血栓症に関連する遺伝子の同定と多型解析に基づいた予防と治療の個別化

文献情報

文献番号
200100421A
報告書区分
総括
研究課題名
血栓症に関連する遺伝子の同定と多型解析に基づいた予防と治療の個別化
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
池田 康夫(慶應義塾大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 猿田享男(慶應義塾大学医学部)
  • 福内靖男(慶應義塾大学医学部)
  • 小川聡(慶應義塾大学医学部)
  • 渡辺清明(慶應義塾大学医学部)
  • 村田満(慶應義塾大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究事業(ヒトゲノム分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
65,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
動脈血栓症は死亡原因の第一位を占める心筋梗塞や脳梗塞などの生活習慣病の直接の発症原因であり、その予防は現代に求められる最重要課題の一つである。血栓形成に関係する因子は血液凝固、線溶因子、白血球、血小板など多岐に渉っており、環境・食事なども加わりその病態は甚だ複雑である。動脈血栓症の危険因子としては、血栓形成を助長させる血液凝固能や血小板機能の亢進を考慮せねばならない。本研究では血栓症のなかでも特に冠状動脈血栓症と脳血管障害に焦点をあて、患者を登録し検体採取、臨床所見、検査値などのデータベースを構築すること、既知の遺伝子多型、特にsingle nucleotide polymorphisms (SNPs)について遺伝子タイピングをシステマチックに施行して遺伝子-疾患関連研究を行うこと、血栓に関連の深い因子に新たな遺伝子多型を見出すこと、および動脈血栓症に重要な役割を演じている血小板、血液凝固因子、血管内皮細胞に着目し、その遺伝的多様性(正常人)や遺伝的変異(疾患)と血小板機能、凝固因子活性などとの関連を実験的研究にて検証することにより血栓形成と血栓症発症のメカニズムを分子学的に明らかにすること、さらに遺伝子診断を通じて血栓症の効率的な予防と治療を行うことを目的としている。平成13年度の研究は、以下の3点に集約される。(1)遺伝子多型と機能の関連(実験研究)(2)遺伝子多型と疾患の関連(分子疫学的研究)(3)血栓性疾患の遺伝子診断法に関する研究。(1)については、平成13年度は血栓形成の初期段階で重要な役割を演じる血小板フォンビルブランド因子受容体や血小板活性化因子受容体の遺伝子多型が血小板機能に与える影響をin vitroの発現実験系や、ex vivoでの血小板機能解析により検討した。また一部の血液凝固因子についても検討した。この研究は主任研究者である池田康夫および分担研究者である村田満が主に担当した。(2)については、患者登録、検体採取、データベース構築等について池田康夫の指導のもとに、虚血性脳血管障害については分担研究者福内靖男が、冠状動脈疾患については小川聡が、血栓症と関連する糖代謝異常について猿田享男が担当し、多数の遺伝子多型についてのデータを収集した。(3)については複数の遺伝子多型の効率的解析を目的とした診断法とその実際の応用について分担研究者渡邊清明が担当した。
研究方法
血小板受容体の発現実験についてはCHO細胞にpcDNA vectorを導入することにより組み換え蛋白を発現させた。導入する遺伝子は、in vitro mutagenesisにて各SNPのタイプを作成した。遺伝子導入細胞は抗生物質に対する薬剤耐性により選択した。受容体に対する各種モノクローナル抗体との反応性を比較するとともに、アイソトープラベルしたリガンドを用いて結合能を測定した。血小板活性化因子受容体多型が血小板活性化に与える影響について、血小板凝集能と、血小板チロシンリン酸化についてex vivoで検討した。心血管危険因子のマーカーとしてのparaoxonase、ホモシステイン、活性化XII因子、心房性ナトリウム利尿ペプチド (ANP)の血中濃度は同意の得られた検診受診者について検討した。活性化血液凝固因子XIIaについては、抗ヒト活性化XII因子ヒツジポリクロ-ナル抗体を用いたELISA法にて測定した。
虚血性脳血管障害患者と年齢、性別を一致させた健常者より末梢血採血を行った。PCR‐RFLP法を用いてそれぞれの遺伝子多型を解析した。環動脈疾患患者については全例冠動脈造影にて病変の認められた 患者と年齢および性別をマッチさせた健常人を対象とした。血栓症と糖代謝異常の関連についてはFABP2遺伝子Ala54Thr多型やLDL-R遺伝子C1773T多型を、BMI、血圧、血糖、脂質、血清インスリンやレプチン濃度との関連で検索した。
結果と考察
(1)遺伝子多型と機能の関連(実験研究) 血小板フォンビルブランド因子受容体サブユニットGPIbαの遺伝子変異:最近我々が同定したGPIbα70Leu/Phe多型について遺伝子多型とvWF結合能との関連をみるため、遺伝子組み換え蛋白を作成しリストセチン存在下125Iで標識vWFの結合能を検討したが、野生型(Leu)と変異型(Phe)の間で差は見られなかった。しかし遺伝子多型がモノクローナル抗体への反応性に与える影響に差がみられた。数種類のモノクローナル抗体の中で、立体構造依存性のエピトープを認識する2種の抗体の反応性だけが変異型(Phe)で減弱していた(池田康夫)。血小板活性化因子受容体(PAF receptor)の多型:血小板機能との関連については、PAF 1x10-7M添加では、AAとDD両者とも1次凝集のみが見られたがその程度は、AAに比べDDでは約半分に減弱していた。2x10-7M添加では、AAは不可逆な2次凝集に至るのに対し、DDでは1次凝集のみが認められた。8x10-7M添加では、両者とも2次凝集に至るものの、DDにおける凝集の程度はAAに比べ弱くなっていた。一方、collagenとADPの添加では、AAとDDともに最大凝集を示した。遺伝子多型とチロシンリン酸化との関連については、wild typeホモAAとヘテロADについてPAF刺激したものの、チロシンリン酸化では、分子量72Kdaのsykと約150Kdaの蛋白において、ヘテロの方が、wild typeに比べ、その程度が弱くなっている傾向が見られた(村田満)。
(2)遺伝子多型と疾患の関連(分子疫学的研究):<虚血性脳血管障害> CADASILの原因遺伝子 Notch3の遺伝子型は虚血性脳血管障害患者と健常者では有意な差はみられなかった。一方、Connexin37遺伝子は脳血管障害患者で遺伝子多型のT alleleが有意に多かった。また、ロジスティック回帰分析にてこの遺伝子多型は高血圧の影響を受けることが推測された(福内靖男)。血小板機能との関連が示唆されたPAF-R遺伝子多型に関して、脳血管障害患者とcontrol群を比較したが多型出現頻度に有意差は認められなかった。(村田満)。<冠状動脈疾患>Matrix metalloproteinase-9遺伝子のC-1562T多型とNeuropeptide Y遺伝子のT1128C多型を冠動脈疾患患者と健常対象で検討した。C-1562T多型性は冠動脈疾患の有無や病型とは関連しなかったが、冠動脈病変の重症度と関連を持ち、この関連は既知の危険因子から独立していた。また、冠動脈側副血行や新規狭窄病変の出現と関連し、MMP-9が冠動脈狭窄と側副血管新生を促進させている可能性を示した。T1128C多型は北欧を中心として発見され、肥満や動脈硬化に関連すると報告されたが、日本人には存在しなかった(小川聡)。<耐糖能異常と血栓症>β3-AR遺伝子Trp64Arg多型とFABP2遺伝子Ala54Thr多型を調べた。これらははともに、若年、中高年男性において2型糖尿病や高脂血症とは関連が認められなかったが、壮年日本人男性においてFABP2 のThr/Thrゲノタイプで空腹時血糖が軽度ではあるが有意な高値が認められた。またLDL-R 遺伝子のC1773T多型は、血中LDLコレステロールと総コレステロール濃度の上昇と関連があることが示唆された。以上より、インスリン抵抗性を介して空腹時血糖や高脂血症に関与する遺伝子多型は、動脈硬化や血栓症を含む代謝症候群の危険因子 (予知マーカー)となる可能性がると考えられた(猿田享男)。
(3)血栓性疾患の遺伝子診断法に関する研究:一人ひとりの個体について複数の遺伝子多型の組み合わせがphenotypeにどのように影響するかを検討するためのmultiplex PCRを用いた遺伝子診断法を開発した。その際全血からの直接PCR法も検討した。これはほとんどのPCRに有効簡便であることが示された。多数の個体の遺伝子解析に適していると思われる(渡邊清明)。
結論
動脈血栓症によってもたらされる代表的な疾患である脳血管障害と冠状動脈疾患について、血栓形成と関連の予想される既知のSNPsに対して患者-対照研究を施行し、関連ある遺伝子多型を見出した。また血栓症患者の検体採取、臨床所見、検査値などのデータベース構築法を検討し、今後の前向き研究の基盤を作成した。血栓性疾患の遺伝子診断のより簡便、経済的な方法論について検討した。さらに実験研究として、血栓形成と深い関係がある血小板受容体に新たに見出された多型について、多型が血小板機能に与える影響を、in vitroの発現実験系やex vivoでの血小板機能を指標に解析し貴重な情報を得た。 

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