腸上皮化生をモデルとしたマスター遺伝子制御による組織分化の研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100443A
報告書区分
総括
研究課題名
腸上皮化生をモデルとしたマスター遺伝子制御による組織分化の研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
牛島 俊和(国立がんセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 立松正衛(愛知がんセンター研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究事業(ヒトゲノム分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ゲノムのCpGメチル化は、DNA複製に際して保存され、遺伝子発現調節に重要な役割を果たす。個体発生過程においては、緻密な制御により各組織に特異的なメチル化のパターンが形成される。これらの事実から、メチル化は組織分化の制御と維持に重要な役割を果たしていると考えられている。本研究では、胃粘膜が腸粘膜への異常な分化を示す腸上皮化生において、メチル化の異常により発現が変化している遺伝子をゲノム網羅的に単離し、その中から分化のマスター遺伝子を同定することを目的とする。
研究方法
ヒト胃がんの手術材料から、幽門部と胃体部をそれぞれ切除、EDTA含有緩衝液中で振盪することにより、上皮のみを分離・収集した。エタノール固定後、アルカリホスファターゼ染色を行い、腸上皮化生のある腺管とない腺管とを区別した。個体間の多型を分離することを避けるため、腸上皮化生が強い幽門腺と、腸上皮化生が少ない胃底腺とを用いて、MS-RDAを行った。MS-RDAにより得られたクローンについて、塩基配列を決定、ヒトゲノムドラフト配列を利用して、近傍のCpGアイランド及び遺伝子を検索した。近傍に存在した遺伝子については、real time PCR装置により、GAPDHまたはbeta-actin分子数に対する目的遺伝子の分子数の比率を求め、定量的な発現解析を行った。メチル化状態は、bisulfite処理したDNAをCpG部位を含まないプライマーにより増幅後、PCR産物の塩基配列を直接決定し、CpG部位のCの波の高さとTの波の高さの比率から、メチル化されたDNA分子とされないDNA分子の比率を算出した。その結果、SIM2遺伝子について、幽門部では、腸上皮化生の発生に伴い、そのイントロン2がメチル化され、発現が誘導されることを見いだした。SIM2遺伝子をsense及びantisense方向に、CMVプロモーター下流に連結した。TMK-1細胞を含む4種類の胃がん細胞株に、リポソーム法及びエレクトロポレーション法によりトランスフェクションを行った。SIM2遺伝子を十分に発現することが確認されたsenseのクローン3個、antisenseのクローン3個について、胃の形質のマーカーとなる遺伝子としてPepsinogen A, Pepsinogen C, MUC3, MUC5ACについて、腸型の形質のマーカーとなる遺伝子としてCDX1, CDX2, MUC2, Villin 1について、発現を検討した。その結果、TMK-1細胞では、これらのマーカー遺伝子について、senseとantisenseを導入したクローン間で、違いを認めなかった。
結果と考察
多型の分離を避けるため、同一症例の腸上皮化生がない胃底腺由来のDNAをテスターに、腸上皮化生が強い幽門腺をドライバーにMS-RDAを行った。この解析により、胃底腺と幽門腺の違い、または、腸上皮化生の有無の違いによりメチル化の状態が異なるDNA断片が分離される。その結果、(1)胃底腺と幽門腺の違いによりメチル化の状態が異なるDNA断片(腸上皮化生とは無関係)を6個、(2)胃底腺及び幽門腺での腸上皮化生の発生に伴い、脱メチル化されるDNA断片を3個、(3)胃底腺のみで腸上皮化生の発生に伴い、脱メチル化されるDNA断片を7個、(4)正常胃底腺ではメチル化され、正常幽門腺では脱メチル化されているものの、腸上皮化生の発生に伴い、胃底腺では脱メチル化され、幽門腺ではメチル化されるDNA断片2個、を分離した。これら18個のDNA断片の塩基配列を決定し、ヒトゲノムドラフト配列を用いて検索を行ったところ、4個のDNA断片がCpGアイランド近傍に由来し、近傍に遺伝子も存在することが判明した。14症例の検討で、幽門部では、bHLH型の転写因子SIM2のイントロン2のCpGアイランドのメチル化の程度とSIMの発現は、腸上皮化生の程度と
良く相関した(相関係数0.75)。
そこで、胃がん細胞株にSIM2遺伝子を導入、胃の形質及び腸の形質に及ぼす影響を観察した。胃粘膜の形質のマーカーとして、Pepsinogen-A, Pepsinogen-C, MUC3, MUC5ACを、腸粘膜の形質のマーカーとして、CDX1, CDX2, MUC2A, Villin-1のRT-PCR法を確立、利用した。9種類の胃がん細胞株について、これらのマーカー遺伝子の発現を検討した結果、MKN28細胞が、比較的、胃粘膜の形質を保っていると考えられた。MKN28, MKN45, TMK-1, HSC57に、CMVプロモーター下流にSIM2遺伝子をsense方向及びantisense方向に結合したプラスミドをstableに導入した。MKN28, MKN45, HSC57では、stableに導入したクローンは得られなかったが、TMK-1では、sense方向のプラスミドが導入されたクローン3個、antisense方向のプラスミドが導入されたクローン3個が得られた。Real Time PCR法による定量的測定で、親細胞のTMK-1細胞では、SIM2はほとんど発現していなかったのに対し、senseを導入したクローン1, 2, 3では、TMK-1に対して、それぞれ、1672倍、27倍、12倍の、antisenseを導入したクローン1, 2, 3では、それぞれ、207倍、7倍、71倍の発現を認めた。これらのクローンで、胃粘膜形質のマーカー遺伝子と、腸粘膜の形質のマーカー遺伝子との発現を、Real Time PCR法により定量的に検討したが、sense方向のプラスミドを導入したクローンと、antisense方向のプラスミドを導入したクローンとで、明らかに発現量が異なるマーカー遺伝子は存在しなかった。
結論
ゲノム網羅的なメチル化変化の検索法であるMS-RDAにより、腸上皮化生に関連してメチル化の変化を示すDNA断片を単離した。SIM2遺伝子について、幽門部では、イントロン2のメチル化、発現、腸上皮化生の程度の三者が、強く相関した(相関係数0.75)。TMK-1胃がん細胞へ導入したが、形質の変化は認められなかった。解析法として不十分である可能性があり、トランスジェニック動物の作成を行っている。また、MS-RDAを新たな材料で行い、別のメチル化が変化したCpGアイランドを同定する試みも行っている

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