者では2年生存率が50%以下と極めて不良である。また、軽症な心不全でも日常生活が大変制限されることから、今後高齢化社会をむかえるにあたって、社会の生産性維持、QOLの高い生活のためにも心不全の病態の解明および有用な予防、治療法の確立は急務である。心不全に関しては、その分子レベルでの発症機序の研究が近年精力的に行われ、心臓の収縮機能上重要な分子が多数同定、単離されてきた。しかし、心臓の収縮、拡張は体循環と連動したダイナミックなものであるため、in vitroの情報のみでは不十分であり、in vivoの解析が必須である。心不全は心臓の収縮、弛緩異常であり、また心筋細胞内のCa2+の調節異常が生じているが、単に細胞内Ca2+を上昇させても心不全治療にならないことは、最近の強心薬治療が全て失敗に終わったことからも明らかである。そこで、細胞内Ca2+の調節異常の背景にある心不全の真の発症機序を深く理解し、有効な新しい治療法を確立することが重要である。このためには、心不全発症に関連すると考えられる遺伝子の改変マウスを作成し、個々の分子のin vivoでの役割を明らかにすることが極めて重要である。心不全の原因は多岐にわたるので、その病態解明には様々な観点からアプローチし、包括的に俯瞰する必要がある。本研究では、①心臓の発生、分化に必須な転写因子、②サイトカイン受容体及びその下流のシグナル分子、③核酸代謝関連酵素遺伝子、④Ca2+調節分子ならびに細胞内Ca2+ストアの局在を規定する新規分子、⑤心肥大形成に関わるシグナル分子、の5種類の分子の遺伝子改変マウスおよびダ-ル食塩感受性ラットによる心不全モデル動物の病態を解析する。次にこれらの遺伝子改変マウスと野生型マウス、あるいはモデル動物に発現している遺伝子をDNAチップ等により比較検討し、病態発症に関与する一連の分子の関連性を明らかにし、個々の病態発症の分子機序に応じた心不全の薬物療法を検討する。本研究により心不全の病態の理解が分子レベルで可能となると同時に、疾患モデルマウスを使った新しい治療法も確立されると考えられる。
研究方法
平成13年度は、①心臓の発生、分化に必須な転写因子CSX/NKX2-5、②サイトカインシグナル伝達分子STAT3、③核酸代謝関連酵素遺伝子AMPD2およびAMPD3、④細胞内Ca2+ストアの量と局在を規定する分子 ジャンクトフィリン-1および2、2型リアノジン受容体、⑤心肥大形成に関わるシグナル分子、RASファミリー低分子量G蛋白質の5種類の分子の遺伝子を改変した心筋細胞、マウスを作成し、組織学、アポトーシス、DNA chipによる遺伝子発現などについて検討した。また、⑥ダ-ル食塩感受性ratを用いて心不全期の遺伝子発現についてGenechipにより検討した。
①心筋特異的ホメオボックス遺伝子CSX
野生型および突然変異CSX/NKX2-5cDNAを含むpcDNA3.1plasmidをリポフェクチン法によりP19CL6細胞に導入し、ネオマイシンにより遺伝子導入細胞株を選別した。導入遺伝子の過剰発現はNorthern blotにより確認した。アポト-シス関連蛋白は抗Bcl-xL抗体、抗CAS抗体によりWestern blotにより解析した。
②STAT3
心室特異的ミオシン2Vのプロモーター領域にCre遺伝子を導入した心室筋特異的Cre発現マウスとSTAT3の活性化に必須のSH2ドメインの両端にloxpを導入したマウスを交配させSTAT3心室特異的欠損マウス(STAT3CKO)を作成した。
③核酸代謝遺伝子(AMPD)
AMPD2、AMPD3遺伝子破壊用ベクターをES細胞に導入し、相同組み換え体を選択し、胚盤胞にインジェクションすることにより、AMPD2およびAMPD3遺伝子変異ヘテロマウスを作成し、さらに交配によりAMPD2/AMPD3遺伝子複合変異ホモマウスを作成した。
④ジャンクトフィリン
ジャンクトフィリン-1ノックアウトマウスを作成し、骨格筋における張力測定や形態学的観察を遂行した。蛍光カルシウム色素法による顕微測光にて、心筋細胞におけるストア依存性Ca2+流入に対するジャンクトフィリン2、2型リアノジン受容体の欠損効果をノックアウトマウスを利用して検討した。
⑤rap1GAPII
FRET理論を応用した一波長励起二波長測光型のRas活性化の可視化プローブを作成した。培養血管内皮細胞、線維芽細胞にこのプローブを発現させ、各種成長因子で刺激した時のRas、Racの活性化のモニターリングをした。
⑥ダ-ル 食塩感受性rat
ダール食塩感受性ラットを用いて心不全モデルを作成した。11週齢より、ARBであるcandesartan (1mg/kg/day)またはACE-Iであるbenazepril (1mg/kg/day)を、浸透圧ポンプを用いて持続投与した。20週齢において、各群の心臓よりRNAを抽出し、GeneChipを用い8800の遺伝子について発現を解析した。
結果と考察
①心筋特異的ホメオボックス遺伝子CSX
野生型のCSX/NKX2-5をP19CL6細胞に過剰発現させると心筋特異的遺伝子であるMEF2CとMLC2vの発現および、心房利尿ペプチド(ANP)遺伝子のプロモーター活性が亢進し、P19CL6細胞の心筋細胞への終末分化が促進した。一方CSX/NKX2-5の突然変異を過剰発現させると、3種類すべての突然変異において程度は異なるものの上記の効果は軽減された。興味深いことに、3種類の突然変異のうちひとつはP19CL6細胞の分化過程において細胞死を誘発した。この突然変異CSX/NKX2-5を過剰発現させたP19CL6細胞はH2O2に暴露させるか、培養液を交換せずに培養すると死んでいくが、野生型CSX/NKX2-5 を過剰発現したP19CL6細胞は同様の条件下で死ななかった。また、抗アポト-シス蛋白Bcl-xLの発現低下とアポト-シス誘発蛋白CASの発現増加が他の細胞株に比べて、この突然変異CSX/NKX2-5を過剰発現させた細胞株にみられた。3種類それぞれの突然変異CSX/NKX2-5を導入した新生仔ラット培養心筋細胞はH2O2への暴露によりTUNEL陽性のアポト-シス細胞が増加したが、野生型のCSX/NKX2-5を導入した心筋細胞では増加しなかった。CSX/NKX2-5は心臓特異的遺伝子の発現調節のみならず、心筋細胞をストレスから保護する重要な役割を担っており、ストレスによる細胞死がヒトCSX/NKX2-5の突然変異による心臓奇形のもうひとつの原因である可能性がある。CSX/NKX2-5は心筋細胞の保護に関与し、心不全の治療戦略のターゲットとなると考えられた。
②STAT3
STAT3心臓特異的欠損マウス(STAT3CKO)にてSTAT3の活性化が抑制されていることを確認する目的で、LIF静注によるSTAT3のリン酸化を観察したところ、STAT3CKOの心筋においてSTAT3の活性化が有意に抑制された。生後約5ケ月のSTAT3CKOの左心室においてvan Gieson染色陽性により同定される著明な心筋間質および血管周囲の線維化を認めた。線維化のメカニズムの解析のため、線維化関連蛋白の発現を免疫染色して観察したところSTAT3CKOの心室にてTGF-β1, 3およびangiotensin IIの発現増強が確認された。
③核酸代謝遺伝子(AMPD)
AMPD2/AMPD3遺伝子複合変異ホモマウスは、生後2週頃より発育不良で体重増加が見られなくなり、いずれの仔マウスも生後約3週において死亡した。当該マウスでは骨格筋の局所的な脂肪変性を認める個体のほか、肝臓、腎臓における細胞変性像が見られる個体を認めた。全てのマウスにおいて腎尿細管に蛋白円柱が著明に認められた。
④ジャンクトフィリン
ジャンクトフィリン-1欠損マウスは生後まもなく死亡し、triadの減少が電顕上観察された。ジャンクトフィリン-2あるいは2型リアノジン受容体欠損マウスにおいても心筋細胞のストア容量依存性のCa2+流入機構の活性化正常であった。
⑤rap1GAPII
作成したRas活性化プローブを改変してRas、Rap1、R-Rasの活性化の可視化が可能となった。また、細胞種の違いにより同一増殖刺激によってもRas1、Rap1蛋白質が活性化される場所が変わることが明らかになった。
⑥ダ-ル 食塩感受性rat
ダール食塩感受性ラットは、高食塩食負荷により高血圧、心肥大、心不全を呈した。薬剤投与群では、降圧効果はどちらも同程度で不完全であるにもかかわらず、心不全をきたさなかった。また薬剤投与により、遺伝子の発現状態は大きく変化した。ARBとACE-Iの投与は、血圧低下、心筋線維化抑制および心不全防止効果において同等と考えられたが、心臓での遺伝子発現には異なる影響を与え、両薬剤の心不全予防機序が異なることを示唆すると考えられた。
結論
本研究においてCsx/Nkx2-5は心筋保護に、STAT3は心筋リモデリングに、ジャンクトフィリン-1はCa2+シグナリングに重要であることが示唆された。また、アデニンヌクレオチド代謝酵素のin vivo における重要性およびが確認された。これらの我々が解析した遺伝子はいずれも心不全の原因遺伝子として重要な役割を担い、今後の心不全の分子病態を解明する端緒となると考えられる。また、RASファミリー分子の活性化プローブはin vivoでのシグナル分子の動態解析という新しい方法として期待される。心不全に対するARBあるいはACE-Iによる治療効果は確立されているが、その効果を遺伝子発現の違いから解析した本研究は今後の創薬に寄与すると考えられる。本研究のこれまでの成果は心不全の新たなる治療法の確立に寄与し、今後の研究の継続は社会的に非常に重要である。

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