知的障害者の歯科治療におけるノーマライゼーションに関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200100323A
報告書区分
総括
研究課題名
知的障害者の歯科治療におけるノーマライゼーションに関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成13(2001)年度
研究代表者(所属機関)
前田 茂(岡山大学歯学部附属病院)
研究分担者(所属機関)
  • 江草正彦(岡山大学歯学部附属病院)
  • 宮脇卓也(岡山大学歯学部附属病院)
  • 武田則昭(香川医科大学)
  • 森 貴幸(岡山大学歯学部附属病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 障害保健福祉総合研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
6,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
知的障害者におけるノーマライゼーションの推進は大きなテーマである。歯科医療におけるノーマライゼーションは「一般の歯科診療のなかで必要と思われる診療内容が、障害者にとっても全て同様に享受されることであり、さらに障害者が生活する地域で、地域歯科医療機関によってプライマリ・ケアが保証される体制を確立すること」であると考えられている。しかし、これらを満たす歯科医療システムは確立されていない。さらに、多くの障害者の平均寿命が延長するとともに、早期老化傾向がみられることから、知的障害者の高齢化は歯科医療システムの早期の構築を必要としている。歯の問題は健康を支える摂食に直結しているだけに、生活の質(QOL)の維持、向上に欠かせない要因になってきている。歯科医療におけるノーマライゼーションを達成する上で、様々な障壁が存在していると考えられる。本研究ではこうした知的障害者と日常的な歯科医療との間での障壁を明らかにし、本邦における知的障害者のノーマライゼーションのための歯科医療システムを構築することが目的である。前年度(平成12年度)の研究ではまず、障害者の日常生活を介助している施設職員ならびに家族に対して、施設入所者または在宅生活・療養者の歯科医療保健および歯科治療に関するアンケート調査を行い、障害者の歯科医療の問題点および背景を明確にした。さらに、知的障害者における歯科治療の最も大きな障壁として、行動管理の困難さが挙げられてきたことから、行動管理法について検討した。これらの研究結果を踏まえて、知的障害者の歯科医療システムの構築のために、3つの段階を設定した。第一に知的障害者特有の口腔内環境および口腔衛生を把握し、それに対応した診療を行うこと、次に知的障害に付随する情緒・行動障害、運動障害等に対する行動管理を行うこと、そして最後にそれらを地域歯科医療施設に応用することである。そこで、本年度の研究では、それぞれの段階に対応して以下の6つの課題を設けた。1.知的障害者の歯科疾患実態調査、2.知的障害者のう蝕リスク診断についての検討、3.知的障害者の歯科治療時の行動管理法に関する検討、4.鎮静法が生体のストレス反応に及ぼす影響、5.脳波モニターによる鎮静程度の評価、6.地域歯科医療に関する調査。
研究方法
本研究は研究対象者に対して、倫理面での十分な配慮をもって行われた。設定した課題を分担し、それぞれ以下のように行った。1.知的障害者の歯科疾患実態調査として、岡山大学附属養護学校の重度から中度の知的障害を有する児童・生徒を対象に、う蝕罹患状況、口腔衛生状況などについて、実態調査(歯科検診)を行った。さらに、全国を対象とした無作為抽出による歯科疾患実態調査(平成11年歯科疾患実態調査報告-厚生省健康制作局調査-、厚生労働省医政局歯科保健課編)と比較検討した。2. 岡山大学歯学部附属病院特殊歯科総合治療部に来院中の知的障害者を対象に、う蝕活動試験を行い、知的障害の状態、歯科受療状況、う蝕経験量、口腔衛生状況等の調査項目との関係を分析し、知的障害者のう蝕リスク診断について検討を行った。3.岡山大学歯学部附属病院特殊歯科総合治療部を受診した知的障害者のうち、行動管理法として静脈内鎮静法を適用した症例を対象に、性別、年齢、歯科治療時間、静脈内鎮静法の方法、鎮静薬の投与量、覚醒時間、合併症について実態調査を行った。4.鎮静法による行動管理下で歯科治療を行った知的障害者症例を対象に、鎮静法が生体のストレス反応に及ぼ
す影響を評価した。ストレス反応の指標として循環動態およびストレスホルモン等の血中濃度を歯科治療前、歯科治療中、歯科治療後に測定し、分析評価した。5.鎮静法による行動管理下で歯科治療を行った知的障害者症例を対象に、鎮静程度の客観的評価として、脳波モニターの有用性を検討した。6.開業実地歯科医師を対象に障害者歯科医療に関する調査を行い、実地歯科医の障害者医療に対する取り組みの現状を分析し、今後について検討した。
結果と考察
知的障害者の歯科疾患実態調査の結果から、う蝕に関しては、現在の口腔衛生活動によって、健常者と同程度以上の予防効果が得られていることが示唆された。しかし、う蝕を持つ者のなかで、処置を行った者の割合は低いことから、う蝕の重症化を防ぐための歯科受診をさらに勧めていく必要があると考えられた。歯肉炎については、将来の歯周病予防の観点から、専門的な歯周病予防・治療について啓蒙していく必要があると考えられた。う蝕リスク診断は、知的障害者においても有効な指標となり得ることが確認できたが、通常のテストの中には検査不可能なものもあり、知的障害者にも可能な簡易な検査法を開発する必要があると思われた。う蝕に対するリスクの高い者を抽出し、抽出された少人数の集団に対して、集中的に口腔衛生指導を行うことで、効率的にう蝕予防を行うことができると考えられた。また、う蝕リスク試験と併せた定期検診は、歯科疾患の将来予測と早期発見につながり、最も効果の期待できる対策であると考えられる。知的障害者の歯科治療時の行動管理法に関して、静脈内鎮静法症例は経年的に増加傾向にあり、知的障害者の歯科治療のうち約10%の症例において、適用されていた。歯科治療に対して著しく協力を得ることができない患者であっても、静脈内鎮静法が十分有効であることが示された。また、鎮静法によって、歯科治療という外的ストレス刺激に対するストレス反応が抑制されることが示された。また、鎮静法を選択した場合の歯科治療中の鎮静程度を適切に維持することは、薬剤の過量投与による術中・術後の合併症を軽減すること、さらに術後の回復を速める点で、重要な位置づけにあるが、脳波モニターを用いた鎮静程度の客観的評価方法は、知的障害者の歯科治療時の鎮静において、鎮静程度を適切に維持する方法として有用であることが示された。地域歯科医療に関する調査により、実地歯科医師の障害者問題、障害者歯科診療等に関する状況とそれらの年齢別、障害者歯科診療経験別の違いが詳細に把握できた。実地歯科医が障害者歯科診療に積極的に参入するためには、障害者歯科診療の基本となる障害に関する専門的知識を増やし、専門特化した技術を修得できるような研修、教育啓発の機会を多く設けることが重要となると考えられた。さらに、病診、診診連携のためのシステムづくりも必要であることが示唆された。
結論
本研究結果から、知的障害者の歯科医療システムの構築のために、多くの知見が得られた。1.知的障害者の歯科疾患実態調査から、う蝕の重症化を防ぐための歯科受診をさらに勧めていく必要があると考えられた。2.う蝕リスク診断をすることにより、集中的に口腔衛生指導を行うことで、さらに効率的にう蝕予防を行うことができると考えられた。3.知的障害者の歯科治療における行動管理法として、鎮静法の有用性が明確になった。4.地域歯科医療機関が障害者歯科医療に積極的に参入するためには、障害に関する専門的知識、技術を修得できるような研修、教育啓発の機会を多く設ける必要があることが示唆された。さらに、病診連携のためのシステムづくり、および障害者歯科医療に関する教育の役割について、国外のシステムも導入し、検討も加える必要があると考えられた。今後、知的障害者の歯科治療におけるノーマライゼーションを実現するためには、本研究テーマのそれぞれの段階について、さらに研究を進め、それらを体系づけて具現化する必要がある。

公開日・更新日

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