自殺と防止対策の実態に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100345A
報告書区分
総括
研究課題名
自殺と防止対策の実態に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
堺 宣道(国立精神・神経センター精神保健研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 三宅由子(国立精神・神経センター精神保健研究所)
  • 三澤章吾(東京都監察医務院)
  • 中村好一(自治医科大学)
  • 清水徹男(秋田大学)
  • 野村東太(ものつくり大学)
  • 清水新二(国立精神・神経センター精神保健研究所)
  • 竹島正(国立精神・神経センター精神保健研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 障害保健福祉総合研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
我が国の自殺死亡は近年急増し、特に40~60歳台の中高年男性における際立った増加は、大きな社会問題となっている。自殺は自殺者本人に限らず、家族、社会にまで大きな損失をもたらすものであり、その防止は緊急課題である。本研究は、自殺を精神保健福祉の重要な課題ととらえ、自殺の発生する物理的,心理社会的環境をも対象として、その防止対策に結びつく実態調査の方法を明らかにするとともに,組織的に調査を実施するものである。
研究方法
平成13年度(3年計画の1年目)においては、自殺と防止対策の実態把握の方法を明らかにするために基盤情報の収集を行った。
「自殺の実態把握に関する方法論的研究」は,Medlineデータベース(1966~2001)により,自殺Suicideと疫学epidemiologyを基本のキイワードとして文献検索を行ったところ,最近10年間の文献数は,基本キイワードに人口ベースpopulationを組み合わせると856件,予防preventionを組み合わせると965件であった。これらの文献を,対象と方法論,および測定データの種類から分類した。
「自殺の実態把握における法医病理学的所見の活用に関する研究」は,東京都監察医務院の検案記録(東京都区部)を基に作成されたデータベースのうち死因の種類が自殺と判断された事例を抽出し、年齢階層、動機、手段別事例数をデータにして傾向を調べた。併せて全国や地方都市である茨城県のデータも必要に応じて用い地域差の比較も試みた。
「医療における自殺の実態把握の方法に関する研究」は,2つの研究を行った。第1にT県A保健所管内の平成10~12年の自殺死亡者について人口動態調査票の情報をもとに集計した。また動機別についても集計した。第2に一般住民を対象にしたJMSコホート(自治医科大学で行われている疫学研究コホート)12,490人のデータを用いて,自殺者の背景因子を前向きに検討した。
「自殺に関する心理社会的要因の把握方法に関する研究」は,2つの研究を行った。第1に全国の精神保健福祉センターを対象に自殺遺族に対する相談実態について質問紙調査を行った。第2に全国の救命救急センターを対象に自殺企図者ならびにその家族・遺族のメンタルケアのニーズについて質問紙調査を行った。
「自殺実態のモニタリングのあり方に関する研究」は,秋田県医師会と協力して医師会員全員に対し、自殺事例の個別調査を行った。平成13年7月から14年3月上旬までに自殺既遂者71例,未遂者32例,希死念慮者3例の報告があり,その解析を行った。
「自殺防止と生活環境の実態に関する研究」は,建築学の立場から,自殺と空間,自殺手段と自殺場所・空間に関して文献的検討を行った。そして飛降自殺の防止に関して,高島平における自殺防止対策を紹介するとともに,鉄道の飛込自殺の防止について聞き取り調査を行った。
「自殺防止における連携の実態に関する研究」は,3つの研究を行った。第1に秋田県,鹿児島県における自殺防止の取り組みや検討過程の聞き取り調査を行った。第2にインターネット上の自殺関連情報について,その運営主体,内容等について実態把握を行った。第3に地域モデルで開発された対策の職域への応用に関して,グループワークを通して課題整理を行った。
「自殺予防に関する各国の取り組みについて」(研究協力報告)は,国際連合と世界保健機関から発表されている自殺予防のためのガイドラインを中心に検討した。
「鹿児島県における自殺防止にかかる研究」(研究協力報告)は,自殺者の多数を占める中高年、高齢者が,もっとも身近で利用している老人保健事業のシステムに、自殺防止対策事業を組み込むことの検討を行った。
結果と考察
「自殺の実態把握に関する方法論的研究」:研究の対象としては国家や地域の人口全体,北欧諸国等で行われている様々な疾患などの登録者,一般人口からの標本に対する調査,自殺未遂者に対する調査,精神科疾患等の患者に対する調査,自殺者が搬送される施設での調査,救急や自殺予防のシステムなどであった。方法論としては,死亡率(標準化死亡率,死亡率比,オッズ比など),質問紙調査,面接調査,既存資料調査(チャートデータ)などがあげられる。統計的方法としては,オッズ比によるリスクの評価,多重ロジスチック回帰分析が多く用いられていた。死亡以外のデータとしては,自殺企図,自殺念慮などもあり,自殺危険度の評価表を作成する試みもみられた。全体として,自殺研究に特異的な方法論が存在するわけではないが,データの性質上,比較的大規模な人口をベースとした研究にかたむく傾向があり,それ以外の方法論は多くない。自殺研究に特異的な方法論としての心理学的剖検Psychological autopsyという語を含む文献はMedline(1966~2001)に237件あったが,そのうちepidemiology をキイワードとして含むものは64件のみであった。この方法は,自殺の詳細な疫学研究には不可欠であると思われるが,その実施には面接者の養成や対象者の支援システム充実などの条件が必要であり,今後の検討課題であると思われた。
「自殺の実態把握における法医病理学的所見の活用に関する研究」:年齢階層別自殺者実数では男性が50歳代がピークであり,女性は20歳代から70歳代まで分散しているが, 20歳代と50歳代にややピークのある2峰性の傾向をみせていた。動機別にみると,その他不詳>精神疾患>社会的問題>病苦>家庭問題の順位となる。茨城県では,精神疾患>その他不詳>病苦>社会的問題>家庭問題となり,病苦の比率が高く、社会的問題の割合が低い。これらは高齢者人口や労働人口の構成割合の差によるものが多いと考えられる。また東京都区部では「その他不詳」の事例も多く、動機を明確化することが如何に難しいかを実感させる。次に死亡手段別に見ると縊頸が圧倒的に多く全体の半数以上を占めているが次いで飛降、次いで上位との差はあるが溺水、薬毒物などがみられる。自殺完遂例では簡便で致死率の高い手段が多いことになる。一方人口10万人当たりの死亡率で全国統計と比較すると縊頸の比率が全国統計では更に高く、次いで飛降があるもののその割合は低くなる。単純に死亡率で東京都と全国とを比較すると東京都区部では飛降や軌道事故が全国の2倍に上り,これは大都市にみられる建築構造や交通網の特徴が反映していると推定される。 
「医療における自殺の実態把握の方法に関する研究」:自殺死亡者の人口動態調査票の情報から,自殺の動機別では精神障害やその他の病苦による死亡が61%であった。自殺の死亡時刻が精神障害やその他の病苦では日中の死亡が高い割合を示していた。精神障害による死亡と仕事上の問題による死亡では配偶者のある者がない者を上回っていた。一般住民を対象にしたコホート研究のデータから,1992年から2000年までの追跡期間7.5年で,死亡524人のうち19人が自殺であった。男性,農業従事者,血圧などが自殺の危険因子である可能性が示唆された。
「自殺に関する心理社会的要因の把握方法に関する研究」:精神保健福祉センター調査では,全国45センターの自殺遺族相談事例は12件であった。遺族のニーズは,情緒的サポート,心理療法,自助グループの紹介などであった。救命救急センター調査は,83施設(51.9%)の協力が得られた。自殺企図患者本人の精神面での評価・治療・ケアについては、有効回答中すべての施設で「必要」という回答を得た。自殺企図患者の家族(遺族を含む)の精神面でのケアについては、有効回答中すべての施設で「必要」という回答を得た。家族への精神面でのケアが必要な理由は、「家族は自殺の再企図防止のために重要な役割を果たすと考えられる」が最も多く(88.0%)、以下、「患者家族も精神疾患や精神病理を抱えている可能性が高い」(65.0%)、「家族のショックや悲嘆は大きい」(49.4%)などであった。
「自殺実態のモニタリングのあり方に関する研究」:年齢構成では、60才以上の例が全体の41%を占めた。単身者は13例(12%)であった。自殺の手段は既遂では縊死が最も多く(78%)、ついで排ガス、入水であった。自殺を行った場所は既遂・未遂ともに自宅およびその周辺が圧倒的に多かった。現在悩んでいる、あるいは過去に悩んでいた項目を自殺の理由(推定)と想定して調査したところ,106例のうち精神的もしくは身体的疾患を悩みとしてあげた例が最も多かった。次いで多かったのは離婚や失恋などの個人的な問題であった。精神及び身体疾患について、その既往歴、現在治療中の疾患を検討すると、生命予後やADLに大きな障害を来す疾患を持つものはきわめて少なかった。精神疾患では、全体の約50%がうつ病・うつ状態で占められていた。また精神科や心療内科等で加療中であった例は全体の34%であり、過去に加療歴のあったものは25%であった。生命予後やADLに大きな影響を与えるとは考えがたい疾患が多かったことは注目に値する。
「自殺防止と生活環境の実態に関する研究」:建築学の立場から物理的手段で防止できる自殺は,飛降と飛込に集約できる。飛降については高島平団地公団住宅で飛降自殺が多発したときに実験がなされている。高いところに立つ人間がどのような心理状態になるか検討され,防止対策としてはネットを張る等の措置が取られている。また鉄道自殺の防止対策について聞き取り調査を行ったところ,物理的に最も効果のある防止対策はホームドアの設置であるが,駅乗降者数と安全対策の間で早急な結論が出せない状況であることがわかった。
「自殺防止における連携の実態に関する研究」:「自殺防止に活用できる情報とネットワークの実態に関する研究」の結果,秋田県における取り組みの契機や推進要因は,自殺死亡率が7年連続全国1位であること,新聞報道,健康秋田21,医師会の積極的な取り組み,秋田大学医学部との連携などであった。行政では健康づくりを基盤に取り組んでいるが,このことは市町村に取り組みやすくしている。秋田県の自殺は高齢者が多いため,高齢者の健康づくりの一環として,生きがいと支えあう人間関係に焦点をあてて進めている。鹿児島県における取り組みの契機や推進要因は,健康福祉部長の問題指摘,健康鹿児島21,研究事業の実施などである。対策の柱として,軽症うつ病の早期発見・スクリーニングが考えられている。伊集院保健所では,軽症うつ病対策の研究事業を実施している。その結果,うつ傾向を持つ地域住民は多いことがわかり,対策の必要性が市町村にも共有された。サービスの必要性が高い人にサービスの利用希望が少なく,個人情報の扱いの問題があるが,基本的には,ストレス状態や軽症うつ病のスクリーニングをとおして,自殺につながる道筋をブロックしていくという組み立ては可能と考えられる。対策の確立には,現場と研究の共同作業が重要である。「一般市民がアクセスできる自殺関情報の実態に関する研究」の結果,自殺に関するサイトは増加しているが,自殺予防,自殺防止の内容を含むサイトは少なかった。サイトの運営は,一般企業,民間団体,個人等によるもののほうが多いが,自殺予防,自殺防止の内容を含むサイトは少数派である教育及び学術機関,政府・国立機関によるものに偏っていた。また教育及び学術機関,政府・国立機関と一般企業,民間団体,個人等では使用する用語に差がみられた。「地域における自殺防止対策の職域への応用に関する研究」の結果,産業メンタルヘルスの領域でも抑うつ、自殺の予防といった課題が重要であるとの認識は共通していた。しかし,①スクリーニングの内容を職域に適したものに変更すること,②スクリーニング後のフォローアップ体制の構築,③スクリーニングの結果などの個人情報の扱い方,⑤「働きやすい職場の環境づくり」、「ストレスチェック」などの形で,スクリーニングをその中に組み入れて実施するのが比較的やりやすい,などの意見が得られた。
「自殺予防に関する各国の取り組みについて」(研究協力報告):世界保健機関から公表されているデータをもとに、わが国と欧米の最近の自殺率の比較をまとめた。自殺率は各国によって大きく異なり,自殺予防対策に積極的に取り組んでいる国、特定のハイリスク群の自殺予防対策に焦点を絞っている国、自殺予防そのものに焦点を当てるよりはメンタルヘルス全体の改善を優先すべきであるという国、対策がほとんど皆無の国まで、多種多様である。世界的にも、自殺が深刻な公衆衛生上の課題であるとの認識は高まってきているが,現実には、自殺は社会・経済的に安定した国においてはじめて十分な関心が払われる問題であり、飢餓や感染症に苦しむ発展途上国においてはほとんど対策が取られていないし、正確なデータさえ手に入らない。また、先進国といえども、国のレベルで自殺予防の方針が決定されている国はきわめて少ない。対策が効果を上げるには長期的な視点が必要であると認識すべきである。
「鹿児島県における自殺防止にかかる研究」(研究協力報告):自殺対策防止事業の課題は、自殺に至らないようにこころの健康づくりを強化すること(地域の普及啓発)、ハイリスク者の早期発見(スクリーニング)、自殺企図に対する危機管理(地域医療)に整理できる。「うつ病・うつ状態」に対する認識は、保健医療従事者も含めて精神病的な重篤なイメージで普及しており、実態と乖離しているため、正しい理解の普及が求められている。スクリーニングについては、先行研究として行われている青森県名川町でのシステムの,老人保健事業の基本健康診査への導入可能性について検討を行っている。基本健康診査にうつ症状に関する項目が盛り込まれることは、社会的に「うつ症状」を認知するきっかけとなり普及啓発効果は極めて大きいと考えている。
結論
「自殺の実態把握に関する方法論的研究」によって,自殺に関する疫学研究の,対象と方法論が明らかになった。また自殺研究に特異的な方法論としての心理学的剖検に関して,自殺の詳細な疫学研究には不可欠であるものの,その実施には面接者の要請や対象者に支援システム等の基盤整備が必要なことがわかった。
「自殺の実態把握における法医病理学的所見の活用に関する研究」によって,東京都監察医務院の検察記録に基づく均質性の高い監察実態データを得ることができた。得られた基本データを利用して,自殺の実態(動機,背景,手段方法)を調査することで,防止対策の検討をさらに進めることが可能になった。
「医療における自殺の実態把握の方法に関する研究」によって,精神障害やその他の病苦による自殺防止の可能性が示唆された。またJMSコホート研究のデータを用いた検討から,自殺防止に関する前向き研究の可能性が示唆された。これらの研究はさらに継続して,その成果を明確にする必要がある。
「自殺に関する心理社会的要因の把握方法に関する研究」によって,自殺未遂者ならびにその家族・遺族のメンタルケアを進める必要性が示された。
「自殺実態のモニタリングのあり方に関する研究」によって,医師会との連携による自殺実態のモニタリングの重要な一例が示された。また高齢者のうつ病をできるだけ早期に発見して治療することの重要性が示された。
「自殺防止と生活環境の実態に関する研究」によって,建築学の立場からみた自殺防止対策の文献的検討が行われた,また鉄道飛込自殺の防止対策を進めるうえでの困難要因を把握することができた。
「自殺防止における連携の実態に関する研究」によって,都道府県レベルで自殺防止対策に取り組むための重要な構成要素について示唆が得られた。また地域における自殺防止対策の職域への応用について,具体的な課題を明らかにすることができた。またインターネット上の自殺関連情報の実態から,自殺防止に関する情報の提供のあり方に関する示唆が得られた。
「自殺予防に関する各国の取り組みについて」(研究協力報告)によって,各国の自殺と防止対策の実態,国連の公表した自殺予防のためのガイドラインがまとめられた。
「鹿児島県における自殺防止にかかる研究」(研究協力報告)によって,地域保健システムのなかで自殺防止対策に取り組んでいく可能性が示された。

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