プリオン病関連遺伝子の構造・機能の解明と診断・治療への応用~プリオン類似蛋白遺伝子と疾患感受性遺伝子~(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100416A
報告書区分
総括
研究課題名
プリオン病関連遺伝子の構造・機能の解明と診断・治療への応用~プリオン類似蛋白遺伝子と疾患感受性遺伝子~(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
片峰 茂(長崎大学大学院医学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 堂浦克美(九州大学大学院医学研究院)
  • 堀内基広(帯広畜産大学原虫病研究センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究事業(ヒトゲノム分野)
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
48,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)をはじめとするプリオン病はプリオン蛋白 (PrP)の正常から異常への立体構造変換に起因することが明らかになっている。しかし遺伝的背景の異なる個体においてはプリオンに対する感受性や病理像に違いがあることが判っており、PrP遺伝子それ自身の多型性に加えて既知あるいは未知の幾つかの遺伝子が疾患感受性に関与するものと考えられる。一方、我々は最近、プリオン類似蛋白 (PrPLP/Dpl) をコードする遺伝子の存在を明らかにした。この新規遺伝子はPrP遺伝子の下流16 kbに存在する。このことはこのゲノム領域に未同定の遺伝子を含めて複数の類似遺伝子が存在する可能性を示唆している。PrPLP/Dpl は構造の類似性からPrPとの機能的関連が予想され、またプリオン病病態に影響を及ぼす可能性が強い。本研究はこれらプリオン病関連遺伝子(疾患感受性遺伝子とプリオン類似蛋白遺伝子)の構造・機能を解明し、診断治療法の開発に資することを目的とする。
研究方法
(1) PrPLPによる神経変性死の分子機構の解析:PrPLPの過剰発現がある系統のPrP欠損(Ngsk Prnp0/0)マウスの小脳プルキンエ細胞変性死に関与しているかどうかを検討した。まず、正常マウスとNgsk Prnp0/0マウスの脳でのPrPLP発現様式および発現細胞の比較検討を行った。次に、小脳プルキンエ細胞変性死が起らないZrch Prnp0/0マウスにPrPLPを過剰発現するようにPrPLP遺伝子を導入したトランスジェニックマウス(Tgマウス)の作製を試みた。
(2) 特発性プリオン病の疾患感受性因子としての補体系分子の検索:補体系蛋白は遺伝性プリオン病罹患脳に見られるプリオン蛋白アミロイド斑に共存するなどプリオン蛋白との関連が示唆されている。また、補体の古典的経路の蛋白であるC1qをノック・アウトしたマウス、あるいは後天的にC3活性を抑制したマウスでは、プリオン病感染因子の腹腔内投与で伝播・発症が抑制されることが報告されている。我々は、特発性クロイツフェルト・ヤコブ病の症例から得られたDNAを試料として、C1q・C3受容体の遺伝子多型を解析して特発性症例の感染・発症におけるこれら受容体の関与を検討した。また、補体系活性を抑制する作用を有し、異常なプリオン蛋白の凝集を抑制することが報告されているclusterinについても同様に解析した。
(3) 異常型プリオン蛋白質特異的分子プローブの作製:PrPScの解析が進んでいない理由として、実用可能なPrPSc特異的な分子プローブがないことが挙げられる。これまでに作製されたPrP分子に対する抗体(pan-PrP抗体)は、変性剤で処理したPrPScおよび正常型プリオン蛋白質(PrPC)に反応するが、未変性のPrPSc凝集体とは反応しない。その理由は、PrPSc凝集体は抗PrP抗体が認識するエピトープを露出していないからである。プリオンの感染性はPrPSc凝集体に付随しており、凝集体を解離・変性させると感染性は消失する。従って、現存する抗PrP抗体では感染性が付随するPrPSc(プリオン)の解析を行うことができない。そこで、感染性が付随する未変性PrPScに対する分子プローブの作製を目的として、モノクローナル抗体(mAb)の作製を行った。
結果と考察
(1) Dpl/PrPLPによる神経変性死の分子機構の解析:正常脳では生直後からPrPLP mRNAの発現が認められるが、生後6日にそのピークを迎え、その後減少し8週には検出できなくなった。一方、Ngsk Prnp0/0マウス脳ではPrPLP mRNAの発現は、生後減少することなく構成的に発現し、8週でも高い発現が認められた。in situ hybridizationと免疫組織化学法にて、正常マウスの脳におけるPrPLPの発現は血管内皮細胞に特異的に認められたが、Ngsk Prnp0/0マウスではプルキンエ細胞や海馬領域の錐体細胞をはじめほとんど全ての神経細胞にその発現が認められた。しかし、Zrch Prnp0/0マウスでは、この様な異常mRNAは認められなかった。これらの結果は、PrPLPの過剰発現がプルキンエ細胞死に関与していることを強く示唆した。NSE遺伝子のプロモーターの下流にPrPLP翻訳領域を挿入したNSE-PrPLP及びPCP2遺伝子のプロモーターの下流にPrPLP翻訳領域を挿入したPCP2-PrPLPをC57BL/6マウスの受精卵に注入した結果、3匹のTg(NSE-PrPLP)マウスおよび9匹のTg(PCP2-PrPLP)マウスを得た。それぞれのTgマウスは、1~数百コピーのPrPLP遺伝子が導入されていた。現在、Zrch Prnp0/0マウスにPrPLP遺伝子を導入するために、これらのTgマウスとZrch Prnp0/0マウスとを交配中である。
(2) 特発性プリオン病の疾患感受性因子としての補体系分子の検索:解析した試料中には、CR1のexon19/22/33でそれぞれG3093T、A3650G、C5507Gの一塩基多型が存在した。3つの多型には強い連鎖があり、遺伝子型は、3093G/G・3650A/A・5507C/Cを持つものと、3093G/T・3650A/G・5507C/Gを持つものと2通りであった。検索した特発性クロイツフェルト・ヤコブ病5例中、前者が2例、後者が3例であった。また、CR1のexon26にACGからATGへのアミノ酸置換を伴う一塩基多型が見られ、このATGへの置換は検索した4例の特発性患者のうち3例の患者でヘテロに認められた。C1q BPでは第3エクソン近傍のイントロン内に14bpの欠失多型が観察された。欠失は検索した9例の特発性患者では4例がヘテロで、残り5例がホモで持っていた。検索した4例の対照群でも同様の割り合い(2例がヘテロで、残り2例がホモ)で欠失多型が観察された。今回の解析では、CR2、Clusterin、C1q Rpについては、検索した範囲内ではアミノ酸置換を伴う遺伝子多型は確認できなかったが、今後はさらに試料の数を増やして検討する必要がある。
(3) 異常型プリオン蛋白質特異的分子プローブの作製:エピトープ解析の結果から、樹立したmAbは少なくとも9群に分類可能であった。グループIからVIIIのmAbはELISAにおいてrMoPrPとは反応するが、PK処理した未変性PrPScと反応しないかもしくは非常に弱い反応性を示すのみであった。しかし、3M GdnSCNで変性させたPrPScとは反応することから、グループIからVIIIのmAbはpan-PrP抗体に属すると考えられる。一方、グループIXに分類した抗体(mAb 6H10)はrMoPrPとは反応しないがPK処理未変性PrPScと反応するという、pan-PrP抗体とは正反対の反応性を示した。mAb6H10がPrPScと特異的に反応するがPrPCとは反応しない可能性が示唆された。
結論
(1) Ngsk Prnp0/0マウスにおけるプルキンエ細胞死には、遺伝子間スプライシングに基づくPrPLP/Dplの異所性発現が関与することが強く示唆された。また正常マウス脳では脳血管あるいは血液脳関門形成にPrPLP/Dplが機能する可能性が示唆された。さらに、神経細胞全般あるいはプルキンエ細胞特異的にPrPLP/Dplを過剰発現するTgマウスを作製した。
(2) 特発性プリオン病の疾患感受性因子の候補として補体系蛋白のレセプターであるCR1、CR2、C1q BP、C1q Rpおよび補体抑制因子clusterinの遺伝子多型を、少数例の特発性ヤコブ病患者と対照群において解析した。これまでに検索した中では、CR1に複数のアミノ酸置換を伴う多型とC1q BPにイントロン部の多型が確認されたが、さらに症例数を増やし統計学的検討を加える必要がある。
(3) PrP遺伝子欠損マウスにスクレイピー感染マウス脳から精製した感染性を有するPrPScを免疫して、34のモノクローナル抗体(mAb)を樹立した。作製した抗体は認識するエピトープから9群に分類可能であった。そのうちmAb6H10は、PrPSc凝集体上に存在するPrPSc特異的非連続エピトープを認識することが示唆された。

公開日・更新日

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