都道府県・市町村等における精神保健福祉施策の充実に関する研究

文献情報

文献番号
200100350A
報告書区分
総括
研究課題名
都道府県・市町村等における精神保健福祉施策の充実に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
中島 克己(神奈川県立精神保健福祉センター)
研究分担者(所属機関)
  • 中島克己(神奈川県立精神保健福祉センター)
  • 竹島正(国立精神・神経センター精神保健研究所)
  • 山下俊幸(京都市こころの健康増進センター)
  • 池末亨(東京学芸大学)
  • 渡辺勧持(岡山県立大学)
  • 益子茂(東京都立多摩総合精神保健福祉センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 障害保健福祉総合研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
平成11年に改正された精神保健福祉法のうち、平成14年4月からの施行分は、我が国の精神保健福祉施策を市町村中心に大きく展開させるものである。平成14年4月から、精神障害者福祉サービスに関する相談・助言、通院医療費公費負担と精神保健福祉手帳の交付申請は、市町村を窓口として行われ、保健所、都道府県は専門的な支援を行うこととなった。知的障害者福祉等の事務も平成15年4月から市町村に委譲されることとなっている。また思春期・青年期の精神保健施策や、老人性痴呆疾患対策の充実も求められている。本研究は、精神保健福祉行政を含む障害保健福祉行政が市町村を中心に積極的に展開されるよう、具体的な方策を提言するものである。
研究方法
本研究は、主任研究者の総括のもとに、6つの分担研究で構成される。
「精神保健福祉センターの業務のあり方に関する研究」は、全国の都道府県・政令指定都市、精神保健福祉センターに、業務の実施状況、14年度からの新たな業務への対応、今後の精神保健福祉センターのあるべき姿について質問紙調査を行った。
「市町村等における精神保健福祉施策の推進に関する研究」は、全国の老人性痴呆疾患センターの活動状況と、都道府県・政令指定都市の老人性痴呆疾患対策等に関する質問紙調査を行った。また研究会等をもとに、今後の保健所精神保健福祉業務のあり方について検討し、公的に取り組むべき骨格的業務案を示した。
「政令指定都市における精神保健福祉施策の推進に関する研究」は、政令指定都市及び東京都にある児童期・青年期に関わりのある機関における相談事例の経験、他機関との連携、個人情報の扱い方等に関する質問紙調査を行った。また中学校、高等学校全校(京都市、仙台市)を対象に精神保健ニーズの調査を行った。
「精神障害者の就労支援システムに関する研究」は、厚生労働省で行っている就労援助事業について資料収集を行ない、現状の分析を行った。また積極的地域マネージメントプログラム(ACT)の就労支援への適用性を検討するため、30施設を対象に、現行の支援機能および利用者のニーズに関する質問紙調査とヒアリング調査を行った。
「都道府県・市町村等における障害者サービス評価システムの開発に関する研究」は、15年度から実施される知的障害者福祉等の事務の市町村への委譲に関して、市町村担当職員、サービス提供施設、知的障害者の親に対するヒアリング調査と市町村を対象とした質問紙調査を行った。また知的障害者サービスにおける地方自治体の役割について英国との比較研究を行った。
「精神障害者の医療アクセスに関する研究」は、全国の都道府県・政令指定都市を対象に、精神科救急、医療保護入院のための移送に関する質問紙調査を行った。また移送の実績の多い都道府県等を対象にヒアリング調査を行った。
結果と考察
「精神保健福祉センターの業務のあり方に関する研究」は、47(78.3%)の精神保健福祉センター、26(44.8%)の主管課から回答があった。精神保健福祉センターでは、従来の精神障害者への対応に加えて、ひきこもりなどの新たな精神保健の課題に取り組んでいるところが多かった。現在重視している業務は、教育研修、技術援助、精神保健福祉相談であった。将来重視すべきものは、調査研究、教育研修、精神保健福祉相談があげられ、情報センター機能が急増していた。市町村支援は精神保健福祉センターの重要な役割と考えられていた。保健所との役割分担は明らかではなく、主管課の調査では行政機関としての役割の強化が求められていた。精神保健福祉センターは、今後、地域と主管課との間でネットワークの要の役割を果たすことが求められている。そのためにも都道府県・政令指定都市の精神保健福祉業務を構造化し、その中に精神保健福祉センターを位置づける必要がある。
「市町村等における精神保健福祉施策の推進に関する研究」は、老人性痴呆疾患センター及び老人性痴呆疾患対策主管課への質問紙調査、今後の保健所機能に関する検討を行った。老人性痴呆疾患センターへの質問紙調査では全国155施設のうち92ヶ所(59.4%)から回答を得た。設置主体は、医療法人が最も多く約4割を占め、以下都道府県・政令指定都市、市町村、公益法人の順であった。約半数のセンター(50ヵ所)は併設施設を有しており、その内訳は介護老人保健施設(27ヵ所)、老人訪問看護ステーション(26ヵ所)、老健デイケア(22ヵ所)、老人性痴呆疾患デイケア(20ヵ所)などであった。鑑別診断実施数、電話相談件数、面接相談件数、時間外の相談件数、外来の実数および延べ数、電話による専門医療相談件数、面接による専門医療相談件数のいずれも、介護保険の導入前後にあたる平成11年度と12年度で有意な違いはなかった。老人性痴呆疾患センターの今後のあり方については、「介護保険下におけるセンターの位置づけを明確にする必要がある」、「高齢者に対するセンターの役割を明確にする必要がある」、「高齢者に対する精神科医療の位置づけを明確にする必要がある」「連絡協議会を開催する必要がある」を挙げたセンターが多かった。老人性痴呆疾患対策主管課への質問紙調査では、55(93.2%)の都道府県等から回答を得た。老人性痴呆疾患対策の担当課は6割以上が精神保健福祉主管課であった。平成10年度以降、老人性痴呆疾患対策のあり方に関する専門的検討を行っていたのは約2割であった。一方、約7割の都道府県等で単独事業による老人性痴呆疾患対策に取り組んでいた。老人性痴呆疾患センターの今後のあり方については、「高齢者の介護・福祉における役割の明確化」「高齢者全体を対象に専門相談を行えるよう機能を変える」「運営に関して連絡調整の場を持つ」等が挙げられていたが、老人性痴呆疾患センターの今後のあり方について専門的な検討を行っている都道府県は少なかった。老人性痴呆疾患に限らず、今後増加する老年期の精神障害やこころの健康に関する、保健・医療・福祉の統合的な検討やシステムづくりが望まれる。今後の保健所機能については、①医療問題への対応(受診受療援助、医療中断予防援助、措置入院後の事例へのフォローアップ)、②新たなメンタルへルス問題への対応機能、③PTSD対策機能、④地域援助(コミュニティワーク)機能(市町村や民間活動の質や量を担保するための間接的な援助)、⑤管内社会復帰施設の指導監督、⑦調整、モニタリング等が優先順位の高い業務である事が示された。
「政令指定都市における精神保健福祉施策の推進に関する研究」は、政令指定都市及び東京都にある児童期・青年期に関わりのある機関を対象に行った質問紙調査は124施設に実施、78施設(62.9%)の協力を得た。相談事例の経験は、不登校、対人関係、家庭内暴力、精神疾患の疑い、いじめ、ひきこもりが上位を占めていた。他機関との連携については、関係機関のネットワークが少ない、デイケアや居場所など社会資源が少ない、精神疾患の疑いがあっても判断に迷うことが多く研修が必要などの意見があった。個人情報の扱い方については、緊急性、事例性とプライバシー保護との間で苦慮しているものと考えられた。中学校、高等学校全校(京都市、仙台市)を対象に行った精神保健ニーズの調査には260校中192校(73.8%)から協力が得られた。相談事例の経験は、不登校、対人関係、いじめが上位を占め、摂食障害、家庭内暴力、精神疾患の疑いがそれに続いた。他機関との連携については、「学校内で対応するが、必要に応じ相談機関を紹介する」が79.7%で最も多かった。個人情報の扱い方については、相談機関等の職員に情報を提供する場合に生徒の同意については「得ている」よりも「場合による」が多く、緊急性や事例性を重視していることがわかった。
「精神障害者の就労支援システムに関する研究」は、就労援助事業についての資料収集と分析、積極的地域マネージメントプログラム(ACT)の就労支援への適用性に関する検討を行った。就労援助事業についての資料収集と分析では、「地域雇用支援ネットワークによる精神障害者職業自立支援事業」「障害者就業・生活総合支援事業」「グループ就労を活用した精神障害者の雇用促進モデル事業」の実地調査を行った。その結果、それぞれの事業が精神障害者の就労支援に一定の効果を挙げているものの、総合的な就労支援を構築するためにはさまざまな課題を抱えていることがわかった。積極的地域マネージメントプログラム(ACT)の適用性に関する検討では、1次調査の結果、欧米で取り組まれているACTプログラムに関するニードのある者は相当程度いることが推測できた。また就労支援に関するアウトリーチサービスは少数であり、そのことが就労者数に影響を及ぼしていることが推測された。就労支援を活性化していくためには、職業安定所等の職業専門機関と支援施設の緊密なネットワークづくりが課題である。
「都道府県・市町村等における障害者サービス評価システムの開発に関する研究」は、ヒアリング調査、岡山県下の市町村を対象にした質問紙調査、知的障害者サービスにおける英国と日本の、地方自治体の役割の比較研究を行った。知的障害者の親のヒアリング調査では、市町村職員の短期間移動に伴う利用の困難性、その解決としての親の会による相談、支援活動の実態が明らかにされた。サービス提供機関(地域療育等支援事業の実施機関等)に対するヒアリング調査では、市町村の担当職員の在職年数、研修の問題と、これに対してコーディネーターの呼びかけによる市町村調整会議等の実施等についての情報を得た。質問紙調査は 65市町村(77.4%)から協力が得られた。主な結果は、①市町村の知的障害関連担当者は身体障害、生活保護等の業務との兼務が多いこと、②7割の担当職員は「知的障害」についての研修を受けたことがなく専門性が低いこと、③事務関係の業務が多く現場を知らないこと、④サービス調整会議を実施している市町村は数カ所であり、半数の市町村は開催の具体的計画はないこと、⑤平成15年度の支援費制度への移行については、専門性、情報、人員の点で多くの自治体が不安、困難を感じていること。⑥支援費制度導入に向けて、市町村が効果的に相談業務を行うための施策としては、担当職員のケアマネージメント等の研修、地域療育等支援事業のコーディネーターとの連携、振興局単位の専門家配備、更生相談所による専門相談、担当職員と保健婦や相談員などの連携による社会資源のネットワークの活用、市町村の広域連携などの案が見られることがわかった。英国における地方自治体による知的障害者サービス評価との比較を行ったところ、英国では知的障害者の知的生活への理念が制度化され、地方自治体の役割が重要になっており、その職員数、専門性、専門研修、ケアマネージメント、問題行動への対応などで日本よりも充実した施策を行っていることがわかった。
「精神障害者の医療アクセスに関する研究」は、質問紙調査に46都道府県、11指定都市から回答を得ることができ、移送制度を中心に結果を分析した。調査時点で移送制度が整備されている自治体は66.7%であった。制度未整備の理由としては、制度適応の判断基準が不明確、応急入院指定病院や指定医の確保困難、搬送人員や車両等の配備困難などであった。さらに平成13年10月末現在で搬送実績のある自治体は40.5%に止まっており、特に夜間、休日帯に対応可能な自治体は少なかった。また、移送制度の運用実績は地域差が極めて大きく、少数の自治体で突出していた。運用の手順の中で事前調査後ケース検討会議を持つことを原則としている自治体が35.6%あり、救急対応より代替手段採用の困難性等を重視した最終手段としての移送という理解がある程度浸透していると思われた。なお注目すべきこととして、平成13年度にはいって、措置診察の結果、措置不要・要入院と判定された、いわゆる「措置流れ」事例に対して、移送制度を適用して病院まで搬送・入院とする事例が増加しており、特に夜間・休日の搬送実績は殆どこの「措置流れ」事例であった。こうした運用は、より制限の少ない形態での入院を促進するという側面がある一方で、地域精神保健活動を尽くした上での最終手段としての移送制度の趣旨との整合性について検討が必要と思われた。京都市への聞き取り調査から、同市においては、市内にある強制入院受け入れ可能な主だった病院が応急入院指定病院となっていること、人口140万人に対して11の保健所を設置する体制を維持しており、訪問活動をはじめとして比較的きめ細かな地域精神保健福祉活動が可能なこと、事前調査において嘱託医や主治医の積極的な協力が得られていることなどの好条件を基盤として、積極的な運用が促がされた結果、実績が伸びているものと考えられた。「措置流れ」以外の事例について調査したところ、比較的女性が多く、事例化に至った行動上の問題としては、近隣迷惑行動、健康・安全の保持困難、家庭内暴力、長期の閉居・拒絶等であり、状態像としては幻覚妄想状態が最も多く、診断としては精神分裂病圏が大半を占めていた。治療状況としては、医療中断が最も多く、通院中、未治療の順であった。適応の判断について、平成11年度の厚生科学研究に示した「34条における指定医の診察の対象の考え方」を採用していた。指定医の判断については同研究の判断基準試案を採用していなかったが、実際の判定はほぼ判断基準試案に合致したものとなっていた。
結論
「精神保健福祉センターの業務のあり方に関する研究」によって、都道府県・政令指定都市の精神保健福祉業務を構造化し、その中に精神保健福祉センターを位置づけることの必要性が示された。今後はいくつかのモデル的な精神保健福祉センターの聞き取り調査を行ない、その業務のあり方について提言をまとめる必要がある。
「市町村等における精神保健福祉施策の推進に関する研究」によって、高齢者の保健・医療・福祉における精神保健医療(具体的には老人性痴呆疾患対策、老人性痴呆疾患センター)の位置づけの検討が必要であることがわかった。また保健所の今後のあり方について、業務の優先順位を明確にする必要性が示された。これらの研究成果は、介護保険領域、公衆衛生領域に伝えられる必要がある。
「政令指定都市における精神保健福祉施策の推進に関する研究」によって、児童期・青年期の精神保健ニーズと関係機関の連携と社会資源の充実の必要性が示された。今後は関係機関の連携に指針となる資料を作成するとともに、こころの健康に不安のある青年が利用できる社会資源の育成について研究を行う必要がある。
「精神障害者の就労支援システムに関する研究」によって、就労援助事業はさまざまな課題を抱えつつ取り組まれていることがわかった。またACTプログラムの適用対象は相当程度いることがわかった。今後さらに資料収集や追跡調査を行う必要がある。
「都道府県・市町村等における障害者サービス評価システムの開発に関する研究」によって、平成15年度からの知的障害者福祉等の市町村への事務委譲に関しては、担当職員の専門性を確立できる体制に向けて長期的、抜本的に改革する視点をもつ必要があることが示唆された。今後は全国的な実態を明らかにするとともに、都道府県・市町村等のサービス評価基準について研究する必要がある。
「精神障害者の医療アクセスに関する研究」からは、都道府県・政令指定都市における移送制度運用の現状が明らかとなった。今後は、移送制度の実用的な適用基準作成のため事例研究を進める必要がある。

公開日・更新日

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