乳癌に対する癌化学療法の有効性と安全性を高めるための耐性遺伝子治療の臨床研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100435A
報告書区分
総括
研究課題名
乳癌に対する癌化学療法の有効性と安全性を高めるための耐性遺伝子治療の臨床研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
相羽 恵介(財団法人癌研究会・癌化学療法センター)
研究分担者(所属機関)
  • 杉本芳一(財団法人癌研究会・癌化学療法センター)
  • 堀越昇(財団法人癌研究会・癌化学療法センター)
  • 高橋俊二(財団法人癌研究会・癌化学療法センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究事業(ヒトゲノム分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
1)癌患者の正常血液細胞に抗癌剤耐性遺伝子を導入して抗癌剤耐性とし、抗癌剤による骨髄抑制を軽減させる耐性遺伝子治療法の研究開発を行う。患者より採取したCD34陽性細胞にヒト多剤耐性遺伝子MDR1をHaMDRレトロウイルスを用いて導入し、これを患者に戻し移植する。抗癌剤に耐性な血液細胞が機能すれば、その後の化学療法施行に付随する骨髄抑制が軽減されると期待され、患者のQOLの向上と抗癌剤投与可能量の増大による治療効果の改善が期待される。2)MDR1遺伝子導入CD34陽性細胞をex vivoで分化増殖させるに有効なstroma cellを作成・樹立する。3)非ホジキンリンパ腫(NHL)に対して本治療を適用する為の基礎研究を行う。患者末梢血細胞からCD34陽性細胞の精製を行い、微小残存病変(minimal residual diseases、MRD)の除去の効率、更にMDR1遺伝子を導入したCD34陽性細胞にMRDが残存するか否かを検討する。
研究方法
化学療法が有効であった再発・進行乳癌症例の内、インフォームド・コンセントが得られた症例に対し、cyclophosphamide(CPM)にG-CSFを併用して末梢血単核細胞を連日3日間採取する。採取した末梢血単核球の約1/3量からCD34陽性細胞を分離濃縮する。これを標的として、HaMDRレトロウイルスを用いて遺伝子導入を行う。残りの約2/3量と共に遺伝子導入細胞は使用時まで凍結保存しておく。これを2~3コース施行する。その後CPM、thiotepa、carboplatinより成る大量化学療法を施行し、凍結保存しておいたMDR1遺伝子導入CD34陽性細胞を未処理の末梢血単核細胞と共に移植する。骨髄が再構築した後に、docetaxel(DOC)の投与を行う。この間、経時的に血液細胞でのMDR1遺伝子の組み込みと発現をPCR及びFACSを用いて検討する。ヒト骨髄細胞由来のstroma cellにテロメラーゼ遺伝子(hTERT)をレトロウイルスを用いて導入し、テロメラーゼ活性をもつstroma cellのmixed populationを作成し、CD34陽性細胞のex vivo増幅と遺伝子導入に対する効果を検討する。NHL患者末梢血細胞からCD34陽性細胞の精製を行い、精製前の末梢血単核細胞及び精製後のCD34陽性細胞を用い、CD34精製の効率(陽性率、回収率)をFACS、コロニーアッセイで解析すると共に、微小残存病変(minimal residual diseases、MRD)の検討を行う。更にCD34陽性細胞へのMDR1遺伝子導入を行い、その効率、効果及び遺伝子導入細胞におけるMRDの有無、増殖可能性を検討する。
結果と考察
MDR1遺伝子治療臨床研究の症例1は、再発進行乳癌症例で多発性肺転移がみられた。寛解導入療法3コースにてPR、7コース終了後、病変は80%縮小した。引き続き末梢血幹細胞採取とMDR1遺伝子導入を施行した。採取分離濃縮されたCD34陽性細胞を標的としてMDR1遺伝子導入を施行した。大量化学療法施行の後、遺伝子導入の為に培養されたCD34陽性細胞を1億2000万個、未処理のCD34陽性細胞2億1000万個を移植した。移植されたP-糖蛋白陽性細胞は2200万個で、これは患者に戻したCD34陽性細胞の7%に相当した。移植後7日目より患者末梢血中にP-糖蛋白陽性細胞がFACSで検出され、移植後7日目から15日目にかけて、末梢白血球の3%から5%がP-糖蛋白陽性であった。その後の2ヶ月間で患者末梢血中のP-糖蛋白陽性細胞の割合は約1%に低下した。大量化学療法によって肺病変は更に軽快(near CR) するも依然わずかながら残存病変が認められた為、DOCによる後療法を慎重に開始した。5コース後、肺病変はCRと判断された。その後、
10コースまで施行した。この間、患者末梢血中のP-糖蛋白陽性細胞はDOC投与に伴い一過性の上昇を繰り返した。DOC投与2週後には患者末梢血中のP-糖蛋白陽性細胞の割合は低下するが、4コース目からはその割合が最低でも3%を下回ることがなくなり、P-糖蛋白陽性細胞の造血細胞レベルでの増幅が推察された。また、一時的ではあるがP-糖蛋白陽性細胞が10%を越える事もあった。DOCによる骨髄抑制が漸時増悪するという所見は認められなかったことから、本治療の一定の効果が示唆された。本研究は、MDR1遺伝子治療を受けた患者の末梢白血球におけるP-糖蛋白の発現をFACSにより直接検出した世界で最初の研究である。本研究で、DOC投与後にP-糖蛋白陽性細胞が一過性に増幅されるという現象が初めて示された。症例2は、鎖上リンパ節、内胸リンパ節の再発乳癌症例であり、寛解導入化学療法6コースにて鎖上リンパ節はCR、内胸リンパ節はPRと判定された。その後、DOC、tomoxifen、放射線治療等によりいずれもCRと評価された。インフォームド・コンセントを取得後、CD34陽性細胞を標的としてMDR1遺伝子導入を施行した。大量化学療法施行の後、未処理のCD34陽性細胞1億1000万個、遺伝子導入の為に培養されたCD34細胞3700万個を移植した。移植されたP-糖蛋白陽性細胞は540万個で、これは戻したCD34陽性細胞の3.6%に相当した。移植後5日目から14日目にかけて、末梢白血球の約3%の細胞がP-糖蛋白陽性を示し、移植したMDR1遺伝子導入細胞の生着が確認された。これまでのところ、2例の患者で遺伝子導入細胞の移植によると考えられる有害反応はない。大量化学療法が安全かつ有効に施行されており、共に2症例において病変の軽快傾向が認められた。以上より、本研究の安全性と臨床的有用性を示す結果が得られつつあると考えている。
MDR1遺伝子導入CD34陽性細胞をex vivoで分化増殖させる目的で、ヒト骨髄細胞由来のstroma cellにテロメラーゼ遺伝子(hTERT)をレトロウイルスを用いて導入し、テロメラーゼ活性をもつstroma cellのmixed populationを作成した。このfeeder cell上でヒトCD34陽性細胞の培養を行ったところ、CD34陽性細胞は3週間の培養で約50倍に増幅された。このhTERT遺伝子導入stroma cell lineは正常細胞でありながら長期間分裂増殖が可能であり、CD34陽性細胞の増殖と分化を支持する条件の解析に有用であると考えた。
NHLのMRDの測定については、リンパ腫細胞の検体を用いてJH/bcl-2 rearrangement、 JH/bcl-1 rearrangementのnested PCRによるMRD検出についてはほぼ確立した。平成13年に本研究のプロトコールが財団法人癌研究会附属病院倫理審査委員会において承認され、現在1例が末梢血幹細胞採取 - CD34陽性細胞精製 - MRDの検討まで完了している。幹細胞採取にてtotal cell 3.82×1010 cells(CD34陽性細胞9.86×108 cells)からCD34カラムを用いた精製によって採取した細胞は3.43×108 cells、CD34陽性率は93.9%であった。MRDはFISHによっては検出できず、PCR で検討中である。
結論
本年度は2症例に対し大量化学療法と遺伝子導入細胞の移植が施行された。内1例はDOCによる後療法が施行され、CRが得られた事より、当該プロトコールの有用性が示された。また一連の治療スケジュール実施に伴う副作用等でも重篤なものは認められず、安全に施行し得た。移植されたMDR1遺伝子導入細胞は患者骨髄に生着し、約1年間にわたって遺伝子導入細胞が検出された。患者にDOC治療を行う事により、P-糖蛋白陽性細胞の割合は有意に増加した。遺伝子導入細胞の移植に起因すると推定される副作用はみられなかった。以上より、本研究は安全かつ着実に遂行されている。悪性リンパ腫を対象とした研究も、本年度から臨床研究(遺伝子導入細胞を患者に戻さない)を開始し、平成14年2月までに1症例が登録され現在研究が進行中である。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-