治療用外来遺伝子の生体内発現制御に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100431A
報告書区分
総括
研究課題名
治療用外来遺伝子の生体内発現制御に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
落谷 孝広(国立がんセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 吉田輝彦(国立がんセンター研究所)
  • 濱田洋文(札幌医科大学医学部)
  • 片岡一則(東京大学大学院)
  • 鐘ヶ江裕美(東京大学医科学研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究事業(ヒトゲノム分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
50,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
治療用外来遺伝子を生体に導入する場合、重要となる要素はその導入効率、特異性、生体内制御の3点である。本研究に於いては、特に遺伝子治療用ベクターが生体内で最大限の治療効果を発揮できるよう、生体内への投与方法、発現量や発現期間の制御の方策、標的への確実なデリバリーなどをさらに改良・工夫し、生体にとって有効かつ副作用の少ない安全な方法を樹立することが目的である。
研究方法
本研究目的を達成するためのアプローチとして、生体親和性の高いバイオマテリアルを用いることにより、治療用外来遺伝子を体全体あるいは特定の作用部位へコントロールされたパターンに従って送り続け、あるいは任意の時期にそれを終了させうる画期的な技術開発を目指す。本研究組織においては、この新しい技術を中心に、生体内での遺伝子発現制御と安全性を向上させるための遺伝子の多段階発現制御系の開発と治療用ベクターへの応用、キャプシド型アデノウイルスベクターによる部位特異的な遺伝子導入、生体内デリバリーを主眼とした新たな非ウイルスベクターの分子設計などの技術開発を試み、治療用外来遺伝子の体内動態を制御しうる研究に焦点を絞る。 
本研究では、研究用の細胞のみの扱いであり、ヒト受精卵などを対象とせず、倫理上の問題はない。実験動物の扱いは全て実験動物取扱い倫理規定に基づいて行われた。
結果と考察
研究結果および考察
1)治療終了時、あるいは副作用の発生時にすぐさま遺伝子治療をOFFに制御する目的のために、アテロコラーゲンと合成化合物シリコンからなるハイブリッドを素材とする体内インプラントを設計し、体内に埋め込んだインプラントを簡単な施術により除去することで、任意の時期に導入した遺伝子ベクターの発現を中止できる安全装置を備えたシステムを開発した。今年度は特に、シリコン製剤からのDNAの放出性のコントロールについての詳細な検討を行った。アテロコラーゲンとDNAとの複合体に、糖類の一種であるショ糖やマンニトールを添加することでシリコーン製剤からのDNAの放出速度をある程度自由に制御することが可能であることが判明した。さらに、生体内でのシリコーン製剤の有用性を確認するために行ったIL-2放出実験では、ELISA法によって検出可能なレベルの遺伝子発現が、生体内で起きていた。
2)新しい発現制御系である出芽酵母由来の部位特異的組換え酵素 FLP/FRT系の検討を行ったところ、組換えアデノウイルスを用いればFLP/FRT系においても発現のON/OFF制御が可能であった。Cre/loxP系との組み合わせによる多段階の遺伝子発現制御系の可能性を示す結果であり、アデノウイルスベクターだけでなくあらゆる遺伝子治療において、目的遺伝子の発現をONとした後過剰発現による毒性が認められた場合に発現をOFFへと制御する安全性向上への応用が考えられる方法である。今年度は複数遺伝子同時発現制御用プラスミドを組み込んだ細胞株を複数樹立し、発現、DNA解析から組み換えの精度、効率を検討し、本系の有用性を確認した。
3)メラノーマ患者の臨床治療研究に実際に適用することができるようなベクターを開発するための前臨床研究を行っている。
実験動物治療モデルを用いて、in vivo での有効性、副作用の有無などを検討した。実験動物治療モデルとしては、新規ベクターの遺伝子導入効率や発現量を見ることを目的とする場合は、主としてヒトのメラノーマ由来の腫瘍Hs695Tのヌードマウス移植系を用いた。一方、 GM-CSF/IL-4 などの樹細胞活性化と腫瘍拒絶抗原提示による免疫遺伝子治療実験では、マウスのメラノーマ細胞B16のマウス皮下移植系の治療モデルを用いて実験を進めた。
インテグリンをターゲットとするAdv-F/RGD ベクターによる初代培養ヒトメラノーマ細胞への遺伝子導入効率の検討: 悪性黒色腫、口腔癌、膀胱癌などでは、Advの受容体CARの発現がきわめて低く、従来型のベクターでは遺伝子導入効率が非常に低い。これに対し、インテグリンを標的としたRGD モチーフをファイバーに含むF/RGD 変異型ウイルスを用いると、F/wtに比較して数十倍高い遺伝子導入効率が得られることがわかり、悪性黒色腫、口腔癌、膀胱癌などに対する臨床応用が有望となった。初代培養メラノーマ細胞への遺伝子導入効率に関しても、Adv-F/RGD変異型を用いることによって、50倍程度増強し、臨床的にも実施可能なウイルスの量で100%の細胞に遺伝子導入を行うことができるようになった。 
Adv-F/RGD ベクターによる動物治療モデル実験: ヒトIL-2を発現するアデノウイルスを用いてヒトのメラノーマ由来の腫瘍Hs695Tのヌードマウス移植系の治療実験を行ったところ、Adv-F/RGD ベクターを用いることによって、野生型ファイバーを用いる場合に比べ、10倍以上も高い局所でのIL-2の発現と著明な腫瘍縮小効果が得られた。
4)内核に遺伝子を安定に内包した非ウイルスベクターであるコアーシェル型ミセルベクターを構築するための方法論を確立し、また、培養細胞系における高い遺伝子発現効率を確認した。今年度は蛍光標識プラスミドDNAからの蛍光エネルギー移動を測定することによって、血清共存下においてもミセル内包DNAが凝縮した安定な形態を維持し、血中におけるDNAの安定化を実現する成果を得た。
5)血管新生部位を標的にした遺伝子治療を目的とし、12,000遺伝子のマイクロアレイを用いて血管内皮前駆細胞(EPC)の遺伝子発現プロファイルを、分化した内皮細胞3種類と比較した結果、EPCは内皮細胞と造血系の中間の性格を示すことが明かとなり、複数の候補遺伝子をリストアップした。 
以上、初年度と今年度の成果により、生体親和性材料であるアテロコラーゲン分子の生体内導入と、シリコーン製剤による取り出し可能なデバイスの作成、それに生体内における遺伝子の徐放化の制御をほぼ完成した。Cre/loxにかわる新しい遺伝子発現制御となるFLP/FRT系の開発に於いては、組み換えアデノウイルスと併用することで、Creと同様の発現の制御が可能であることや、複数遺伝子の同時発現制御の可能性を示した。また、標的導入に関しては、難治性のメラノーマに対する効果的な遺伝子治療法の開発とその臨床応用への一歩として、NG2を標的化することに成功した。さらに新生血管を標的にする遺伝子治療へ向けて、新生血管の標的分子の検索に至るなど、生体内遺伝子発現制御へ向けての課題をクリアーしつつあり、これらの系の動物モデルでの実証的検討に一歩近付いた。
結論
外来遺伝子発現を生体内で制御する独創的な方針がいくつか明らかになってきた。最終年度は、これらの方法論のさらなる確立と、in vivoモデルを用いた有用性の評価を中心に検討を重ね、実際の遺伝子治療への応用に向けて基礎を固める。さらに、各方法論における安全性の検討にも重点をおいた研究を進める。

公開日・更新日

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