被介助者の負担計測に基づく移乗介助方法の評価(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100331A
報告書区分
総括
研究課題名
被介助者の負担計測に基づく移乗介助方法の評価(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
井上 剛伸(国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 山崎信寿(慶應義塾大学理工学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 障害保健福祉総合研究事業
研究開始年度
平成13(2001)年度
研究終了予定年度
平成15(2003)年度
研究費
6,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
移乗介助は介助者にとって負担のかかる作業であるため、その負担を軽減するための研究や検討は行われてきた。しかし、移乗介助では被介助者にかかる負担も大きい。したがって、移乗介助方法は、介助者のみならず被介助者側の負担の評価に基づく必要がある。この負担は、身体的負担と心理的負担に大別される。身体的負担としては、痛みを生じる事例や創傷を発生する事例等が報告されている。また、心理的負担では、介助機器を使うことに対する抵抗感や不安感、介助者に対する気兼ねなど様々な事例がある。
本研究では、移乗介助における被介助者の身体的・心理的負担に着目し、それらを定量的に評価することにより、被介助者にとって負担の少ない介助方法を提案することを目的とする。
身体的負担で考慮すべき、痛みや創傷の発生危険度等は定量的に評価することが難しい。しかし、それらはすべて被介助者の身体にかかる力が原因で生じるものであり、圧縮力や剪断力といった力学量を指標として評価することができる。そこで、被介助者の身体特性を模擬し、身体表面にかかる圧縮力、剪断力および関節力を計測するためのセンサを組み込んだダミーを開発することとした。心理的負担感は様々な要因が絡み合い、複雑な構造である。そこで、移乗介助における負担感に影響する要因を解明し、それらを測定可能とする心理測定スケールの開発を行うこととした。
本年度は、被介助者ダミーを設計するための基礎データの収集と骨格構造、関節構造の開発を行った。また、重度障害者に対する移乗時の負担について聞き取り調査および意見交換を行い、心理評価における評価項目の抽出および評価用紙素案の作成を行った。
研究方法
1.被介助者ダミーの開発
被介助者ダミー開発の基礎データとして、移乗介助時の身体接触部位の調査を行った。被験者は男子学生4名であり、負担と感じる身体部位について聞き取り調査を行った。
次に、人体の基礎データとして、手関節、前腕回旋、肘関節、肩関節、足関節、膝関節、股関節、頸部、腰部について関節抵抗トルクの計測を行った。計測したトルクより、関節抵抗特性の(最大関節角度-10°)~(最小関節角度+10°)の範囲を折れ線で近似し、直線の傾きと切片を抵抗トルクの誤差の2乗和が最小になるように定めた。また、肩関節の変位を明らかにするために、肩峰の前後・上下の移動量も計測した。
以上により求めたデータを基にして、ダミーの骨格および関節構造の開発を行った。
2.心理評価スケールの開発
高位頸髄損傷者4名を対象として、日常生活において行っている移乗方法および移乗場面について、聞き取り調査を行った。さらに、移乗介助の心理的負担を評価するために必要な因子について意見交換を行った。
また、福祉用具心理評価スケールを用いて、各方法についての心理的効果を測定した。その際、基準を“移乗できない状態"と“人手での介助方法のとき"の2種類を設定した。さらに、各項目についてその項目の重要度を0~2の3段階で回答を得た。
聞き取り調査の結果を基に、移乗介助における被介助者の心理的負担を評価するための評価因子の抽出を行った。また、心理評価スケールの結果より、スケールの基準を決定した。
以上の検討結果より、評価用紙の素案を作成した。
結果と考察
1.被介助者ダミーの開発
負担を感じた身体接触個所に関する調査結果では、被介助者の負担は、関節負荷に比べ、接触負荷の影響が高いことがわかった。また、肩峰の移動量は、水平面内で、前方に約110mm、後方に30mm、前額面で上方に約90mm、移動することがわかった。
以上の特性を基に、被介助者ダミーの試作を行った。肩関節は鎖骨を模擬するリンク機構を設け、人体計測結果から得られた可動域を実現するためのストッパーを設けた。
計測された非線形抵抗トルクを発生させるため、円板と線形ばねを用いた機構を考案した。ワイヤを予め弛緩させて配置することにより、一定角度内では抵抗トルクを発生せず、ワイヤが円板に巻きついた後、所定のバネの張力が作用するようにした。
2.移乗方法に関する調査
4名の被験者のうち、3名は自宅にて天井走行リフトを使用しており、ベッド-電動車いす間の移乗に使用していた。使用頻度は毎日であった。この3名は主たる介助者はヘルパーであった。残る1名(被検者C)は、自宅におけるベッド-電動車いす間の移乗では、被介助者本人がプッシュアップする動作を行い、介助者がそれとタイミングをあわせて被介助者の腰部を横移動させる方法をとっていた。週1回の入浴時には天井走行式リフトを使用していた。この被験者の主たる介助者は妻である。4名とも、旅行や病院などの外出時には、一人が背面から体幹を支え、もう一人が脚を支えて持ち上げる方法で、移乗を行っていた。
聞き取り調査の結果より、心理負担に関するキーワードを抽出すると以下の通りとなった。
不安・安心・危険・安全・痛み・恥ずかしさ・心配・介助者への申し訳なさ・早い・簡単・介助者の負担・窮屈感・圧迫感・皮膚の心配・恐怖・介助者に対して気をつかう・もののように扱われる
福祉用具心理評価スケールの得点では、二人介助を基準をした場合、いずれの被検者でもリフトの方が心理的効果が大きいという結果が得られた。被検者Cでは自宅で行っている移乗方法は高い得点が得られた。また、移乗できない状態を基準とした回答では、相対評価の結果と矛盾した結果や、リフトと二人介助で、差が出ない結果などがみられた。心理評価スケールのそれぞれの項目についての重要度では、1.5以上の高い重要度を示したものは、生活活動、恥ずかしさ、QOL、自信、欲求不満、安心感、とまどい、生活への対処、自立度、幸福感、能力であった。一方、1未満で重要度の低かったものは、活力、パフォーマンス、知識であった。
3.被介助者ダミー関節抵抗特性の評価
人体に対してと同様の方法でダミーの関節抵抗特性を計測し、人体の関節抵抗特性と比較した結果、すべての関節についてほぼ一致した。よって開発したダミーは人体の骨・関節構造を模擬していると考えられる。ただし、金属バネでは大きすぎ外形条件を満たすことは困難である。このため、次年度はゴムなどの弾性素材の使用も検討する。
4.心理評価スケールの開発
聞き取り調査の結果より得られたキーワードから、以下の3つの因子を抽出することができた。
1)被介助者の心理的要因(不安,安心,安全,危険,恥ずかしさ,心配,早い,簡単,恐怖,もののように扱われる),2)被介助者の身体的要因(痛み,窮屈感,圧迫感,皮膚の心配),3)介助者に対する要因(介助者への申し訳なさ,介助者への気づかい)
また、心理評価スケールの回答結果より、負担感といったネガティブな心理的因子のみではなく、ポジティブな因子も項目に加える必要があることがわかった。
以上の考察より、安心感・危険・恥ずかしさ・時間・簡便さ・恐怖・自尊感・痛み・窮屈感・皮膚の心配・介助者への申し訳なさ・介助者への気づかい・生活活動・QOL・自信・自立度・幸福感・能力 以上18項目を設定した。
スケールについては、5段階のリッカートスケールとし、相対的な心理状態を測定することとした。
これらは、まだ調査結果の検討から得られた項目および得点方法である。今後、介助をうける当事者を交えて、ディスカッションを行い、決定していく予定である。
結論
移乗介助における被介助者の身体的負担および心理的負担を評価するために、被介助者ダミーの開発および心理評価スケールの開発を行うこととした。
ダミーの開発では、移乗介助時の身体接触部位の調査、人体の関節特性の計測を行った。それに基づいて、ダミーの骨格および関節構造の試作を行った。骨格構造では複雑な肩関節をリンクにより再現し、関節構造では円板と線形ばねを用いて、非線形ばね特性を再現する機構を考案した。ダミーの関節特性は人体の関節特性とほぼ一致する結果が得られた。
心理評価スケールの開発では、基礎データ収集のために、高位頸損者に対する聞き取り調査を行った。これより、1) 被介助者の心理的要因,2)被介助者の身体的要因,3)介助者に対する要因の3つの因子を抽出した。福祉用具評価スケールの回答結果もあわせて、18項目を有する、5段階のリッカートスケールを素案として作成し、相対的な心理状態を測定することとした。
来年度は、ダミーにおいては、接触面の柔軟化およびセンサの開発を行い、心理評価スケールでは、その標準化を行う予定である。

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