心的外傷体験による後遺障害の評価と援助技法の研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100340A
報告書区分
総括
研究課題名
心的外傷体験による後遺障害の評価と援助技法の研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
金 吉晴(国立精神・神経センター精神保健研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 加茂登志子(東京女子医科大学)
  • 小西聖子(武蔵野女子大学)
  • 緒方克彦(防衛庁)
  • 松井征男(聖路加病院)
  • 中村良司(自衛隊中央病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 障害保健福祉総合研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成16(2004)年度
研究費
7,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
地下鉄サリン事件、阪神淡路震災、ペルー公邸占拠事件などを通じて、外傷後ストレス障害(PTSD: Post traumatic stress disorder)を初めとする精神・心理的なストレス性障害の重要性が社会的に注目されてきた。この研究の初年度事業の経過中にも、和歌山カレー毒物混入事件が発生しており、申請者(金吉晴)は現地からの依頼によってメンタルヘルス支援の指導に当たってきた。特に近年では性暴力被害、PTSDの診断、重症度評価、治療方法はまだ外国のそれを単純に移入、適用している段階であり、日本国内の経験に基づいた診断・治療基準は確立されておらず、無用の混乱を招いている。特に災害時、広域犯罪時には、当該地域以外からの派遣医師や、時には保健婦などの非医師による医療と援助が行われるので、このような場合に同一の基準で用いることのできる、標準的な診断と治療指針が是非とも必要である。また、初期治療における予後の予測因子の推定は、臨床の実務上、重要性が高い。さらにこうした災害時の救援活動を考える上で重要なのは、救援者の被るトラウマ体験である。地震、風水害、山火事などの自然災害にとどまらず、最近でもテロリズム、サリン等の化学剤、そして放射線被曝による事故へも対応を余儀なくされてきた。また海外船舶等との海難事故や自衛隊・NGOによる海外救援活動も加えると、実に様々な状況での救援活動が求められている時代となってきている。 このような多種多様な災害・事故時に、自衛隊・警察・消防等の災害救援組織活動に従事する者のストレスについて精神保健研究を実施し、我が国の適切な救援活動の資とすることも本研究の目的である。1995年3月に発生した地下鉄サリン事件においても6年を経過した現在でもさまざまな症状を訴えている被害者は多く、この症状のなかに高い割合で心的外傷後ストレス障害に関連する症状が含まれているものと推測される。今回の検討では被害に遭遇した患者群と被害に遭遇しなかった対照群を比較検討することによって、我が国、とくに日本人における心的外傷後ストレス障害の症状の特徴や早期発見のためのスクリーニング方法、治療効果の判断等を検証する。
研究方法
①平成7年3月20日の地下鉄サリン事件当日、当院を受診した640名のうち平成12年3月の時点で住所の明らかであった514名を被害者群とし、平成13年6月から8月までに聖路加国際病院予防医療センターを受診し、いわゆる日帰り人間ドックを受けたもののうち、アンケート調査に協力することを承諾した828名を非被害者群とした。被害者群には郵送法によりアンケートを送付、記入後返送してもらった。また非被害者群は直接アンケート用紙を手渡しし、回収した。アンケート用紙は、これまで当院の地下鉄サリン事件被害者追跡調査で用いたもの(表1)をそのまま使用した。この中には身体症状14項目、眼症状8項目、精神症状12項目が含まれており、それぞれを0:症状なし、1:少し気になる程度、2:ときどきあるが我慢できる、3:いつもあるが我慢できる、4:いつもあって我慢できない、の5段階のリカートスケールで自己評価し、0と1を症状なし、2 ? 4 を症状ありに分類した。また非被害者群は、日本版POMS、日本版GHQ-30も同時に実施した。各症状の回答は事件5年後時点(非被害者群は調査施行時点)での年代別にFisherの直接確率計算法(Fisher's exact probability test)を用いて検討し有意水準0.05未満のものを有意差ありと判定した。神経学的な後遺症については、文献的調査を広汎に行うとともに、
サリン事件の被害者の検診結果の所見とも併せて考察を行った。②家庭内暴力の被害女性の長期フォローモデルの整備については、東京都女性相談センターとの共同ですでに実施した、保護期間中の短期フォロー調査の実績をふまえ、退所後のケア関係の整備、支援のあり方について、同センターの保護所、電話相談、医務室、心理士、事務職員らと協議を重ね、フォーマットを作成した。解離尺度の導入が検討され、いくつかの解離尺度を実際に用いて、その検出力並びに家庭内暴力被害女性に対する使用可能性につき、予備的な検討を行った。また面接は同時に臨床的な配慮を求められることから、面接者の選抜について、担当者による一元的な選抜、指導、監督の体制の必要性が検討された。③性暴力被害女性の症状経過並びにPTSD診断についての研究については、2000年2月~2001年4月の間、臨床機関に治療や援助を求めて来院した性暴力被害者86名(全て女性、性暴力被害が認知された者のみ)より、面接に耐えられる状態にある患者を50名選出した。その後に同意が得られた者 46名に対して調査を行った。対象者の平均年齢は28.0±8.9歳(15~60歳)、性暴力被害からの調査時点までの平均期間は94.5±88.0ヶ月(2~300ヶ月)であった。PTSD臨床診断面接尺度(CAPS)、改訂版出来事インパクト尺度 (IES-R)、自記式抑うつ尺度Self-Rating Depression Scale(SDS)、身体症状尺度を実施した。さらに症例の検討を行った。
結果と考察
①地下鉄サリン事件被害者群と非被害者群の比較の結果、被害者に特徴的な症状と特徴的ではない症状が明確となった。被害者群に多かった症状は、「息が苦しい」「突然心臓がどきどきする」(60歳代)、「目の異物感」(40歳代)、「フラッシュバック(突然に、ありありと地下鉄サリン事件を思いだす)」「事件にふれたりニュースを見たくない」(全年代)、「現場に近付くことに恐怖がある」(30歳代、50歳代)、「落ち着かない、いらいらする」(40歳代)であった。またPTSDのスクリーニングに関してはこれまで用いてきたアンケート用紙である程度可能であるが、精神健康調査なども併用して対象者の背景を評価することも必要である。また、少なくとも動物実験においては、サリン投与後長期間が経過した時点で、中枢神経系の神経細胞機能に何らかの変化が残存している可能性が示されている。人においても、ある一定容量異常のサリンへの曝露により末梢神経障害が生じることは明らかなようである。今後は、体性感覚誘発電位、反復刺激による誘発筋電図試験、脳SPECTやPETによる脳機能の検討が必要である。②家庭内暴力については、東京都女性相談センターとの共同研究の計画が策定され、同センターで保護を受けた女性の対処後のフォロー体制の確立と、必要な調査用紙、面接人員の確保、訓練を行った。来年度以降に調査実施の予定である。③性暴力被害を受けた女性の症状並びに経過については、PTSDの生涯発症率は89.1%であった。現在診断でのPTSD群は非PTSD群に比べ、性交を伴う被害が多く、性被害からの期間が短かった。症例の検討により、PTSDの診断においては一見身体症状ととれるものであっても背後に侵入症状が隠れている可能性、回避/麻痺症状が抑うつ症状と間違えられやすい可能性があることが示唆された。性暴力被害者は外傷体験を語ることに困難があり、診察する際はこれらの点に留意して治療を進めていくことが重要と考えられた。
結論
サリン事件の後遺症は特有の精神症状のみならず神経面にも及んでいる可能性があり、被害者の幅広い不安に答える医療援助活動が必要である。家庭内暴力の被害女性については、シェルター保護を終えた後の中長期的なフォローが必要である。性暴力被害情勢のPTSD発症率は高く、配慮が必要である。

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