文献情報
文献番号
200100433A
報告書区分
総括
研究課題名
難治固形癌に対する局所的ベクター投与による遺伝子治療の基礎的・臨床的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
田中 紀章(岡山大学大学院医歯学総合研究科・腫瘍制御学講座)
研究分担者(所属機関)
- 衛藤義勝(慈恵会医科大学・DNA医学研究所・遺伝子治療部門)
- 加藤治文(東京医科大学・外科学第一講座)
- 貫和敏博(東北大学・加齢医学研究所)
- 公文裕己(岡山大学大学院医歯学総合研究科・泌尿器病態学講座)
- 吉村邦彦(慈恵会医科大学・DNA医学研究所・遺伝子治療部門)
- 中村治彦(東京医科大学・外科学第一講座)
- 西條康夫(東北大学医学部・附属病院)
- 那須保友(岡山大学医学部・附属病院)
- 藤原俊義(岡山大学医学部・附属病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究事業(ヒトゲノム分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
50,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
本研究の目的は、切除不能な非小細胞肺癌症例における正常なp53遺伝子発現アデノウイルスベクターの腫瘍内局所投与とDNA障害性抗癌剤シスプラチンの全身投与、および切除不能な局所進行前立腺癌症例におけるHSV-tK遺伝子発現アデノウイルスベクターの腫瘍内局所投与とガンシクロビルの全身投与の安全性と治療効果を検討することである。臨床的には腫瘍縮小などの局所効果が期待され、閉塞性肺炎の改善や排尿困難の軽減、疼痛の緩解などのQOL (quality of life)の向上も認められる可能性がある。さらに、これらの臨床研究の効果を期待する上での根拠となる基礎研究を進めることで、難治固形癌の代表である非小細胞肺癌、前立腺癌の標準的治療の確立に寄与し、新しい治療戦略を開発する上でのbreakthroughとなる可能性がある。
研究方法
1)p53により誘導されるアポトーシスの分子レベルでのメカニズムを解析し、より効果的なアポトーシス誘導の可能性を検討する。また、p53遺伝子導入により抗癌剤感受性が増強する作用機構を検討する。さらに、p53を蛋白質レベルで安定化させる作用を有するp14ARF遺伝子発現アデノウイルスベクターとの併用効果をin vitroおよびin vivoで検討し、p53遺伝子導入のの抗腫瘍効果を選択的に増強するstrategyを確立する。マウスを用いた胸膜播種モデルを作成し、進行肺癌において重要な進展形式である胸膜播種の治療戦略を検討する。2)岡山大学医学部附属病院を中心に、慈恵会医科大学、東京医科大学、東北大学加齢医学研究所の4施設の共同研究として「非小細胞肺癌に対する正常型p53遺伝子発現アデノウイルスベクター及びシスプラチンを用いた遺伝子治療臨床研究」を進める。被験者は切除不能の非小細胞肺癌患者で、気管支鏡下に、あるいはコンピューティッド・トモグラフィー(CT)ガイド下穿刺により腫瘍にベクター液を注入する。ベクター単独投与を行う第1群とベクターとシスプラチンを併用する第2群を設定し、合計で18症例に試みる。各レベル、各群で安全性および治療効果を観察し、また治療前後の生検組織から抽出したRNAからRT-PCR解析を行い、導入されたp53遺伝子発現を検討する。さらに、治療前後の血中抗アデノウイルス中和抗体価および抗p53抗体価を測定し、ベクターの免疫原性について考察する。岡山大学医学部附属病院 泌尿器病態学講座を中心に「前立腺癌に対するHerpes Simplex Virus-thymidine kinase遺伝子発現アデノウイルスベクター及びガンシクロビルを用いた遺伝子治療臨床研究」を進める。HSV-tK遺伝子発現アデノウイルスベクター(初期量109 PFU)を経直腸的エコーガイド下に進行前立腺癌組織内に注入し、その24時間後から抗ウイルス薬であるガンシクロビル5 mg/kgを2回/日、14日間全身投与する。安全性、臨床的効果を観察するとともに、治療後の生検組織を用いてHSV-tK遺伝子発現を検討する。ベクター量は10倍ずつ増量して1011 PFUまで検討し、目標症例数は15例とする。
(倫理面への配慮)
被験者へのインフォームドコンセントのために作成した文書は新GCPに乗っ取って作成されており、治療遺伝子やベクターに関しても図を多用してできるだけ平易な言葉で説明している。本研究の「実施計画書」および「説明と同意書」は、各施設の遺伝子治療臨床研究審査委員会で承認されており、また厚生省先端医療技術評価部会および文部省遺伝子治療臨床研究専門委員会で倫理的妥当性について了承されている。
(倫理面への配慮)
被験者へのインフォームドコンセントのために作成した文書は新GCPに乗っ取って作成されており、治療遺伝子やベクターに関しても図を多用してできるだけ平易な言葉で説明している。本研究の「実施計画書」および「説明と同意書」は、各施設の遺伝子治療臨床研究審査委員会で承認されており、また厚生省先端医療技術評価部会および文部省遺伝子治療臨床研究専門委員会で倫理的妥当性について了承されている。
結果と考察
1)ヒト大腸癌細胞株にp53遺伝子を過剰発現させるとアポトーシスが生じる。その過程で、アポトーシス抑制因子であるFLIPのmRNA発現は変化しないにもかかわらず、ユビキチン-プロテアソーム経路が活性化することで蛋白質レベルでは減弱することを明らかにした。また、ヒト大腸癌細胞にp53遺伝子導入を行うと、早期からcyclin D1蛋白質レベルが上昇した。p53遺伝子導入と抗癌剤を併用するとcyclin D1発現は増強し、これはp53による抗癌剤感受性増強の作用機構の一部と考えられた。2)p53により発現が増強する癌遺伝子であるMDM2は、ユビキチン-プロテオソーム経路のE3リガーゼとしてp53の急速な分解を促進する。最近、ARF(alternating reading frame; ヒトp14ARF、マウス p19ARF)がMDM2に結合することでそのE3リガーゼ活性を抑制しp53タンパク質を安定化することが明らかになった。p14ARF遺伝子発現アデノウイルスベクター(Ad-ARF)と低容量のAd5CMV-p53を共感染させることで、Ad-ARF濃度に依存性にp53の発現増強が認められた。ヌードマウスに移植したヒト肺癌腫瘍に低容量のAd5CMV-p53とAd-ARFを同時に腫瘍内投与することで、高容量のAd5CMV-p53単独投与を凌駕する抗腫瘍活性が観察された。3)ヘパラナーゼは癌細胞の流出、着床、浸潤過程において重要な役割を果たしていると考えられている。ヘパラナーゼ遺伝子のmRNAに相補的なアンチセンス配列のDNAをベクターに組み込み標的癌細胞に導入することで、転写されたRNAを標的RNAと結合させ、ヘパラナーゼ遺伝子発現を塩基配列特異的に阻害した。胸膜播種モデルにおいて、Ad-AS/hepベクターを連続3日間胸腔内投与することで播種巣の形成が抑制され、明らかな抗腫瘍活性が認められた。4)「非小細胞肺癌に対する正常型p53遺伝子発現アデノウイルスベクター及びシスプラチン(CDDP)を用いた遺伝子治療臨床研究」:平成14年3月の時点で12例の症例に対してp53遺伝子導入単独あるいはシスプラチン併用で治療が行われた(岡山大学8例、東京医大2例、東北大学、慈恵会医大、各1例)。(i)安全性:高い確率をもって発症する重篤な副作用は認められておらず、ベクター投与の当日あるいは翌日にに一過性の38℃台の発熱はみられているが、いずれも自然と軽快している。本治療は比較的安全に施行可能であると考えられる。(ii)生体内分布: Ad5CMV-p53投与前後の生検サンプルの解析では、48時間後に採取した組織のDNA-PCRにより42回の投与のうち37回でベクターが確認されており、ほとんどのケースで確実にベクターが標的部位にdeliverされていることが証明された。また、同サンプルのRT-PCRにより42回中34回でp53 mRNA発現が認められ、高率にp53遺伝子発現が誘導されていることが明らかになった。さらに、血中抗アデノウイルス中和抗体価は、全例で初回投与後に上昇していた。すなわち、抗体価の上昇にもかかわらずp53遺伝子発現は持続的に保たれており、局所投与の場合には全身循環する血中中和抗体は導入遺伝子発現に顕著な影響をおよぼさないと推測された。また、血中抗p53抗体価は1例で比較的継続的に上昇がみられたが、7例では有意な変化は認められなかった。(iii)臨床効果:初期量(109 PFU)のAd5CMV-p53を投与した6例の臨床効果は、PR (partial response) 1例、SD (stable disease) 4例、PD (progressive disease) 1例であり、1例のPR症例と2例のSD症例、計3例では、呼吸機能の改善、血痰の消失、肺活量の増加と咳症状の軽快などのQOL (quality of life)の改善や腫瘍マーカーの低下などの臨床的有用性が確認された。5)「前立腺癌に対するHerpes Simplex Virus-thymidine kinase遺伝子発現アデノウイルスベクター及
びガンシクロビルを用いた遺伝子治療臨床研究」:平成13年3月27日に第1例目の症例への投与が施行され、現在までに計3症例の治療が終了している。ベクターは経直腸的エコーガイド下に前立腺内に直接投与され、その後抗ウイルス薬であるガンシクロビルの全身投与が行われた。現在までのところ、重篤な有害事象は特に認められていない。治療後の前立腺生検組織ではHSV-tK遺伝子が確認されており、確実にベクター投与が施行されていることが証明された。腫瘍マーカーPSAの変化に関しては、第1例目では顕著な低下はみられなかったが、上昇が一時的に鈍化した。
びガンシクロビルを用いた遺伝子治療臨床研究」:平成13年3月27日に第1例目の症例への投与が施行され、現在までに計3症例の治療が終了している。ベクターは経直腸的エコーガイド下に前立腺内に直接投与され、その後抗ウイルス薬であるガンシクロビルの全身投与が行われた。現在までのところ、重篤な有害事象は特に認められていない。治療後の前立腺生検組織ではHSV-tK遺伝子が確認されており、確実にベクター投与が施行されていることが証明された。腫瘍マーカーPSAの変化に関しては、第1例目では顕著な低下はみられなかったが、上昇が一時的に鈍化した。
結論
アデノウイルスベクターを用いた局所的な遺伝子治療は比較的安全に施行可能であり、遺伝子導入およびその発現が確認され、また抗腫瘍効果が観察された。
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