こころの健康に関する疫学調査の実施方法に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100339A
報告書区分
総括
研究課題名
こころの健康に関する疫学調査の実施方法に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
吉川 武彦(国立精神・神経センター精神保健研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 川上憲人(岡山大学)
  • 酒井明夫(岩手医科大学)
  • 三宅由子(国立精神・神経センター精神保健研究所)
  • 竹島正(国立精神・神経センター精神保健研究所)
  • 大野裕(慶應義塾大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 障害保健福祉総合研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
22,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
精神障害の地域疫学研究は、地域社会の偏見、調査研究方法の不十分さ、調査対象者のプライバシー保護等の問題があり、これまで実施が困難とされてきたが、WHOの国際疫学研究プロジェクトの発足により、我が国においても実施可能性が高まってきた。本研究は、WHOの推進する国際的な疫学研究プロジェクトWMH(世界精神保健)の我が国への導入のあり方を検討してきた、平成11年度「精神障害の疫学調査における基盤整備に関する研究」および平成12年度「こころの健康調査の実施基盤に関する研究」の成果に基づくものであって、我が国ではじめて地域疫学調査を、研究者のリードに基づいて完全なプライバシーの保護を行い、かつ行政や関連機関等の支援協力によって調査協力率を確保する、地域疫学調査のパイロット研究である。本研究は、WHOプロジェクトの定める方法論に則り、WMH調査票(WHO統合国際診断面接(CIDI2000)をもとに危険因子等のセクションを追加したもの)を用いた訪問面接調査によるこころの健康に関する疫学調査を実施し、感情障害など、国民の健康に直結する障害の現時点での有病率、生涯にわたる罹患率、社会生活への影響について調査する方法の確立を目的とするものである。
研究方法
WMH調査票の日本語版の作成を完了し、これを用いて面接員トレーニングを実施した。また、日本におけるWMHプロジェクトの進捗状況報告、各国の進捗状況に関する情報入手および意見交換、さらにWMHコーディネーティングセンターからの指示を得るためにマレーシア(Shah Alam)において開催されたIFPEアジア・太平洋地域会議で情報収集を行った。それから、これまでの厚生科学研究で十分に検討されてきたこころの健康に関する地域疫学調査の実施方法に基づいて、岩手県で地域疫学調査を実施した。さらに調査票の妥当性と信頼性の評価を実施した。調査マニュアルについても、岩手での地域調査から得られた経験をもとに最終確認を行い、その整備を完了した。岩手での調査のために、国立精神・神経センター精神保健研究所精神保健計画部に設置した「研究事務局」における今年度の活動を整理することによりこころの健康に関する地域疫学調査の推進体制と研究倫理の確保についての課題を明らかにし、地域疫学調査の推進の整備を完了するための検討を行った。こころの健康調査実施における協力体制を整備し協力率を高めるための方策を、青森県名川町、岡山、長崎でそれぞれ聞き取り調査等を行って検討した。
結果と考察
「こころの健康調査の実施基盤整備に関する研究(分担研究者 川上憲人)」においては、以下の成果を得た。1)英文調査票により近い表現のPAPI(WMH調査票紙と鉛筆版)日本語訳が完成した。今後、専門家による最終修正を行い、公式な訳として認定を受ける予定である。2)PAPIでの記録操作の煩雑さによるエラーの防止と、調査材の管理、持ち運び面を考慮すると、国内ではCAPI(WMH調査票コンピュータ版)での調査実施がよいと考えた。3)岩手調査に使用するCAPIとCAPI用小冊子は完成した。4)トレーニングの効率を考慮すると、グループ練習と少人数練習の併用が好ましい。また、理解しやすいトレーニングマニュアル作成が必要だと考える。5)CAPIは8回の改訂を行い、CAPIv11_29版が、現段階での最終版となっている。小冊子は、11月末現在で日本語訳が確定し完成した。
また、IFPEアジア・太平洋地域会議で情報収集を行った。WMHに参加している24カ国の内、すでに10カ国が本調査に入っており、我が国は遅れをとった状況にある。2002年8月の世界精神医学会(WPA)横浜におけるシンポジウム等の実施によって、日本も一定の役割を果たすのが良いと考える。
「こころの健康に関する地域疫学調査(分担研究者 酒井明夫)」においては、岩手県において地域調査を実施した。465人に依頼し、最終的に返答があったのは247人(53.1%)で、その中で面接可が98人(全体の21%)、不可が149人(全体の32%)であった。面接可のうち予定が合わず実施できなかった場合等もあり、実際に面接を終了したのは93人(全体の20.0%)であった。結果として、目標協力率の65%に達することが出来ず、地域住民に理解を得るための準備には時間が必要であることが示唆されたが、調査方法や、体制に関しては大きな問題は生じることなく、適切であると考えられた。今後の全国規模の調査の実施においては、大規模に特徴的な問題、地域の行政、文化・習慣などの違いにより生じる他の問題の発生等考えられるが、「調査センター」が、その特徴、問題点を把握し、「研究事務局」「技術支援センター」と連携をとり対応をしていくことで調査の実施が可能になると考えられる。
さらに、地域調査に用いたWMH調査票日本語版の妥当性・信頼性の検証のために調査を実施したが、報告書執筆時点では米国からの解析結果が届いておらず、この結果は次年度の報告とする。
「こころの健康調査のマニュアルに関する研究(分担研究者 三宅由子)」においては、平成12年度研究によって作成されたマニュアルは、細かな改善点はあったものの、ほぼ実地にあたって使用可能であることが示された。前年度のマニュアルからの改善点として挙げられたのは、調査員が携帯するものとして、住宅地図や問題点を書き出すためのフォーマットされたメモがあるとよいこと、身分証明書は名札のような形態が適切であることなど、およびマスコミなどを利用した調査そのものの周知に関する工夫が必要であることが主なものである。また調査員の訓練に際して、面接の最初から最後までを概観して、全体としてのイメージが把握できるようなビデオがあるとよかった、という声があった。
「こころの健康調査の推進体制と研究倫理の確保に関する研究(分担研究者 竹島正)」においては、1)「研究事務局」、「技術支援センター」、「調査センター」の3カ所が連携して調査を実施していく体制が適切であること、2)調査の実施中に、「調査センター」だけでは対応困難な状況が発生した場合には、「研究事務局」に連絡をし、適切な対応を協議することで円滑な調査の実施が実現できること、3)プライバシー保護のためのデータ管理の方式の策定、対象者の人権に関する問題への対処法などについて研究事務局が中心となって取りまとめたことにより、統一した対応が可能になり「調査センター」が調査の実施に集中して取り組めること、が明らかとなった。課題として挙げられた協力率を上げるための、調査の実施に先立っての広報活動等において「研究事務局」が果たすべき役割の検討が完了すれば、今回の地域調査の実施を通して「研究事務局」の体制が整備されたといえる。
また、疫学研究実施に当たっての倫理的側面に関する関連学会代表者との意見交換を開催した。この意見交換会では、企画してきた研究計画そのものについての重大な欠陥の指摘はなく、被験者となった者とならなかった者への公平な情報提供のあり方、個人情報の匿名化、得られた知見をフィードバックしないときの代替策について検討した。一般住民の参加協力が低率にとどまっていることに関連して、広報活動の重要性が特に指摘を受けた。個人情報の保護に配慮しながら、精神障害及び精神障害患者へのスティグマに対するAntistigma Campaignを継続させる中で、疫学研究の意義と公共性、特に一般住民の精神健康の保持増進にとって如何に有用であるかを自覚し、研究していく姿勢が大切である。
「こころの健康調査実施における協力体制の整備に関する研究(分担研究者 大野裕)」において、名川町役場の保健師および共同研究者2名とフリートーキングを行い、住民の自由な参加を促進するために配慮する点について提案をしてもらったところ、・地域が調査に主体的に取り組めるシステムを作り上げるとともに、積極的な啓発活動を行い、地域住民の参加意識を高めること、・調査の目的を明らかにして、それを調査者と被調査者が共有できるようにすること、・成果がその後の地域ケアのシステムに組み込まれるなど、住民に利益が還元されるようにすること、・個人のプライバシーなど、人権に充分に配慮すること、の4点が重要であることが明らかになった。
また、WMHの岡山市での実施にあたり、岡山県および岡山市の地域保健、精神保健福祉に関連した機関・関連者6名にヒアリングを行い、調査を実施する上で考慮されるべき問題点、留意点等について、・倫理的な問題、・調査への協力率を向上させるための方策(形式、日程、謝礼等)、・対象者宅訪問における留意点、・調査員に求められる態度、・同和(部落)問題への配慮、の5点にまとめた。これらを調査に反映することで、WMH岡山調査が円滑に実施できると考える。
さらに、精神保健に関わる地域調査への被験者の協力度についての考察をおこなった。厚生科学研究「PTSD等に関連した健康影響評価に関する研究」において実施された調査に長崎県・市は膨大な人的資源を投入し、85.3%という極めて高率な協力率が達成できた。一般的には、行政が地域調査研究の前面に出てくると、強烈な反発が生じることは十分に考えられる。今回の場合は、幸いにも一般市民と行政の企図するところが一致していたために、全く齟齬が起こらず、成功したユニークな場合と考えてもいいだろう。従って、通常の疫学研究の場合に、行政との関わりを如何に形成するかは簡単な問題ではなく、やはり慎重にすべきであろう。
結論
本研究の成果から、WHOの推進する国際的な疫学共同研究プログラムをわが国で実施するための基盤が整備され、実施が十分可能であることが示された。これを受けて、次年度以降は本格的に調査を実施し、こころの健康に関する疫学データを収集する段階に進む予定である。

公開日・更新日

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