高齢者における薬物トランスポータ群の遺伝子機能解析~薬剤性腎障害の発症・増悪因子としての役割解明と至適投与設計法の基盤確立に関する研究

文献情報

文献番号
200100442A
報告書区分
総括
研究課題名
高齢者における薬物トランスポータ群の遺伝子機能解析~薬剤性腎障害の発症・増悪因子としての役割解明と至適投与設計法の基盤確立に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
乾 賢一(京都大学医学部附属病院)
研究分担者(所属機関)
  • 土井俊夫(徳島大学)
  • 深津敦司(京都大学医学部附属病院)
  • 小川 修(京都大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究事業(ヒトゲノム分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
35,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
加齢に伴う腎機能の低下によって薬剤性腎障害の発症頻度が著しく高くなり、また予後不良であることが、高齢者に対する薬物療法上の深刻な問題点として提起されている。薬剤性腎障害は、薬剤の予期せぬ反応性・副作用として認識される。特に、血圧降下剤・血糖降下剤・非ステロイド性抗炎症剤・抗腫瘍剤を服用している高齢患者では、腎機能低下とともに薬剤排泄障害による副作用発現や薬剤蓄積による腎毒性がしばしば発現し、重篤な腎不全に進展する例も少なくない。腎障害を引き起こす原因薬剤や発症機序が複雑・多様であるため、腎障害の回避・対策として腎機能の把握に基づいた至適投与計画と早期の発見が必須とされている。従って、各種疾患に付随する腎機能低下と薬剤排泄能力との関連、並びに薬剤性腎障害発現に関わる成因・増悪因子が解明され予測・評価システムが確立されれば、高齢者の薬剤に起因する腎障害の発症は未然に回避し得ると期待できる。さらに薬剤性腎障害の発症(感受性)に個人差がみられることから、発症を左右する遺伝的素因に基づいた患者個々の腎機能特性(薬剤排泄プロファイル)を掌握することにより、個々の患者に最適な薬剤選択や投与法等オーダーメイド治療を支援する処方設計が可能になると期待される。本研究では、腎機能低下が認められる高齢者、並びに薬剤性腎障害を発症した高齢患者を対象とし、増悪因子として関与が想定されている薬剤排泄タンパク質群(薬物トランスポータ)の発現変動及び遺伝子多型・変異について究明する。さらに加齢並びに腎機能低下・薬剤性腎障害における薬物トランスポータ群の発現プロファイルと遺伝子異常に関するゲノム情報を基盤として、薬剤排泄能力の評価系や腎障害惹起薬剤の予測系を構築することにより、患者の排泄能力を加味した適正な薬剤選択並びに至適投与設計法の基盤確立を本プロジェクトの最終的な到達目標として位置づける。
研究方法
(1)ヒト型薬物トランスポータの遺伝子同定と機能・組織学的解析:現在までに、薬剤腎排泄を担う主要薬物トランスポータとして以下に示す遺伝子ファミリーが同定され、各々について複数の構成メンバーが単離・解析されている。1)有機アニオントランスポータ(OAT遺伝子ファミリー) 2)有機アニオントランスポータ(oatp(OAT-K)遺伝子ファミリー) 3)有機カチオントランスポータ(OCT(N)遺伝子ファミリー) 4)ペプチドトランスポータ(PEPT遺伝子ファミリー) 5)ATP駆動型有機イオントランスポータ(ABC遺伝子スーパーファミリー) これらの薬物トランスポータ遺伝子ファミリーの約70%については既にヒト型ホモログが分子同定されているが、OATやOAT-Kファミリーには未同定のメンバーが存在するため、ヒト腎遺伝子ライブラリのスクリニングやPCR法を駆使して主要薬物トランスポータのヒト型ホモログのcDNAを単離した。遺伝子単離した薬物トランスポータについて、培養細胞や卵母細胞等の遺伝子発現系を用いた機能解析を実施した。特異抗体を用いた薬物トランスポータの免疫組織学的解析を実施し、薬剤輸送特性と細胞膜局在性から、薬剤腎排泄における機能的役割を推定した。(2) 腎不全、腎腫瘍等の疾患によって腎機能低下を認めた患者を対象とし、病理診断用の腎生検標本の一部、または腎腫瘍治療目的により摘出された腎組織の一部を用いて遺伝子を分離調製し、リアルタイムPCR法、ノザンブロット解析により薬物トランスポータ群の遺伝子発現レベルに関する情報を収集
した。さらに、腎生検施行時に投与される抗生物質(腎排泄型薬剤セファゾリン)の血中濃度を測定し、体内動態パラメーターを算出した。また免疫組織学的解析により、トランスポータタンパク質の発現変動についてデータを収集し、遺伝子発現量とタンパク質発現量との定量的な相関性について検討を加えた。
結果と考察
1)ヒト型薬物トランスポータの遺伝子単離と機能解析
ヒト腎に発現する薬物排泄タンパク質群(薬物トランスポータ)の薬物輸送特性並びに腎内発現分布・膜局在について比較精査するとともに、腎不全、腎腫瘍等を発症した高齢患者腎における薬物トランスポータ遺伝子の発現変動と薬剤排泄能力との相関について解析を実施した。ヒト有機アニオントランスポータhOAT1の遺伝子を腎cDNAライブラリーより単離し、アフリカツメガエル卵母細胞発現系を用いて薬物輸送機能を解析した。hOAT1はp-アミノ馬尿酸(PAH)、メトトレキサート(葉酸代謝拮抗薬)、プロスタグランジンE2、ジドブジン(抗ウイルス薬)、フロセミド(利尿薬)等、構造的に多様なアニオン性薬物の腎移行を仲介するトランスポータであることを実証した。ヒト有機カチオントランスポータhOCT2及びそのスプライシングバリアントであるhOCT2-Aの遺伝子単離に成功した。いずれのトランスポータも主として腎に発現し、種々のカチオン性薬物を認識することが判明した。
2)ヒト腎組織における薬物トランスポータ遺伝子群の定量解析並びに免疫組織学的解析
ヒト腎に発現する薬物トランスポータ遺伝子の発現量についてリアルタイムPCR法による定量数値化を試みた。その結果、同時定量した常在遺伝子グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)のmRNA発現量によりRNA精製効率や分解を補正することで、患者個人毎の腎組織に発現するトランスポータ遺伝子の発現量を定量数値化することに成功した。薬物トランスポータ群の中で有機アニオントランスポータhOAT3 mRNAの発現量が最も高く、GAPDH mRNAの発現量の約1/20程度であった。また、アニオン性薬物の腎移行に関わる主要なトランスポータとして位置づけられているhOAT1はhOAT3に次いで2番目の発現量であった。有機カチオントランスポータ群では、hOCT2 mRNAの発現量が最も高く、ウエスタンブロットによりタンパクレベルでもhOCT2の高い発現が確認された。新規遺伝子として単離したhOCT2-Aは、hOCT2の約1/10の発現量であった。hOAT1、hOAT3及びhOCT2について免疫組織染色を行った結果、いずれも近位尿細管側底膜に局在することが判明した。有機イオントランスポータファミリーであるhOCTN1及びhOCTN2の発現も認められたが、hOCTN2の発現量はhOCT2の約1/3程度であり、hOCTN1は1/10以下であった。β-ラクタム抗生物質やACE阻害剤などを輸送するペプチドトランスポータ群では、hPEPT1がhPEPT2と比較してより高い発現量を示した。ウエスタンブロット解析においてhPEPT1及びhPEPT2タンパクはともに腎皮質における発現が認められ、また免疫組織染色の結果から近位尿細管刷子縁膜に発現することが明らかとなった。ATP駆動型有機イオントランスポータ群では、抗癌剤やジゴキシンの排泄に関わるMDR1の発現量が最も高く、次いでアニオン性薬物やグルクロン酸抱合体を輸送するMRP1が高い遺伝子発現量を示した。腎機能低下患者から採取された腎生検試料の一部を用い、薬物トランスポータ群の遺伝子発現量を調べた結果、薬物トランスポータ群の中でhOAT1 mRNAの発現量が正常腎組織中と比較し約1/10程度まで低下していた。一方、hOAT3やhOCT2など他の薬物トランスポータmRNAの発現量は正常腎組織と同程度であった。
3)腎疾患患者における薬剤排泄機能と薬物トランスポータ遺伝子発現との相関解析
腎生検を施行された腎機能低下患者に対し感染症予防を目的として投与される抗生剤セファゾリンの血中濃度を測定を実施し、体内動態パラメーターを算出した。腎機能低下患者におけるセファゾリンの消失クリアランスは、既に報告されている健常人でのクリアランスと比較して有意な差は認められなかった。またセファゾリンの消失速度と相関する臨床検査値も認められなかった。一方、薬物トランスポータ発現量との相関について検討したところ、hOAT3 mRNAの発現量とセファゾリンの消失クリアランスとが正の相関を示すことが示唆された。従って、腎機能低下患者ではセファゾリンの腎排泄にhOAT3が深く関与することが示された。
結論
ヒト腎組織における薬物トランスポータ群の遺伝子発現タイピングにより、加齢または腎障害に伴う患者毎の薬物トランスポータ発現変動と薬剤排泄能力との相関解析が可能であることが示唆された。尿細管トランスポータ群の薬物輸送特性並びに腎機能低下時におけるトランスポータ遺伝子の発現変動解析は、薬剤性腎障害における個々トランスポータの機能的役割の解明、並びにそれに基づく至適薬剤投与設計法の基盤確立に有用な情報を提供すると考える。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-