AAVベクターを用いた遺伝子治療法の基礎ならびに応用研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100427A
報告書区分
総括
研究課題名
AAVベクターを用いた遺伝子治療法の基礎ならびに応用研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
小澤 敬也(自治医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 中野今治(自治医科大学)
  • 一瀬 宏(藤田保健衛生大学総合医科学研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究事業(ヒトゲノム分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
60,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
非病原性のアデノ随伴ウイルス(AAV: adeno-associated virus)に由来するベクターを用いた遺伝子治療法に焦点を当て、その基礎から応用の可能性について研究した。最近、遺伝子治療用ベクターの副作用が問題になってきており、安全性の高いAAVベクターが改めて注目されている。但し、AAVベクターの本格的実用化には、高効率のベクター作製/精製法、遺伝子発現増強法等の開発が重要課題として残されている。本研究では、AAVベクター作製用パッケージング細胞株の開発を中心に、これらに関する基盤研究を推進した。応用研究としては、非分裂細胞への高効率遺伝子導入、長期遺伝子発現、別々のベクターによる数種類の遺伝子の同時導入といったAAVベクターの特徴を活かし、黒質線条体系ドーパミンニューロンの選択的変性を来す神経変性疾患のパーキンソン病に対する遺伝子治療法の開発研究を推進した。残存ドーパミンニューロンを活性化し、病態の進行を阻止するための新規治療用遺伝子の探索から、霊長類のサルを用いた前臨床研究まで、幅広く研究を行った。パーキンソン病に対する遺伝子治療のストラテジーとしては、ドーパミン生合成酵素遺伝子を用いる方法と、ドーパミン神経細胞の生存維持に関係する神経栄養因子遺伝子を用いる方法が代表的なものである。前者は対症療法の範疇に入るものであり、後者は疾患の進行を防ぐことを目的としたものである。また、AAVベクターの特徴に合わせた癌遺伝子治療法の開発研究を並行して行った。高齢化社会を迎え、パーキンソン病に対する優れた治療法の開発は益々重要視されるようになってきている。また、癌に対する新しい集学的治療法の開発に繋がる研究成果が得られれば、本研究の社会的貢献は一層大きなものになると期待される。
研究方法
1)AAVベクター作製法に関する基盤技術開発:i)AAV蛋白質(Rep/Cap)を発現するパッケージング細胞株の開発では、loxP配列で挟んだCMVプロモーターの下流にAAVゲノムをアンチセンスの向きに連結したプラスミドベクターを導入した細胞株を樹立した。この細胞株のパッケージング機能を確認するため、Creリコンビナーゼ発現アデノウイルスベクターを感染させた。ii)AAVの血清型とその組織特異性について検討を開始した。ヒト細胞へ感染能を有する1型から5型までの計5種類の血清型のAAVベクターを作製するシステムを準備し、これらを用いてLacZ遺伝子及びマウスEpo遺伝子を搭載したベクター(AAV-LacZ及びAAV-Epo)を作製した。これらをマウス下腿三頭筋に注射し、経時的に遺伝子発現を追跡した。2)パーキンソン病のための治療用遺伝子の開発:カテコールアミン生合成活性化作用を持つV-1遺伝子に着目し、V-1がカテコールアミン生合成酵素活性をどのようにして増大させているのかについて詳細に解析した。3)パーキンソン病モデル・ラットを用いた遺伝子治療実験:6-OHDAを線条体に注入することによりドーパミン神経終末を部分的に破壊したパーキンソン病モデル・ラットにおいて、定位脳手術によりAAV-GDNFを線条体に注入する実験を行った。異常運動の改善効果に関する観察に加えて生化学的解析を行った。4)サルのパーキンソン病モデルの作製と遺伝子治療前臨床研究(筑波霊長類センターとの共同研究):i)カニクイザルに神経毒MPTPの慢性投与を行い、薬剤性パーキンソニズムを発症させた。ii)パーキンソン病モデル・サルの片側の被殻に定位脳手術によりAAV-TH、AAV-AADC、AAV-GCHを注入し、長期的観察を行った。5)AAVベクターを用いた癌に対する遺伝子治療モデル実験:i)頭頸部癌細胞接種マウ
スに対するAAVベクターを用いた自殺遺伝子治療のγ線照射による増強効果について検討した。ii)VEGFを産生するSHIN-3細胞株とVEGF非産生のKOC-2S細胞株を用い、マウスIL-10遺伝子を導入した細胞のin vitroでの増殖パターン、ヌードマウスに皮下移植あるいは腹腔内投与した時の増殖パターンならびに腹腔内播種/生存率について検討した。iii)HSV-TK遺伝子搭載ベクターの神経膠腫細胞内での増幅と殺細胞効果の増強を狙った治療法の開発を進めた。即ち、HSV-TKおよびRepを発現するAAV-TkRepを構築し、AAV-E1、AV-Capと共に9L細胞に感染させた。(倫理面への配慮)ラットを用いた実験計画は、動物倫理面を含めて審議され、承認を受けた。筑波霊長類センターでのサルの実験は、厚生省霊長類共同利用施設の利用許可を受け、国立感染症研究所「動物実験ガイドライン」および筑波霊長類センター「サル類での実験遂行指針」を遵守して行った。
結果と考察
1)AAVベクター作製法に関する基盤技術開発:i)Cre/loxP法とアンチセンス法を併用することにより、Rep/Cap両蛋白質の発現を制御可能にしたAAVベクター作製用パッケージング細胞株を開発した。実用化を図るには更なる改良が必要と思われる。ii)種々の血清型のAAVベクター(AAV-1~5)を用い、骨格筋に遺伝子導入した場合の発現効率について検討した。AAV-LacZベクターの投与実験では、1型及び5型において極めて高い発現が認められた。AAV-Epoベクターを筋注した実験では、血清Epo濃度は1型が最も高く、5型がこれに次いだ。従来汎用されてきたAAV-2ベクターでは効率が悪いことが判明した。筋肉を標的とする場合は血清型を考慮する必要がある。尚、神経細胞にはAAV-2ベクターを用いていくことで構わないと考えている。2)パーキンソン病のための治療用遺伝子の開発:V-1細胞内では、ATF 2のリン酸化とそれに伴う転写活性が大きく亢進していることが明らかになった。3)パーキンソン病モデル・ラットを用いた遺伝子治療実験:6-OHDA注入4週間後にAAV-GDNFを投与したが、アポモルフィン誘発回転運動およびシリンダーテストにおける左右前肢使用頻度不均等の改善効果が認められ、その効果は観察期間(20週)の間、持続した。遺伝子導入側の線条体では、ドーパミン及びその代謝産物のDOPAC、HVAのいずれもが増加していた。解析結果から、線条体で発現したGDNFが逆行性に黒質ドーパミン細胞へ輸送され保護作用を発揮したと考えられた。4)サルのパーキンソン病モデルの作製と遺伝子治療前臨床研究:ドーパミン合成系の三種類の酵素遺伝子を導入したモデルサルでは、ベクターを注入した被殻の反対側の上下肢では、動作が速くなり、筋強剛、振戦も消失した。この効果はベクター注入後18か月持続した。特に、副作用は認められなかった。尚、臨床研究の第一段階では、AAV-AADCとl-ドーパ経口投与の併用療法を考えている。これはAADC活性低下に伴いl-ドーパの効果が減弱してきた重症患者において、AADC遺伝子を導入し、ドーパミンへの変換を促進することにより、l-ドーパに対する反応性を回復させることを狙ったストラテジーである。この治療法では、一種類のAAVベクターを使って安全性を検討できること、l-ドーパの内服量を調節することによりドーパミン産生をコントロールできることから、ドーパミン過剰産生による副作用を回避できることなどの利点がある。5)AAVベクターを用いた癌に対する遺伝子治療モデル実験:i)ヌードマウス皮下腫瘍内でのAAV-LacZの遺伝子発現はγ線で増強された。また、腫瘍増殖はAAV-TK/ガンシクロビル単独でも低下したが、γ線の併用で30日間完全に抑制された。ii)VEGFを産生するSHIN-3細胞株にIL-10遺伝子を導入した場合、皮下腫瘍の形成が抑制され、血管新生も抑えられた。さらに、腹腔内投与した場合は、腹膜播種の抑制と生存率の延長が観察された。一方、VEGF非産生のKOC-2S細胞株では、そのようなIL-10のin vivo効果は観察されなかった。iii)腫瘍特異的複製型AAVベクター・システム開発のための基礎検討を行い、AAV-E1、AV-Cap併用によりAAV-TkRepが腫瘍細胞内で増幅されることを確認した。将来的にはより強力
な自殺遺伝子治療への応用が期待される。
結論
AAVベクターに関する基礎研究としては、AAVベクター作製用パッケージング細胞の開発の推進、AAVベクターの血清型と組織特異性に関して特に骨格筋を中心にした検討を行った。応用研究としては、AAVベクターを利用したパーキンソン病の遺伝子治療法の開発を進めた。GDNF遺伝子を線条体に導入すると、疾患の進行が抑えられることをモデルラットの系で確認した。また、MPTP投与によるパーキンソン病モデルサルを用いた前臨床研究では、長期的な観察を行い、有効性と安全性に関する基礎データを蓄積することができた。癌に対する遺伝子治療への応用では、AAVベクターの特徴を活かした様々なストラテジーについて検討した。

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