新規遺伝子導入技術を用いた難治性循環器疾患遺伝子治療の臨床研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100429A
報告書区分
総括
研究課題名
新規遺伝子導入技術を用いた難治性循環器疾患遺伝子治療の臨床研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
金田 安史(大阪大学医学系研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 荻原俊男(大阪大学医学系研究科)
  • 森下竜一(大阪大学医学系研究科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究事業(ヒトゲノム分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
70,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
遺伝子治療の対象疾患は、癌、エイズ、先天性疾患などから、生活習慣病へと拡大され、患者の救命、延命に貢献するだけでなくQOL向上も視野に入れて推進する動きが活発になっている。末梢の動脈硬化性病変や心筋梗塞さらには心筋症、血管再狭窄の遺伝子治療の有効性をラットやブタのモデルを用いて証明し、安全性についても検討を重ね、独自の臨床研究プロトコールを提出すること。1日も早くそれらの臨床研究を施行することにより、遺伝子治療を医療として根付かせる為の土台づくりを行う。一方、遺伝子導入法については閉塞性動脈硬化症のヒト遺伝子治療では安全性の観点からNaked plasmid DNAの投与が行われてきた。しかしDNA投与量あたりの有効性は低く大量投与が必要である。遺伝子導入の増強法や安全でさらに高効率遺伝子導入ベクターの開発を行い、その遺伝子治療の可能性を様々なモデル動物で検討すると共に、臨床応用を行うためのベクター生産、安全性の検討を行う。さらに導入遺伝子発現の長期化についても検討する。
研究方法
1)臨床研究として Naked HGF遺伝子導入によるASO及びバージャー病のヒト遺伝子治療臨床研究をプロトコールに則して施行し、特に安全性について詳細に経過観察を行う。また有効性についても臨床症状の他に下肢血圧や血管造影により評価した。
2)HGF遺伝子やNFkBおとり型核酸の導入による循環器疾患の治療法を様々な動物モデルを用いて開発した。
3)導入法についてはリポソームを用いずに不活性化HVJにDNAや合成核酸を封入する技術を開発し、HVJエンベロープベクターの開発に成功した。このベクターを血管内注入、直接注入などの方法により様々な臓器に導入し、その発現部位、発現量、発現期間を評価する。次に様々な病態モデルに、それぞれの治療用遺伝子(脳梗塞に対してHGF, 肺高血圧症にプロスタサイクリン合成酵素など)を導入し、その治療効果を評価する。また表面電荷を様々に変えることにより導入に適する臓器が変わる可能性があるので、様々な濃度の硫酸プロタミンなどのポリカチオンと混合することにより導入に至適な臓器を決定し、組織内高効率導入の可能性を検討した。
4)造影剤であるオプチゾンとNaked DNAをラット骨格筋内に注入後、超音波処理によりNaked DNA単独の遺伝子発現増強を試みた。
5)長期遺伝子発現のために最近トランスポゾンとトランスポゼースの共導入により骨格筋で安定な遺伝子発現の維持を試みた。
倫理面への配慮
臨床研究に臨まれる患者の方への対応については遺伝子治療申請書に記載したように十分なインフォームドコンセントをとって行った。特にHGF遺伝子導入によるRisk-Benefitについて十分な説明を行った。動物実験については大阪大学医学系研究科で定める動物実験のガイドラインを遵守する。サルについては筑波霊長類センターなど使用施設で決められたガイドラインにそって実験を行い、極力苦痛の除去、軽減をはかった。
結果と考察
遺伝子治療臨床研究については肝細胞増殖因子(HGF)のNaked plasmid DNAによる閉塞性動脈硬化症(ASO)(3例)及びバージャー病(3例)の遺伝子治療臨床研究を平成13年6月より6例の対象患者に対して行い、平成13年12月末の評価委員会において、約3カ月の時点での安全性と有効性が認められた。すなわち自覚症状(疼痛)の軽減(5例/6例)、下肢血圧の上昇(6/6)、壊死性潰瘍の改善(6/6)、血管造影上の陽性所見(6/6)、一方、VEGF遺伝子治療で報告されたような浮腫は全くおこらなかった。ちなみに末梢血中のHGF濃度は全く有意には上昇しなかった。これはHGFで懸念されている他臓器に及ぼす影響(必要以上の細胞の遊走、癌化など)を最小限に抑制できることとして評価できる所見ではあるが、実際に導入した遺伝子の有効性についてはプラセボをおいていないために断言はできない。状況証拠からの推察から有効性を認めている訳である。今後はより軽症の16例に施行し、さらに多施設での治験を行う予定であるが、このときに二重盲検テストが必要であろう。
またHGF遺伝子導入による心筋梗塞の遺伝子治療臨床研究は大阪大学の倫理委員会において検討中であり、NFkB デコイ核酸による血管再狭窄の臨床研究は倫理委員会で施行が認められた。
HGFはこのほかに、心筋症の治療、虚血脳における神経細胞死の抑制にも有効であることがわかった。またPGIS(プロスタサイクリン合成酵素)遺伝子を大腿動脈を結紮して虚血にしたASOモデルラットの筋肉内に注入すると、血管数が有意に増加し、HGF遺伝子と併用すると相乗効果が認められた。このメカニズムについてはまだ明らかではないが、プロスタサイクリンの血管拡張作用により局所の血流が増加し、赤血球の密度が増えると血管新生が増強されるのではないかと推測している。いずれにしても将来の遺伝子治療にはこのような併用投与が好ましいのではないかと考えられる。プロスタサイクリン合成酵素遺伝子はモノクロタリン誘発による肺高血圧ラットにおいて、HVJ-liposomeによる気管内投与によって肺動脈圧を下げ、生存率を増すことが明らかになった。NFkBとEtsの2つを同時にトラップできるデコイ核酸を作成し、これをラットのエラスターゼ誘発の動脈瘤モデルにおいて、動脈外壁から投与すると動脈瘤の抑制効果があることがわかり、これも臨床応用可能と判断している。
一方、遺伝子導入ベクターについては、非ウイルスベクターにウイルスコンポーネントを賦与して導入活性を増強するアプローチの研究を続け、HVJ-liposome法を完成させたが、最近さらにHVJエンベロープベクターを開発した。このベクターはHVJ(Sendai virus)のゲノムRNAを完全に不活性化した後に除去して、空のエンベロープ粒子の内部に低分子化合物や生体高分子(遺伝子や核酸)などを封入して培養細胞や生体臓器への画期的な分子送達系として活用するものである。リポソームは必要ない。HVJエンベロープベクターはHVJ-liposomeより約50倍強い融合能を保持し、また作成も10分(HVJ-liposomeでは約5時間)で終了する。HVJエンベロープベクターにより、脳、肺、肝、筋肉、網膜、関節腔、子宮、皮膚、腫瘍塊などの生体組織に遺伝子導入できる至適条件を確立した。また連続投与も可能であり、毒性も低く、革新的な遺伝子治療ベクターとなる事が明らかになった。さらに合成核酸の生体組織への導入も極めて高効率であり、DDSとしても機能することが判明した。このベクターによりラット脳内にHGF遺伝子を導入した。大槽内投与すると小脳の顆粒層、大脳皮質内、脈絡叢への遺伝子導入がみられ、HGFが脊髄液内に約2週間以上分泌された。ラットの脳梗塞モデルを作成し、HVJエンベロープベクターでHGF遺伝子導入すると、明らかに有意な梗塞巣の縮小が認められた。このベクターのサルでの安全性が現在確認されているところであり(急性毒性がないこと、感染性の喪失は確認済み)、さらに大量生産の準備が整い、10リットルのパイロットプラントが完成された。またNaked plasmid DNAは骨格筋では導入可能であるが、その効率を上昇させるために超音波と造影剤を併用する方法を試みた。その至適条件を決定したところ、超音波・造影剤法では50-100倍の遺伝子発現の上昇が可能になった。これは超音波で造影剤のmicrobubbleがはじけたときのエネルギーで瞬間的に細胞膜に孔があき、遺伝子が導入されることが電子顕微鏡を用いた観察から明らかになった。全ての臓器に応用できる方法ではないが、骨格筋には安全面からも推奨できるであろう。導入遺伝子の長期遺伝子発現系として最近魚類のトランスポゾンとトランスポゼース(Sleeping beauty; Dr. Hackettより提供)の組み合わせの生体組織での効果を検討した。HVJエンベロープベクターでは2つのプラスミド(トランスポゾンをもつプラスミドとトランスポゼース発現プラスミド)を同時封入して1つの細胞に導入できるので、この方法により骨格筋で6ヶ月以上の長期遺伝子発現維持に成功した。
結論
難治性循環器疾患のうち閉塞性動脈硬化症及びバージャー病に対するNaked HGF plasmid DNAの注入による遺伝子治療臨床研究が6例の患者に行われ、終了3ヶ月の時点での安全性と有効性が評価されつつある。心筋梗塞や脳梗塞遺伝子治療の可能性についても臨床応用の準備が進むとともに、次世代のターゲット、導入技術の開発にも成功した。特に新たな非ウイルスベクターとして開発されたHVJエンベロープベクターは安全で高効率の遺伝子導入やドラッグデリバリーシステムとして働く可能性が高く、その生産についてもめどがたてられた。

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