脳外傷後遺症の情動要因、特に心的外傷に注目した認知リハビリテ-ションとその臨床コストに関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100353A
報告書区分
総括
研究課題名
脳外傷後遺症の情動要因、特に心的外傷に注目した認知リハビリテ-ションとその臨床コストに関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
中村 俊規(獨協医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 好本裕平(獨協医科大学)
  • 池上敬一(獨協医科大学)
  • 熊田孝恒(産業技術総合研究所)
  • 尾崎玲子(獨協医科大学)
  • 永井春美(獨協医科大学)
  • 鞆糸奥淳子(獨協医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 障害保健福祉総合研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本年度は、前向き介入比較研究の前提として、情動要因に注目し精神・心理・社会的ケアを眼目とした我々の認知リハビリテ-ションの方法論の有効性と利便性、経済性に関して様々な観点から客観的検討を蓄積することを目的として検討を行った。
研究方法
本年度は、具体的前向き介入研究の前提として、脳外傷予後、認知リハ治療介入手法につき後ろ向き研究による客観的検討を行った。
(1)平成10年から平成13年までに認知リハ外来で治療介入した自験例20例の社会復帰に係わる認知機能(前頭葉機能・知能)・情動因子(抑うつ度・心的外傷度)と社会復帰の媒介変数としての手段的自立度(獨協越谷式手段的自立尺度)との関係を経時的に検討した。
(2)平成10年から平成14年3月までに認知リハ外来で治療介入した自験例28例と、治療介入していない対照例(当院脳外科通院例および患者家族会参加者)との後方視的アンケート調査を行い、性・重症度・年齢・家計の基礎収入・職種を厳密にマッチさせた自験例-対照例20組40名の比較から、後方視的に社会復帰の態様、その改善要因などにつき、患者・家族の心的外傷に焦点をあて比較検討した。
(3)我々が問題とする心的外傷後ストレス障害の概念が、び慢性軸策損傷や「脳外傷による高次脳機能障害」など従来の脳外科疾患概念とどの様な臨床的異同あるいは干渉を示すのかを、自験例28例のデ-タを分析・検討した。
(4)以上の検討と平行して、認知・情動機能を正確かつ短時間、ロ-コストで評価可能にする認知機能検査バッテリ-とデ-タベ-スの作成を、問題解決・目的指向的に検討した。
(5)認知リハ・プロトコールにおける心理面接技法をさらに効率化するための事例検討を行った。
(6)心的外傷治療、脳外傷リハに関する米国視察・実地研修。
(7)入院後急性期・亜急性期におけるチ-ム医療における看護師の介入手法に関する事例検討を行った。
結果と考察
(1)我々が社会復帰への直接の媒介変数と想定している手段的自立度に最も関係があったのは情動因子つまり抑うつ及び心的外傷の程度であった。特に心的外傷が軽度であることが重要であった。
自験例でのこれまでの経過は全例で良好で十全な社会復帰を果たす症例が多かったが、治療介入によって極めて複雑な関係要因が整理されたことが、他の研究者による従来の検討と比較して要因の関係性において明確な結果を示した最大の理由である可能性が示唆される。すなわち、自験例では、心的外傷を標的とした治療による情動要因の回復から認知的リソ-スの回復、手段的自立の回復、社会復帰の実現の順での一意的な関係をみることができた。(2)自験例と対照例(好本、池上実態調査)のアンケ-トによる比較でも、自験例対対照例で自験例の社会復帰率が受傷1年後(77.8%対35.7%)、2年後(70.6%対30.8%)において有意に高く、対照例に比し2.18倍(95%CIで1.03- 4.59倍)(1年後)社会復帰していた。ここで、自験例では対照例に比し、患者の外傷性痴呆や患者の心的外傷後ストレス障害、家族の心的外傷後ストレス障害の罹患が有意に少なく、我々の認知リハ・プロトコ-ルの有効性が示唆された。認知リハ・プロトコ-ルを介入要件とした科学的妥当性の検討と詳細は、厳密な条件統制のもと、今後予定している前方視的比較検討の結果を待たねばならないが、我々の方法論(別表1)は現状でも社会復帰を約2倍程度に改善することができる可能性があり、当分は本プロトコ-ルを更新の必要性のないことが確認された。(3)さらに、び慢性軸策損傷と心的外傷後ストレス障害には症候面でのオ-バ-ラップが多く、必ずしも事故を記銘している軽傷症例のみが心的外傷後ストレス障害に罹患するのではないこと、また事故後急性期の意識消失遷延化ついても重度の脳挫傷そのもの以外に心因の関与が否定できないことが明らかとなった。これにより心身への全体論的衝撃を視点にもつ全人的医療における新たな概念(衝撃連続体'impact continuum')を提唱しえた。今後とも、心身二元論によらず心身を統合した全人的立場から広く家族をも含めたシステム論的観点をもつ我々の概念と我々の認知リハアプローチの詳細を広く国内外に紹介する予定である。(4)同時に、現在業者に委任し開発中の認知機能検査バッテリーおよびデータベース・ソフトウェアが完成すれば、概念だけでなく実践的戦略をパッケージにして普及することができる。(5)ところで、我々のプロトコ-ルの根幹をなす心理療法的接近自体には、特に心的外傷の治療には現代催眠技法(TFT療法・FAP療法)などの非言語的なアプローチが有効など、いくつかの必要要件が確認されている。今後患者・家族の心理療法については、他施設への展開を考慮する際、認知リハに特化した臨床心理士などの特別の人員配置が理想的とはいいながら、研修を受けた医師もしくは作業療法士、看護師、ワ-カ-などが分担すれば充分である可能性が示唆される。また認知・情動機能検査についても上述のように自動化の方向で検討を重ねている。(6)また、米国における心的外傷治療・脳外傷認知リハビリテーションの現状を視察・研修し、同時に必要な臨床コストに関する要件を調査した。これにより国外の現状と国際比較に基づいた臨床コストの目標設定、さらに国内外での現状を踏まえ、我々のアプローチが臨床コスト的に見ても他の10分の1から100分の1と、すでに極めて効率の良いものであることを明らかにした。今後とも、さらなるコスト削減を目標とする。(7)急性期・亜急性期の患者・家族への介入手法についても事例検討を行ったが、これにより、看護の立場からの社会復帰に向けての必要要件について、一様の方向性を確認しえた。
結論
情動要因に注目した我々の認知リハのプロトコ-ルは、従来の方法に比較して2倍以上の社会復帰を実現している。しかも、これは事故前の生活状態への十全な社会復帰を指標としたものである。脳本来の可塑性を最大限に利用している点で極めて優れた方法論といえよう。医療経済的にみても従来治療に加え、現状で一人あたりの社会復帰までにかかる費用は実費50万円程度で、損保任意保険負担分を除けば平均一人あたり約8万円のコストで社会復帰を実現していた。厳密な臨床コスト算定・比較は今後の課題ではあるが、県立リハビリテ-ションセンタ-等に
て今後展開しつつある要素機能的認知リハと比較しても、施設の設備費、要素的認知リハの汎化効率の低さなどの問題を考慮すれば、臨床コストも一〇分の一から一〇〇分の一程度に抑えられているものと考えられる。本年度の検討により、前方視的介入研究の充分な準備も終了し、また、すでに前方視的研究も端緒についている。今後は厳密な条件統制もとで、我々の認知リハ・プロトコ-ルに基づく客観的な妥当性の検討を行う予定である。さらに、効率改善と医療コスト削減のための具体的な検討の予定である。
別表1. 当センター認知リハ外来のプロトコール(概要)
<<情緒的改善による認知的リソースの回復。日常生活でのリハ。>>
1)薬物療法  必要に応じ向精神薬,抗てんかん薬などを併用。
2)心理療法
① 心理カウンセリング:社会に生きる苦悩 suffering を共有・共感し、適切なアドバイスを行う。
② 特殊心理療法:脳の機能回復を障害している最大の要因である心的外傷(こころのトラウマ)に対して、現代催眠技法(TFT・FAP療法)を用いた直達的な介入を行う。
③ 認知行動療法:家庭生活のごく普通の場面を用いそれを遊びとして捉えイメージ能力の活性化を目的とした行動処方を行う。
3)福祉介入
① ケースワーク:実際の社会復帰に向けての具体的な支援。ご家族の苦悩にも直接に対応する。

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