自律神経関連遺伝子と心不全発症に関する研究 

文献情報

文献番号
200100441A
報告書区分
総括
研究課題名
自律神経関連遺伝子と心不全発症に関する研究 
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
石川 義弘(横浜市立大学)
研究分担者(所属機関)
  • 北村均(横浜市立大学)
  • 梅村敏(横浜市立大学)
  • 高梨吉則(横浜市立大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究事業(ヒトゲノム分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
7,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ゲノムプロジェクトはヒト遺伝子の全解明であり、そこで得られた情報の医学応用である。本邦での目標の一つは「テイラ-メイド治療」の確立であり、究極的には遺伝子情報から疾患発症を予測し、発症以前の段階において薬物治療によって食い止めることである。遺伝子多型を含めて、幅広い疾患において遺伝情報と疾患の関連性が検討されているが、現段階の最大の問題点は遺伝子多型あるいは変異が単なる頻度集計分析にとどまっており、実際にその多型あるいは変異がどのような機能的意義を持つかの情報に乏しい。これは遺伝子機能解析と遺伝子多型出現分析が必ずしも並行して行われていないからである。少なくとも主要な疾患群、機能遺伝子群においては早急に検討されるべき課題である。
フラミンガムスタデイによれば、労作時息切れ、むくみ、呼吸困難など心機能低下による心不全症状は老齢人口の数%に見られる。したがって人口の1/4が高齢者となる21世紀の日本では、百万人以上のお年寄りがこれらの症状に悩むこととなる。また心不全は虚血性心疾患や呼吸器疾患などの誘因ともなり、急性期の診断および治療や入院にかかる費用、あるいは慢性期のリハビリ、さらには社会復帰後の受け入れに必要な費用など、国民医療費の増大に拍車をかけることが予想される。これは医療費がすでに高沸している我が国にとっては回避せねばならない優先事項である。また一方では、心不全の諸症状により、日常生活を営む上での活動制限を受け、なによりも高齢者のQOLを著しく低下させ、国民福祉の観点からも著しい負のインパクトをおよぼす。
心機能低下は加齢変化の古典的現象であるが、個人差が大きい。動物モデルやヒト心不全心筋組織を用いた研究からは自律神経系の異常が強く関与していることがわかっている。アデニル酸シクラーゼをはじめとする自律神経関連因子は心臓の自律神経制御の中心となるが、その遺伝子変化(多型および変異)と疾患との結びつきについては不明である。申請者の研究室では過去10年間にこれらの因子の機能および構造解析をおこなってきた。本申請ではそれらの研究結果と遺伝子情報をフィードバックさせつつ心不全の病因としての遺伝子変化メカニズムの検討をおこなう。
研究方法
申請者らによってクローニングされたアデニル酸シクラーゼを中心に自律神経制御に関与する遺伝子(カテコラミン受容体、G蛋白質など)における遺伝子情報と心不全の病態を関連させて検討していく。最終目標は「老齢期における心不全発症に、自律神経制御因子が遺伝子レベルでどのように関与するか」の検討であり、3年計画の2年目である。
蛋白質の検出方法  アデニル酸シクラ-ゼの機能および発現測定の際にもっとも問題となるのが、本酵素の蛋白としての希少性であり、これは免疫ブロッテイング法などの通常の検出方法では、測定が困難である事を意味する。そこで我々は、心臓をはじめとする組織におけるアデニル酸シクラ-ゼ発現定量を容易に行なえる方法の開発を試みた。
遺伝子構造解析  さらに我々は心臓のcAMPシグナルの基幹部分をなすアデニル酸シクラーゼのサブタイプにおいて、6型サブタイプに目標を絞り遺伝子構造の解析を行った。既存のデータベースと我々のもつ6型アデニル酸シクラーゼの遺伝子配列を元に、遺伝子構造を決定した。
多型性解析  白人における6型サブタイプのシークエンスと、日本人におけるシークエンスを比較した。
遺伝子操作動物の作成 5型アデニル酸シクラーゼを欠損させた動物モデルを作成した。
倫理面への配慮
患者検体利用にあたっては、厚生労働省のガイドラインに従っておこなった。具体的には以下に準じた。
対象となる患者の人権擁
本研究に参加するかは本人の意志に基づくものであり、不参加の際にも現在あるいは今後受ける治療などに不利益が生じないことを保証する。同意の得られた患者鑿から、検体および臨床情報を収集するが、機密保持のための責任者を設定し、主任申請者(本申請者)に送付する時点に於いて検体および臨床情報の匿名化を行い、さらに将来発表された情報から特定の個人が特定できないようにする。また、患者にはいつでもこの研究から離脱できる事を保証する。
インフォームドコンセントの確認
検体を提供していただく患者には説明文書「研究協力依頼書」を渡し、かつ説明を行う。遺伝子解析の意味、研究内容、研究者などを明確にし、承諾書「遺伝子解析に関する承諾書」にサインを頂く。検体保存場所および保存責任者を明記し、承諾書は本学において保管する。
結果と考察
蛋白質の検出方法  密度ショ糖勾配法軽分画に含まれる蛋白量は、総細胞蛋白の数%に過ぎないため、この方法をアデニル酸シクラーゼの免疫ブロッテイング方法に応用する事により、市販の抗体を用いて今まで困難とされていたアデニル酸シクラーゼをサブタイプ毎に検出定量する事に成功した。今後ゲノムの研究成果と相まって、今後蛋白レベルのでの遺伝子多型性および変異の持つ意義を検討するに当たって有力な道具となると考えられ、今後の計画遂行の実現性を高める事となった。
遺伝子構造解析  6型アデニル酸シクラーゼはヒト第12染色体上の12q12-q13に存在し、全長14万bpの巨大な遺伝子構造を持つ事がわかった。合計21のエクソンからなるが、従来言われていたスプライス変異体は14番目のエクソンのスプライシングによって生成されることが明かとなった。さらに特徴的な事は、5'上流域のいわゆるN末端細胞質ドメインからTM1と総称される前半部分の膜貫通ドメインが長さ1kb前後の巨大単一エクソンと、3'側の非翻訳領域に最低2kb以上ある巨大なエクソンからなっている事である。この部分は各アデニル酸シクラ-ゼサブタイプ間でもアミノ酸配列の多様性が大きい部分とされており、はたして全てのサブタイプにおいて同様のエクソン構造がなされているのかは今後の検討課題である。以上から、同遺伝子のサイズは、当初の我々の予測をはるかに上回るものであることが事実となった
多型性解析 第2細胞質ドメイン(いわゆるC2ドメイン)のイントロン部分において数個のポリモルフィズムが認められたが(TT/TA/AA)、現在の所これが人種差によるものなのか、何らかの疾患と関係するものかは不明である。発現頻度では266人中、162、92、12人であった。また、アミノ酸位508番において、グリシンからアラニンへの遺伝子変異が存在する可能性が示された。同部位は酵素活性ドメインに相当するため、変異株における酵素活性変化も推定される。今後、他部位を含めて詳細を検討していく。
遺伝子操作動物の作成 ホモロガスリコンビネーションを用いて5型アデニル酸シクラーゼを欠損させた動物モデルを作成した。同モデルにおいては心臓の他のサブタイプによる代償は見られず、純然としたアデニル酸シクラーゼ欠損がえられた。心機能低下はみられないものの、副交感神経刺激が現弱している可能性が考えられた。
結論
我々の研究と既存のデータベース活用により、さまざまな遺伝子情報と生化学的な手法による解析結果が統合されつつある。自律神経関連遺伝子としてもっとも重要な位置をしめるcAMP産生酵素であるアデニル酸シクラーゼのなかでも心臓に優位な発現を示す6型の遺伝子構造が決定された。さらにその発現を定量するための手段であるウエスタンブロットの手法が確立された。このことは、SNPなどの変異が発見された個体において、蛋白レベルでの発現量を検討することができることを意味する。したがって、両者の同定は今後の研究に大きな影響を及ぼすと思われる。
さらにわれわれの研究によって、少なくともひとつ以上のSNPが6型アデニル酸シクラ-ゼ遺伝子に存在することがわかった。TT/TA/AA分類のうち,AA型は4。5%において見られるのみであり、今後この変異と疾患の発現頻度との関連を検討していく予定である。我々の当初の予定では、心機能のと関連が持っとも疑われるため、心筋症などの先天性心不全疾患との関連を中心に検討していく予定である。
さらに我々は、遺伝子操作動物の検討により、心臓におけるアデニル酸シクラーゼの型発現が、自律神経調節に重要な役割を果たしている可能性を発見した。この発見は、ゲノム分析において、アデニル酸シクラーゼの変異がどのような自律神経調節異常をおこすかを予測する上でも重要な発見であると考えられる。

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研究報告書(紙媒体)

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