次世代遺伝子治療薬の開発基盤研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100428A
報告書区分
総括
研究課題名
次世代遺伝子治療薬の開発基盤研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
早川 堯夫(国立医薬品食品衛生研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 中川晋作(大阪大学大学院薬学研究科)
  • 中西真人(大阪大学微生物病研究所、産業技術総合研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究事業(ヒトゲノム分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
50,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、わが国における遺伝子治療の実用化と一層の進展に向けて、安全性が高く、機能面で優れた次世代遺伝子治療用ベクターの開発、及び関連する遺伝子導入・発現技術に関する基盤研究を行うことを目的とする。既存のベクターでは最も遺伝子導入効率が良いとされるアデノウイルス(Ad)ベクターの長所(高効率、高タイターのベクターの調製が可能など)を活かしつつ、①作製法の煩雑さ、②搭載できる遺伝子の数や大きさに関する制限、③標的細胞指向性の制限、④抗原性、⑤核内での安定性の欠如などの課題を克服し、新たな機能を付与した次世代Adベクターの開発基盤研究として、1)単一のベクター内に複数の外来遺伝子を搭載したAdベクター作製システムの開発、2)標的細胞指向性を制御できるAdベクターの開発と応用、3)低抗原性Adベクターの開発を目指す。また、わが国独自に開発が進められている膜融合リポソーム等の安全性が高く、細胞質内への遺伝子導入能に優れた非ウイルスベクターの遺伝子発現効率を飛躍的に上昇させるための基盤研究として、4)導入遺伝子を高効率で核内に送達するための技術開発、5)導入遺伝子を核内で安定化するための技術開発、6)細胞質で安定に遺伝情報を発現するRNAレプリコンの開発研究などを一層推進し、これらの成果を組み合わせたハイブリッドベクターとして、その活用を目指す。
研究方法
遺伝子発現調節能を有したAdベクターシステムの開発:AdゲノムのE3欠損領域にテトラサイクリンによる遺伝子発現制御系の転写活性化タンパク質tTAあるいはrtTAを、E1欠損領域にテトラサイクリン応答性プロモーターにより発現制御を受ける目的遺伝子を挿入したAdベクターを作製した。;標的細胞指向性を有したAdベクターの作製:Adゲノムのファイバータンパク質のHI loopをコードした領域にRGD配列をコードする遺伝子を組み込み、E1欠損領域に目的遺伝子を挿入したAdベクターを作製した。癌遺伝子治療実験はマウス(C57Bl6)の腹部皮内にB16メラノーマを移植し、腫瘍内にAd ベクターを投与した。; Gutless Adベクターの作製:E1欠損領域の目的遺伝子の下流にAdの3' ITR配列を挿入したAdベクターを作製した。これを293細胞に感染させ、分子内での相同組換えを利用してgutless Adベクターを得た。;組換えファージの作製:ファージ頭部へ呈示するペプチドを、ファージ頭部主要抗原のDタンパク質との融合タンパク質として大腸菌D1180株で発現させ、目的のペプチドを呈示したファージ粒子を回収した。;核移行能測定系:Digitoninで処理して細胞膜の障壁を取り除いたSemi-intact細胞にエールリッヒ腹水癌細胞の細胞質抽出液を加えた再構成系を構築した。;TRF1量の測定:抗TRF1抗体を用いたウエスタンブロッティングを行った。;細胞の分裂寿命:細胞数をCourter counterで測定して決定した。;組換えRNAレプリコンの作製:センダイウイルスゲノムRNAの両末端にオリゴDNAを共有結合させ、それに相補的なプライマーを使って逆転写反応とPCRを行い、得られたDNAフラグメントの塩基配列を解析した。
結果と考察
Ⅰ.次世代Adベクターの開発基盤研究:1)遺伝子発現調節能を有したAdベクターシステムの開発:我々が開発した単一のベクター内に複数の外来遺伝子を搭載できるシステムを用い、転写活性化タンパク質のtTAあるいはrtTAの発現単位をE3欠損領域に挿入し、テトラサイクリン応答性プロモーターに支配される目的遺伝子をE1欠損領域に挿入することで、単一のベクターでテトラサイクリン誘導体により遺伝子発現が低下(tet-off)あるいは上昇(tet-on)する機能を
有したAdベクターを作製した。その機能をin vitroおよびin vivoの両条件下で検討した結果、tet-offシステムを搭載したAdベクターが優れた発現制御能を示すことが明らかとなった。一方、tet-onシステムを搭載したベクターの発現誘導能は低く、改良が必要と考えられた。2)標的細胞指向性を制御できるAdベクターの開発と応用:Adのファイバータンパク質にαvインテグリンと親和性を示すRGD配列を有したAdベクターAdRGDを作製し、CARの発現がない種々の細胞に対しても従来型ベクターの10-1000倍高い遺伝子導入活性を示すことを明らかにした。さらに自殺遺伝子やサイトカイン遺伝子(TNF-α、IL12)を発現するAdRGDを用いることで、CAR陰性のマウスメラノーマに対して、従来型ベクターを用いた場合の約10-25倍の抗腫瘍効果が得られ、癌遺伝子治療に有用であることを示した。また、AdRGDで癌細胞にケモカインILCを発現させることにより、腫瘍内にT細胞やNK細胞を浸潤、集積させることができ、それに伴う強い抗腫瘍作用を誘導することに成功した。AdRGDを用いて効率良く抗原遺伝子を導入した樹状細胞を免疫することで、抗原特異的な免疫応答を誘導でき、癌免疫遺伝子治療に有用であることを示した。一方、CARとは結合できないAdベクターを開発し、ターゲッティング能を有したベクターの開発のための基礎を確立した。3)低抗原性Adベクターシステムの開発:分子内相同組換えにより全てのウイルス遺伝子を欠損させたgutless Adベクターを作製することに成功し、gutless Adベクター作製法を大幅に簡略化することができた。これによりAdベクターの最大の懸念事項であった抗原性の問題が克服できる可能性が開かれた。II.次世代非ウイルス(ハイブリッド)ベクターの開発基盤研究:4)導入遺伝子を高効率で核内に送達するための技術開発:非ウイルスベクター系において導入遺伝子を核内に送達するための技術開発として、digitoninで膜透過性を高めたsemi-intact細胞やDNAを蛍光標識したファージを用いることにより、DNAの核へのターゲティング活性を簡便に測定できる系を確立した。また、透過型電顕を用いて核移行シグナル・ディスプレイ・ファージが粒子の形状を保った状態で核膜孔を通過していることを確認することに成功した。5)導入遺伝子を核内で安定化するための技術開発:非ウイルスベクター系において導入遺伝子を核内で安定化させるための技術基盤として、ヒトテロメア配列結合因子の一つであるTRF1と染色体末端のテロメア配列(TTAGGG)nとの相互作用が染色体の安定性を決定しており、さらにそれが細胞の寿命の決定に関わっていることを明らかにした。6)細胞質で安定に遺伝情報を発現するRNAレプリコンの開発:細胞質で安定に遺伝情報を発現するRNAレプリコンの開発技術基盤として、天然に存在する持続感染型変異センダイウイルスのゲノム解析を行い、その3'末端と5'末端の塩基配列を決定した。
結論
次世代Adベクターの開発基盤研究として、1)単一のベクターで遺伝子発現調節機能(tet-offあるいはtet-onシステム)を有したAdベクターを開発し、tet-offシステムを搭載したAdベクターが優れた発現制御能を示すことを明らかにした。2)Ad受容体を持たない細胞にも遺伝子導入可能なファイバー改変AdベクターAdRGDを用い、癌遺伝子治療および癌免疫遺伝子治療における有用性を示すことに成功した。また、CARとは結合できないAdベクターを開発し、ターゲッティング能を有したベクターの開発のための基礎を確立した。3)全てのウイルス遺伝子を欠損させることにより安全面を高めたgutless Adベクターの作製に成功した。次世代非ウイルス(ハイブリッド)ベクターの開発に関する研究としては、4)導入遺伝子を高効率で核内に送達させるための基盤技術として、DNAの核へのターゲティング活性を簡便に測定する系を確立すると共に、透過型電顕を用いて核移行シグナル・ディスプレイ・ファージが粒子の形状を保った状態で核膜孔を通過していることを確認することに成功した。また、5)導入遺伝子を核内で安定化するための基盤技術として、染色体の末端にあるテロメア配列とこれに結合す
るタンパク質TRF1の相互作用が染色体の安定性と細胞寿命の決定に重要であることを明らかにした。さらに、6)細胞質での持続的な遺伝子発現系開発のための基盤研究として、天然に存在する持続感染型変異ウイルスのゲノム解析を行った。以上、次世代Adベクターおよび次世代非ウイルス(ハイブリッド)ベクターの開発研究を進め、わが国独自の独創的で安全性の高い次世代遺伝子治療薬の基盤技術の確立に向けた十分な成果を得た。

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